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剣聖を縛る鎖  作者: 牛蒡
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<鎖1、姉妹> 第一話、勇者と剣聖


「まさかここまで酷いとは……」


病床に臥しているという噂は耳にしていた。だが

約一年ぶりに再会した親友の余りの変わり様に、勇者ルオは言葉を失う。

一万の兵に匹敵すると言われた剣聖の雄姿はもう無い。


「すまんなルオ、こんな姿で。」

ベッドから身を起こし、剣聖ナインが申し訳なさそうな顔をする。

すっかり筋肉が削げ落ちてしまった身体に、骨が浮き出ている。

ルオが次の言葉を頭の中で選んでいる時、

コンコンとドアをノックする音が聞こえた。



「お茶とお菓子をお持ちしました。どうぞ召し上がって下さい。」

ティーセットをメイド衣装の三人の娘が部屋に運んで来た。

ルオとナインより少し年が上であろうか。優しい雰囲気を

感じさせる女性を先頭、後ろに活発そうな少女が二人並ぶ。

皆、非常に整った容姿である。



「ナイン、こちらの方達は?」

ルオがそう尋ねると、ナインはほんの少し下を向き

何か考えるような表情をした。

それを察したのか、女性の方が先に口を開いた。


「初めまして勇者ルオさま。私の名前はユキ、

後ろの二人は妹のユウヅキとハナと申します。一年前、

故郷の村を魔王軍に滅ぼされて途方に暮れていた

私たち姉妹を剣聖様がこのお屋敷の家政婦として

お雇いしてくれたのです。」


……、

ナインの病気から話題を逸らそうとしたのに

何だかまた重めの話が出てきてルオは重ねて動揺する。普段

兵の先頭に立ち魔王軍と戦い続けるルオもこういう状況には弱かった。

人類の希望たる勇者に選ばれたとはいえ、彼はまだ18歳の若者なのだ。


さらに、あまりにも常人とかけ離れた強さを持ってしまったが故

どこか他人を遠ざけるところがあったナインが

住み込みで人を雇うなど、以前は考えられなかった。

つまり今はそうせざるを得ないほどの病状であるという

事実の理解が、ルオの心をどこまでも暗くした。



「ところで、戦況はどうなんだ?」今度はナインがルオに尋ねた。


「予想では十日後、魔王軍とグランコース王国軍が激突する。

敵軍を率いてるのは竜将ドランだ。」

「竜将ドラン、魔王軍幹部でも最強と噂される竜人の騎士か。

強敵だが、大丈夫なのか?」

「心配いらねーよ、お前はゆっくり自分の身体を休ませときな。」

そんなやり取りの後、「ちょっとした用事」が出来たルオが

こう告げて、席を外した。


「……すまんナイン、少し外で一服してくる」



剣聖ナインが戦場から姿を消して約一年、頻発する魔王軍との戦闘は

小規模ながらそれらに連敗を続けた人類軍は疲弊していた。今回の戦い、

グランコース王国軍10万に対し王国攻略に集められた魔王軍は30万。

さらにその30万の内1000以上は圧倒的な魔力と強靭な肉体を

もつ最強種族竜人である。普通に戦えば勝ち目は万に一つもない。そこで

グランコースの国王と勇者ルオは逆転の策を試みる。敵将ドランの暗殺だ。


グランコース国宝「隠形の宝珠」、敵の視界から姿を消すこのマジックアイテムは

一定水準以上の強敵には通用しない為、ドランには効き目が無いだろう。

だが無用な戦闘を避け敵陣深くまで潜り込めればそれで良い。

ドランと一騎打ちに持ち込めさえすればルオには「奥の手」がある。

ルオ他7名、全員レベル40以上の精鋭8人が魔王軍の陣地を進む。

順調かと思われたその時、3人の竜人に潜入を見破られてしまった。


背中から鷲のような翼が生えた竜人。2メートルを悠に超える巨体の竜人。

4本腕の竜人。3人の竜人とルオ達精鋭8人の戦い、最終的に

仲間を犠牲にして、隠形の宝珠も奪われ、

なんとかルオ一人逃げのびるという最悪の結果に終わった。



ナインの屋敷を出て20歩ほど歩いたところで、ルオは独り言を始めた。


「あーナインが最後の希望だったのに駄目だったなー。

人類詰みだわ。滅亡させられるのか?全員魔族の奴隷か?

俺も戦犯勇者として名前残っちゃうんだろうな。でも歴史書書く人間も読む人間も

居なくなるからセーフか?っていうかなんで俺が勇者のこの時代に限って

こんなに魔王軍強力なんだよ。幹部のやつらバケモノ揃いだし

まさか竜将ドランどころかその部下にすらボコられて、完全に万策尽きたなー


……ってコッチはとっくに気づいてんだ、姿をあらわせよ。」


瞬間、鋭利な何かがルオに向かって飛んでくる。刹那首を横に倒し避けるが

薄皮を切られスッと一筋頬に血の線が出来た。

目の前に、以前対した翼の竜人が現れる。



「やっぱりこの宝珠の力も勇者には通じないっスか。

でもこの一触即発の戦争前に単独行動とはそんなに俺に

手柄を立てさせたいんですかねえ、勇者様?」


「いやいや、わざわざ隠形の宝珠を返しに来てくれた上に

俺に斬られる君のサービス精神には負けるよ」


竜人の両翼が左右にワッと大きく広がり無数の羽根がルオに向かって発射される。

先の攻撃の正体だ。それを受け、ルオは聖剣を体の中心に両手で構え念をこめる。

剣から巻き起こったエネルギー風が羽根をまき散らしルオを守る。


「今度はこっちの番だ!」ルオが一気に距離をつめる。

竜人の両手10本の爪が一瞬で伸び、刃と化して迎え撃つ。

ルオは爪の攻撃をギリギリまで引き付けて躱し、袈裟斬りで左腕上腕を傷つけた。


実戦での袈裟斬りは肩口を狙わない。鎖骨を断ち切るのは

容易ではないからだ。加え、上腕部への攻撃は軽く合わせる程度で良い。

切り口からドッと血が溢れる。この戦闘中竜人の左腕はもう使えないだろう。

(ナイン、昔お前から教えてもらった実戦剣術の口伝だよ)


さらにルオの追撃、だが踏み出そうとしたその一歩が急にもつれた。途端、

身体が重くなる。「なっ……!?」全身からいやな汗がにじみ出る。

「やっと毒が効いてきたようっスね。」


(最初のアレか……)

咄嗟に聖剣を杖代わりに体を支え、そして叫んだ。「出でよ、青騎士!」

青銅の鎧を纏った屈強な騎士の魔物が目の前に現れる。

身体の変調を受け取り、臨機応変にルオは戦法を魔法へ切り替えた。

自分が敗れれば後ろの屋敷のナイン達にも危害が及ぶ、

ここで倒れるわけにはいかない。


「召喚魔法、しかもそれ程高レベルの使い魔を毒に犯された体で呼べるとは

さすが勇者といったところっスねえ、でも何時までもちますか。」

竜人がまだ動く右手の爪を再びルオに向けたその時、ルオの背後の

扉が開く音がした。この強敵である竜人との死闘中致命的なことではあるのだが、

ルオは思わず相手から目を切りそちらに顔を向けてしまった。


「ナインッ!!」


ルオは目を疑う。よろよろとした足取りで、ナインがこちらへ歩を進めている。

三姉妹の長女ユキが後ろで背中を支える。


「何をしてる二人とも、部屋に戻るんだ!!」


「さっきからお前らが煩くて落ち着けないんだよ。それに、もう終わってる。」


ゴトンという響きを耳にして、ルオは後ろを振り返る。

竜人の頭部が地に落ちていた。

「剣聖技、居合い」

ナインの放った手刀は10メートル以上離れた竜人の首を容易く断った。


(ナイン、やっぱりお前は世界最強だ……)

勇者の目から、堪えきれなかった涙が落ちた。

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