性能
午後にお茶を飲みながらの対話であった、雰囲気ものんびりとしたもので、特に切迫した感じはまるでなかった。
「どう見る?」
ディーノの問いかけにヒルダも特に大きな感情を顕す事無く答える。
「平凡かと」
「だろうな、まぁ様子見だろうが、中庸なのはいいことであろう」
彼らの思想では偏りはあまり好ましい物であると考えられていなかった、人をゴミのように斬り捨てる者は論外だが、人道にあまりにも拘泥する者も同等に論外であった。
「先細りが顕著なだけに新たな人員は欲しいところなんだがな、しかもS級など滅多に出ないからな」
「こればかりは本人の意思でしょうし、無理にやらせてもすぐに使い物にならなくなるでしょうからね」
「いっその事色仕掛けで繋ぎとめてはどうだ?子供も10人くらい産んでくれれば半数残ってくれても大助かりだからな」
「セクハラで訴えますよ」
本気なのか冗談なのか、笑いも怒りも感じられない回答だった、しかし人員不足が切実な問題であることは共通認識であるため、半ば本心である事も予想していた。
しかし、性質的に大和がこのような事に向いているのではないかと思わせる部分もいくつか見受けられた、4月にクラスメイトになったばかりでほんの3ヶ月一緒だっただけとはいえ、大勢のクラスメイトの死に対してそこまで嘆いている様子は感じられなかった。メンタル面の弱い物であればカウンセリングが必要な局面であっても、特に必要としない精神はこの業種に必要な要素でもあったからだ。
「とりあえず訓練を頼むよ、実戦に投入する際の御守もあるから連携は取れた方がいいだろうからね」
ベットで手取り足取り教えてやってもいいぞ、と言おうとして止めた、本気で怒りはしないだろうがしつこ過ぎるとさすがに気分を害する上に逆効果にしかなりかねないという判断からだった。
頻度こそ低いが起きる時には大きな事が起きる事もあり、備えとして人員の確保は死活問題であった。
ディーノとの面接後はカリキュラムが大幅に変わる事となった、それまで英語の授業のみの日常だったのが野外に出てのフィールドワークのみとなった。まず剣が返却されたのだが返却された剣を見て別物のように思われた、古ぼけ色あせた金属の塊、そんな表現が当てはまるかのようであった剣が新品のような輝きを放っていたのだった。
話によれば半年間の間に調査と並行して放置されている間にこびりついた汚れなどをクリーニングし、柄の部分には皮が巻かれ持ちやすくなり、一目見た瞬間にその格好の良さに目を奪われた。
鞘は完全な新作で普通の物であったが、剣との調和を意識した碧がかった外観はデザインもよくセンスの良さをうかがわせた。コメントによれば東洋、水、龍、などを意識しての作風であるとの事だった。
訓練期間中は保持し続けるように言われたが、セキュリティとか甘いのではないか?そんな事も考えてしまった。
ヒルダの運転する車に揺られて約3時間ほど北に向かうと湖水地方と言われるエリアとなる、スコットランド方面に位置しており、湖なども点在するために選ばれた場所であった。
少し奥まったところまで車で侵入すると、道は舗装されておらず、四駆で向かった理由がよく分かった、確かに街中でやったら、目立つであろうし、かといって密閉された空間では色々やりずらい事もあるのであろうと、予想していた。
さらに進むと、川の河原へと車は停車され、そこが訓練場所であるという説明を受けた。こんなところに平日に来る人物などまずいないだろう事は理解できたが、1月の屋外で水場での訓練は少し控えたいと思ってしまった。
「大丈夫、着替えは用意しといてあげたから」
『大丈夫じゃねぇよ』そんな事を考えたが、同時にもしヒルダをずぶ濡れにすればラッキースケベ的な着替えシーンが見れるのではないだろうか?そんな事も考えていた。
「てか、なんでこんなとこなの?もう少し近いところとか、平野っぽい所じゃダメなの?」
「調査の結果その剣の属性は水流操作がメインみたいなのよ、テムズ川を氾濫させるわけにもいかないでしょ?まずは剣を持って抑え気味に水をコントロールするイメージでやってみてね」
確かに首都を流れる川を氾濫させ大損害など出そうものなら、クレームがすごい事になりそうである、そう考えれば納得のいく話ではあるが、水のイメージに関してはよく分からなかった、理屈ではなくやってみるしかないのであろうと、剣を鞘から抜き、鞘を地面にソッと置くと水面に向かってまずは剣を一振りして見た。
なにも起きなかった。何度振るってみても風を斬る音がいい感じにするだけで、それ以上の効果はまったく生じなかった。さすがに十分ほど振るっていてなんの変化もないと虚しくなってきてしまい、ヒルダに助けを求めた。
「なんかコツみたいのはないの?」
「私の剣はどっちかっていうと身体能力強化だから、イメージが全然違うのよね、意味ないと思うけど持ってみる?」
彼女はそう言うと、鞘に納められた剣を差し出してきた、意味がないという意味がよく分からなかったがその剣を手に取ってみるとその重さにビックリしてしまった。前にエクスカリバーを手に取った時も重かったが、それに比べれば軽かったが、自分の持つ剣よりはるかに重く感じられた。見た目では自分の剣の方がはるかに重そうな外観なのに重さを比較すると数十倍はありそうであった。
「剣と契約すると、その剣は身体の一部のようなものになるのよ、だからほとんど重さを感じなくなる、あなたにとって私の剣は金属の塊だけど、あなたの剣はあなたの身体の一部となったのよ、だから、一体化するような感覚を持たない事には先に進めないと思うのよね」
意味がないと言った意味がよく分かる気がした、この剣を持っても自分ではまったく効果が発揮できないのであろう。
「ちなみに、その剣の能力とかはどんななの?」
剣を返しながらの問いかけに、「見せてあげるわ」と言うと、スッと飛び上がった、見上げると助走したわけでもないのに軽く10メートルは飛び上がっていたように見えた、自由落下が始まるかと思ったら剣を振るい、かなり斜めの下の方向に加速するように落下して行った。
垂直でありえない高さまで飛び上がる能力もそうだが、頂点の位置で落下方向をコントロールするなど常識では考えられない動きであった。
「目で追えるようにセーブして動いたけど、本気でやればたぶん目で追えなかったと思うわ」
自分は何故生き延びる事が出来たんだろうか?そんな疑問が沸いてきてしまった。
「ちなみに科学的に考えるなら無駄だからやめておいた方がいいわよ、散々研究したけど分からなかったみたいで、ちょっと調べたり考えて分かるような代物じゃなさそうだからね」
少し投げやりに言うが、そんなものをよくコピーでできたものだと別の意味で感心してしまう。ただ、先ほどの実演や言っている事でなんとなく分かった気がした、理屈で考えず、イメージを頭で膨らませ具体的に形にしていく、そんな事を頭でイメージしながら剣を前に差し出すと振るう事無く、静かに静止させ続け川が割れるイメージを思い描いて行った。
透明な堰が上から徐々に降りてくるように川は堰き止められていき、下の方から漏れるように流れていた流れも完全に遮断されると、川は見えない壁に完全に堰き止められ、水が溜まって行った。
キンッ
鋭い金属音がすると彼の手から剣は弾き飛ばされ宙に舞った後で地面へと突き刺さっていた。
「はい、そこまで、上出来よ」
剣を弾き飛ばされ呆気に取られていたが、我に返ったように抗議を始めた。
「口で言ってくれればいいのに短絡的だ!」
「言ったわよ、深く集中しすぎて聞こえなくなってたんでしょうね」
彼女の言う事は事実であった、続けて行けばさらなる水量を堰き止め、下流に被害が出る可能性もあると考え急遽緊急停止するかのように止めたのであった。
「まあ、徐々に慣れて行けばいいんだけど、正直言ってその剣の格はかなり高い物があってね、使い方如何によっては首都を壊滅させるくらい平気でできるのよ」
サラッと恐ろしい事を言ったが、冗談には聞こえなかった。唖然としている彼にさらに続けた。
「さらに恐ろしい武器もあったりするからこそ、有無を言わせず抹殺するって話が出たりするのよ」
確かに都市と水とは切っても切り離せず、大都市と言われる都市は元々川の畔に造られたケースも多い、扱い方如何では戦略兵器として使える剣、そう考えると確かに寒気がしてくる思いだった。