謎の来訪者
目を薄っすらと開けるとバタバタと慌ただしく動き回る白衣を着た人達が見えた、口々に何か言っているが寝起きに難しい質問をされたようで、イマイチぼんやりと何を言っているのかが呑み込めなかったが、次第に意識がクリアになっていくと、周りに両親がいる事に気付き、たぶん山津波に飲まれたが運良く助かったのだろう、そんな事が理解できた。
「建部大和君だね?」
白衣の人物が声を掛ける、たぶん医者なのだろう。普通に受け答えをすると両親は涙ぐみながら喜んでいるのが見て取れた、身体に違和感はないだろうか?そんな事を考えていると右手に違和感を感じた、率直に言えば硬直しているような感覚だった、ギプスでも嵌められているのだろうか?そんな事を考えながらゆっくり首をねじるように右手の方を見るとベットからはみ出すように出ていた手が剣のようなものを握っているのが見えた。
「あれなんですか?」
「運び込まれた時からああなんだよ、しっかり握っていて外れないからとりあえずそのままにしておいたんだよ、たぶん山津波に飲まれた時に無我夢中で掴んだのかな?心当たりはある?」
右手の指を開こうとしたがどうにも硬直しているようでまるで開かない、その事を伝えると、MRの結果は異状なかったし、たぶん眠っている間ずっと硬直状態だったせいではないかとの事であった。ゆっくりとお湯につけたりマッサージをすれば半日ほどで回復すると言われ、作業療法士を呼ぶように手配してくれた。
気になるところはないか?という質問に改めて考えて見ると、身体が硬いような印象を受ける事と、空腹を感じる事以外は問題が感じられない事を伝えた、安心させるためであろうか少し笑いながら、1週間意識不明で寝たきりだった影響であり、奇跡的に無傷に近いという事を伝えられた。
異常なしと言われ安心すると、他の皆の事が少し気になって来た、春に入学し、まだ数ヶ月の付き合いしかないため、それほどの愛着はなかったが、それでも気になった、最後に見たすごい勢いの山津波を思い出すと、たぶん死者も出ているだろうと冷静に判断していた。
「他の皆はどうなったんですか?」
その質問に病室の時間と音が完全に止まった、時計や心電図モニターの機械音以外の全ての音が完全に停止してしまったかのようであった。その様子から、相当数の被害が出ている事が予想され何と言っても雨宮の事が気になったが、そこで固有名詞が出せるような勇気があれば振られるなり付き合えるなり、なんらかの進展はあっただろう。
「今は調査中だし、ゆっくり休んで回復に専念しなさいね」
医師はそう言っていたが、まるでドラマのようなセリフだとひどく他人事のように感じられた。まだ知り合って間もなく、クラスメイトの名前と顔が半分くらいしか一致しない状況だけに、そこまで悲しくはなかったがやはり気にはなっていた。『あの様子だと相当数の犠牲者が出て、今も遺体の捜査中なんだろうなぁ』そんな事を漠然と考えてしまっていた。
意識がはっきり戻った事が確認されると尿管カテーテルが抜けられることになったのだが、これは非常に恥ずかしかった上に、抜かれる時に微妙に痛みが走り思わず声が洩れた、それを笑っている看護師を見ると、何とも言えない気分になる。
しかも自分の意識がない時は勝手にいじられていたのだと思うと余計に恥ずかしくなる、まるで隠していたエロ本が机の上に積み重ねられている時のような、そんな羞恥心を感じさせられた。
もう二度と意識不明になるような状態には陥りたくない、そんな事を心に強く誓ってしまった。
ゆっくりと休むように言われたが、意識がクリアになると一週間眠り続けただけにまったく眠くなく、空腹感を満たすために食事が欲しくなった、ガッツリとした物が食べたかったのだが、一週間何も食べていない胃に負担を掛けてはいけないということで、お粥が出てきたが、美味くなかった、どうもべちゃべちゃとしており、しかも若干ぬるく、とっとと退院してかつ丼やラーメンが食べたい、切実にそう思った。
しかし、食事をしたりする間とにかく右手で握った剣のような物が邪魔でしょうがなかった、医師の話によれば強く握った状態で時間が経過したため硬直が続いているのであろうとの事だった、マヒ症状はでていないから、長くても2~3日でよくなると思う、それでもまだおかしいようなら再検査との事だったが、何事もなく握ったり開いたりできるようになるといいと思ってしまった。
若干落ち着いてくると、色々な事が頭に浮かんでくるがこの部屋にはテレビもないため、情報は入って来ない、無理に聞くのも悪い気がしたので、黙っていることとした。夕方面会時間が過ぎると、両親は帰って行った、帰り際に何か欲しい物はないかと言われたが、特に思いつかなかったので、考えとく、とだけ言っておいた。
全然眠くならないまま、夜になってしまったが、暇だとやはり色々考えてしまう。トイレも部屋の中にあるため部屋から出る口実もなく、目の前がナースステーションのため部屋から出たら一発でバレてしまう、そこまでして脱走を図るような理由もないためゆっくりしていたが、やはり暇である。
ピシッ
カーテンの向こう窓の辺りでラップ音のような音が聞こえた気がした、なんだと思っていたら、スッと影が入って来た、部屋の明かりの元に立った影は、パンツスーツを着た金髪の美女だった。一瞬映画のワンシーンのように感じられるその場面にどうしてもそぐわない違和感があるとしたら、その女性が持つ剣であったろう、やや細身のその剣がスーツと相まって美しくはあったが、どこかアニメじみていた。
「エラベ、シヌカコロサレルカ」
彼女の不明瞭な日本語に『結果一緒じゃねぇか!』と突っ込む余裕はまるでなかった。