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Comte de Saint-Germain

 突然現れた男の存在に誰もが驚きを隠せなかった、何故なら不意打ちを警戒し周囲の気配にはかなり気を配っていたからだ。それがまったく感知されることなく近くに来て声を掛けられるまでまったく認識できなかった事は驚愕であった。

 ヒルダとジークにはその男の発した言語、およびまったく感知されることなく近づいたその能力からこの男が何者であるのか大凡おおよその見当はついていた。その予想が最悪のケースをさらに上回るほど極悪なケースであるという事とともに。

 大和にしてもその男の姿は違和感しかなかった、大和達は皆支給された軍服のような戦闘服に身を包んでいたが、その男は品のいいスーツを纏い手には一切の武器、道具を持ち合わせていなかった。まるで来賓をもてなすような笑顔を湛えるその姿は血なまぐさい戦場にはまるで不似合いなものであった。


「What language is that?」


 まずは何語なのか全く理解できなかったため、ヒルダに尋ねたのだったが、答えは予期せぬ所から発せられた。


「これは失礼いたしました、フランス語は苦手のようで」


 どう見ても東洋人には見えないその風貌から発せられた見事な日本語に大和は意表を突かれた、白髪というよりはまさにプラチナと言わんばかりの頭髪を綺麗にオールバックにした30半ば程に見える年齢の男はその風貌からして絶対に東洋人には見えなかった。


「申し遅れました、私はComte de Saint-Germain、ああ、日本の方にはサンジェルマンと名乗った方が通りがよろしいですかな」


 サンジェルマンを名乗る男に対しヒルダとジークは特に驚いた様子を見せなかった、予想していた事であったからだが、大和もまた特に驚きはなかった、伝説やオカルトじみた話がポンポンと出てくる状況ならたとえ神や悪魔が出て来てもそれほど驚くことはないと、感覚が半ばマヒしてしまっていたのだった。むしろ日本語が流暢りゅうちょうな事の方がよっぽど驚きだった。


「え~と、そのサンジェルマン伯爵がどのようなご用件で?」


 大和の少し気の抜けたような問い掛けであったが、日本語の理解できないヒルダとジークにもその緊迫感のなさは伝わっていた、しかし二人にすれば目の前の難敵に対する時間稼ぎ、もしくは状況の変化の足掛かりになる事を期待し、大和の会話を中断するような行動は控えるようにしていた。


「ブラッドソードとデスサイズ、私が作ったレプリカだったのですが、なかなかの出来だったのではないですか?それを見事に打ち破ったあなた達をどうしても直接称えたくて思わず出て来てしまったのですよ」


 敵討ちをするつもりで直接出て来たのかと、ただでさえ警戒している所にさらに身構えるような警戒心の色が浮かぶが、それを軽く笑って否定するように続ける。


「本当にただ称賛する意図だけですよ、武器は差し上げますしね、ただそちらの女性はまだ生きていますよね?止めを刺さないのでしたら回収してよろしいでしょうか?」


 『はい、どうぞ』と言えるわけもないが、なんと答えていいものか、決定権は明らかにジークにあるのだろうが、日本語で交わされた会話の内容をジークは理解できていない様子で、目の前にいる男への警戒は切る事なく身構えたまま様子を見るのみであった。

 

「ああ、ちなみに私が回収しないのなら彼女は死ぬしかなくなるでしょうね、一度でもデスサイズと契約したのなら定期的に人の魂を喰わせ続けなくてはならず、怠れば契約者の魂を完全に喰い尽す、そんな武器ですからね」


 初対面の明らかに敵対している男の言う事を鵜呑みにする気にはなれなかったが、それが嘘なのか真実なのかは分からなかった、しかしブラッドソードの特性を考えるとデスサイズと呼ばれた武器の特性がそのようなものであったとしても特に不思議ではないように思われた。

 

「鎌を封印とかしてしまえば問題ないんじゃないのかな?」


 大和のそんな疑問に小さく笑いながら余裕のある表情で返答する。


「左様ですね、やってみればいいのではないでしょうか?力づくで彼女を回収しようとは全く思っていませんので」


 逆にその余裕に満ちた回答はそんな事をしても無駄であると言いているようにしか聞こえなかった。今なんとなく思いついた事くらいで簡単に回避できるような生易しい代物ではないのは、これまでの経緯から分かっていたのだから。

 しかし、自分達で殺したくないからといって引き渡せばまたどこかで似たような惨劇を引き起こす事は目に見えていた、引き渡すという選択肢は元から存在しない事は彼でも分かっている事であった。分かってはいるがそこを簡単に割り切れるほど大人でもなかったが故に葛藤が生じている、というのが一番真実に近いものだったのかもしれない。


 目の前の男を討ち取るチャンスのようにも感じていたが、そんなに簡単に討ち取れるならとっくの昔に討ち取られているはずであり、正体が分からないからこそいままで存在し続けてきた謎の人物、そういった認識でサンジェルマンを名乗る男と対峙し続けていた。

 先ほどから大和と日本語で会話をしていたが、ヒルダとジークはその会話内容が分からない事から感じる焦燥感を徐々に強めていった。


「奴はなんて言っているの?」


 痺れを切らしたように問うヒルダの問い掛けに、大和は簡潔に答える。


「称賛に来ただけで、殺さないなら桜子の事を回収するって」


 英語で交わされたその会話を聞いたジークが警戒をサンジェルマンに向けたまま気を失っている桜子のすぐ横まで高速で移動すると、横たわる桜子に剣を突き立てるべく、無駄のないモーションで剣をその胸に突き立てようとしたが、その剣は地面に深々と突き刺さるのみであった。

 『消えた!』大和、ヒルダ、ジークの三人は同時にそう思ったが、そんな彼らの背後から軽い笑い声と共に話しかけられた。


「生殺与奪の権利は勝者にこそ与えられます、大和君がそれを行使しないのであればあなたにその権利はありませんよ」


 思わず目を疑った、背後で桜子とデスサイズを抱えたサンジェルマンが立っていたのだった。どういうトリックなのかは理解できなかったが、前後に寸分違わないサンジェルマン二人に完全に挟まれた状態となっていた。ジークとヒルダの様子などからただならぬ敵である事は理解できたが、どの程度の相手であるのかはまったく理解できていなかったが故に、どうしていいのか判断が付きかねていた、本来判断を下す立場のジークにしろこの場での判断を下せず、睨み合いの状態をかろうじて保つのがやっとであったのだから。


「さて、決断が下せないようでしたら、回収の上撤退とさせていただきますね、ブラッドソードは敢闘賞として差し上げます、大事にしてくださいね」


 それだけ言うと地面全体が噴火を起こしたかのように上方に向かって噴きあがり出した、爆発は感じられず、人以外の土、石、砂のみが引力が真逆に作用するかのように上側に向かって働いている、そんな状態に感じられた。下から上に向かう土砂に飲まれサンジェルマンどころの話ではなくなってしまった大和を余所に、ジークとヒルダはそれぞれ前後のサンジェルマンへと向かって突進したが、土砂に飲まれた一瞬の隙に先ほどまで立っていた場所から跡形もなく消え失せていた。

 サンジェルマンの消失と呼応するかのように力場が本来の形に戻ると、土砂に軽く埋もれた大和は自力で這い出してきたが、索敵をするかのように辺りを見渡すジークとヒルダの行動はいささか滑稽なものに写った。あきらかに格の違う敵を発見してどうするつもりなのであろうか?生き延びたのは見逃して貰えただけなのは明白な事実であろうに。そんな事を考えてしまいながら、夜半から続いた戦闘の緊張感からの解放も手伝って猛烈な疲労感による睡魔が襲ってきていた。


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