この世の裏側
帰りの車の中では微妙に沈んだ声ながら大和は質問とも独り言ともとれる事を呟き出した。
「この世界を知りながら普通の世界に行くのがいるって聞いた時、それが普通だって思ったけど、こんなわけの分からない物があるって知ってしまうと、見ないふりする方が余計怖い気がするね」
「でしょうね『世の中には知らない方が幸せな事はいくらでもある』っていうのを地で行く世界だからね」
食品添加物の内容、原発の現状、飲食店のバックヤード、病院内の各部署の連絡状況、知らない方が幸せな事などいくらでもある、そんな事を感じる事は少なくないが飛び切りの物を間近で見るとどうしてもそう、強く感じてしまっていた。
「ところでさ、ヒルダさんの剣ってレプリカって話だったけど、1対1でやりあうならこの剣より強いんじゃない?」
その質問に対しヒルダは少し考えるようにすると、説明も込みで語り始めた。
「あなたの剣は正直未知数ね、最初に戦った時、勝手に動いて私の剣を止めたでしょ?水流操作だけじゃなく未知数だからこそなんとも言えないわね」
都市を破壊できる爆弾のような自分の剣に対し、マシンガンのようなヒルダの剣というイメージでいたが、そう簡単な物でもないようであった。
「その剣はS級って評価がついたみたいだしね、ちなみに私のはB級のレプリカね、名前はウィングブレード、その剣はムラクモだっけ?クサナギだっけ?」
「本物のそれって皇室が持ってて、保管されてるんじゃないの?」
「たぶんそれが本物よ、本物の超常的な力に憧れた当時の人が見た目だけ真似して作ったのが、皇室が持ってるやつだと思うわ」
街頭宣伝車に乗っている人達が聞いたら袋叩きにされるのではなかろうか?そんな事を考えてしまったが、確かに皇室が持っている剣がこんな超常現象を引き起こせるとは思えず、その説明の方が筋が通っているように思われた。
叢雲、草薙、色々と調べて見たのだが、どちらの方が叢雲の方が古いような事が書かれていたため、正式には叢雲なんだろう、そんな事を考えていたが。口をついて出たのはかなり物騒な質問であった。
「もしも、危険思想の持主みたいなのがこの剣の所有者になって、こっそり大都市を壊滅させようとしたら未然に防げるの?」
「防げない可能性が高いわね」
即答であった、彼女は脅しをかけているわけでもなく、誇張した表現を使っているわけでもなく、事実のみを端的に言っただけであった。しかしインパクトのある話だと思えた。
「だとしたらなおさら分からないのは、本部にはもっとやばい物があるって話だけど、もし僕がテロリストとかだったら強襲かけて奪いに行くのに、なんかセキュリティが甘く思えるんだよね」
彼の問いかけに彼女は少し考えるようにしたが、そう時間を置くことなく回答した。
「例えば核爆弾だったら存在すればだれでも使えるわよね?だけどあなたの剣はあなたしか使えないのよ、もし仮に本部を襲撃して危険な武器の強奪に成功したとしても、剣が選んでくれなかったら、それは金属の塊にしかならなくなるのよ、リスクは極めて高く、成功した時のリターンは完全な運任せ、私がテロリストならパスね」
言われてみればかなりギャンブル要素が強い上に、本部に何が封印されているか分からないのだから、よほど別の事に労力を費やした方がいいように思われてきた。
「襲撃をかけるまではしなくても、組織だって武器を集めてるような集団はいないの?」
「私が知る限りではいないわね、個人か数人のグループで組織といえるほどの集団はいないはずよ」
『どのくらい危険なのか?』その指標となるものが希薄であるが故にどこまで深入りしていいものか判断が就きかねていた、知らなければ知らないまま生きて行く事になんの支障もなかったかもしれない、しかし日常のすぐ隣にそんな危険なものがあると考えると、知らないままトラブルに巻き込まれ死んでしまうかもしれない、そんな恐怖を感じていた。
普通に調べて分かる事なら、インターネット検索でガセや真実を含む多数の情報が出て来てそれを参考に考慮する事も出来たであろうが、参考意見ともいうべき内容が当事者達の言い分くらいというのもあまりに一方的な気もした、もっとも本人達はかなり危険であると言っているがいつその危険がどこに出現することになるのかも未知数であるならば、いっそ危険をすぐに察知できる場所に身を置く方がまだましなのではないだろうか?そんな事を考えてしまっていた。
「ちなみに、ヒルダさんは今までどんな任務をこなしたことあったの?」
彼女の顔がその質問に反応して、若干険しくなるのが感じられた。少し間が空いたが、覚悟を決めたかのように、一息つくと話始めた。
「3年位前にインド北東部で地震が起こって村が壊滅したって事件あったけど知ってるかな?普通にニュースで取り上げられてたはずだけど」
言われてみるとあった気がする、他国の事ではあったが、レンガ造りの家が完全に瓦礫と化している様子が映し出され、日本からも自衛隊がどうのと言っていた気がした。
「なんとなくだけど覚えてる、詳しくは覚えてないけどね」
「報道は半分以上捏造よ、大半の死体や建物は高圧電流で黒コゲの状態で発見されたの、しかもあなたのケースと違って偶然じゃなく狙って契約、発動がなされたみたいで、犯人も見つからなかったわ」
その事実を世間に知らせる事も出来ず捏造した内容の報道を世界に流したとするなら、自分が知っている世界での大規模災害のいくつかはこういったケーズなのかもしれない、そんな事を考えながらも、さらに質問を重ねた。
「じゃあ、その犯人はどこかにで生きていてまたなにかやろうとしている可能性が高いってこと?」
「その可能性が高いわね」
言い切る彼女であったが、その口からはさらに何件ものケースが語られ、地域紛争や大規模テロと報じられた内容のいくつかに係わっており、その際どのような敵と対峙し、どのくらい仲間に犠牲が出たのかも詳細な説明を受けた。
その説明を受けると係わりたくない、という思いと、知らないうちに自分の近所でそんな事が起きたらどう対処すればいいのだろうか?という感想とで、いよいよ今後の身の振り方に悩みが生じてしまった。
そんな彼の考えを察したのか、彼女は最後に言った。
「ゆっくり決めればいいのよ、しかも、事件が起きても手に余るって思えば拒否してもいいんだしね」
放っておけば人が数万単位で死ぬ、そんな状況を知らされた時『怖いんでパス!』そんな事が果たして言えるだろうか?高額な報酬なのも頷ける気がした。