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カノン四重奏

 合同文化祭から二週間がたった。

 あの後解放された俺を含めた四人で打ち上げをして、特に何もなく別れた。

 週末の路上ライブもなくなり、黒服バンドと出会う前の生活に戻っていた。

 黒服バンドが解散した今、三人と俺との間に会う理由は無かった。

 成瀬さんとは何度かメールを送りあっているが……前ほど多くはない。

 俺は虚無感を埋めるように受験勉強をする。

「…………」

 黒服バンド最後のライブに立ち会え無かったのが心残りだ。

 ライブは大盛り上がりで成功したらしいのだからいいのだが……

 そんな事を考えていると、机の上の携帯が振動した。液晶に映る文字は『成瀬みのり』メールではない、着信だ。

 急いで携帯を取ってボタンを押す。

「は、はい」

 久々の会話に声が少し高くなる。

『あの……忠則くん?』

「お、おう。 どうした」

『えっと、今週の日曜日って暇?』

「うん、暇」

 言ってからカレンダーを見る。よし、予定は無い。

『じゃあ、朝の十時に彩音の家の前に集合……で、大丈夫?』

 ああ、俺だけが誘われているわけでは無いのか。少し残念。

「うん、問題ない」

『朝ごはんは控えめにしてね……それじゃあ』

 成瀬さんはそう言って電話を切った。朝ごはんを控えめに……?

 たまに成瀬さんは説明不足になる……ま、いっか。

 久々に成瀬さんに会える。それだけで俺は楽しみなのだった。


 *


 日曜日、朝。

「いらっしゃい、遅かったわね」

「……集合の十五分前なんだが」

 出迎えてくれたのは彩音さん。そのまま連れられて奥に進む。

 その途中にあったのは彩音さんの母親。

「最後なのね?」

「……はい、最後です」

 二人はそう一言だけ呟くように会話をしてすれ違っていった。

「なあ、最後って……」

「いけばわかるわ」

 彩音さんに連れられたのは以前練習をした部屋だった。

 ピアノなど、様々な楽器が置かれている部屋の中には黒服バンドの衣装を着た二人。

「はい、これキミの分。仕立て直しておいたよ」

 ハルさんに渡されたのは俺の衣装。黒服マネージャーの衣装だ。

 走り回ったせいでヨレていた所が全て修復されている。

「えっと……これは」

 状況が飲み込めない。いつの間にか彩音さんも黒服バンドの衣装になっているし……

「その、ね。この前のライブに忠則くんいなかったから……」

「ラストライブにいないマネージャーなんてありえないよねー」

「えっと、じゃあ」

 成瀬さんは一歩前に出て力強く言った。

「今から本当のラストライブを始めるの」


 *


「もちろん、あの時いなかったペナルティはあるわよ」

 彩音さんが後からそう付け加えた通り、俺は単なる観客では無かった。

 それぞれの曲の音量調整やサポート。俺が知っている曲についてはマイクなどそれぞれの音量を全面的に任せると言うのだ。

「忠則くんなら大丈夫」

 戸惑った時にかけられた想い人からの一言。その一言だけで自信が溢れてくる。

「よし、任せとけ」

 そう言って黒服を着る。

 黒服バンド、本当のラストライブの始まりである。


 *


 三人の演奏が始まる。

『ドッペルキューピッド』『理想猫』『異種同志』『make lie』『彼の方程式』『仮面少女』

 俺の知っているものから知らないものまで、恐らくは黒服バンド全ての歌を休み無しに演奏していく。

 どれだけ時間が経ったかはわからない。長かったのか短かったのか、歌はストーリーゲリラライブのものへとなった。

 春、夏、秋、冬……そして俺が最後まで聞けなかった卒業。

 カノンを主旋律に置かないカノンの旋律。何か足りないような、それがまた綺麗な音色が終わった時、初めて三人は楽器を置いた。

「……終わりか」

 小さく呟いて惜しみのない拍手を送る。

「まだ終わってないよ」

 成瀬さんの声に驚いて拍手を止める。終わっていない……?

「こっち」

 成瀬に手を引かれてピアノの前に行く。

「忠則くん。ピアノ、弾けるでしょ」

 ん? ピアノ?

「いや、ひけな……」

「パッヘルベルのカノン」

「まあ、それなら……」

 と、いうよりそれぐらいしか弾けない。

「えっと、テンポ速くしたりできる?」

「……どうだろう」

 カノンならば指が覚えるほど弾いているからもしかしたら……

「練習してみよ」

「え?」

 戸惑う俺を他所に成瀬さんは準備を始める。

「あ、二人は休ん……でるね」

「忠則くん、カノン引けるんだ……」

「意外だわ」

 彩音さんとハルさんは既に傍観モードである。てかハルさん驚きすぎ。

「じゃあまずは速いテンポから」

 意味のわからないままに、成瀬さんのレッスンが始まった。


 *


「もう少し速く……そう、次は遅く……よし、完璧」

 成瀬さんによる謎のテンポレッスンが終わった。

「じゃあやろっか」

「……何を?」

「黒服バンド最後の演奏」

「……?」

「……?」

 お互いに浮かぶクエスチョンマーク。

「みのりーん、まだ説明してないよー」

 あっ、と声を上げた成瀬さんは咳払いをした。

「あのね、最後の演奏に忠則くんも参加して欲しいなって」

「……俺が?」

 成瀬さんは頷く。

「うん、練習した通りにすれば大丈夫」

 なるほど、さっきまでの練習はこの為だったのか。

「……ダメかな?」

「返事を聞くまでもないわ。準備しましょう」

 俺の返事が待たれる事なく、最後の演奏への準備が始まった。


 *


 目の前には成瀬さんに渡された楽譜。瞬時に読み取る事は出来ないが……カノンの旋律で問題がないならば大丈夫だ。

「三人とも……準備大丈夫?」

「問題ないわ」

「オーケー」

 二人からワンテンポ遅れて俺も頷く。

「じゃあ始めるよ……」

 大きく息を吐いた時、成瀬さんは変わる。

「最初で最後の新曲……カノン四重奏」

 小さく呟いたつもりだろうが、俺にはその言葉がはっきり聞こえた。

 成瀬さんの伴奏の後、通常のテンポで俺はカノンを弾きはじめる。

 成瀬さんの合図によって速く……遅く、とテンポを変えていく。

 新曲、カノン四重奏はストーリーゲリラライブ最終幕を編曲した物だった。

 三人の演奏が綺麗に重なるのは前と同じ、違うのは俺が弾くピアノが加わった事だ。

 俺が弾くカノンの旋律。無かった主旋律を埋めるように自然に入りこんでいく。

 歌詞は今までの俺たちを表したようなものだった。

 成瀬さんをメインに彩音さんとハルさんも歌を間に挟む。

 サビに入ると同時に、演奏は速くなる。

 成瀬さんの合図により俺もテンポを速める。

 速く……速く………速く……練習にも無かった速さになっていく。

 頭が追いつかない。しかしカノンの動きを覚えている指はいつもより軽く、無意識に動いていく。

 成瀬さんの声に彩音さん、ハルさんの声が綺麗に重なった時、放ったらかしていた楽譜がめくれた。

 ふと目をやるとそこには成瀬さんの文字。

『そのままの速さでカノンの音程。ピアノに合わせて』

 その文字の少し前から楽譜に歌詞がついている。

 これはもしかして……歌うって事なのか。

 もうすぐその場所だ。歌うべきなのか……

「……あ」

 成瀬さんが一瞬こっちを見た。

 それだけで何故かわかった。入っていいんだな。

 ピアノを指に任せて息を整える。

 一度声を出すと、後は迷いなく歌えた。

 三人が道を作ってくれているようだ。

 永遠に続くかとも思えるその演奏も、やがて終わりを告げる。

 こうして、黒服バンドの活動は終わりを告げたのだった。

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