表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大剣の英雄  作者: neru
探索者
5/8

第五話

今回から場面転換などを◆を使って表すようにしました。

 この世界に来てから三日目の朝だ。

 今日から簡単な依頼をこなそうと思う。

 所持金は昨日の買い物で銀貨十枚をきっている。まだ困るほどの少なさにはなっていないが、服の替えもほしいし、薬などの道具も買いたい。

 こういうのは早いうちに行動したほうが首が回らなくなるのを防げる。昨日ランダにゴアラルフ程度ならどうにかなると言われたのも大きい。

 顔を洗って薬を買ったら、草原でできる簡単な依頼を探してみよう。



「よお、クロト」


「おはようさん」


 井戸に行くと《悠遠の刺突》のブロンとオブリがいたので挨拶する。なんだかこいつら顔色悪くないか?


「調子悪そうだな。大丈夫か?」


「あー、昨日かなり飲んだからな……。そういうお前はあんなに飲んだのに平気そうだな」


「昨日は普通に酔ってたよな? 飲んでも酔わないってんならまだわかるが、飲んでるときは気持ちよくなって次の日には残さないとか、うらやましいんだよ体取り替えろ」


「全力でお断る」


 なんでそんな暑苦しい身体にならなきゃいけねーんだよ。あと二十歳過ぎたら歳をとっても嬉しくないんだぞ。見た目からしてお前ら二十代後半だろ? 俺の寿命が無駄に縮むわ。


 それにしても内臓機能まで強化されてるのかこの身体は。便利になっちゃってまぁ。


「とりあえず起きてきたんだが俺たちゃ今日は仕事にならんな。部屋で寝てるわ」


「お前も街から出るときは体調に気を遣えよ。なめてると足をすくわれるぜ」


「おお、お大事にな」


 《悠遠の刺突》の二人は帰って行った。俺も買うもの買いに行かないとな。



 俺は今レジッド商店にいる。ランダ曰く品揃えのいい雑貨屋らしい。普通の商品ならとりあえずここに来れば買える可能性が高いと聞いた。


 今の俺の装備は皮鎧を着て革の籠手とすね当てを装備しヘルムをかぶり、背中に大剣、左腰に片手剣を装備した完全な戦闘態勢である。ナイフは右腰にある。

 ここで買い物をしたらすぐに草原に行けるように依頼はもう受けてきた。協会は北でレジッド商店は南、俺が街から出る門も南だ。態々北の太い通りと南の太い通りを行ったり来たりする必要もないだろう。


 受けた依頼はディピル五匹分の肉の確保。

 ディピルっていうのはランダ曰くでかい鼠だ。説明するときに手の拡げた大きさからして兎よりちょっと大きいくらい。肉が食用になる。毛皮も売れる。

 見つけさえすれば狩るのは難しくないだろう。今の俺はオリンピック選手も真っ青な快速の足を持っている。

 狩ったら血抜きをして内臓を取って納品しよう。皮の剥ぎ方をよくわかってないしな。ちゃんと解体してないと少し手数料がかかるので安くなるが、下手に皮を剥ごうとしてダメにするよりはいいだろう。皮の剥ぎ方は今度誰かに教わろう。


 その辺の奴に内容を訊いて、ボードに貼ってあった依頼表を取って受けたんだが、薄くてどことなく繊維質なところが植物っぽい感じがする紙だった。俺としては羊皮紙よりも依頼表のほうが上質な紙に見えたんだが、こっちでは重厚感がある羊皮紙のほうがいいものなのかね? 俺が登録した時は羊皮紙に必要事項を書いたんだが。

 というよりこの紙どこかで見たな。どこだっけ?


 とりあえずそんなわけででかい鼠、というか耳の短い兎?狩りの依頼を受けたので、その死骸を入れる袋と怪我をした時に使う薬を入れる瓶、あとヘルムの中に詰める手ぬぐいを買いに来たのだ。


「ちょっといいか?」


「いらっしゃいませ。どういたしましたでしょうか」


 俺は店の奥のカウンターにいる男に話しかけた。どこにでも居そうな普通のおっちゃんだ。いや、金髪だから日本にはこんなおっちゃんはあんまりいないか。

 とにかくマッチョではないから普通だ、うん。

 

 店の中にはロープや金槌、コップに皿、いろいろなものがあって日本のホームセンターのようだ。店の大きさは圧倒的に小さいが。それでも探すよりは聞いたほうがよほど早そうなくらいにたくさんものが売っている。


「俺は探索者なのだが、獲物を入れるための袋、傷薬を入れる瓶と、あとタオルをいくつかくれ」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 そう言ってするすると品物であふれかえる店の中から品を取ってくる。俺が言ったより持ってるものが多い気がするのだが。


「お待たせいたしました。まず獲物を入れる袋なのですがいくつか大きさがございまして。今お持ちいたしましたものの中でちょうどいい大きさはありますでしょうか?」


 そうか。袋の大きさもいろいろあるよなそりゃあ。


 俺は兎を五匹入れても余裕があるくらいの大きさの袋を買うことにした。

 余裕がある分にはいいだろう。一匹二匹くらい余分にとるかもしれないし。


「よろしいでしょうか? はい、ではその袋で。次にタオルですがいくつかの大きさがございます。いかがいたしますか?」


 そう言って何種類かの大きさ、形の手ぬぐいを並べた。

 前のと同じでいいかな? いや、全部同じ大きさにするよりも違う大きさのがいくつかあったほうがいいか?


「じゃあ、この普通のを二枚と大きいやつを三枚くれ」


 普通のは前に買ったのと同じもの。大きいほうは四十×六十センチメートルくらいだろうか。手持ちの分もあるし手ぬぐいはこれくらいでいいだろう。


「まいどありがとうございます。では、瓶のほうなのですがこれもいくつか大きさがございます。こちらから選んでください」


 俺はランダが持っていたのと同じ容量が三百ミリリットルくらいの陶器のような瓶を選んだ。中は空で、口の部分はコルクみたいなもので栓をしてある。


「ところでその瓶なのですが、どこに入れて持ち歩かれるのでしょうか?」


 そう言われて気づいた。瓶を入れるものがない。


「もしよろしければなのですが、こちら、紐で腰のベルトに縛り付けるタイプの小物入れなのですが、探索者様には邪魔にならないと評判でして。お一つどうでしょうか」


「ああ、それももらおう」


 やるなこいつ。いろいろ買い揃えてるからこっちが初心者探索者だと気づいて、俺が買いそうなものをあらかじめ用意してたな。


「瓶に入れる薬なのですが、通常使われているロテル薬ならサービスで入れさせていただきますがどういたしましょうか」


 そう言って店員は壺からお玉のようなもので俺が薬屋でも探して買いに行こうと思っていた、緑色のちょっととろみのついた液体をすくって見せた。

 鼻がツーンとした。



 俺は必要なものがそろったことに満足して店を後にした。

 完敗だった。

 きっと何か必要になった時、俺はまたここに買いに来るだろう。


 瓶は銀貨二枚もした。さすがに高いな。


 ヘルムに手ぬぐいを詰めてかぶる。もともと持っていた手ぬぐいはベルトに挟んでいたのだが、それも二枚詰めた。残りの一枚は腰に縛り付けた小物入れに瓶と一緒に入れた。袋は適当に丸めて持った。


 南の門から街の外に出る。外に出る分には金がかかったりはしない。なので門の警備兵に少し頭を下げるくらいでそのまま通り抜ける。


 門の外には畑が広がっている。たぶん麦だと思うが、そこまで詳しくないし、地球にあったものと同じかどうかもわからない。なんか動物も竜とかいる世界だし。

 そんな畑を両側に臨む道を進んでいく。舗装なんかはされておらず、土がむき出しで固まっている道だ。しかし太さは馬車が三台は横に並べそうなくらいはある。街の中は石畳だったり、砂利が引いてあったりする。雨が多いそうだから土のままだと都合が悪いのかね。


 ぶらぶらと歩いていくと畑が終わり、あたりは草原になる。基本的には畑に近いほうがゴアラルフなんかの危ない動物は出にくくて安全だ。それに今回の獲物のディピルは畑を荒らすこともよくある。なので畑からあまり離れないところで狩るとしよう。気分は害獣駆除である。


 畑から数メートルほど離れたところを歩くようにして街道から離れていく。視線は草原のほうを向くようにして、草の間に隠れているであろうディピルを探す。畑の中はいたとしても入るわけにはいかないので、そっちはあまり見ない。

 たまにちらりと畑のほうに目を向けると、遠くで農作業をしている人が見える。作物はもう植えてあるし、草むしりをしているのか、それとも育ちが悪いのを間引いているのか。虫でも取ってるのかもしれないな。

 あたりには何もおらず、長閑な風景に眠くなってくる。弁当でももってピクニックに来たら気持ちいいだろうな、ふとそう思うとともに気づく。

 水は普通持ち歩くものか。

 買い忘れてたな。いや、忘れてたというか気が回らなかったとか気づいてなかっただな。街の外に出るときは今度からは水とパンくらいは持って歩くことにしよう。


 そんなことを考えているときだった。三十メートルくらい離れたあたりに、なにやら草がもぞもぞというか、がさがさと揺れているのを見つけた。

 よく目を凝らして見てみると、草が高くて分かりにくいが、草の高さより少し小さいくらいの茶色い影が見える。

 草の高さが膝下くらいだ。となると、あの茶色い物体はちょうど探していたディピルと似たような大きさになる。

 たぶんディピルだ。もし違ったとしても、そんなに脅威になるような生き物ではないだろう。小さいしな。


 俺は手に持っていた袋を腰のベルトにずぼっと突っ込んだ。そして背中から大剣を抜く。いや、抜くというか外すというか、そんな感じなのだ。


 大剣は大きい。身長ほどもあるその剣の刀身をすべて鞘に納めるとなると、非常に抜きにくいのだ。だから大剣は刀身をすべて鞘に納めるようにはなっていない。

 ではどうなっているのかというと、まず剣の切っ先のところ数十センチメートルだけが被るような鞘に切っ先を入れる。そして、肩のところに剣の鍔の辺りを引っ掛けるのだ。だいたい肩には鞘の一部になっているフックがあり、剣のほうは鍔の辺りに輪っかとか、引っ掛けられるものがついている。それが基本的な大剣のスタイルになっている。俺のもこれだ。

 こういう形だからこそ、フックの部分を外し、先端の被っている鞘の部分の分だけ持ち上げればすぐに剣を振り回せる状態になる。

 剣を抜くのにもたついていたら死ぬ。鞘に入れて刃を隠し、安全にするよりはすぐに使えるようにというコンセプトの鞘なのだ。


 俺は抜いた大剣を右肩に担ぐようにして持つ。そして獲物を確かめると、少し息を整えて一気に駆け出した。


 今の俺は地球で世界新を出す自信がある。きっと逃げられても追いつけるだろう。


 ダダダダっとすごい勢いで駆け寄る俺。気配を消すことも何もしていない、一直線のまっすぐな突進だ。

 さすがに気づかれる。そりゃあそうだ。そして逃げていく。それもそうだ。俺だってこんなでかい剣担いだやつがすごい勢いで走ってきたら気づくし逃げるもん。マジビビる。


 シュタタタタ、とでも擬音がなりそうな感じで逃げる小動物。ズダダダダ、と地面を蹴っ飛ばしながら追いかける俺。

 段々と距離は詰まってきている。歩幅もあって、俺のほうがやっぱり早い。まあ、日本にいたころじゃ、絶対に追いつけないなこりゃ。


 時折右に左に曲がったりして必死に逃げるも、遂に俺に追いつかれる小動物。

 俺は十分に大剣の射程に捉えたことを確認して、大剣の柄を両手で持ち、肩から思いっきり地面に向けて振り下ろした。


「ふうんっ! ……あれ?」


 ボコッという音とともに大剣の切っ先が地面に食い込む。しかし小動物はシャタタッ、と左に走って回避した。


「ふっ……、やるじゃないか」


 俺はまた肩に大剣を担ぐと駆け出した。まだ十分に追いかけられる距離である。

 

 今度こそ仕留めてやるという思いとともに追いかける。そして追いつくと


「ずぇぁああああ!」


 気合を入れて一気に大剣を振り下ろす。先ほどは真下に縦一文字の軌道を描くように振り下ろしたが、今度は右肩から左ななめ下に向けて振り下ろす。


 全力の一撃だ。今度こそ避けられまい。


「……あっれー?」


 俺が大剣を振り降ろす瞬間、小動物はちらりと俺のほうを向くと、シュババッ、と右にカクッと曲がった。俺の大剣は草をなぎ倒して地面にめり込んだ。

 小動物はぷりっとしたケツを振って走っていく。


「く、くそが!」


 俺はまた大剣を肩に担ぐと全力でダッシュした。ここまで本気で走ったのは、この世界に来てゴアラルフに追いかけられた時以来だ。


「待てやボケェ!」


 あいつがケツをプリプリ振って逃げるのがどうも俺を馬鹿にしているように見えてくる。いやまあ、あっちとしては命かかってるし真面目に必死なんだろうけども。


 追いついて三度目の剣を振るう。今度こそという思いが俺の心を占める。


「はああああああっ!」


 気合を入れて縦に一閃。小動物は右に曲がって避ける。


「っえああ!」


 俺は縦に大剣を振ったのち、すぐさま右側を払うようにして大剣を振る。

 俺の想像としては、ビュビュンッ、という感じで高速の連撃を繰り出す予定だった。

 しかし悲しいかな、俺の大剣はビュンッブン、というような振りの速度になった。擬音をつけるとしたらな。

 二撃目が始まるまでに一撃目の終わりからほんのちょっとかかる。そんな何秒もかかるというわけではないが、なんだか一つの流れるような動作の技ではなく、一撃を素早く二回繰り返したような感じなのだ。


 小動物は逃げていった。一回俺のほうを振り返った。

 俺は追いかけなかった。



 大剣の切っ先のところに土がついていたので、その辺の草で適当に拭って落とす。そして大剣を鞘に納めた。

 俺は何がいけなかったのか考えながら歩き出す。この身体でも、全力で走ったので疲れは感じた。ちょっと足に乳酸がたまったかな、という感じに。


 剣を振る速さが問題なのか? ……いや、今思うとあの小動物は俺が剣を振る一瞬前に行動していた気がする。ランダムな回避行動をとるようにカクカク動いてたな。あの小動物がいる場所じゃなくて、避けるであろう場所に剣を振り降ろすのがいいんだろうか? でも動きの先読みなんてできないしな……。となるとやっぱり連続で剣を振ったほうがいいんだろうか。すごい速さで何度か振れば避けきれないと思うんだが。

 でも大剣じゃ今はあれが限界だよな。大剣振って練習すればもっと速くなるかもしれないけど、そんな一朝一夕で身につくわけでもないだろうし。


 俺は悩みながら歩く。大剣がもっと軽ければ切り返しは速くなるか? いや、長さがあると軽くても遠心力がかかってダメかな。とにかく大剣よりもっと軽くて短いものがあれば……


 ……あるじゃん。大剣より取り回しやすいの。


 俺は左腰に下げている片手剣を抜く。ちょっと腰を落として軽く前傾になり、手前の地面すれすれを何度か斬り払ってみる。


 ヒュヒュヒュヒュッ


 ……これはいける。


 片手剣は小枝のように軽く感じた。しばらく振ってみて感触を確かめる。


 ヒュヒュン。ヒュヒュヒュン。ヒュヒュピュピュピュピッ。


 俺は確信した。これはいけると。

 そのまま右手に片手剣を持って歩いていく。重さなんてあんまりないし、特に邪魔にはならないからな。


 畑から離れすぎないように気を付けながら歩いていくと、またもや茶色い小動物を発見した。さっきより近い。二十五メートルくらいか? もうちょっとあるか。


 俺は心を落ち着けて呼吸を整える。あの剣速ならいけるはずだ。避けられない飽和攻撃をするんだ。


 俺は駆け出した。ダダダダッ、と地面を蹴り飛ばす音がなる。小動物はこっちに気付くと、シュタタタッ、一目散に逃げ出した。


 追いかける俺。逃げる小動物。

 なんだかゴアラルフに追いかけられた時を思い出す。今は狩るのは俺で、狩られるのはお前状態だが。


 小動物に追いつく。多少ジグザグと曲がりながら逃げる小動物。そのまま少し走り小動物が真正面のやりやすい位置に来たところで


「ふぅっ!」


 ヒュヒュザガッ


 連続で剣を振るった。

 ごろろ。転がる小動物。俺の振った片手剣は小動物の左後ろ脚を斬ったようだ。

 近づいて斬った場所を見てみる。人間で言うふくらはぎの部分か。傷は骨まで達し、その骨も折れている。なんだか斬ったというより、刃物で叩いたというほうが近いかもしれない。


 脇の下に手を入れるようにして少し持ち上げ、顔をよく見てみる。

 全然兎じゃない。いや、兎と顔は変わらない、と思う。ちょっと兎より鼻が出ているか? しかし、耳が思いっきり鼠なせいでそのまんまでかい鼠にしか見えない。まあディピルで間違いないだろう。

 兎にとって耳っていうのはとっても大事なんだなぁ。


 かわいそう、という感情は少しあったかもしれない。だが、もうゴアラルフも殺しているし、こいつは串焼きとかになるのだ。俺だって串焼きもステーキも肉野菜炒めも食う。

 だから、人並みな考えだが、感謝して命をいただく、というように考えるように心がけた。

 生活もかかってるしな。


 首をナイフで切って後ろ脚を持ってぶら下げる。そこまで重さは感じない。しかし、ぶらーんと垂れ下がると予想以上にでかく見える。

 首から結構血が流れているが、まだ生きている。たしか生きているままじゃないと、血が抜けないとか肉が臭くなるとかって聞いたことがあるような。地球でネットかなんかで見たんだったか。あまり経ってないのに、もうネットが懐かしいな。


 ちょっと絞るようにもんでみたりしながら血を抜いていく。

 暫くすると、血は出なくなった。

 いつの間にか死んだようだった。


 その後、首の辺りから肛門の辺りまで裂く。肛門のところは肛門の周りをくるっと切った。内臓の咽喉のほうは切れるところから切った。

 内臓を取り出して一応の完成である。水を持っていないことを激しく後悔した。手が生臭くてしょうがない……。

 この辺だと内臓は雑食のディピルや鳥なんかが処理するので、そのまま放っておいていいらしい。

 というか基本的に畑の中とか村の中とか、近くで休憩するとかでなければこういったものは放っておいていいようだ。


 手はその辺の草で適当に拭った。腰のベルトに挟んでいた袋を取り出して、その中にディピルを入れる。かさばって邪魔だから、これからはディピルを追いかけるときに袋をその辺に置いていかないといけないな。なくさないように注意しないと。


 俺は右手に片手剣を持ち、左手で巾着袋の紐を持って肩に紐を引っ掛け担ぐように持った。

 そして、次のディピルを探して歩き出した。



 五匹目のディピルを袋に入れながら、俺はため息をついた。

 時間は昼になったところか、少し昼を過ぎたあたりだ。

 今まで水も飲まずにくそ鼠と追いかけっこをしていた。咽喉が乾いた。

 

 こんな身体でも咽喉は乾くんだな。飲まず食わずでもしばらく生きていられるようになってたりはするんだろうか? かなり遠くのほうにゴアラルフらしき影を見かけるときはあった。たぶん目もよくなってる。たぶんな。


 五匹目ともなると、片手剣の一太刀で後ろ脚を斬れるまでになった。

 こう、引きつけるというかかなり近づいた状態で、コンパクトに素早く剣を振るうのだ。今まではちょっと必要以上に大振りすぎたかもしれない。


 大剣とは何だったのか。出番はなかった。


 とにかく依頼分はこれで達成である。さっさと街に帰って手を洗って飲み物と飯を食おう。

 ずっと右側に畑を見るようにして歩いてきたから、戻るのは簡単だ。畑を左に見ればいい。

 若干早歩きになりながら、俺は街へ戻っていった。



「クロトの依頼初達成を祝して」


「乾杯!」


「乾杯!」


 俺は今探索者協会で飯を食っている。協会でランダとレグルドに会った。初依頼を達成した話をするとおごってくれたのだ。いい奴らだ。

 今は午後二時くらいか。身体を動かして汗もかいたし、正直替えの服もないときつくなっているのだが、飯が先だ。

 依頼の報酬は銅貨八十枚。一匹分の肉が銅貨十六枚ってことか。そして毛皮の分でさらに銅貨三十枚。毛皮を剥ぐ手数料で銅貨二十枚引かれているらしい。できる限り自分でやったほうがよさそうだ。

 つまり今日の儲けは銀貨一枚と銅貨十枚。かなり儲かったんじゃないだろうか。

 ちなみに手は協会に来る前に洗った。生臭さが消えないんだけど……。


「いやぁ、ディピルだよね? 一人でとってきたの?」


「ああ。組んでるやつもいないからな。しょうがない」


「街から出るなら一人はやめとけ。そのうち大怪我するぜ」


 やっぱり最初は仲間探しから始めたほうがよかったかな。でも、ぽっと出の俺と組んでくれる人なんているのかね。《悠遠の刺突》とお前らくらいしか知り合いいないんだが。


「パーティーって普通どうやって集まってるんだ?」


 正直、いきなり俺が声かけて「パーティー組もうぜ!」って言っても「は? 誰お前」ってなる気しかしないし。

 それによく知らない人のパーティーに入るのはちょっと怖い。人のいない森の中で身ぐるみはがされるかもしれないし、囮に使われるかもしれない。相手としても信用もなく実力もよくわからない俺と組もうとは思わないだろう。

 そう考えるとしばらくは一人でやるしかないかな……。


「同じ村や街の出身とかは多いかな。あとはワイバーンみたいなのを何パーティーかでやった際にパーティー同士が合併したり、引き抜きがあったり。とある目的を掲げてるところに同じ目的を持った人が入ったりもするよ」


「それと募集だな。何々を狩りに行くから斥候がほしいとか、盾役がほしいとかな。それで組んでそのままパーティー入りってのもよくある」


「うーん。今は知り合いも少ないし、そういうのが増えてからかな。下手に組んで初心者狩りとかにあったらいやだし」


 俺がそう言うとランダはちょっと困ったような顔、レグルドはむすっとしたような顔になった。


「あー、まあ警戒するのも間違いではないんだけど、あんまりそういうのは探索者に言ったらだめだよ?」


「そうなのか?」


「ふん! そういうせこいのは傭兵にでも言ってやるんだな」


 傭兵ならいいのか。というか探索者と傭兵の違いって何だ? 傭兵っていうと武装してるやつだよな。それで雇われて戦う。そんないイメージしかないが。


「えーっと、探索者っていうのは助け合いが基本なんだよ。明日は我が身ってね。誰かが襲われていてまずそうなら助けるし、食料が尽きてたら分け与える。いやまあ、共倒れしたら本末転倒だし、助ける余裕があればだけどね。人の領域から出て安全なんて誰も保証してくれないところで僕たちは活動するからね。自然と助け合っていくようになって、こういう不文律ができたんだ」


「探索者は裏切りなんぞせん。そんなもんをするのは探索者を気取ってるだけのクズだ」


「お金さえあれば探索者証は手に入るし、そういうあくどい考えのやつもいることはいるんだけど、探索者っていうのは自分なりの誇りを持ってるやつが多いからね。そんな風に言うと怒る人は結構いるんだよ。探索者はそんなことしない、ってね」


「そっか、言葉には気を付ける。もめたいわけでもないしな。ところで傭兵だといいのか? 傭兵がどんなもんか知らないんだけど」


 傭兵と探索者の違いがいまいちわからん。どっちも武装はしてそうだけど。傭兵は濡れ仕事をする集団とか?


「探索者が外で活動するなら、傭兵は内で活動するってところかな。探索者は人の領域から出て生き物を狩ったり、薬草とか資源を調達するのが主な仕事なんだけど、傭兵は街で倉庫の警備をしたり、誰かの護衛をしたり、戦争とかに参加したりする」


 別にそんなヤバそうには聞こえないけどな。兵士みたいなもんじゃないのか?


「それで傭兵についてなんだけど、別にみんながみんな悪い手合いでもないし、中には親切な人もいるだろうね。でも、スレてる人が多いのも事実なんだよ」


「スレてる?」


 反抗期かな?


「傭兵っていうのは仕事上、人を相手にすることが多い。人を斬る機会も探索者と比べたらたくさんある。笑いながら人をいたぶって殺す奴、恥も外聞もなく必死に泣きながら命乞いをする奴、そういった場面を目にすることも多い。そうなると心が歪むし、さっきクロトが言ったように身ぐるみ剥ぐのも抵抗が少なくなる。ひどいのになると、傭兵だから仕方なく人を斬るんじゃなくて、人を斬りたいから傭兵やってるっていうのもいるからね。探索者に比べると闇が深いんだよ、あっちはね」


 そうなのか。兵の場合はしっかり心構えとかも訓練してるだろうし、もしかしたらカウンセリング的なのもあるかもしれないけど、きっと傭兵にはそんなものはないんだろうな。兵士にもカウンセリングまではないか?

 傭兵になったりしないですんでよかった。


「ああもう、やめだやめ! こんな辛気臭ぇ話なんぞしてたら酒がまずくなるわ!」


 そう言って発泡酒をあおるレグルド。この酒は日本のビールとは違う味わいだ。炭酸がちょっと弱いし、何より冷えてないのでそこまでうまいとは思わない。


「そうだね。じゃあ話を最初に戻すんだけど、ディピル一人で狩ったんでしょ。どういうやり方でやったの?」


「そりゃあこう、走って追いかけて後ろから斬ってってな具合で……」


 俺がそう言うとランダはちょっと困ったような顔、レグルドは呆れたような顔になった。

 今度は何ですかね。


「疲れただろ、それ」


 そりゃかなり走ったしな。疲れもする。

 なんだ、もっと楽な方法があるのか?


「普通なら弓で仕留めるか、高さが腰くらいまである網で周囲を囲って段々と狭めていって捕まえるんだよ。いや、捕まえずに斬ってもいいけど」


「言っとくけどもちろん両方パーティーだからな」


 パーティーか。それじゃ俺には無理だな。


「ん? 網はでかいのを何人かで持って囲むとしても、弓なら一人でもいいんじゃないか?」


 網の場合は四人パーティーだと四角形の頂点で人が網を持って、段々と歩いて網の中を狭めていくとしても、弓ならば一人でも射れるじゃないか。


「弓は接近されると弱いし。畑に近いところでもゴアラルフと鉢合わせることもあるからね。初心者なら一人で行ったりしないよ」


「そんなもんか」


「そんなもんだ。ひとりで行くなら実入りはいいかも知んねぇけど、絶対遠くに行くような依頼は受けるなよ。森の中とか湿地とかは冗談抜きで死にかねねぇ」


「わかった。ディピルでもいい稼ぎになるし、誰かと組むまでは草原の街に近い辺りでできる依頼を受けるよ」


 最初にゴアラルフに追いかけられた時に森に逃げようとしたけど悪手だったんだな。いや、草原に逃げてもどうしようもなかったし、森に逃げたことでこいつらに助けられたんだからよかったのか? まあ、判断はともかく運はよかったんだろう。


 それからは大剣担いで追いかけまわして失敗したのを馬鹿だなんだと言われ。大剣なんかで斬れば、技術があるならともかく、毛皮はもちろん肉まででかい傷がついて価値が下がると言われ。水を持って行かなかったことを呆れられ。

 反省会のようになっていろいろ怒られた後解散になった。



「ふうぅ……」


 今俺はトイレにいる。宿舎の共同のやつ。

 トイレは焼き物の箱のようなものが床にあいた穴のところに入れてあるような感じ。大の場合、和式のように跨いでしゃがんでするようだ。少なくとも俺はそうやった。

 トイレの右奥の、和式トイレの態勢を整えたらちょうど手が届くような位置には箱がある。そこにモサっとはがきサイズの紙が積まれているからたぶん俺のやり方であっていると思う。


 というか、思い出した。依頼の紙をどっかで見たことあると思ってたけど、これだ。トイレで見たんだ。

 今更だけど紙があってよかった。不浄の左手とかだったら泣いてたかもしれない。


 俺はいろいろすっきりすると部屋に戻った。



 窓から外を見る。夕焼けだ。ランダとレグルドと三時間くらい駄弁ってしまった。

 服は着たきり雀。いい加減に着替えたい。特に今日はくそ鼠と追いかけっこまでやる羽目になった。電車にでも乗れば周りがちょっと離れるんじゃないかな。汗臭くて。

 今から急げば店じまいをする前に服を買うことができるかもしれない。だが俺は汗臭いままベッドに倒れこんだ。


 緊張の糸が切れたのだ。


 まだ皮鎧はつけたままだ。だが外す気にならない。とんでもなく疲れているのだ。

 肉体的に、ではない。飯も食ったので回復し、まだまだ走り回ることができるくらいだ。

 これは精神的な疲れだ。動こうと考えること自体ができないくらい疲れている。


 今までは、とにかく深く考えないようにして過ごしてきた。考えの迷宮に嵌ってしまえば、そのまま動けなくなってしまう。自分になにもない状態でそうなってしまえば、そのまま死んでいくだけだと、そう思って必死に深く現状を考えないようにしてきた。


 だが、依頼を成功させてしまったことで、考える余裕ができてしまった。


 生きていくためには食料と自分の身の安全が必要だ。今まではそれがなかった。なかったというか、食料と寝床を手に入れるための金銭の確保。それが日本の通貨を売るくらいしか方法がなかった。いつまでもそれだけで生活できるものじゃないから、まだ緊張感を保てた。

 

 でも俺は、今日、依頼を成功させてある程度の金銭を稼いでしまった。

 それは、俺に今後それなりに安定した生活ができることを教えてしまった。


 それ故の、安心。

 張りつめていたものが、一気に切れてしまった。

 そして今まで考えないようにしてきたこと、それがゴムを引けば引くほど反動がすさまじいように、濁流のように頭の中を荒れ狂って流れた。


 探索者で稼げることはわかった。家族が。だが探索者以外の安全な職に就くことはできないのか。いやそれ以前に帰る方法はないのか。傭兵は嫌だ。きっとみんな心配して、いや、一人暮らしだしこの程度の日数じゃまだ俺がいなくなったことに気付いてもいないか。レポートは。俺はこんな目に合ってるのに。それより服を買わなきゃ……


 ぐるぐるぐるぐると同じことを何度も考えつつ、身じろぎもせずに涙を流しながら呆っと過ごした。


 そうしているうちに、いつの間にか俺は意識を手放していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ