第四話
結論から言えば、俺の願いは叶わなかったようだ。クソァ。
硬いベッドで寝たせいか体に違和感がある。木の板で蓋をされているような窓を開ければ新鮮な空気が入ってくる。もう外は明るい。日の出からどれくらいの時間がたったのかわからないが、太陽の位置からして二つ目の鐘は鳴ってないだろう。
今日は武具を揃えないといけない。昨日ランダと決めたのだが、二つ目の鐘、日の出と真昼の中間の鐘が鳴ったら探索者協会前に集合することになっている。
着替えすらも買っていない状態だから特に準備するものもない。せいぜい外にある井戸で顔を洗うくらいだ。……そういえばタオルもなかった。どうしよう。
窓から外を眺めてみるともうすでにやっている店もあるようだ。朝の準備する忙しない空気に混じって、客引きの喧騒が聞こえる。
タオルだけ先に買ってきてしまおう。
銅貨と銀貨はそれぞれ巾着袋のようなものに分けて入れてある。昨日レジッド商店から出てきたランダに渡されたときは既にこの状態だったが、ランダが巾着を買ってくれたのか、態々店主が巾着をつけてくれたのか。謎である。
あまり気にしていなかったというか気づかなかった。昨日はやっぱり結構混乱していたようだ。
タオルではない。布である。もう一度言う。布である。
俺は北の太い通りで朝からやっている雑貨屋を見つけて店員にタオルを頼んだ。布が出てきた。全然ふわふわともしていない。水を全く吸わなそうなペッタンコの布をよこしてきたのだ。硬い。二十×四十センチメートルくらいの。
店員に聞いたが、これが一般的なタオルらしい。せめて手ぬぐいって名前にしてくれ。俺はこれをタオルとは認められそうにない。
仕方なくこれを三枚買った。三枚で銅貨九枚だった。手ぬぐい一枚で銅貨三枚らしい。
ついでに屋台のような店で串焼きを買って朝飯にした。硬くて生臭いが、炭で焼いてるおかげか、まあ、食える。
宿舎まで戻ってくると共用の井戸に向かった。宿舎の横、申し訳程度の垣根が植えられた場所に宿舎の共用の井戸はあった。共用の井戸があるとは聞いていたが、どこにあるとは聞いていなかったので見つかってよかった。これであってるよな?
まあこの井戸が宿舎の共用の井戸ということにしよう。そこには幾人かの先客がいた。上半身裸になって濡らした手拭いで拭くマッチョ、頭を濡らした手拭いで磨くハゲマッチョ、瓶に水をくむ細マッチョなど、朝から見るにはきつい光景がそこには広がっていた。おねーさんはいないんですか?
とてもそこの仲間に入りづらかったが、ここで戻るのも負けた気がする。それに身体を拭いているのを見ていると、自分の身体がむずむずする感じがしてきた。昨日は風呂に入ってないし、ベッドとか虫がいてもおかしくなかった。風呂とかあるんだろうか。
釣瓶落としというのだったか? それは妖怪だっけ? とにかくロープ付の桶で水をくみ上げる。手ぬぐいを濡らしたあと顔を水で洗い、濡らした手拭いで拭いた。乾いたままの手拭いだと痛そうだったから。濡らした手拭いで身体も拭いてから水を飲んで部屋に戻った。
マッチョたちに見られていた気がするが気のせいだと思う。思わせて。
部屋に戻ってきたはいいが、そういえば何もすることがなかった。テレビもゲームもパソコンもラジオもケータイもない。あるのはイスと机と硬い藁ベッド。そして買ってきた手ぬぐい。
もう一度買い物にでも行くべきか。それとも一晩寝て少しは冷静になったであろう頭で現状について考えるべきか。to be or not to be なのか。
まあ買い物はあとで行くとして、ランダたちと会う前に現状を整理しておくか。
まず、俺はここを異世界だと思っている。もしくは異なる進み方をしたパラレルワールド的な地球。まあそれも異世界みたいなもんだろう。そう考えた理由としては怪我の異常な治癒速度、疲れにくくなった身体、日本語で意思疎通できること、でも見たこともない文字。もしかしたら話している言葉のほうも俺が気付かないだけで日本語で話しているわけじゃないのかもしれない。あとで相手の口の動きに注目してみようか。
こういった変化から俺が今までいた地球とは違う場所なんじゃないかって思った。物理法則とか何かしらの理が違うんだろうなここでは。
そしてこの世界は人類の生存圏が非常に狭いらしい。人間の天敵となる非常に強力な生物たちが数多くいるからだ。代表的なものとしてはワイバーンとか。人間もじわじわと人間以外の生き物たちの領域を切り開いていっているらしいが、その開拓も一進一退のようだ。探索者がちょっと人間以外の領域を奥のほうまで探索するとよく秘境が発見されるらしい。よく発見される秘境ってなんだよ。あと新種の生物もよく発見されるようだ。人類の領域は狭いので、鉱物資源とかも少ない。鎧のアクセントで金属を使うのは余裕がある証みたいなものらしい。気軽に鉱山を探して山に行けば強力な生き物たちに食われるのだ。地球とは人間の立ち位置が全く違う。そのために資源は探索者が狩ってくる生き物のものが多く使われる。金属が取れないから代わりに硬い鱗や甲羅を使うのだ。
探索者の役割としては、人間の生存圏を広げること、人間の生存圏を守ること、動物や植物、それ以外に係わらず未知の有用な素材の発見、既存の実用的な素材の収集、こんなところだろうか。
村の家畜を襲うワイバーンなんかを倒せば村では英雄扱いだ。そういう弱肉強食の世界。人間の天敵だらけの世界。
俺は探索者としてこの世界で生きていけるんだろうか。帰り方も探さないと……。
「やあ、おはようクロト。おはようにはちょっと遅いけど」
「ああ、おはようランダ」
二つ目の鐘が鳴ったので探索者協会の前に来た。一分か二分くらいでランダも来た。
なんだかんだ悩んだけど、これからは楽しい楽しい武具選びだ。男としてちょっとこういうものには憧れる部分がある。別に中二病ではない。
「じゃあ、さっそくだけど行こうか」
どうやら今日はマッチョ剣士どもは来ないらしい。レグルドとはちょっと仲良くなってきた気がしたのだが。
まずは武器屋に来た。どうやら探索者が必要とするものは協会の周囲に店が固まっているらしく、ちょっと歩くだけですぐに店についた。
「じゃあ、説明するから武器を選んでいこうか。武器の種類ごとにももちろん違いはあるけれど、似たようなショートソードにしても握りや重心がひとつひとつ違うからね。なるべく手になじむものを選ぶといい」
「ああ、まあ剣なんて持ったこともないし、どんなのがいいのかなんてわからないからな。それも教えてくれると助かる」
そう言いながら俺たちはランダ曰く、大熊武器屋と書いてあるという看板が下げられた店の扉をくぐる。
一歩中に入ると、そこは店の外とは隔絶された空間だった。
刀身の鋭利さをぬらりと光を反射することで伝えてくる壁に立てかけられた剣、膨らんだ打突部をひっかけて吊るされたメイス、天を衝くように真上を向かされて並べ立てられたランスに店の床が抜けるんじゃないかと思うような重厚感あふれるハンマー。まさに叩き割るというのを具現化したかのような分厚い刃を持つアックス。そして手斧や鉈、ナイフのようなそこまで大きくないものが並べられた棚に、樽に無造作に突っ込まれた、たぶんB級品みたいな扱いなんだろうなという剣やランス。
所狭しと並べられた数多の武器は、その場の空気にまでどっしりとした質量を持たせ、また動けば身が切れるのではないかという鋭利さをはらませている。
「おどろいたかい? ここは無駄に武器が多くてね。店が狭くて剣を振って確かめることもしづらいんだ。こんなに在庫があっても売る相手なんていないのにね」
ランダはそう言って笑うと剣が並べ立てられているところまでつかつかと歩いていく。こいつら探索者にとってはこの光景は見慣れたものなのか。
「店が狭いとか、余計なお世話だっつーの」
突然低い声が聞こえてきてビビる。店の奥が見える位置に少し移動をすると、店の奥、カウンターの向こう側に熊がいた。
いや、髭で顔が覆われててでかくてずんぐりむっくりしてる人間か。びっくりするからもうちょっと人間らしくしてくれ。熊がしゃべったらファンタジー度合いが増してしまう。
「ドノン、新しい客を連れてきたよ。これでちょっとは在庫が減るんじゃない?」
そう言って俺を指さすランダ。人に指をさすな。あとその熊には近づきたくないなぁ。圧迫感がすごいんだよ。身体から強風でも放射してるんじゃないか?
「あー、クロトって言います。ランダさんにはお世話になってばかりでして、ほんとありがたいです」
お辞儀をする俺。なんだろうこの友達の親にあった時の対応みたいなやつは。
「ほーん。お前らが面倒見るようなやつなのか?」
「いやぁ、成行きみたいなものかな。今は」
「……そうか。まあいい。で、ボウズは何を買いに来たんだ?」
なんかもうおっさんたちは俺のことをボウズで統一しようとでもしているんだろうか。
「特にどの武器を買うかっていうことはまだ決まってない。昨日探索者になったから、これから使っていく武器を決めないといけないんだ」
「ふつうは探索者になる前にある程度自分がどうやって行くのか決めておくと思うんだが、まあいい。憧れてるような武器くらいはあるんだろ?」
憧れてる武器か……。そりゃあどでかい鉄の塊みたいな剣でぶった斬ったり、レイピアで目にもとまらぬ突き技で相手の目や咽喉を突いて瞬殺したり、あと籠手だけ装備して殴り殺したりとか……
「あー、とりあえずそのキラキラした目で店の天井を見んのやめろ。夢があっていいなガキは……」
ガキじゃないといいたかったが、思いっきり妄想しているのを見られているので何も言えない。ランダはその生暖かい目で見るのをやめろ。
「んんっ、それじゃあ武器について説明するから、ちょっといろいろ握ってみてよ」
ランダに促されるままにいろいろと武器を持って重さや握りの具合を確かめる。振って確かめられないのが残念だ。
ランダ曰く、普通のロングソードは癖がなく使いやすくて云々、刃があると肉や腱を切って動きを鈍らせたり出血によって弱らせてうんたら、メイスのような打撃武器は刃筋を立てなくても殴るだけでいいから初心者には使いやすく昆虫のような外骨格にはよくてかんたら、盾があると防御しながら攻撃できて安定感がどうの、重量のある両手武器だと一撃で大きなダメージが与えられて戦闘時間の短縮になり集中力がこうの。パティーでは役割分担が……
「つまりはどの武器も長所があるってことだね。短所もあるけど。自分の使いたいものを使えばいいと思うよ」
今までの講義は何だったんだろうか。うんちく披露大会でもやってたんだろうか。
「ただし、絶対にサブの武器は持ってないとダメ。僕は弓がメインだけど右腰に短剣を持ってるし、レグルドとレギルも腰のところに片手用のメイスを吊るしてるしね」
あいつらそんなもの持ってたのか。こいつらの装備は腰のあたりに薬とか道具が入ってるっぽい袋がいくつか結びつけてあるから気づかなかったな。
「サブっていうのはあれか、ゴアラルフに近寄られたときに弓を捨てて短剣抜いてたけど、あんな感じで状況によって使い分けるのか?」
この街に来るとき、奇襲を受けた際にランダはそうやって戦ってたけど。
「そういう意味もある。硬い殻を持っている奴には剣で斬りつけるより、メイスやハンマーで叩き割ったほうがいい。下手に剣で斬ろうとしても剣が痛むし。でもそれよりももっと重要なことはね、武器は消耗品だってことだ。壊れるんだよ、武器は」
なるほど。確かに武器が壊れて素手で戦うのと、短剣一本あるのとではだいぶ違うだろう。例えば熊が相手なら短剣で相手の咽喉を裂けば、あるいは心臓でも突けばどうにかなるかもしれないが、素手じゃなかなか倒すのは難しいだろう。まあ、目の前にいる熊には武器があっても勝てる気なんてしないが。
改めて武器を見る。昨日聞いた話だが、どうやら探索者というのはちゃんと鍛錬するらしい。この世界、戦うために鍛錬した人間と普通に商売しているような人間とでは隔絶された身体能力の差ができるそうだ。
これは体力や筋力面でもそうなのだが、身体強度の面でも適用されるらしい。一般人なら骨が折れるようなことも、探索者なら何度も怪我するたびに身体が強靭になり、内出血で済んだり、怪我の治りが早かったりするという。
俺はこの世界の人間じゃない。鍛錬してもこの世界の人間のように身体能力が上がるとは限らないし、上がらないからこそ鍛錬もしてない今の時点でこんな身体になってるのかもしれない。
でも、もし鍛錬したらさらに身体能力が上がるとしたら?
敵の攻撃を見てから躱すほどの反射神経、相手の追随を許さない圧倒的なスピード、長期戦で動きが全く衰えない持久力、すべてをねじ伏せる只々圧倒的な力。
それが、ひょっとしたら、もしかしたら手に入るかもしれない。
中二病が頭の中で荒れ狂った俺は、身の丈ほどもある大剣を手に取った。
◆◇◆
今、俺とランダは探索者協会の裏手にある鍛錬場という空き地に来ている。周りは木の板で壁を作って囲ってあるがそれだけだ。ぽつぽつと草が生えているだけで何もない空地である。
途中で協会が有料で貸し出している馬や馬車をひくための馬を飼っている馬牧場をちょっと見たが、まあ、うん、馬……、かな。
地球にいる馬よりも二回りくらいでかい。そして筋肉が縄のように浮き出ていてごつい。なによりも頭にヤギの角のような小さな角が生えている。
まあ、馬と言われれば馬だ。周りは強力な生き物がいっぱいいるもんね。馬もこのくらい強そうにならなくちゃ生きてこれなかったんだろうね。
馬は置いておくとして、俺は結局身の丈ほどもある大剣と刃渡り六十センチメートルほどの片手剣、使いやすそうなナイフを武器屋で買った。大剣はどでかい何かの甲羅でも削って刃をつけたような、そういったものだった。何でも金属にしてしまうとかなり高額になるらしい。強度的に不安だが、よくある大剣の形らしいので大丈夫だと思いたい。でも大剣にしては安いほうだったからな……粗悪品とは言わないけどさ。戦闘中に壊れないことを祈る。片手剣とナイフは何か牙や角から削り出したみたいなもので、これも金属は使われていない。
ナイフで銀貨一枚、片手剣で銀貨四枚、大剣で銀貨八枚。しめて銀貨十三枚である。
そのあとに防具屋にも行ってきた。武器屋の隣にあった。店員はちょっとマッチョだけど普通のおっちゃんだった。
金のない初心者が買うよりはいいものである普通の革鎧と、革の肘近くまである籠手とすね当てを買った。頭を守るものがないのは怖いので、ヘルムも買った。これも金属じゃない。ランダがしているような鉢金だと頭頂部とかの防御面が不安だし、レグルドたちがしているような面頬があるヘルムは視界が狭すぎて俺には厳しかった。なので面頬がないタイプのヘルムを買った。革のベルトを顎の下に回して固定するやつだ。かぶるときに布を何重にもして詰めてからかぶらないと、頭を打ったとき衝撃がダイレクトに頭に来てぶっ倒れることになると言われた。また手ぬぐい買ってこなくちゃ……。皮鎧が銀貨四枚、籠手が銀貨一枚と銅貨五十枚、すね当てが銀貨二枚、ヘルムが銀貨三枚。しめて銀貨十枚と銅貨五十枚。
今履いている靴は俗にいう運動靴というやつだ。革靴とかと違ってこのまま探索に出られると思って買い換えなかったが、ダメになったら丈夫なブーツとかを買わないといけない。
とにかく今回で出費がとんでもないことになった……。
今俺たちが鍛錬場にいるのは俺がどれくらい動けるのかをランダが確かめたいと言い出したからだ。剣の振り方とかも教えてくれるらしい。昼飯前の運動としてちょっと動いておくか。
「大剣は僕は使わないからあまり詳しいことは教えられないけど、うちの団長とかが使ってるのは見てるからね。基本的なことはちょっとは教えられるよ」
ランダの所属するクランの団長は大剣を使っているそうなのだ。それも俺が買った安物とは桁が違う、とんでもなくすごい剣だとか。
どうやらこの世界では身の丈ほどもある大剣を使う人間もある程度はいるらしい。地球の人間に比べてどうやら探索者の身体能力は高いようで、地球の人間には重すぎる武器も扱える。盾持ちが相手の意識を引き、重量のある大剣や巨大なハンマーが遊撃として大きなダメージを入れ一撃離脱するという戦法がとられることもよくあるらしい。
ただ、農民とかも日々の農作業で筋肉は付くが、戦うのは探索者より大分劣る。
プロ野球選手がプロサッカー選手とサッカーの試合をしたら、プロサッカー選手に手も足も出ないだろう。逆もしかり。
要は練度の問題だ。筋力、体力はあっても、戦いができるかどうかは別なのだ。
「俺としてはありがたいんだけど俺にかまってていいのか? こう、探索者としての仕事とかは?」
昨日は小遣い稼ぎとか言って森に行ってたんだよな。こんなとこで俺と遊んでていいのだろうか。
「うん。今僕のいるクランは休養期間だからね。特にやることもないんだよね」
パーティーやクランの方針にもよるのだが、強いパーティーやクランほどしっかりと仕事の間の休みを取るのだそうだ。探索者になりたてであれば金も稼がねばならないし、受ける依頼も薬草の採取や雑魚の討伐なので日帰り可能だったり、そこまできつくないので毎日受けたりするようだ。
しかし、強い探索者は狙う獲物も強力で、街から何日も離れた人間の領域の外に行くことも多い。戦う前の緊張感や野営での疲労、戦っている最中などは極限まで集中し、かなり神経をすり減らす。そのため連続で依頼を受けるような真似をすれば身体を壊したり集中力が途切れたりして命を落とすことになる。強力な獲物は儲かるので、仕事をしばらくしなくても金銭の心配がないというのもある。なので強力な相手に挑む強い探索者ほどしっかりと休養の日数はとるんだそうだ。
うちは強いクランで今は休養中だから暇なんだよ、そう笑いながらランダが教えてくれた。
「……うん、技術は素人だけど探索者としてはやっていける素質はあると思うよ」
握る柄の位置や刃筋の立て方、膝を切らないように注意することなどからいくつかの剣の振り方まで教えてもらった。それで素振りをしているとランダがそう言ってきた。
「普通なら探索者になったら、ちょっとした依頼をこなしながら鍛錬して体力とかを鍛えていくものだけど。大剣をそれだけ振り回せる筋力と持久力があれば、ゴアラルフくらいなら今からでもどうにかなるんじゃないかな」
実際一匹は蹴り殺しているわけだし、長いリーチと強大な威力があるこの大剣を振り回せばどうにかなる気もする。こう、グルンと一回転するように剣を振れば、それだけで近寄らせないで倒せるように思うのは素人考えだろうか。
そのあとは昼になったのでランダと昼食を食べた。探索者協会にあるイスとテーブルがあるところだ。協会の受付で食べ物が注文できる。注文すると番号の書かれた木札を渡され、テーブルで待っていると料理や酒が運ばれてくる。その時に木札と金を渡して料理などと交換する。食べ終わった皿なんかは適当に重ねておけば折を見て処理してくれるらしい。
「なあ、探索者ってこの街に何人くらいいるんだ?」
受付が三か所しかないが、そこで依頼と料理の注文をすべてさばくことになる。混雑しないのだろうか。
「この街には百二十人いないくらいかな。探索者は命の危険がある仕事だからね、敬遠してなる人が少ないんだよね。そのせいで依頼がいつも余ってるよ。まあ、この街はちょっと特殊なのもあるけど」
別に毎日依頼を受けるわけでも毎食ここで飯を食うわけでもないやつは多いので、人が多い時でも探索者協会内には三、四十人ほどしか入っていないらしい。それなら受付が三つでも回るのか? 街一つに百二十人は多いのか少ないのか。ランダが言うには少ないらしいが。それよりも、
「この街が特殊ってのは? なんかあるのかここ?」
領主が探索者嫌いで重い税をかけてるとかか? そういうのは勘弁してほしいのだが。
「雨が多いんだよこの辺は。それでじめじめしてることが多くて鎧を着てると蒸れるし、野営のときとかも困るしね。僕らのクランが今ここにいるのは環境の豊富さからだね」
街の周囲の地形なのだが、レイングリードの南西は草原、その先に森がある。俺がいたところだな。逆に北東には荒れ地が広がり、さらに行くと湿地がある。
草原は水はけがいい地質でゴアラルフやディピルという大きなネズミ、クァローという名の鳩くらいの大きさの飛ぶのが下手な鳥もいる。ほかにもいろいろといるらしく、ちょっとした雨季のサバンナみたいな感じか。その先の森は亜熱帯のような感じだそうだ。湿度が高く、下草が生い茂り、木は苔むして蔦が垂れる。見通しも悪ければ移動するのも武器を振るのもやりづらい。木の上から襲ってくる吸血蛭のベパイヤやボルボルというヘビ、巨大なコガネムシであるコルクニスなど様々な生き物がいる。荒れ地は見通しが良く、鎧のような硬い皮膚を持った大きなトカゲのガトロニデスや、保護色を持つワームがその辺を這いずっている。湿地は水はけが悪くそこかしこに沼があり、沼でない場所もぬかるんでいて足場が悪い。沼からは鱗がある巨大なウーパールーパーのようなヴェパルトスが飛びかかって沼に引きずり込んでくる。平べったくて水かきがある大きな足でペタペタと走り回る、膝くらいの大きさのエリマキトカゲのようなピグムナトスが十匹ほどの集団で襲い掛かってくる。
このようにレイングリードの周辺にはいろいろな地形と生き物がいるんだそうだ。ランダのいるクランは皆向上心があるので、態々こんなところでいろいろな状況、環境に適応できるように鍛えているという。
というか、この街は最前線の一つと言っていい場所にあるらしい。人の領域の最外部だ。
「僕らのところほどいろんなところに行ったりするのは珍しいんだけど、うちはある目的を持った馬鹿の集まりだからね。みんなよく自分を鍛えてるよ」
目的は教えてもらえなかった。
ランダとは昼食の後に別れた。そのあとはずっと鍛錬場で剣を振っていた。なんとなくでかい大剣をちょっとした棒を振り回すように軽くぶん回せるのが楽しかったのだ。
日が傾いてきていたので終わりにして、今は宿舎の井戸のところで汗を拭いている。
するといい体格をしたあんちゃん(それなりにマッチョ)が声をかけてきた。
「なあ、あんた新人か? それともどこからか移ってきたのか? あんまり見たことない顔だが」
もしかして今朝見られていたのは見慣れない顔がいたからだろうか。百二十人といえば四十人一クラスとして、学校の三クラス分程度だ。ここのやつは皆顔くらいは覚えているのだろう。
「おお、そいつは《竜を狩るもの》のランダが面倒見てるらしいぞ」
別のやつが話に入ってきた。こいつもガタイがいい。まあ、探索者ってのは職業柄みんなそうなんだろうけど。
「《竜を狩るもの》ってのは?」
「ランダがいるクランの名だけど」
初耳である。そういえば聞いてなったな名前とか。パーティー名とかクラン名とか普通にある感じなんだろうか。
「ふつうは名前くらいあるぞ。ちなみに俺らは《悠遠の刺突》だ」
なんでそんな名前なのか聞いたらパーティーの四人全員がランスで、敵の手の届かない距離から一方的に刺すのがお決まりのパターンだからだそうだ。
「普段は草原とか荒れ地みたいなランスを取り回しやすいところで獲物を狩ってる。でも、そろそろ森にも行きてぇんだよな」
《悠遠の刺突》のメンバーは一人前といえるくらいになってからしばらく経つらしい。ランスのような長い武器は生い茂る木々や蔦がある森では扱いにくいのだが、それより森への興味のほうが勝りそうな感じだそうだ。
最初に話しかけてきたほうがブロン、話に入ってきたほうがオブリというそうだ。
「俺は昨日探索者になったばっかりだ。まだ依頼も受けたことがない」
「ほう、新人か。こりゃあ先輩がいいとこ見せてやらんとなぁ」
なんだかおごってもらえることになり、《悠遠の刺突》の残り二人、エギルとダンテルにもあった。五人で《悠遠の刺突》の行きつけだという酒場へ行って今までの苦労話や失敗談を聞きながら飲んだ。結構ためになる話も多かった。こいつらは気のいい奴らだ。また一緒に飲む約束をして帰った。
今日は変なことに頭を悩ませずに寝れそうだ。
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「どうだった?」
「身体のほうは、まあ技術が今はないけどやっぱり身体能力はいいと思うよ。あとは俺たちと同じ目的を持てるなら俺は賛成するよ」
「……そこが一番難しいのでは?」
「まあそうかもしれないけど。どのみちまだ団長に話してないからね。それからだ」
「それなりに協調性のある強いやつが入るなら俺も文句はねぇな。俺らの目的のために、な」
「そうだね。目的の……、夢のために」