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8.攻略対象の視点 04

 今日も軽くからかって、いや違った、相も変わらず遠回しな言葉で忠告すると、ぷりぷり怒って先に教室に戻った彼女の後に、俺は暢気に自分の教室へと向かった。

 その途中、彼女の教室を通りかかったが、何やら騒然としているのに気がついた。


「何だ?どうしたんだ」

「ほら、彼女」


 野次馬で扉近くにいた同級生が示したのはヒロインだった。

 涙を浮かべた彼女は、周りの人間から慰められている。


「彼女の教科書やらノートやら切り裂かれたんだってさ」

「え…誰が一体」

「あの天野麗花だよ」

「なっ!?」

 …まさか、そんなはずあるわけがない。


「彼女はそんな事はしてないと言っていたけど、逃げた所を見ると図星だったんじゃない」

「っ。何で彼女だと?誰が言ったんだ?」

「誰がって言うか…。だけど彼女が天野麗花を見て、どうしてって涙ぐんでいたから…」

「それだけで、天野麗花がやったと決めつけるのは早計すぎるだろ!」


 彼はびっくりしたように俺を見る。

 俺は、はっと我に返って謝罪した。


「…悪い」

 そう言うと俺は身を翻した。

 彼女を探すために。



 彼女は屋上で、すぐに見つかった。


「天野!」


 振り返る彼女の顔は蒼白だった。


「大丈夫か、天野」

「その様子だと、聞いたのですね」

「……ああ。だけど俺は―」

「私が、本当は私がやったのかもしれませんわ…」


 彼女は俺の言葉を遮るように言った。


「何言ってる」

「だって私、あの子が嫌いなんですもの!」


 俺は驚きで彼女を見つめる。


「私より抜きんでた所がないのに、いつもにこにこ笑って楽しそうで、私が欲しかったものを彼女は何の苦もなく手に入れているんですもの。ずっとずっと嫉妬していたの。だからいつも彼女に絡んでいたの。そしてとうとう無意識の内にあの子を傷つけようとしてしまったのかも…」

「何言ってるんだ。しっかりしろよ」


「だってこの手に感覚があるんですもの!」


 強く握りしめられた彼女の指は真っ白で小刻みに震えている。


「憎くて憎くて、彼女を傷つける代わりに彼女の教科書をナイフで切り刻む感覚がこの手に!」


 それはきっと、ゲームのプログラミングによる感覚。

 ただ、その感覚だけだ。

 実際は俺と一緒にいた彼女にできるはずがない。


「私です。私がしたのだわ…」

「麗花!」


 自分の掌を見続ける彼女の顔を上げさせる。

「君はずっと俺と一緒にいたんだ。君にできるはずがない」


 違う。

 こんな言葉では彼女に伝わらない。

 俺は彼女の手を両手で包み込んだ。


「君の手は誰かを貶める為に使ったことなど一度もない。一度だって誰かを傷つける為にこの手を穢したことはない事を俺は知っている」

「……四宮さん。私」

 彼女は涙を浮かべて、俺を見つめ返した。


 と、その瞬間。


「っ!?っぁああっ!?」


 突如、麗花は頭を抱え込んで酷く悶え苦しみ、崩れ落ちそうになる。

 俺は咄嗟に手を伸ばして腰を引きよせ、胸にもたれさせた。


「麗花っ!?おい、どうした」


 麗花の震えた指が肩に食い込む。

 そんな場合ではないことは分かっているのに、自分の首筋にかかる彼女の乱れた熱い息に、息が詰まる。


「しっかりしろ麗花。保健室行くか?」


 俺はできるだけ冷静になろうと息を吐き、ゆっくり麗花の背中をさすってやる。

 やがて麗花の呼吸は落ち着きを取り戻し、肩に食い込まれた指が緩んだ。


「麗花?大丈夫なのか?」


 彼女はゆらりと俺から身体を起こす。


「麗―」

「行かなくては…」


 顔を上げた彼女は、頬に血色が戻っているのにその表情はぞくりとする程、一切の感情を失ったお綺麗なだけの人形のようだった。


「麗、花…?」


 彼女の瞳にはまるで俺を映してはいない。

 自分の顔から血の気が引くのを感じた。


「ごきげんよう、四宮さん」


 彼女は機械的に反応して艶然と笑うと、驚愕で動けない俺を置いて、身を翻して行った。


 彼女はいつもの彼女ではなかった。

 そう、悪役令嬢さながらの傲慢不遜な態度だった。

 俺の声も届いていないようだった。

 ゲームの補正力で、彼女の意識を塗り替えたとでもいうのだろうか。


 だとしたら、思い出せ!

 狼狽えている場合なんかじゃない。

 この後、彼女が何をしたのか。

 何が起こったのか。


 記憶を必死に手繰り寄せ、それを認識した瞬間、俺は駆けだした。



 駆けつけた先に見たのはヒロインに複数伸ばされた手。

 驚愕の表情を浮かべて、宙に伸ばされた麗花の手。

 そしてスローモーションの様にゆっくりと、階下へと落ちていく彼女の姿だった。


 俺は駆け下りて、彼女を抱き起こした。

 彼女が目を伏せるほんの一瞬前、確かに俺を見て小さく笑った。

 その瞳は俺がいつも見てきた不器用で意地っ張りで、だけど真摯で高潔な彼女だった。



 俺はヒロインを心配する男どもを余所に麗花を保健室に連れて行った。


「打撲はあるけど、幸い軽傷のようよ。軽い脳震盪を起こしているだけだわ。まあ、そう高い所から落ちた訳じゃないのも良かったんでしょう」


 打ち所も良かったのねと養護教諭は言う。

 怪我した本人を前に打ち所が良かったなどと言うのは何事だ。

 思わず見据えた俺に先生が肩をすくめると言った。


「ナイト様が駆けつけるのが遅かったんじゃない?」


 その言葉に自分の表情に苦味が走るのを隠せなかった。

 そうだ。

 あの時、何としてでも引き留めていたら…。

 すぐに追いかけていたら…。


 動揺に動けなかった自分を悔やむ。


「ごめんごめん。大人げなかったわ。彼女は大丈夫だから、あなたはもう戻りなさい。彼女はもう少し寝かせておくから」


 そう言うと、先生は椅子を軋ませて、くるりと回すと机に向かった。


 俺は彼女が眠るベッドの側に寄ると、そっと手を握る。


 この後、彼女はヒロインの器物損壊の疑いと階段で争った事を弾劾される。

 俺が最も嫌う、集団で一人を責め立てるという形で…。

 だがその流れは、もはや止めることが出来ない。


 ヒントは与えた。

 最後に、選択するのは自分自身だ。

 自分で考えて、悩んで、答えを出せ。

 それでもレール通りに辿る生き方を選ぶなら、俺はもう手を出さない。

 だが、自分の道を自分で決めたならば、俺は君を全力で守ろう。


 いや、違う。

 負けないでほしい、この世界の補正力に。

 抗って欲しい。

 選んで欲しいんだ、君に。

 そして……守らせて欲しい。


 俺は少し彼女の手を持ち上げると、指に口づけた。


「麗花。…待っているから」


 そして俺は保健室を名残惜しくも立ち去った。



 先生が小さく、そうだリア充は爆発だ!などと色々混じっているものを呟いているのは知るよしもなかったのだった。



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