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6.攻略対象の視点 02

6話が短いので、本日二話分、投稿致しました。

「あんな男のどこがいいんだ?」


 そんな言葉を、いつものように自分を邪険に扱う紫堂拓巳を見送った天野麗花の背中から声をかけた。

 彼女は肩を揺らすと、びっくりした顔で振り返った。


 ああ、こんな顔もするんだ、と心の中で小さく笑ってしまう。


 そんな俺を彼女は訝しげに見つめ返す。


「あなた、どなたですの。…あ、私は―」


 良家の子女礼義でも思い出したのだろう。

 すぐに自分の名前を言おうと思ったようだが、彼女より先に俺は言った。


「天野麗花さん、だろ」

「ご存じでしたの」

「有名だからね」

「有名…」


 彼女は眉をひそめた。

 どう有名なのか気になっているのだろうか。

 俺は彼女の思考を遮るように名乗りを上げる。


「俺は四宮慶一」

「四宮慶一、さん…」


 彼女は俺の名前を復唱する。

 初めて彼女に呼ばれた名前は落ち着いた音色で心に優しく染み渡っていくようだった。

 ただ名前を呼ばれただけなのに、気がはやるのはなぜだろう。

 今まで婚約者以外の男を見ていなかった彼女の瞳に自分が映ったからだろうか。


「初対面で、いきなりとんだ質問をなさるのね」


 俺の考えを遮るように、彼女は警戒心もあらわに見据えながら言った。

 まあ、いきなり知らないやつにそう言われたら誰だって警戒するよな。

 俺はできるだけ軽い口調で言った。


「そう?むしろ君の方こそ、とんだ言動に見えたけど」

「…私のどこがです?」


 彼女は思いもかけない言葉だったようで、わずかに眉を上げて見せる。


「それで最初の言葉に繋がるわけだよ」


 彼女はもう一度、俺が言った言葉を噛み砕いて理解しようとしているのだろうか、少し沈黙した。


「…そうだとしても。どうしてあなたにそんな事言わなきゃいけないんです」

「うーん。単なる興味?」


 警戒する彼女に俺はとりわけ、さらっと軽く言った。

 …本心を奥深く隠して。


「何かさー、彼のこと、全然好きに見えないんだよね、君」


 今度こそ動揺を隠さず、愕然とする彼女にさらに言った。


「彼とキスしていても、死んだ魚の目みたいな瞳してるしさ」


 彼女は一瞬ぽかんとした表情になる。

 …面白い。


 だが、すぐに彼女は衝撃から立ち直って、怒っているのか、恥ずかしがっているのか分からないが、頬を紅潮させて反撃してきた。


「なっ。何ですの。死んだ魚の目って失礼にも程がありますわよっ。と言うか、覗き見していたんですかっ」

「覗き見って言うか、後から来たのは君たちだからね、俺はほら、あそこで寝ていただけだから」


 そうして俺は塔屋を指さした。

 彼女はうっ、言葉に詰まる。


「…そ、それはそうかもしれませんけど、黙って見ているだなんて、はしたないですわよ」

「キスしている所、俺、お邪魔虫なんで失礼しますねー、って出て行った方が良かった?」

「う、それ、は…」


 彼女はパクパクしていたが、少し立ち直ったようで、窺うように上目遣いする。

 そんな彼女に我知らず視線をそらしてしまう。


「ええっと。その…目撃したのは…今回、だけですの?」

「あれ?頻繁に二人で屋上来て、キスしてたの?」

「っっ!そ、そういう事ではなくっ」


 狼狽えて頬を紅潮させる彼女は、今までのどんな表情よりも人間らしく思えた。

 そして誰にも、彼女の婚約者すらそんな顔をさせることができなかった事を成し得た優越感に浸る。


 だが、彼女の白い腕に気付くと、俺はふいに笑みを消す。

 そして手を伸ばして、彼女の腕をそっと掴んだ。

 少し力を入れれば、すぐに折れそうな程細い腕に、苦さが走る。


「な、何」

「…酷く、酷く乱暴に掴まれていた」


 息を呑む彼女の肩にもう片方の手を掛ける。


「柵に強く押しつけられていた」

「っ!」


 そして肩にかけた手で、彼女の首に指を滑らせると、びくりと肩が跳ねた。


「真綿で首を絞めるようにじわじわといたぶられていた」

「っ…」


 彼女の怯えた表情に、俺は漸く手を離すと、笑みを取り戻す。


「くらいかな、見たのは。そんなサディストな彼が好きと言うなら、君はマゾって認識でオケー?」

「ち、違いますわよっ!!」


 彼女は重い緊張感から解放されたのもあって、再び頬を上気させると叫んだ。


「何が違うの?」

「な、何が、とは?」

「マゾじゃないって事?それとも…」


 彼が好きじゃないって事?

 その言葉は呑み込む。


 天野麗花は婚約者に執着する事が原因で転落の人生になるのだ。

 婚約者の存在は自分にとって本当に必要なものなのか?


「それとも…?」


 きっと自分の足元をすくうような質問なのだろう。

 脅えた瞳をする彼女をただ見つめる。


 自分で考えろ。

 自分の頭で考えて悩んで決断して、行動しろ。

 与えられたレールをただ辿るな。

 ただ流されるのをよしとするな。


 縋るような瞳に思わず答えを出してやりたくなってそれでも目を反らしたその時、予鈴が鳴り響く。

 張り詰めた空気の中、どちらともなく小さなため息が零れた。


「昼休みは終わりか。ああ、午後からの授業はだるいねー」


 内心ほっとすると俺は視線を戻して、笑みを浮かべてみせた。


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