5.攻略対象の視点 01
サブタイトルは「攻略対象」と「隠れキャラ」の二択で悩んだ末(悩む程のものでもなかろう)、結局「攻略対象の視点」になりました。
俺が自分がゲームの世界に転生している事に気付いたのは天野麗花に出会った時だ。
正確に言うと、出会って彼女に興味を持った時だが。
前世の俺はゲームの攻略対象である四宮慶一の『声』を担当している声優だった。
女性が好む、いわゆる乙女ゲームなだけに、それはもう並みの男がシラフでは言えないような甘い台詞満載の物語で、仕事としてやっていても、今でも奇妙な気恥ずかしさが蘇ってくる程だ。
そして声優として俺はただ決められた台詞を言うだけではなく、背景を知る為に、まだ声の入っていないプロトタイプをプレイしたのを覚えている。
そりゃ、もちろんプロとしての使命からだ。
以前から実はちょっとやってみたかったとか、やってみて意外とハマったなどと言うことは露ほどもないぞ、間違えんな。
うん。それはともかくだ。
前世を思い出す前は、ある女生徒がやたら目につくなと感じていた。
それは後にこのゲームの『ヒロイン』と呼ばれる女性だと気付いた時にはああなるほど、と納得したものだ。
だが、なぜか自分の視線は『ヒロイン』ではなく、その女性に絡んでくる天野麗花に向けられていた。
ある日の事、木の上で惰眠をむさぼっていると、下からの女性の声で目が覚めた。
何事かと見下ろすと、そこには二人の女性が立っており、一人は冷たい瞳でもう一人の女性を諫めているようだった。
気の強そうな女性が、か弱そうな女性に対して、厳しい口調で話すその様子は、遠くから見れば虐めているようにも見えるだろう。
だが実際、その内容を聞いた自分としては、彼女の言い分に正当性があると思えるし、注意喚起しているだけにも見える。
何より女性特有の集団で糾弾するのではなく、一対一で話し合おうとしている姿に彼女の矜持すら窺えた。
その時はふーんとしか思わなかったが、それから『ゲームの仕様』でヒロインもとい、そのライバル悪役令嬢、天野麗花を何度となく目にする事となる。
そうやって見ていると、人前では完璧な良家の子女の顔しか見せないが、思いの外、不器用な事に気付く。
どうやらそれは自分で十分分かっているらしく、その分を陰で頑張っている努力家な面も見えてきたりする。
ただ、真面目で自分に厳しくあるあまり、他人にもそれを求めてしまう短所も見受けられた。
またある日の事。
陽気な天気でコレを逃す手は無いだろうと、屋上の入り口上の建物、いわゆる塔屋で昼寝を堪能しようとしていたところ、学園では色んな意味で有名な男、紫堂拓巳とこれまた見知った天野麗花が現れた。
その頃には、天野麗花は紫堂拓巳の婚約者だと耳にしていたので、逢い引きかリア充爆発しろ、と思いながらも視線はそちらに向けられていた。
だが、彼女の表情は終始無感情で、おそらく政略的な婚約にしろ、とても婚約者に対する態度とは思えなかった。
いや、彼を想う言葉は彼女の口から出ているが、感情がそれに伴っていなかった。
好きだと言っているのに笑みはなく、執着しているように見えるのに、心から追いすがる姿を見せない。
ただただ、言葉だけで彼を好きだと自分を納得させているようだった。
それに対し、紫堂は何も思わないのか、唇をただ奇妙に歪めて、強引に彼女に口づけしたかと思うと、義務は果たしたとでも言うように彼女を突き放した。
そんな男なのに感情の何も感じられない彼女の唇から零れる言葉は彼への愛の言葉だ。
あまりの奇妙さに、まるで彼女はプログラミングされた言葉をただ再生しているだけのアンドロイドの様にも思えた。
そう思い浮かんだ瞬間、身体に体験したことのない程の重圧がかかり、脳裏に大量の情報量が押し寄せてきたのだ。
それは絶叫系コースターに乗ったかのように急激に変わる景色とか混ざり合った多数の音と人々の声や匂い、二日酔いをはるかに超える酷いふらつきと吐き気、そして頭痛で、トラウマレベルの体験だった。
一瞬の内に気を失っていたようで、目が覚めた時には屋上には自分一人。
滴る汗を拭い、荒ぶる息を整え、天を仰いだ。
そして与えられた全てを受け入れることで、俺は前世のこと、この世界の事を認識したのだ。
自分はヒロインの攻略対象で、隠れキャラでもある七虹慶一。
七虹なんて現実にはキラキラネームでしかありえないが、攻略対象全ての名字に『色』が入っていて、おそらく最高位(家柄的にだろうが)の隠れキャラの慶一に虹をどうしても使いたかった作者の思惑だろう。
せめて名字で本当に良かったと思う。
親族一同、この名字を背負っているのだから。
名前でしかも男で一生、このキラキラネームを抱えていくかと考えると、何の罰ゲームだと胃が痛くなるところだった。
まあ、それはどうでもいいとして。
俺は数十社もの大企業を抱える日本で一、二を争う大財閥の息子。
このまま特に問題を起こさなければ輝かしい将来は約束されている事だろう。
いや、むしろ『何もしなければ』幸せになれるのだろう。
そして主人公至上主義のこのゲームのヒロインも誰と恋に落ちようとも、あるいは誰とも恋に落ちなくても、幸せは約束されている。
だが、不器用故に曲がったことが許せず、そして何事にも一途に取り組む天野麗花は『何もしなければ』破滅ルートの道が決まっているのだ。
同じ『何もしなければ』という条件なのに…。
いや俺だって、全ての人は平等であるべきなどと理想論をうそぶくつもりはない。
むしろ生まれた瞬間から不平等が始まっているのは分かっている。
だけど……。
世には、没落する運命の悪役令嬢が自分の転生に気付いて、バッドエンドを回避するために奮闘するライトノベルがあるという。
だが、それもやり直すことが許された『選ばれた』人間なのだ。
ならば転生しなかった者は最初から負けが決まっているというのか。
違う。
違うだろ。
そうじゃない。
この世は誰もが主役で誰もが脇役だ。
人から見れば自分はその人の脇役だったとしても、自分の人生はいつだって自分が主役なんだ。
自分で考え、自分で決断した道こそが、自分の人生。
そう、分岐点で選ぶのはいつだって自分であるべきだ。
俺は『行動する』ことにした。
だが俺がするのは『自分で考え、自分で選択させる』ためのヒントを与えるだけだ。
全ての答えを与えてしまえば、それは所詮『選ばれた』人間と同じ事になってしまうから。
そして、それがせめて『輝かしい将来を約束された人間』に『たまたま』生まれついた自分にできるせめてもの還元だと思うから。
…それが罪悪感や自己満足から来る自分勝手な行為だと、頭の片隅で理解していても。