11.攻略対象の視点 07
あれから二つのことが判明した。
一つは、ヒロインの…そうだな、もうこの世界はゲームなんかじゃない。
ヒロイン改め、桜井琴美の持ち物を切り刻んだ人間が判明した事だ。
それは攻略対象者の内の一人が他と同じく桜井に心酔してしまい、彼の婚約者が逆恨みして衝動的にやってしまったとのことだ。
桜井に謝罪に来た後、彼女は学校に自主退学を申し出たらしい。
『そんな!そこまではやりすぎです。こんな事何でもありません!退学するだなんて言わないで下さい!』
『いいんです。これはけじめではありますが、私もあの毅然とした麗花様を拝見して、一からやり直したい、そう思ったんです』
『でも…』
『私きっと、彼が私を選ばなかった事を後悔するようないい女になってみせます。だから私も婚約者など、あなたに熨斗つけて差し上げますわ』
桜井にそう言って笑う彼女の顔は晴れやかだったそうだ。
彼女もまた心に闇や枷を抱えて生きて来た一人と言うことだ。
いや、きっと誰しもが抱え、囚われて、日々それと戦いながら必死に生きているのかもしれない。
だけど、誰かに救われ、自身もまた誰かを救い、そうして人と人とがお互い助け合ってこの世界が成立しているのだろう。
俺は思わず、なんだコレ、中二病かよと苦笑いする。
自分がそんな事を考える日が来るなどとは夢にも思わなかった。
前世の俺は今よりもっと冷めていて、ありふれた言葉なんて何の意味も無いと思っていた。
自分には無関係だと思っていた。
だけど皆が口を揃えて言う、ありきたりな出来事はやっぱりこの世に溢れていたんだ。
せわしい毎日で気付かないだけで。
気付かないフリをしていただけで。
もっとも、世界はほら、こんなに幸せに満ち溢れている…なんて言うつもりはないけどな。
麗花はふいに、ぽつりと何かを呟いた。
俺は自分の思考を止めて、彼女を見つめる。
「え?今、何か言った?」
「一つ…。一つ間違えたら私が彼女だったと思うんですの」
今度は聞こえるようにそう言って、麗花は恥じるように目を伏せる。
「私も彼女のように、嫉妬したり、羨んだりしました。桜井さんが邪魔だとも思いました」
「でも君はそうはならなかった」
麗花はちらりと俺を見ると、目元を赤くする。
「あなたの…おかげです」
そう言って彼女は視線を一瞬外したが、思い直した様に俺に向き直ると恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「あなたのおかげで、私はそうはなりませんでした。…ありがとうございました」
俺の想いも届いて彼女の中で生かされていたかと思うと自然と笑みがこぼれた。
それにしても。
こんな可愛いことを言われて、押し倒さないと言える程、我慢強くないんだが…。
まあ、それはこれから身を持って知って貰うことにしよう。
覚悟するように。
…って本人に言うと警戒されるから、今までみたいに忠告はしないけど。
そしてもう一つ判明した事は麗花も転生者だったと言うこと。
もっとも彼女が転生に気付いたのは、破滅エンドのイベント寸前の保健室でだと言うのが、何とも麗花らしくて爆笑したら、ふくれっ面された。
そのフグの顔も可愛いね、と言ったら………殴られた。何でだ。
フグ可愛いぞフグ。
ああ、そうだ忘れていた。
桜井もまた、麗花をえん罪にしてしまった事を謝りに来た。
彼女は転生者であることを話の流れで話すと、悪役令嬢の筆頭が麗花だったから、犯人は麗花だと思い込んでしまったとのことだ。
実際、話してみれば、そう嫌なやつでもなかったな。
そして俺もまた転生者であることを打ち明けた。
「け、慶一さんはいつ気がついたの?」
慶一と呼び捨てにしてくれたと言ったが、なかなかそうはしてくれない。
まあ、さん付けとは言え、恥ずかしげに名前で呼んでくれるのは可愛いので、もう指摘しない事にしている。
その内、平気で呼ぶようになったら、呼び捨てにしろと再度言って困らせようと目論んでいるが。
「俺?それは…」
俺は麗花を見つめる。
「俺は麗花に、恋に落ちた時だよ」
…あの時は気付かなかったけど、きっとその瞬間だ。
思わず顔がほころびながらそう言うと、麗花は目を丸くし、頬を瞬時に真っ赤に染め上げた。
だが麗花はすぐに、はっとして、みるみる硬い表情になると、きゅっと真一文字に唇を結んだ。
「え、何その顔」
予想外です。
「だ、だって。またそんな事を言って、私を突き落とす気でしょう」
…数々の前科を持つ俺の不徳の致すところですね、はい反省しています。
気を取り直して俺は言う。
「いーや、これは本当。だって麗花もそうだろう?」
「な、なに、何がです」
「転生に気付いたの、俺への気持ちに気付いた時だろ」
押しに弱い麗花にはとにかく押す事が有効だ。
「ち、違いますわよっ!階段から落ちて頭を打ったからです!」
「それはきっかけにすぎないよ。君は俺を好きなったから変わろうと思った。でしょ?」
「ちょっ。か、勝手に決めないで下さいっ」
「決めたんじゃなくて、これが事実だよ。ほら、プログラムを更新して下さい」
「あ、あのねぇっ!プ、プログラムって――っ!?」
俺は麗花の言葉を唇でひと時遮り、そして唇を解放した。
「愛してるよ麗花」
「っ……わ、私も愛しています…かも、です、わ」
真っ赤に染まったその表情でその言葉は、俺を煽るだけだと理解しているだろうか。
「そんなに煽って俺に何させたいのかな?」
「―はぃうっ!?」
俺は反論させる前に顔を傾けると、慌てふためく彼女の唇にぬくもりを落とした。
前世の記憶はもう必要ない。
俺たちはこの世界で確かに自分の意志で生きているのだから。
そう。
君が俺を選んだその世界こそが運命となるんだ。
……なんてクサイ台詞、七虹慶一の俺は絶対吐いてはやらないけどね。
(完)
これにて本編は終了とさせて頂きます。
ここまでお付き合い頂きました皆様、本当にありがとうございました。