10.攻略対象の視点 06
狼狽している麗花が電話を取った瞬間。
「麗花ぁああああっ!!」
大きな第一声に俺は吹き出しそうになった。
慌てた彼女はどうやら外部スピーカーにしてしまったらしい。
しかしこれはいい。
ギャラリーにも優しい設計だ。
俺は二人の会話をギャラリーと共に楽しむことにした。
「えっと…どちら様で」
「分かっている。お前にとって私は父と呼べるような甲斐性のある立派な男ではないとは。だが、確かに不甲斐ないが、私は世界中の誰よりもお前を愛している事だけは分かって欲しいっ!!」
「えーっと………お父様、なのですか」
「そうだ。誰が何と言おうともお前を世界一愛する父なんだよっ!!」
麗花は完全に混乱中だ。
しかしこれが麗花の親父さんか?
存外楽しい人だな。
うちの腹黒親父とは大違いだ。
だが恐慌状態に陥っている麗花を見ると、普段はもう少し落ち着いた人なのかもしれない。
麗花はとりあえず父親を冷静にさせ、話を聞き出した。
その中で。
「お前は私の為に好きでもない男との婚約を了承してくれたのにな」
と言った瞬間、紫堂が顔色を変えた時は、麗花の親父さん、グッジョーブ!と心の中で親指を立ててしまったぞ。
「それで次だが、なないグループから提携の申し出があった」
「ないない…」
確かに『なない』とは聞き慣れない珍しい名前だろうが、『ないない』って麗花おい、何て景気悪そうな名前だよ…。
「いや、あるあ、…あるんだよ」
しかも親父さん今、あるある、って言おうと思っただろ!
「しかもだ!麗花、お前との婚約の申し出があった」
「婚約…」
「幸い先方様も婚約に関しては了承されなくても、提携は行いたいとおっしゃって頂いている」
何だと、あのたぬき親父め。
ちっ、親父のやつ勝手なことを、と思わず舌打ちしてしまう。
麗花はとりあえず提携の話はありがたく受けるようだ。
そしてとにかく話を整理したいと思ったのか、早々に電話を切る決断をする。
「お父様、このお話はまた家に帰ってから改めて致しましょう」
「分かった。あ、麗花ぁぁぁ、愛し―」
「それでは」
おそらく愛の言葉を囁こうとした親父さんの言葉を無慈悲にも麗花は強制終了した。
哀れな…。
そして麗花は俺に向き直ると問いただす。
途中、誰かの悲鳴が聞こえたが、とりあえず軽くスルーしてみた。
「ど、どういう事っ!?」
「どういう事って言われてもね…」
俺は肩をすくめて見せた。
「まあ、生まれがたまたまそうだったとしか言えない」
どうして今まで黙っていたのか、という問いには煙に巻いてしまう。
まあ軽い煙幕だが、麗花は敢えて問わないでくれているようだ。
あるいはどう問えば良いのか、分かりかねているのかもしれない。
「そ、そん、な…」
震える声に気付いて目をやると、ヒロインが驚きおののいて身体を支えられていた。
「隠れキャラは彼だった、なんて…」
隠れキャラ。
やはり彼女は転生者だったか。
「どうしてよっ。どうして全ての攻略者を網羅したのに、隠れキャラとのイベントがなかったのよっ!!」
叫ぶ彼女に俺は思う。
仕方ない。
この世界に与えられたヒロインよりも、俺は天野麗花に惹かれてしまったのだから。
「隠れキャラとか、イベントとか何だかよく分からないけどさ」
そして俺は素知らぬ顔をして言った。
「要は自分の行動一つで人生が決まるもんだろ。自分がその時その時感じた直感や意思で道筋なんていくらでも変わる。決められたレールをただ辿るなんて甘い考えは、結局この世には通用しないんだよ」
麗花は自分の力で道を切り開いた。
何もしなかったのは自分の方だ。
だからこそ、それは自分が自分に言い聞かせる言葉でもあった。
俺は麗花に視線を戻すと、潤んだ瞳とかち合い、思わず息を飲む。
誘ってるのか?
よし、誘っているんだな?
異論は認めない。
俺は勝手にそう結論づけると、麗花に向かって手を差し伸べた。
「それではレールを外れたお姫様、これからは私と愛の逃避行と参りましょうか」
躊躇いを見せる麗花の手を「やっぱりまだ俺のターン」と呟くと半ば強引に取って歩き出した。
すると、誰もが動けない中、戸口間近に歩み寄った俺たちに紫堂拓巳が声を掛けてきた。
「お、おい!麗花!本当にこれでいいのかっ!!」
なかなかの勇者だな、おい。
ちょっと見直したぞ。
麗花は少し笑うと、揺るぎない瞳を向けた。
「私が私の意思で道を決めたのです。何の後悔などありましょうか」
俺は同じく振り返ると、誰ともなく、むしろ自分に言い聞かせるように言った。
「お前たちもな、自分で考えて、悩んで、選択して、行動しろ。吉と出るか凶と出るかは分からないが、それが自分が決めたことならば納得もできるはずだ。この世は誰もが主役で誰もが脇役なんだからな。道は自分の意思で決めろ」
そうして俺は麗花を促すと、教室を後にした。
現在屋上にて。
「ねーね。最後の台詞、俺、格好良かったと思わない?惚れ直した?」
我ながら決まっていたと思う。
何せ自分に言い聞かせた言葉だから。
「…自分で言った時点でアウトでしょうよ。っていうか、惚れ直すも何も、惚れてなんかないんですからねっ」
「え、何それ、ツンデレ属性だったの、君」
まあ、そもそも俺の前ほど、感情の起伏が激しい彼女はないと自負しているが。
何だか顔がにやける。
「そ、そうじゃなくて、さっきの何。婚約って」
そう問われて、俺は完璧な将来設計を意気揚々と語る。
だが、真っ赤になった麗花が俺をストップさせた。
何だよ、まだ続くのに。
「どうして私とあなたが婚約するのってお話ですっ」
「そりゃあ、愛し合っている二人だから」
俺はにっこり笑って見せた。
「一方通行です!」
「そんなっ!俺は君を愛しているのに気付いてもらえてないの!?」
「ちょっ、ちょちょっ!!ま、待ちなさい。な、何で私があなたを一方的に愛している事になっているのっ!?」
真っ赤に染まった麗花は、もはや頭から湯気でも出しそうだ。
「大丈夫だって。俺も君の事が好きだから」
「ち、違いますってば!そうじゃなくて、私がどうしてあなたを好きなのかと言ってるの!」
「だって俺の事好きでしょ」
俺は確信持って言い切ってやった。
「好きだよ。君は俺が好き。自分で気付いてないの?」
怯む麗花の頬に手を掛けて、たたみかけるように言った。
「君は俺が好き。俺が好きなんだよ」
言葉を失って、俺を呆然と見つめ返す麗花。
よし、もう一押しだ。
すると。
「待って待って待って!」
はっと我に返った麗花に、俺はちっと舌打ちしてしまう。
そして強がりのように麗花は言った。
「私、私、父の愛を再確認したばかりですの。タイミングが悪うございましたわね」
なるほど、麗花はファザコンだったか。
だが引くつもりはない。
「大丈夫大丈夫。親の愛情と男女の愛情は棲み分けできてるから、愛情の比率が変わる訳じゃないよ。だから全然オッケー!」
俺は彼女の手を取ると、顔まで持ちあげて瞳を覗き込みながら、指に口付けた。
「…愛しているよ麗花」
思わず声が低くかすれる。
俺は自分で考えていた以上に切羽詰まっていたようだ。
「君は俺を愛し、俺は君を…愛している」
麗花の潤んだ瞳が俺を受け入れているのを感じた。
「と言うわけで。愛し合う二人の最後はやっぱこれがセオリーでしょ」
俺は余裕の無さを自嘲しながら顔をゆっくりと近づける。
「っ。わ、私は、あ、愛までいってないですからね。せいぜいこ、恋までなんですからねっ」
最後の抵抗を見せる麗花すら愛おしく思える。
重症だ。
「ツンデレ彼女、大好物」
…だからもう君が何を言っても頂くよ。
え?
自分の道を行けと声高らかに言ったやつが女を自分のレールに引き込もうとしてるだって?
恋愛は自分のレールに引き込んだやつの勝ちだろ。
そこには駆け引きもトラップも必要だ。
そう言わなかったかな。
…あれ?言ってなかった?
あごめん、追加しといて。
もう1話、本編が続きます。




