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1.悪役令嬢の視点 01

 目が覚めて、ズキズキ痛む後頭部で、先ほど起こったこと、そして自分が何者かであるかを否が応にも思い出した。


 そう。

 前世でプレイしていた、いわゆる乙女ゲームというジャンルのシミュレーションゲームの中に、自分が転生した事を。


 そのゲームの名前は『Destiny~君が僕を選んだその世界こそが運命』

 冷静に見れば何だこの中二病なタイトルは!と思う。

 それを喜々としてプレイしていたアラサー独女だった私を揶揄してやりたい気分だ。


 とにもかくにも。

 そのストーリーは、経済界、政界を動かす重鎮の、いわゆる将来を約束された名門子息、子女ばかり通う学園に、ヒロインとなる少女が高校2年生の時に転入し、そこで彼女の人生を変えることになる様々な相手と出会い、恋に落ちていくというものだ。


 あまりやり込めなかったので不確かだが、攻略対象は全部で5人、だったと思う。

 その全員が何らかの心の闇を抱えており、ヒロインがその闇に光を当て、次第にヒロインに心を開いて惹かれていくという、まさしく王道的なラブストーリー。


 しかしこれまた障害がつきもので、ライバル役となる令嬢が登場し、たびたびヒロインの道筋を邪魔していくのだが、ひたむきなヒロインはそのライバルをも乗り越え、攻略対象とゴールインし、一方悪役令嬢は破滅していくという二番煎じ、三番煎じも出尽くしたようなゲーム内容だ。


 それでも有名なスチルの作者と魅力的な声優たちの声が評判を呼び、売れに売れたという。


 そして攻略対象の一人、紫堂拓巳の婚約者であり、ヒロインを妨害する悪役令嬢として登場するのが私、天野麗花。

 財界でもそれなりに幅を利かせる株式会社アマノコーポレーションの社長令嬢だ。


 母を早くに亡くし、父一人子一人だったが、父は仕事に忙殺されて、いや、ビジネスライクな人で、娘の成長など二の次。

 むしろ娘は駒としか見ていない人の元で育った。

 少しでも父親に認められたいが為に、勉強も運動も家事も習得してみせたが、愛情を得られることはなく、ハイスペックになったが故に高慢ちきなお嬢様ができあがった。


 家柄は庶民、容姿も平凡、女子力も平凡、学業の成績も平凡、どこをとっても自分より抜きんでることのないヒロインが自分の婚約者が惹かれているのに苛立ちを覚える訳である。


 とまあ、ここまでは分かる。

 分かるが…。


 物語も終盤、何で天野麗花18歳、破滅エンド直前に思い出すのか。

 しかも直前も直前。


 この後、教室に向かうと、そこには攻略対象がずらりと並び、私の婚約者が声高らかに私との婚約破棄を宣言する。

 その結果、政略という名の婚約を取り付けた父から役立たずとして見限られて絶縁状をたたきつけられ、家から追放されるのだ。


 今、『攻略対象がずらりと並ぶ』と表現したが、そう、紫堂拓巳のルートならこんな事は起こらない。

 いわゆるヒロインは今や逆ハー状態で、皆、私を糾弾しようと勢揃いするわけだ。


 私は先ほど、何故か衝動的にヒロインと階段で言い争いになり、私だけ階段から落ちた。

 いや、正確には二人とも落ちそうになったが、ヒロインにだけ複数の手が伸ばされた。


 そして現在に至る。


 この深閑とした保健室に私の他には誰も側にいないことで破滅エンドの足音がすぐそこまで聞こえてくるのが分かる。


 確かにこれまで彼女を見下してきた部分は大きく、高慢ちきだっただろう。

 だが、ヒロインの不誠実さに均衡が乱れ、それに何度となく注意したのはそんなにいけないことだったのだろうか。

 それが意地悪に取られたのだろうか。


 転生に気付かなかったこれまでも、自分なりに努力を重ねてきたつもりだった。

 しかし結果はこれだ。


 父には愛されず、婚約者には最後まで冷たい態度しか取られず、怪我を負った自分の周りには誰一人いない。

 自分の努力も「ゲーム」という枠の中では補正がかかり、悪役令嬢としての役割を分担させられる他なかったのだろうか。

 そもそもどうして自分には冷酷な婚約者に執着したのか。


『あんな男のどこがいいんだ?』


 ふいにちょっとくせっ毛で柔らかそうな明るい髪の男の言葉を思い出す。


 本当にそう。

 前世の記憶を持つ第三者の視点から見れば、本当にあの男のどこがいいんだと、思い出す前の自分に言ってやりたかった。


 紫堂の婚約者である私は、悪役令嬢役として登場するものの所詮はヒロインの引き立て役。

 ゲームで描かれる麗花は許嫁として紫堂に執着を見せるが、冷たく突き放される描写が二、三あるのみだ。

 だが実際はどうだろう。


 紫堂は自分の周りにたかる女性避けと自分の評価を上げるためだけに麗花を何度も利用する。

 失態をおかした時は手酷く扱われ、成果を上げた時はお情け程度の口づけ。

 そこには愛情どころか感情すら含まれないただの皮膚の接触だ。

 頭ではこの「ご褒美」に執着しているのだが、心は反対に冷え切っている。

 口づけを受けても動悸は高まらず、頬は紅潮せず、瞳は潤まず、ただ言葉だけが従順そうに、嬉しそうに呟くのみだ。


 そしてそんな男に執着した結果、身を滅ぼすことになる。

 心のどこかで違うと警鐘を鳴らしていたが、頭はそれを無視していたのだ。


 やはり私の行動の結果がこれだったのだ。

 前世の記憶を取り戻す前もやはり私は私。

 自分の行動による結果を甘んじて受けるべきなのだろう。


 …行かなければ。


 すっかり冷え切った保健室を後にした。






 教室を戻ると案の定、攻略対象者がヒロインを守るようにずらりと勢揃いしていた。

 私の姿を認めるや否や、彼らは口々に私を糾弾し始めた。


 この状況は想像していた通りだ。

 分かった上でこの場に来た筈だ。

 それなのに顔から血の気がなくなり、身体は震え、膝にも力が入らない。

 私は転生に気付いたところで、やはり『天野麗花』なのだと痛感する。


 そして、それまで他の男達が糾弾するのを黙って見ていた私の婚約者は口を開いた。

 俺たちの婚約は今ここで破棄する、と声高らかに宣言するのをただ愕然と見守るしかない。


『天野麗花』は泣き崩れる。

 違う、そうじゃない、見捨てないで。

 私を信じて。

 あなたを愛しているのだと、彼に縋るのだ。

 最後の酌量を求めて。


 そう、それがあなたの道よ。

 さあ流れに身を任せると良いわ。

 何も考えず、楽になりましょう。

 そう誰かが囁く。


 脳裏に流れ込んだ甘美な声に唇を開きかけたまさにその時、擦れる様な小さな音に視線を動かすと、くせっ毛の明るい髪がふと目の端に入った。

 少し離れた戸口の前にその髪の持ち主、四宮慶一はこちらを見据えるように立っていた。


『あんな男のどこがいいんだ?』


 そう言った彼だった。


 いつだって笑顔のまま意地悪に私をからかっては怒らせる彼。

 真剣な瞳で私に現実を見せつける彼。

 私に疑問を提起するかのように何度となく尋ねる彼。

 断定なんてしてくれない。

 何が正解かなんて教えてくれない。

 答えは全て自分の中に求められる。

 言葉は彼が見た辛辣な真実だけだったのに、何故か私の心を労るように、道を示すように優しく聞こえた。


 柔らかそうな明るいくせっ気のある髪。

 最後に見たのはいつ。


 私は保健室に一人だった。

 でも私は階段に倒れていたはずだ。

 誰が一体連れて行ってくれたのか。


 そう、思い出した。

 意識を失う寸前、明るい髪を振り乱しながら今まで見せたことがない程、酷く焦りの表情で私の元に駆けつけてくれた彼。

 間に合わなくても、私にも手を伸ばしてくれる人が確かにあったんだ。


 冷え切った心に小さな温もりが生まれる。

 例え小さな灯火でも、一筋の光でも、人は希望を持つことができるのね。


 神様。

 母が亡くなり、父が私に興味を失った事を悟った時、祈るのは止めた。

 諦めたはずだった。

 でも神様。

 いいのかな。

 許してくれるかな。

 わずかな希望を持って行動してもいいのかな。

 私に最後のチャンスを与えてくれていると、そう信じて良いのかな。

 彼が懸命に私に伝えようとしてくれた思いを今ここで解放しても良いのかな。


 私は口元だけの小さな笑みを四宮慶一に向けると、彼は真意を探るように目を細めた。


 そして私は自分の白い手を見る。

 冷え切った指先を包み込んでくれた手があった。

 誰かをおとしめる為にこの手を穢したことはない。

 そう教えてくれた。


 私は天野麗花。

 プライド高く、だが、高貴な精神を持つ、悪役令嬢。

 ならば泣き崩れて許しを請うのは私には似つかわしくない。

 例え結末は同じく破滅だったとしても、これまで築いた人生の幕引きはせめて潔くありたい。


 そして、紫堂拓巳に正面へと向き直る。

 瞳に希望の光を湛えて。


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