第二話 大代 雅
さて、第二話です。しばらくは主人公の背景などを描きますのでSALグライダーの話は出てきません。
第二話 大代 雅
大代 雅と言う名前を僕は嫌いだった。
いや、そう呼ばれるのが嫌だったと言う方が合っているかな。
理由は、言わなくても解るでしょ?あっ、嫌いなのは苗字じゃなくて名前の方だからね。
雅だよ、みやび、み・や・び。優雅で綺麗な名でしょ?だから嫌い!
だって僕見たく、女らしさの欠片も無い男みたいな女の子の名前じゃ変でしょ?
似合わないでしょ!
だから嫌い!
何時もそう思っていた。
僕だって、昔からこんなじゃ無かったんだよ。小学校の五年生位まではどちらかと言えば大人しくて静かな子だったんだ、別に上品とかじゃないけどね。
僕が変わった理由、簡単に言えば女に成ったから。
何それって?か、だよね。簡単に言い過ぎたかな。
女の子で10歳、男の子で11歳を過ぎる辺りから少しずつ身体が変化してゆくよね、所謂第二次性徴ってヤツ、本来は生物学的に生殖器の成熟や身体の成長など大切な変化が有るけど、当事者の僕たちには外見上の変化のほうが解り易い。
つまり、僕の身体も同級生の子達同様に少しずつ胸やお尻が大きくなって女性らしい体型に成り始めたのが小学生の四年生のころ、五年生になると胸の大きさが目立つようになっていた。
僕は特段発達が良かった訳ではないけど、比較的身長が伸びた影響で僕はクラスでもその外見の変化がはっきり見えていたのだと思う、誰もが通過する過程だしその成長に特に問題も無かったから、僕の両親も僕自身も特段気にしていなかっただけど、一部の男子にとってそんな無防備な僕はからかうに最適な的だったんだ。何より大人しいしね。
最初、嫌らしい言葉を投げかけられるなんて事から始まったんだけど僕自身は五月蝿い程度にしか感じなくて無視していた。
でもそれが連中を増長させたのかもしれない、5年生の夏頃に成ると言葉でからかう程度ではなく、実際に胸を触れたり酷い時は揉む行為までエスカレートし始めた。
「高が小学5年生がやる事だろ?大した事は出来ないさ」と思う人も居るかもしれないが、受ける側、僕たち女の子も同じ小学5年生なんだ、それはショックで嫌な事だった。特に僕は大した予備知識も無かったから酷く大げさな反応をしていたと思う。
つまり連中を楽しませただけ、思う壺と言うわけだ。
連中にとってそれはただの遊び、悪戯だったかもしれない、実際執拗に悪戯を繰り返していたのはほんの一握りの男の子の集団だったしね、でも悪戯を受ける女の子にとってはそれは正しく苛めでだった。
それからその苛めの対象になったのは当然僕一人では無いよ、胸の成長が目立つ僕を含めた複数の女の子が被害にあっていたと思う、それで僕たちは我慢できなくて当時の担任の先生に僕や他の女子が悪戯や苛めの事を訴えたが先生は真剣に取り合わずそのままにしていた、少なくとも積極的にこの悪戯と虐めを無くそうとはしていなかったと思う、その結果悪戯や苛めは益々エスカレートする結果と成ったんだ。
だから僕は・・・。
有る日、僕はスカートまで下ろされる辱めを受けた後、家に帰ると腰まで伸びていた髪を切った。突然のことに驚く母を尻目にスカートを脱ぐと短パンに履き替え、身体の線が見え難いダボッとしたトレーナーを羽織り、まだ虐めた相手の居るであろう学校に向かった。
何事かと、驚く級友たちの前で僕は虐めの主犯格の男の子に向かっていった。
そいつは目の前の僕の顔を見て馬鹿にしたように言った。
「何だよ、男女。」
次の瞬間、僕はそいつの股間、つまり急所を思いっきり蹴り上げていた。そしてそのまま痛さで蹲るそいつの身体に馬乗りになって殴りつけた・・・、らしい。
実は僕も途中から何をしたのか記憶に無い、なんか手がひどく痛かった事だけを覚えているけど。
泣きながら殴る僕は、慌てて駆けつけた担任教師に引き離されたらしい。
でもそれ嘘。真実じゃない。
あの子はあの時「何だよ、男女」と言った後こう言ったんだ、
「いくら隠してもわかるぞ、デカイ乳が。」
言葉じゃない、あの子の態度が、視線が嫌だった。嘲る様な目を見て、悪寒が走ったんだ。そう思ったら頭の中が真っ白になって・・。
気が付いたらあの子の股間を蹴り上げ押し倒して馬乗りになって殴っていた。
怖かった。
虐められる事がじゃない、そんな視線を向けるられる事が。また頭の中が真っ白になって暴力を振るう自分が怖かった。
だから僕はこのときから自分が女であることを封じた、少なくとも外見は女の子である事を辞めたんだ。
女の子に見られたくは無いから?
多分、女の子って思われなければそんな風に見られないって考えたんだと思う。
可笑しいかな?
可笑しいよね。でもその時はそれしか考えられなかった・・・。
この一件の後、学校と家の両方で叱られました、当然だよね苛められていたとは言え暴力に訴えて解決したのだから、でも暴力を振るった私よりも虐めをしていた男の子達の方がかなり厳しく叱られていたと思う、性的な悪戯は悪戯で済まないのだから。
加えて、僕たちが被害を訴えても何もしなかった担当教師、僕を引き離した後で何とか有耶無耶にしたかったらしいが残念ながら直後に来た教頭先生と教務主任の先生にそこに居た女の子たちが口々に悪戯と苛めの被害と担任が訴えを無視していた事を言いつけた事でその思惑は潰えたらしい。そう言えば翌年の春の離任式のとき舞台上にいた気がする・・・。
家に帰るとお母さんは僕を抱きしめてくれた。
「ごめんね、気付いてあげられなくて、力になってあげられなくて。」
そう言いながらお母さんも泣いていた。
仕事から帰ってこの一件を聞いたお父さんは、僕の記憶に無いぐらい怒っていたと思う。ただ、僕には一言、
「無茶するな、怪我でもしたら悲しいからな。」
と言って頭を撫でてお母さんと同じようにギュッと抱きしめてくれた。
結局、この日以降、僕はプライベートでもスカートを穿くのを止め、制服も着なかった。それは中学でも続き、入学式や卒業式などの時以外は学校指定のジャージの上下で通していた。
こんな僕に対して男子生徒たちは何か怖いもの、恐ろしい人と認識していたらしく腫れ物に触るような対応だった、しかし、一部の男子生徒は酷く険悪な態度で僕に接して来たが僕が相手にしなかったので互いに無視で三年間が過ぎた、どうやら連中は僕に反撃された主犯格の男子生徒の取り巻きだったらしい。連中はその後も良い噂を聞かなかったけどあれでどうなったんだろうか?
一方で僕はと言えば、女の子で有ることを拒否しても自分の身体が変わる訳では無いことを実感した、何しろこの一件の一週間後には初潮が始まってしまったのだから、当然その後も月のものが滞ることは無く(有ったら別の意味で困った事だけど)、さらに胸は大きく成長してくれた。
何で拒否しているのに、よりらしくなるんだろうか?
皮肉な話で、今思うと笑い話でも充分いけると思う。
いけるか!
そんな矛盾した僕のあり方は、高校への進学によって徐々に変わっていった。
これまでの小中学校は学校区が同じで進学によっても周りの状況が変わらず、僕にとって居辛い環境が続いてきた、一応、中学進学時に町の私立校への進学も考えたが通学に時間が掛かりすぎるため諦めていた。
しかし、当時すでに我慢の限界だった僕は、表向きの志望校である近隣の公立高校の入学試験を白紙答案を出すと言うことで拒否し、私立の進学校へ進学する道を選んだんだ。
つまり、これまでの変わらない周囲の環境の中で、元の自分を取り戻せないで居た僕が、見知らぬ人たちに囲まれると言う環境を選択し、少しでも本来の自分の姿を取り戻す事にしたそうゆうことなのだ。
高校入学の当日、僕は本当に久しぶりに制服を着た、スカートは少し心許なくて不安だったけど、慣れようとも思った。同級生となった周囲の男女とは比較的良好な関係を作ることが出来て何とか安心して学生生活のスタートを切ることが出来た。
高校の三年間は、僕の当初の予定よりも良い方向へ変わって行った。僕が男っぽい言動をしても先入観を持たない同級生達は一種の個性と口癖として肯定的に捕らえてくれた、また男性に対して批判的または容赦の無いところは他の女生徒たち、特に下級生に何故か好意を持たれる事になったしまったけど。
いや、男子生徒にも男装の麗人や絶対零度の女王様と言われたのは困ったけどね。そう言えば三つ下の弟、輝も同じこと言っていた気がする、今度尋問して、いや、聞いてみよう。
まあ恋もしたよ、我ながら不器用なこいだとは思ったけど、勿論好きになったのは男子、生徒会で一緒に仕事をした一つ上の先輩、でも彼には既に彼女が居た、その人も同じ生徒会で先輩と同じ同級生で長い付き合いだったらしい、その彼女先輩も本当に優しい人で僕は随分お世話になった、だから諦めたんだ。いや、とても割り込め無かったのが本音かな。
「でもこれで良いのかな?」
大学進学が決まったある日、僕は自宅でコーヒーカップを片手に呟いた。
「どうしたんだい?」
場所は我が家のお父さんの趣味部屋、通称作業室、新しく買ったらしい、ラジコンの送信機のマニュアルを捲りながらコーヒーを飲んでいたお父さんがその呟きを聞きつけて声を掛けてきた。
「このままで良いのかな~って、考えちゃって・・・。」
「進学?それとも将来のこと?」
「どっちかというと将来のこと?」
僕は、床に座って今度は新しい機体をいじり出したお父さんを見上げながら、カップのコーヒーを口に含みそう答えた。
「結局、高校時代に好きな子は出来なかったんだな・・。」
お父さんは、悪戯っぽい笑みを浮かべながらそんな事を言う。
「・・・・!」
思わず、噴出しそうに成った僕は、必死で押し留まるとお父さんを睨み付けた。
「お父さんは、ちょっと残念だったな。」
それは少し意外な言葉だった。
「やっぱり、男の子が怖いかい?」
そう聞いて、言葉に窮した。特に怖くは無くなっていた、級友たちや先輩や後輩、男の子達はどの子も優しく紳士的だった、これなら遠からず好きな男の子が出来るんじゃないかと思っていた。実際先に言った生徒会の先輩みたくそれなりに頑張った相手もいた。
でも駄目だった、後一歩が踏み出せず良い友達、良い先輩後輩の関係で終わってしまって、この三年間は過ぎてしまった。
「それでも、中学のときよりは良いと思う・・。」
と、僕は答えた。
中学時代、同級生に限らず、男の人に迫られるだけで僕は過呼吸になって倒れることが頻繁にあった、パニック障害、或いはパニック発作であるそれは、仲の良い女の子や幼馴染で免疫のある男子生徒が事前に発生原因を排除してくれるように成るまで、状況が改善される事は無かった。
そのころの僕は精神的に追い詰められストレスを溜め込んでいたのだと思う。
高校の三年間で、それが改善しただけでも良しとしたい。
「でも、僕は女の子に戻れたのかな?」
思わず一番の不安を僕は口にした。でもそれに対するお父さんの答えは・・・。
「戻れたも何も、雅はずっと女の子だったぞ・・。
中学校の時もな。」
「そっ、そうだったの?」
意外な答えに僕は思わずそう聞き返した。その問い掛けを耳にしたお父さんはより不思議そうな表情で答えた。
「ちょっとボーイッシュで活動的な普通の女の子だったと思うよ、雅は。」
ちょっと言っている意味が頭の中に入ってくれない僕はそこで固まったままでいた。
「まあ、雅は単に経験不足なんだろうから、焦らずに自分らしさを出して行けばいいと思うよ。」
いつの間にか、真顔になっていたお父さんがそう言って締めくくってくれた。ほんと、助かる。
「でも、お父さんとしては早く好きな人を連れてきて欲しいと言うのが本音だな。」
前言撤回、今度は楽しむような口調でそういう。
お父さんね、そんなに早く僕を嫁にやりたいのか?
「そうだな、、娘を持った以上『お前なんぞに大事な娘はやれん!』って言う台詞は言ってみたいな。」
グライダーを稼動状態にして、送信機の設定をいじりながら、お父さんはそんな事を言う、僕をからかっているのか?少し拗ねた表情でグライダーを調整するお父さんを見上げると、その視線に気づいたのか、そっと優しい何時もの笑顔を浮かべてこう言ってくれた。
「大丈夫、何時か雅に風が吹くよ。」
「えっ?」
意味が解らないで怪訝な表情で聞き返した僕にお父さんはそのままの表情でそっと答えてくれた。
「雅を守る、優しく力強い風がきっと吹く、だから雅は今まで通りの雅で居れば良いと、お父さんは思おうよ。」
自分の台詞に照れたのか、立ち上がるとグライダーを壁の機体ラックに納めてお父さんはコーヒーを飲んでいた、
ふっと、僕からも笑みが漏れた。
何か、久しぶりにお父さんと言葉を交わした気がした、そんな一時だった。
読んで頂きありがとうございます。
当初考えていた話より、何か重い話になってしまいました。
気をつけて書いたつもりですが、実際に苛めや性の事で悩んでいらっしゃる方に不快感を与えているようでしたら申し訳なく思います。