ホロホロさん
6月のある週、数日間、雨が続いていた。
雨空が暗さを増し始めた頃、二人の女子高生が並んで傘をさして歩いていた。
「……そういえばさ、こういう話知ってる?ホロホロさん、って話」
「なにそれ?怖い話?やだよそういうのー。やめようよー」
「そんな怖くないって。なんかね、こういう雨の日に出てくるらしいんだけどさ」
「だからやめようよー。いいよそういう話はー」
「だーいじょぶだって。でね、こういう雨の日に、外を歩いてると、真っ赤なレインコートを着て、真っ赤な傘をさしてる人がね、すっ……と脇を後ろから追い抜くことがあるんだってさ」
「追い抜くだけなの?」
「そう。でも、その人が追い抜いてから、次の角を曲がるまでの間になんか願い事を頭の中でずっと唱えておくの。で、その人が右に曲がったら、その願い事が叶うんだってさ」
「あ、なに、いいお化けなんだ?なにそういう話だったのー?」
「お化けかはわかんないけどさ。でも、左に曲がったら……」
「え、なに、なんなのーもうー。そういう話やめてってー。独りで帰れなくなるじゃんかー。あー何かもう怖くなってきたしー」
「まあまあ最後まで聞きなって。左に曲がると、願いとは逆のことが起きるんだって」
「逆のこと?なにそれ?」
「私もよくわかんないけど。お金が欲しい、って唱えてたら、お金が逆になくなるとか、そんな感じらしいよ」
「それさー、最初から何も考えなきゃいいんじゃないの?」
「それがね、何も考えない人には何度も脇を追い抜いていくらしいよ」
「え?どゆこと?だって一回追い抜いてるじゃん。何回も追い抜くなんてできなくない?」
「なんかね、角を曲がるたび、いつの間にか後ろにいて、そして追い抜いていくんだって」
「やだもー。やっぱり怖い話じゃーん。やめてってそういうのー」
「でもね、対策はちゃんとあるんだって。『ホロホロさんが角を右に曲がりますように』ってお願いすればいいみたい」
「え?意味わかんない。どうゆうこと?」
「ちょっとややこしいんだけどさ、例えば願いが叶うとするじゃん?そのときは、ホロホロさんは右に曲がる訳だから、願いが叶ったって事になるでしょ?」
「あー、うん。それは何か分かるかも。でも左に曲がっちゃったらどうするの?」
「それが大事なところなんだって。『右に曲がる』の逆って『左に曲がる』ってことじゃん?だから、願いの逆が叶った事になって、もう追い抜かれることはないらしいよ?」
「あーそういうことー。何か分かった気がするかも。よし、覚えとこ」
「まー、友達が友達から聞いた話だって言ってたし、口裂け女みたいな都市伝説っぽいけどねー」
「大体、なんで『ホロホロさん』って名前なの?今の内容と何も関係無くない?」
「さあ。わかんない。でもそういう名前で呼ばれてるらしいよ」
それ以後、少女達の会話は別の話題に移っていった。
じゃあ、行こうかな。
あたしはそう思って歩く速度を速めた。
さあ、あの子達は何を願うんだろうか。
『右に曲がって』かな。でもあれは、誰かが勝手に言い出した話。実際に試した結果を知っているのは誰もいない。実際に試したらどうなるか。
……そう。右に曲がって欲しいのね。
残念、その願いは叶えられない。
だってこの道、まっすぐ進むか、左に曲がることしかできないんだもの。
だからあたしは、彼女たちの数歩前で立ち止まり、彼女たちの方に『右回り』で振り返った。
左右それぞれの手で彼女たちの首をつかみ、締め上げた。蛙のような鳴き声を上げて、彼女たちは絶命した。雨水が流れる排水溝に、彼女たちの血抜きをした血を流した。
いただきます。
食べ終わると、あたしは元来た道を逆方向に歩き出した。
道にはね、曲がること以外にも、立ち止まることも、戻ることもできるんだよ。
お腹の中の少女達に話しかけながら、あたしはしとしとと雨が降る中を歩いて行った。
今日も願いを叶えられなかったと、ホロホロと泣きながら。