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もこうさ  作者: 沙φ亜竜
第2章 うめ子たちに忍び寄る影
9/23

-3-

 清々しい朝。

 オレの目覚めは清々しくないことが多い。

 すぐ目の前に、うめ子がいるからだ。


 いや、それ自体が問題なわけではない。

 うめ子はオレを抱き枕代わりにして寝ているのだが。

 朝までずっと抱きしめたまま。それが問題となる。

 抱きしめるというよりも、顔をうずめる形だから、というのが一番の理由だろうか。


 ヨダレを垂らしやがるんだ、この小娘は。

 授業中にもしょっちゅうヨダレまみれになっているオレだが、毎朝の目覚めの際には、かなり大量のヨダレによってベタベタした状態となってしまう。

 いったいどんな夢を見ているのやら。

 十中八九、食べ物をたらふく食っている夢だと思うが。


 それはいいとして、オレが目を覚ましたのは、うめ子のヨダレのせいでもあるが、目覚まし時計が鳴っていたからでもある。

 うめ子は枕もとにあるその目覚まし時計を、腕を伸ばしてしっかり止めていたはずだ。

 にもかかわらず、まだ眠っている。

 二度寝、というやつだろう。人間特有の無意味な習慣だな。


 オレたちもこうさは生物ではない。

 とくに睡眠を取る必要などなさそうに思われるかもしれないが、人工知能を有している関係上、記憶を記録媒体に定着させるための時間があるとより安定した思考が可能となる。

 実際のところ、仮想現実世界であるリビルドネットワーク上では、人間だって寝なくても問題はないのだが。

 それでも、夜には必ず寝るのが普通の生活となっているようだ。

 おそらく、食事と同様に睡眠自体を楽しんでいるのだと考えられる。


 それに加えて、直接的な問題はなくとも、長時間活動し続けると脳が混乱を引き起こす、といった弊害の可能性も否定できない。

 ま、もこうさであるオレには、人間のことなど理解できないし、理解しようとも思わないのだが。


 しっかし、うめ子のやつ、随分と幸せそうな顔で寝てやがるな。

 こうやって二度寝なんかしているから、ギリギリの女王だとか呼ばれる羽目になるんだろうに。

 仕方がない。あとで文句を言われても困るし、そろそろ起こしてやるとするか。


「おい、うめ子。起きろ、朝だぞ」


「むにゃむにゃ……あと五分~」


「あと五分じゃねぇ。五秒で起きろ」


「むにゃ……あと五時間~」


「遅刻どころの話じゃなくなる!」


「むにゃ……あと五日~」


「お前、わざとやってねぇか!?」


 耳もとでこれほど怒鳴っているというのに、一向に目を覚ます気配がない。

 なんともダメダメな人間だ。


「おい、うめ子。そろそろ起きないと、阿蘇山とかいう担任が怒るぞ?」


 がばっ!

 うめ子が瞬時に身を起こす。

 おお、これは凄まじい効果だ。


「おはよう、うめ子。目覚めはどうだ?」


「最悪に決まってるじゃん。阿曽山先生の般若顔が目の前にちらつく目覚めなんて」


「どうでもいいから、早く着替えて学校へ行く準備をしろ。現実に般若のような担任の顔を見たくなかったらな」


「むぅ~。わかったわよ~」


 いつもながら、オレの存在など意に介すことなく、うめ子は着替えを始める。


「だいたいさ~、朝はいつも、びっくりするんだよね~」


「ん? なぜだ?」


「だって、もこうさって声だけ聞いてると、すごく渋くてカッコいい男性って印象なんだもん。

 で、目を開けてみたら、こんなぬいぐるみで。残念無念柿八年だよ」


「悪かったな! 無駄口叩いてないで、早く着替えやがれ!」


「わかってるよ~」


 ともかく、うめ子はパジャマから制服へと着替え、カバンを持ち、オレを胸に抱いて部屋から飛び出す。

 二階にある部屋から階段を下りていくと、ダイニングのテーブルに朝食が用意されている。

 といっても、朝は食パンとホットミルクだけなのが普通だが。

 うめ子にはどうせ、ゆっくり食べている時間はない。これでも充分すぎると言えるだろう。


「それじゃ、お母さん、行ってきます!」


「うめ子! ちゃんと歯を磨かないと!」


「あっ、そうだった! ふぇ~ん、時間ないよ~」


 と言いつつも、洗面所へと向かって歯を磨く。

 ついでに手早く顔を洗って髪の毛をささっと整え、玄関へ。


「今度こそ、行ってきまぁ~す!」


 元気な声を響かせて、うめ子は家を飛び出した。


「ちょっと、うめ子! カバン、忘れてるわよ?」


「はうっ! 危ない危ない!」


 照れ笑いを浮かべ、母親からカバンを受け取るうめ子。

 カバンは忘れても、オレのことは忘れずにしっかり抱きかかえていたのは、賞賛に値する行動だったと言えよう。




 登校中、オレは周囲に気を配っていた。

 すると案の定、物陰に隠れる青い姿が何度も確認できた。

 青猫のやつらがなにやら嗅ぎ回っているのは、やはり間違いないようだ。


「うめ子……やっぱりお前、青猫に狙われてるみたいだな」


 高校へと向けて全速力のうめ子にも、念のため伝えてやったのだが。

 そのせいで速度が落ちてしまい、ギリギリアウトで担任の般若顔を拝む結果なってしまった。

 我ながら、余計なことをした。あとでうめ子に散々文句を言われることになるだろうな……。

 せめて、ボディーブローの連発だけはやめてもらえるよう、対策を考えておく必要がありそうだ。




「今日は珍しく、ギリギリアウトだったね、うめ子!」


「阿曽山先生もいつもより遅めだったのに、惜しいところだったけどね」


「う~、阿曽山大噴火は、みんなで楽しむ分にはいいけど、自分ひとりで受けるのは酷だよ~」


「自業自得だっての!」


 ホームルーム後、うめ子はいつものように友人たちとの雑談タイムに突入していた。

 今日はさくら子の机の周りに集まって喋る流れになったようだ。

 なお、うめ子ともも子とさくら子の他に、藤馬も会話の場に混ざっている。


「うう~、もこちゃんがあんなことを言わなければ、ギリギリセーフだったのに~」


「もこちゃん、なにを言ったの?」


「うん、あのね。あたしが狙われてるって……」


 そこまで口走ってから、うめ子はハッとして口をつぐむ。

 オレが言葉を喋れることは機密事項。

 だからこそ、しまった、と思ったのだろうが。

 大丈夫だ。その点については問題ない。

 なぜなら、うめ子がぬいぐるみと喋る痛い女の子だというのは、友人たちだけでなく、クラス全体で周知の事実となっているからだ。


 それはいいのだが。

 問題は、『狙われている』と口走ってしまったことのほうにある。


「狙われてるって……誰に? それって、ストーカーってこと!? っていうか、うめ子、大丈夫なの!?」


 うめ子は凄まじい勢いで質問攻めにされる。


「あ~、う~んと、そう……ね、ストーカー、なのかな? 大丈夫だとは思うけど……」


「今のところは、ってことね。だとしても、いつ行動を起こすかわかったもんじゃないわ。

 早急に対策を練らないと。あっ、まずは信頼できる人に相談したほうが……」


 根が真面目なもも子は、親身になって考えてくれている。

 ストーカーなんて話をしたらこうなることは、うめ子ですらわかりきっていただろう。


「ほんとに、大丈夫だから」


 どうにか火消しに躍起になるうめ子だったのだが、


「もしなにかあっても、僕が絶対に守るからね」


 恋人である藤馬からそんなことを言われたら、ポッと頬を赤らめる以外に対応が取れるはずもない。


「藤馬だけじゃないわ! 私とさくら子もいるんだから!

 うめ子、少しでも危険を感じたら、すぐに私たちに言うのよ? いいわね?」


「う……うん、ありがとう、もも子ちゃん、藤馬くん」


 と、ここまで会話していて、明らかな違和感があった。

 さっきから、さくら子がまったく話に入ってきていなかったのだ。


「おや? さくら子、どうかした?」


 熱くなっていたからか、もも子はこのタイミングになってようやく、さくら子の様子がおかしいことに気づいたらしい。


「い……いえ、なんでもありませんわ!」


 そう答えながらも、さくら子の表情は冴えない。

 さくら子はずっと、下を向いて考え込んでいるみたいだったのだが。

 手もとにあったと思しきなにかを、話しかけられたさくら子は机の中に仕舞い込んだ。

 それを見咎めたもも子が、笑いながら行動を起こす。


「さくら子、なにを隠したの~? 出しなさいって!」


「あ……!」


 もも子が机の中に手を突っ込み、取り上げたもの。それは、ノートだった。

 ごくごく普通のノート。

 ただし、異変があった。

 ノートの全面に、ぐちゃぐちゃな落書きがしてあったのだ。


 さらにノートをめくってみれば、ほとんどすべてのページに落書きがびっしりと書き込まれている。

 サインペンかなにかを適当に走らせ、ぐにゃぐにゃの線が書かれている箇所が多かった。

 しかし中には、あからさまに『死ね!』などの言葉が書き殴られているページもあった。


「こ……これって……っっ!」


 もも子が大声を上げそうになるのを、さくら子がすかさず手を伸ばし、口を塞いで止める。


「あまり騒がないでください……」


「でも、さくら子ちゃん。これはちょっと、あたしもひどいと思う」


 口を塞がれていないうめ子が、控えめながら主張すると、それを聞いた藤馬ともも子も頷く。


「いきなりこんなことをするなんて、原因はいったい……」


「いえ、いきなりというわけでは……」


「え? もしかして、前からなの?」


「……はい。高校に入ってすぐの頃からですわ」


「え……もう二ヶ月近くも……?」


 さくら子は黙ったまま首を縦に振る。驚く面々。

 入学してからこれまでのあいだ、友人としてなんでも話せる関係だと思っていた。

 それなのに、さくら子がこんな悩みを抱えていたことに、気づきもしなかったとは。

 とくにうめ子は、小中学生の頃にいじめを受けていた経験があるからか、必死になってさくら子の状況を聞きだそうとしているようだった。


「うめ子、いいんですの。わたくしが我慢すれはいいだけのことですから」


「もう! なに言ってるのよ! 私たち、友達でしょ? それこそ相談しなさいよ! 絶対に犯人を突き止めてやるんだから!」


 口を塞いでいたさくら子の手を押しのけ、もも子が思いっきり叫ぶ。


「ちょ……ちょっと、もも子! やめてください! それに、犯人はわかっておりますから」


「え?」


「ここだけの話にしておいてくださいね? 犯人は……新生寺(しんせいじ)さんですの」


「ど……どうして新生寺さんが……?」


 もも子の声は一気に小さくなっていた。

 さくら子が犯人として挙げた新生寺という生徒が、うめ子たちのクラスメイトだからだ。

 新生寺やまぶき。

 雰囲気的には、確かに少々強気な印象を受ける娘だが、それでもごく普通の女子生徒といった感じだった。


 さくら子から詳しい話を聞く。無論、小声で。

 さくら子の家、微風ノ宮は古くから続く名家だ。

 地域住民を束ねるにはリーダーが必要。その役目を、微風ノ宮家が担っていた。

 それによって恨みを買うことも少なくなかった。


 詳細はよくわからないが、微風ノ宮家と同じように古くから続く新生寺家は、徐々に衰退していった。

 直接、微風ノ宮家がなにか手を下したとか、そういったことではないと思われる。

 にもかかわらず、衰退した家の娘である神生寺やまぶきは、微風ノ宮家に対して、ひいてはさくら子に対して恨みの念を持つに至った。

 同じ高校、しかも同じクラスにさくら子がいると知った彼女は、腹いせにいじめ行為をしてくるようになったのだという。


「なによそれ。直接言ってやめてもらうべきだよ」


「いえ、いいんです。神生寺さんの気持ちもわかりますし」


 うめ子の提案に、さくら子は同調しない。


「でも、単なる逆恨みじゃない! そんなの、放っておいたらエスカレートするだけだよ!?」


「もも子、声が大きいですわ。そのあたりは、きっと大丈夫だと思います。昔は仲よしでしたもの」


 もも子の叫びにも、さくら子は落ち着いた口調で対応する。


「だとしても、あんなことをしてくるなんて、今は恨みしかないんじゃ……」


「さっきも言いましたとおり、わたくしが我慢すればいいだけなんですから。みなさんは気になさらないでください」


 藤馬が意見を述べるも、さくら子はピシャリと言い切る。

 ただ、友人たち三人の気持ちは、しっかりと伝わっているように見えた。

 今の自分の態度はあまりよくなかった。さくら子の頭に、そんな考えが浮かんだのかもしれない。


「ですが、もしあまりにもつらくなったら、ご相談させていただくかも……」


 遠慮がちに、そうつけ加えた。


「うん、わかった……。

 できれば、あまりひどくならないうちに手を打ったほうがいいとは思うけど、さくら子ちゃんがそう言うなら……」


 気持ちの上では、納得できていないに違いない。

 しかし、うめ子はさくら子の意思を尊重し、今は静観することに決めたのだろう。

 過去の自分と重ねているみたいだから、すぐにでも手を差し伸べたいと思ってはいるはずだ。

 とはいえ、周囲が無理矢理介入して解決するべき問題でもない。

 さくら子は、いじめている新生寺に仕返しをしたいわけではないのだから。


 なるべく事を大っぴらにすることなく、さくら子に対するいじめ行為をやめさせる。

 そのためにはどうすればいいか。今は状況を見守るしかない。

 うめ子はそんなふうに考えているようだ。

 オレの体をぎゅっと抱きしめてくるうめ子に、


「もしなにかあったら、オレも手を貸してやる。微力ではあるがな」


 そっと、そんな言葉を送ってやった。


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