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帰宅途中に買い食いしてきたこともそうだが、この世界では食事もできる。
リビルドネットワークは仮想現実の世界。施設にある本来の体には栄養が送られているため、こちらの世界で食物を摂取する必要などないのだが。
食べることは人間にとって、楽しみのひとつでもある。だからこそ、食事に関しても完全に再現されているのだろう。
花屋敷家の食卓には、今日もいい匂いが漂っていた。
うめ子の母親は専業主婦。料理が随分と得意なようだ。
それなのに、うめ子のほうはまったく料理ができない。
アイドルだから不器用なくらいがいいんだよ~! などと言ってはいたが、そういう問題でもないだろうに。
「あたしもう、おなかペッコペコだよ~!」
ついさっきクレープをたいらげたばかりの口で、うめ子は平然と言い放つ。
無論、言葉にするだけでなく、食卓に用意されたハンバーグカレーを凄まじい勢いで胃袋へと流し込んでいく。
どうやら別腹というものは実在しているらしい。
「あらあら、うめ子。もっとゆっくり食べなさいよ?」
そう注意してくる母親は、かなりの美人だ。本当にうめ子の母親か? と思ってしまうほどに。
この世界では、大人になったら働いたお金を使って、アバターパーツを買うことができる。
うめ子の母親は、美容にかなりの額をつぎ込んでいるに違いない。
人間たちは普通に生活していると感じているものの、ここはコンピューター上に作られた仮想現実になる。
だからなのか、この世界で生活している人間を、アバターと呼んだりする場合もある。
アバターパーツという言い方が浸透しているのも、そういった理由からだと考えられる。
ちなみに、うめ子の胸にはオレが抱えられたままなのだが、母親はそれを咎めたりしない。すでに諦めているからだ。
「まぁまぁ。うめ子は育ち盛りなんだから」
食卓には父親も着いている。
この世界には残業なんてない。定時上がりで帰ってきた父親は、家族との夕食を存分に楽しめる。
ま、飲み屋に行ってしまい、ベロンベロンになって帰宅し、妻からこっぴどく叱られる、といった日もあったりはするのだが。
その父親は、アルパカだ。
なぜ? と思うかもしれないが、実際にそうなのだから仕方がない。
二足歩行するアルパカ。それが、うめ子の父親の姿なのだ。
この世界では、大人になればアバターパーツを購入することが可能となるわけだが。値が張るものは多いが、パーツどころではなく、全身を覆い尽くすタイプも用意されている。
全身が可愛らしい動物の姿になっていれば、女性に大人気。
そんな思惑から、こういった動物タイプのアバターを購入する男性も少なくない。
一度購入すると、別の切り替えパーツなどを新たに買わない限り、ずっとそのままの姿で生活することになるという難点もあるのだが。
「そういえば、お買い物に行った帰り、家の前でなんだか誰かに見られてるような気がしたのよね~」
不意に母親が不安そうな声を響かせる。
「なんだと? ストーカーか?」
「わからないけど……ちょっと怖いわ……」
「ふむ。うめ子、お前も気をつけるんだぞ?」
「はぁ~い」
心配する父親に間延びした調子で返事をしたうめ子は、それからひと言も喋ることなく黙々と夕飯を食べ進めた。
自分の部屋へと戻ったうめ子が、オレに向かって口を開く。
「ねぇ、もこうさ。お母さんの言ってた視線って……」
「ああ、おそらくは青猫だろうな」
「だとすると、あたしだけじゃなくて、家族全員の様子をうかがってるの?」
うめ子は怯えた顔を見せる。
「さあ、どうだかな。ただ、なにか狙いがあるに違いない。
もしかしたら、お前が確定未来で犯罪者になることを知られた可能性もあるな」
「え? さっき違うって言ってなかった?」
「犯罪者を処分するのはオレたちもこうさの仕事だが、今は特例として放置している状態だからな。
青猫どもが自ら排除しようと異例の行動に出たとしても、不思議ではないのかもしれない」
憶測の域を出ない意見がこぼれ落ちていた。
「ちょっと、それって危ないんじゃ……!」
おっと、うめ子を無駄に怖がらせてしまった。
いくら食ってしまう予定の人間ではあっても、礼節を欠いていいわけではない。
「ま、もしあいつらがお前に手を出してくるようなら、オレが守ってやるから。安心しろ」
とりあえず、そう言っておく。
「あっ、なんかカッコいい! ぬいぐるみだけど!」
「うるせぇ!」
「もこうさって、声も渋くてカッコいいんだけどね~。はぁ~……」
「おいこら! ため息つくんじゃねぇ!」
こいつ……。オレの気遣いをムゲにしやがって!
「あはははは、もこうさったら、本気で怒ってる! おっかし~!」
怒りをあらわにするオレを見て、うめ子のやつは、今度はバカにしたような笑い声を響かせる。
くそっ……! 今すぐ食ってやろうか!
などと憤りつつも、どんな理由であれ、うめ子が笑顔になってくれてよかった、とオレは考えていた。