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もこうさ  作者: 沙φ亜竜
第1章 もこうさシステムとリビルドネットワーク
6/23

-5-

 倉庫の中には、ひとりの男子生徒がいた。

 呼び出した人物としてオレが予想したとおり……ではなかった。

 そこにいたのは藤馬だった。


 藤馬があの手紙を机の中に入れて、うめ子を呼び出した?

 ムカつくからボコボコにしてやる、という内容で?

 それはありえまい。

 その推測を肯定するかのように、藤馬が口を開いた。


「あれ? 花屋敷さん? どうしてここに?」


「えっと、祁答院くんこそ、どうして……?」


 お互いにわけがわからず、疑問符を飛ばし合う。


「祁答院くんが、あたしを呼び出したの? あたしをボコボコにするの?」


「え? なにそれ?」


 藤馬は呆然とした表情で首をかしげている。

 詳しく聞いてみると、どうやら藤馬も手紙でこの場所へと呼び出されたらしい。

 今は放課後――夕焼けの時間も越え、太陽は町並みの向こうにすっかり沈んでいる。

 狭くて薄暗い倉庫の中に、ふたりきり。

 藤馬に淡い恋心を抱いているうめ子にとっては、絶好のシチュエーションと言えるのかもしれない。


 と、そのとき。

 うめ子の背後から物音が響いてくる。

 物音、という表現を使うまでもない。その音からすぐにわかった。

 倉庫のドアが閉まった、ということが。


 それだけではない。

 ガチャガチャガチャ、ガチッ。

 そんな感じの金属音も響く。

 こちらもまた、容易に理解できる。

 カギがかけられた音だ。


「って、ええええっ!?」


 慌ててドアに駆け寄るうめ子。藤馬もそれに続く。


「ふんっ! ……ダメ、やっぱり開かないよ!」


「ええっ? 花屋敷さん、代わって。んんっっ! ……ほんとだ、開かないね」


 倉庫にも窓はある。といっても、換気用のタイプで人が通れるサイズではない。

 唯一の出入り口であるドアには外側からカギがかけられた。

 ふたりは倉庫の中に閉じ込められてしまったことになる。


「どうしよう……」


「う~ん、カバンは教室に置きっぱなしだし、誰か気づいて助けに来てくれるかも」


「あっ、それもそうね!」


 ふたりは意外と落ち着いていた。

 とりあえず腰を下ろし、助けが来るのを待つ。

 とくに会話はない。黙ったまま、ひたすらお互いの呼吸音だけを聞いていた。


 しばらく経っても、助けは来なかった。

 外は随分と暗くなっている。

 倉庫の中はほとんど暗闇と言っていい。


 うめ子はずっと、オレの体をぎゅっと抱きしめている。

 すぐ隣には憧れの藤馬がいる。

 胸のドキドキは伝わってきていた。

 それでもうめ子は、行動を起こすことも、話しかけることさえもできないでいた。


 どれくらい、沈黙の状態が続いただろうか。

 唐突に、倉庫のドアが開け放たれた。


「まったくもう! じれったいわね!」


「ふえっ!?」


 うめ子もその声でわかっただろう。それは、もも子だった。


「うふふ、うめ子らしいとも言えますわね。チキンですわ。うめチキです」


 隣にはさくら子も並んでいる。

 うめチキだと、なにやら美味そうな唐揚げ系の商品っぽくなってしまいそうだが。


「えっ? なに? どういうこと?」


 うめ子には理解できていないみたいだった。

 だが、オレには大方の想像はついていた。

 最初から思っていたとおりではあったが、今回の件はもも子が仕組んだことだった。

 達筆な文字で書かれた手紙も、もも子かさくら子のどちらかが机の中に入れたのだろうと予想していたが、やはりもも子が書いたものだったようだ。


 もも子はうめ子の藤馬に対する気持ちに気づいていた。学校で毎日一緒にいれば、それくらいすぐにわかる。

 そして同時に、もも子は藤馬のうめ子に対する気持ちにも気づいていた。

 幼馴染みで家も隣同士の間柄だから、お見通しだったのだという。

 そこで、今回の計画を発案した。


 もも子ひとりでも実行はできたものの、友人の恋の行方を気にしている様子だったさくら子にも手伝ってもらうことにした。

 この倉庫のカギは掃除をしたいからとの理由で借りてきたようだが、それを不審に思われないためでもあった。

 お嬢様であるさくら子には倉庫の薄汚さが我慢できないみたいなので、一緒に掃除をしようと考えた、と言って担任にお願いしたのだとか。


「えっ? でも、あの……。祁答院くんの気持ちって、えっ? それって、どういうこと……?」


 うめ子はまだ状況が理解できず、目をパチクリさせていた。

 藤馬のほうも似たような感じだ。

 そんなふたりに、もも子はハッキリと伝える。


「うめ子と藤馬は、相思相愛だってことよ!」


 もも子はそう言うと、うめ子と藤馬の手を取って握らせる。


「えっ? えっ? えっ? あたし……。い……いいの……?」


 それは、藤馬に対する問いかけであると同時に、その幼馴染みであるもも子に対する問いかけでもあった。

 もも子だって、藤馬への好意は持っているはずだからだ。


「いいのよ。うめ子は私の大切な友達だから。うめ子の幸せと幼馴染みの幸せ。両方の役に立てて、私も幸せだよ」


「もも子ちゃん……」


 感極まり、うめ子の瞳が潤み始める。


「ただし! まずはお友達からよ? 清く正しい交際をしないと! 私たちはまだ学生なんだから!」


 なんとも真面目な意見が飛び出す。

 メガネが似合う優等生然とした雰囲気のもも子らしい、とも言える。

 もっともその心の奥には、あまり親しくしている姿を見るのは複雑、という気持ちが渦巻いていたのかもしれないが。




 こうして、うめ子と藤馬は友人たち公認の仲となった。

 もも子は友達からと念を押していたが、お互いに好意を持っているのだから、つき合っている状態と表現していいだろう。


 といっても……。

 うめ子はアイドルだのなんだのと言って明るく振舞ってはいるが、いまいち積極性の持てない性格。

 一方の藤馬も、爽やかな雰囲気をまとって微笑んでいるだけで、決して相手を引っ張っていけるようなタイプではない。

 進展しているとは言いがたいのが実情だった。


 しいて進歩した点を挙げるならば、お互いのことを「藤馬くん」「うめ子さん」と下の名前で呼ぶようになったことくらいだろうか。

 それを進歩と言ってしまったら、さくら子も同じように「藤馬くん」「桜満開さん」と呼び合うようになっていることをどう説明したらいいかわらなくなってしまうが。

 そもそも、もも子に至っては最初から「藤馬」「黄桃」と呼び捨てにしているわけだし。

 ま、うめ子はうめ子らしく、ということか。

 もともとオレには、うめ子を含めた人間のガキどもの恋愛事情になど、まったく興味はないのだが。


 そんなわけで。

 うめ子はいわばオレに食われるまでの執行猶予中の身でありながら、こんな感じで高校生活を存分に満喫していた。


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