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もこうさ  作者: 沙φ亜竜
第1章 もこうさシステムとリビルドネットワーク
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-4-

「みゅ~~~、アイドルであるアプリコットちゃんの耳をちぎれるくらいに引っ張るなんて、阿曽山先生ってば、ほんとひどい人だよぉ~!」


 ぷりぷりと怒り顔をさらすうめ子。

 絶賛ブリッ子キャラ熱演中だ。


「自業自得でしょ? 授業中に寝てたんだから」


「しかも阿蘇山先生の授業で居眠りなんて、うめ子はとっても度胸がありますわよね~」


 ツッコミを入れてきたのはもちろん、友人のふたり、もも子とさくら子だ。


「だってぇ~! 社会史の授業って、すっごくつまらないじゃない。

 過去を振り返ってどうするのよ。人間は未来に目を向けて生きていくべきだよ~!」


「うめ子は他の授業でもつまらなそうにしてると思うけど」


「そんなことですから、赤点ギリギリになるんですわよ? ギリギリの女王としては当然の展開かもしれませんが」


「ちょっと、どうしてあたしが赤点ギリギリだって決めつけるのよぉ~? 中間テストだってまだなのに~!」


「普段のうめ子の様子を見てたら、そうならないほうがおかしいって」


「これでテストの成績がいいようでしたら、なにか裏があるとしか考えられませんわよね。

 カンニングとかカンニングとかカンニングとか」


「ぶぅ~~~~! もも子ちゃんとさくら子ちゃんが意地悪だ~!」


 うめ子たち三人が、いつものようにいつものごとく、教室内に明るい声を響かせる。

 そしていつものことながら、うめ子はオレを胸に抱えている。

 ついでに言えば、さっきは頭の辺りにヨダレまで垂らしてやがった。

 そのことについて、友人のふたりも言及してくる。


「うめ子、もこちゃんにヨダレまで垂らしてたよね」


「そうですわね。うめ子のだ液まみれなんて、ほんと、ばっちぃですわ。もこちゃん、絶対に臭くなってますわよ?」


「く……臭いわけない~! あたしはアイドルなんだもん! アプリコットちゃんなんだもん!

 果物みたいに甘酸っぱい香りがするに決まってるよ!」


 そう言いながら、うめ子はヨダレを垂らしていたオレの後頭部に鼻を押しつけ、くんくんとニオイを嗅ぎ始める。


「うっ……」


 思わず漏れるうめき声。


「あっ、嫌そうな顔をしたよ?」


「ほら見なさいな。うめ子、自分でも臭いと思ったんでしょ~?」


「そそそそ、そんなことないよ! とっても、その、なんというか、えっと、トロピカルな? 感じの匂いがしたもん!」


 どもりまくり、自分自身でも疑問符つきで語り、墓穴を掘った形のうめ子。

 まぁ、だ液自体には大したニオイなどないはずだが。

 ぬいぐるみであるオレの体に付着した雑菌などと混ざり合い、異臭を放つに至る状態へと陥っていたようだ。

 それにしても、いくらリビルドネットワークが現実と変わらないリアルな世界になっているとはいえ、こんな部分まで再現する必要はないと思うのだが……。


 ともかく、怪我をしたり病気になったりしない点を除けば、ほとんど現実と同等の生活を送ることができる。

 だからこそ、リビルドネットワーク上にいる人間たちは、まったく疑問すら抱かずに生きていけるのだ。

 少なくとも学生に関しては。

 そういう世界なのだというのは、事実として誰しもが認めるところだろう。


「あたしはアイドルだもん。大好きなもこちゃんと、明るく楽しく生きるんだもん。ぐすっ」


 うめ子がオレをぎゅっと抱きしめ、泣きべそをかき始める。

 言うまでもなく、それもまた演技だ。

 これこそがうめ子の本当の性格なのでは、と思えるくらい、最近は板についてきているが。


「はいはい、わかったから。泣かないの」


「そうですわよ~? 泣いたら涙と一緒に幸せさんが逃げていってしまいますわ」


「う……うん、そうだね! あたし、もう泣かない!」


 友人ふたりに励まされ、目にはまだ涙が残ったままながら、うめ子は笑顔を取り戻した。

 ……なんなんだかな、これは。コントかなにかか?

 と、そんな三人のそばに、ひとりの男子生徒が近寄ってくる。


「黄桃、また花屋敷さんを泣かせたの? ダメじゃないか」


 とても爽やかな声で女子三人の会話に割り込んできたのは、男子としては少し長めの髪がサラサラと揺れる人懐っこそうな人物だった。

 祁答院(けどういん)藤馬とうま

 うめ子たちのクラスメイトで、もも子――蛸星黄桃とは幼馴染みでもある。


「藤馬! べつにいじめてたわけじゃないからね!?」


「え? でも、花屋敷さん、泣いてたでしょ?」


「からかってただけよ、いつもみたいに!」


「そうですわ。相変わらず祁答院くんは、物事を素直すぎるくらい素直に受け止めてしまいますわよね」


「むぅ~、そうだったんだ。あははは、僕、早とちりしちゃったね」


 藤馬はバツが悪そうに苦笑をこぼす。

 そんな藤馬に対して、なんとも熱い視線を向ける人間が、ここにひとりいた。

 うめ子だ。

 オレはうめ子によって胸の前に抱えられている状態だから、その視線は見えないわけだが。

 控えめで薄っぺらい胸を通して、オレの背中にはドキドキと高鳴る心臓の鼓動がハッキリと伝わってきていた。


 うめ子はこの男子生徒に淡い恋心を抱いている。

 自分の部屋で恥ずかしそうにオレに語ってくれたこともあった。


「この話は絶対に秘密だからね!?」


 なんて言っていたが、毎日のように頬を赤らめた状態でじぃ~っと見つめていたら、どう考えてもバレバレだろう。

 藤馬とかいう男子生徒は、相当鈍い人間のようで、今のところは気づいていないみたいだが。


「祁答院くん! あの、心配してくれてありがとう! あたしは大丈夫だから!

 アプリコットちゃんはいつでも笑顔なの! にゃふふっ!」


 うめ子はブリッ子キャラで笑顔を見せる。


「うん、元気そうでよかった」


 藤馬はニッコリと、こちらも笑顔で応える。

 雰囲気的には、随分いい感じと言えそうだ。

 人間の感情など、オレにとってはどうでもいいくだらないものとしか思えないが。


「はいはい、とりあえずそこまでね。くっつぎすぎはダメ!」


 今にもお互いの手を握り合いそうな雰囲気だったふたりを、もも子が物理的に引き離す。

 もも子は藤馬の幼馴染みだ。

 腐れ縁なだけ。もも子本人はそう主張しているが、おそらく好意を持っているのは間違いあるまい。

 それを、うめ子も薄々ながら感じている。

 うめ子が、自分の気持ちは秘密にしておかないと、と考えたのはそのためなのだろう。


「ふふっ、でしたらその代わりに、わたくしがうめ子にくっつきますわね」


 ぴっとりと。

 さくら子――微風ノ宮桜満開が自ら放った言葉どおり、うめ子にくっついてくる。


 お嬢様っぽい雰囲気を漂わせるこの女子生徒は、実際に古くから続く名家のお嬢様だ。

 友人三人で話していると、もも子の幼馴染みである藤馬が話しかけてくることも、それなりに多かったりするのだが。

 うめ子やもも子と違い、さくら子は藤馬に対して特別な感情は抱いていないと思われる。


 ただ、箱入り娘といった感じで大切に育てられて反動でもあったのか、それともこの女子生徒本来の性質的な問題か。

 さくら子はうめ子に対して少々失礼な発言をぶつけたりしつつも、頻繁にベタベタとくっついてくる傾向がある。

 いわゆる、百合属性があるのかもしれない。

 いや、この娘の場合、単純にうめ子をからかっているだけ、という可能性も捨てきれないか。


「えっと、さくら子ちゃん? ちょっと苦しいかも……。あと、顔が近すぎだよ……?」


「うふふふ、このままキスしちゃいましょうか」


「や……やだよぉ~! っていうか、さくら子ちゃん、さっきあたしのだ液はばっちぃとか言ってなかったっけ?」


「それはそれ、これはこれですわ!」


「どこがそれで、どこがこれなの~? 意味わかんないよ~!」


 休み時間だからべつに構わないのだが、実に騒がしい。

 そんな女子三人の様子を、藤馬は穏やかな微笑みを浮かべながら眺めていた。

 と、ここでもも子が真顔に戻る。


「……って、次の授業は音楽だったわ。早く移動しないと」


「あっ、そうだった! 遅刻したら、罰としてみんなの前で歌わなきゃならなくなっちゃう!」


「ふふっ、アイドルなら喜んで歌うべきじゃありませんの?」


「ぶぅ~~~~! さくら子ちゃんの意地悪~!」


「あら、ごめんなさいね。うめ子が音痴だったの、すっかり忘れておりましたわ」


「お……音痴って言わないで~! ちょっとだけ、音程が外れちゃう程度だもん!」


 騒がしさは一向に変わらないまま、藤馬も含めた四人は素早く音楽の準備をして、足早に教室を出ていった。




 放課後。

 うめ子が帰宅の準備をするため、机の中に手を入れると……。


「あれ? これ、なんだろ?」


 なにやら封筒らしきものに気づき、つぶやきを漏らす。

 差出人の名前など、文字が記載されている様子はない。

 だが……。


「も……もしかして、これってラブレター!? アイドルで可愛いアプリコットちゃんに恋をしちゃったのね!?」


 一瞬で浮かれ気分になるうめ子。

 お前は藤馬のことが好きなんじゃなかったか?

 ツッコミを入れると、それはそれ、これはこれ、との答えが返ってきた。

 便利だな、その言葉。


 それはともかく。

 封筒の中身を取り出し、便箋に綴られた文章を読んだうめ子の気分は、ジェットコースターばりに急降下。



『花屋敷うめ子。お前、ほんとムカつくな。ボコボコにしてやるから、放課後、ひとりで裏門脇の倉庫まで来い!』



 うめ子は大パニック。


「どうしよう! もも子ちゃん、さくら子ちゃん! あたし、果たし状を受け取っちゃったよ!」


 ……これは、果たし状と呼ぶものになるのだろうか?

 どちらかと言えば、いじめに近い気がしなくもないが。

 ともあれ、呼び出しを受けたことに間違いはない。

 この感じからすると、無視したところで今後もしつこく第二第三の手を打ってくると考えられる。


 うめ子はすかさず、友人たちに相談しようとしていたのだが。

 しかし、それに応えてくれる声はなかった。


「あれ? もも子ちゃん? さくら子ちゃん?」


 きょろきょろと見回すも、友人の姿はない。

 教室内には数人のクラスメイトがいるにはいるが、アイドルだのなんだのと自称しているわりに意外と人見知りなうめ子には、もも子とさくら子以外に相談を持ちかけることなどできないのだろう。

 他のクラスメイトで唯一会話できそうな藤馬も、今は教室内にいなかった。


「はうううう、もこちゃん、どうしよう……」


「どうしようと言われてもな、行くしかないんじゃないのか?」


 念のため小声で答える。

 まだクラスメイトがいるため、うめ子は『もこうさ』ではなく『もこちゃん』と、ブリッ子キャラのままで問いかけてきた。

 うめ子がぬいぐるみに話しかける女の子だという認識は、すでにクラス全体に知れ渡っている。

 だからといって、オレまで普通に喋ってしまうわけにはいかない。


 オレはうめ子に答えながらも、なにかおかしいと感じていた。

 あの手紙……うめ子いわく果たし状の文字だ。


 内容から察するに、うめ子のことを嫌っている誰かが呼び出した、と判断するのが妥当なところだが。

 実際にヤキを入れるつもりがあるなら、不良とかそう呼ばれる人間、ということになるだろうか。

 ただ、あの手紙の文字は、すごく達筆だった。

 いや、不良が達筆だったとしても、別段おかしいことではないのかもしれない。

 だとしても、やはりイメージ的に結びつかない。


 しかも少々小さめの文字で書かれていたあの文章……。

 筆跡になんとなく見覚えがあるような気もした。


 以上のことから、オレはあるひとつの推測を浮かべていたのだが、確証などどこにもない。

 真実を知るための一番の近道は、呼び出し場所へと行ってみることだ。


「ううう、怖いけど……行ってみるね……」


 うめ子は震える腕でオレを抱きかかえると、呼び出し場所である裏門近くの倉庫へと向かった。


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