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爆弾化のエネルギーがなくなったことで感情的な熱量も減ったのか、うめ子は正気に戻ってくれた。
「もも子ちゃん、さくら子ちゃん、ごめんね!」
うめ子は倒れたままだったさくら子に駆け寄り、肩を貸して立ち上がらせながら、自らが痛めつけてしまった親友たちに謝罪する。
「……いえ、いいですわ。悪いのは、うめ子ではありませんもの。……ぐっ……!」
さくら子は蹴られた腹部がまだ痛むようでうめき声を漏らしていた。
だが、意識はハッキリしているようだから、おそらく大事には至っていないと考えられる。
「そうね。悪いのはあいつ、藤馬よ!」
もも子のほうも、自分の足でしっかりと立ち上がっている。
こちらもまた、大きな怪我などはなさそうだ。
全員が、恨みのこもった視線で藤馬を睨みつける。
無論、オレも。
対する藤馬は、涼しげな表情を保ったままだ。
しかし、焦りは明らかにある。
「うめ子さんを爆発させる計画は、失敗に終わってしまったみたいだね」
吐き出された声には、微かな震えが含まれていた。
「もう諦めろ! お前に未来はない!」
「ふふっ、キミたちから見たら、僕は未来にいる身だけど」
オレの説得には、強がりとも取れる冗談が返ってくる。
勢いは確実に弱まっている。あと一歩。
そう考えていたのだが。
「こうなったら仕方がない。この藤馬の体の中にもエネルギーは残っている。
こいつを爆発させて、ここいら一帯だけでも消し去ってしまおうかな」
藤馬は淡々と言ってのける。
起爆用のデータは藤馬の体内に仕込まれ、口などを介してうめ子たちに送り込まれていた。
そのデータとうめ子から吸い取ったエネルギーが残っているのなら、藤馬自身が爆弾になることも確かに可能だろう。
「全体的なリビルドは、また次の機会にでも実行すればいいかな。僕が研究を続ければ、それくらい可能になるだろうしね」
「藤馬が爆発したら、未来にいるお前も消えてしまうんじゃないのか?」
「いや、それは問題にもならないよ。僕はリビルドネットワークのシステムにも精通しているんだから。
データを少しいじれば、この藤馬が爆発した事実を改ざんすることだって可能なのさ」
口調に力強さが戻っていくのに合わせて、藤馬の体が徐々に輝き始める。
「エネルギーの高まりを感じる。しばらく経てば、周囲一帯を吹き飛ばすのに充分なパワーが得られるはずだよ。
その瞬間、キミたちは消えてなくなるんだ。命の期限まで、あと数分、といったところかな? くふふふふ」
楽しそうに笑みをこぼす藤馬。
輝きはより一層強くなっている。
やつが言っているように、数分後には本当に爆発してしまうのかもしれない。
「さあ、覚悟はできたかな? ま、覚悟ができていなくても、爆発を止めるつもりなんてないけどね」
藤馬は勝利を確信している。
これが勝利と呼べるのかはわからないが。
オレたちにとって敗北になるのは間違いない。
諦めるしかないのか?
ただ黙って、爆発するのを見守るしかないのか?
……否!
最後の最後まで抗う!
うめ子のエネルギーを吸い取ることができたんだ。
藤馬のエネルギーも、オレなら吸い取ることができる!
「爆発なんて、そんなことはさせない!」
オレは飛び出した。
藤馬目がけて。
神々しく光り輝き、爆発寸前の状態になっている藤馬目がけて。
「もこうさ!」
うめ子が叫ぶ。
「藤馬くんを助けてあげて!」
「ああ、任せておけ!」
オレは願いをしっかと聞き入れ、敵に向かって一直線。
「ぬいぐるみごときに、なにができるって言うんだい?」
「オレはぬいぐるみじゃねぇ! もこうさだ!」
さっきうめ子にしたのと同じように、すべてのエネルギーを吸い取ってしまえば、未来の藤馬が手にしたカードはすべてなくなるはずだ。
擬似的に男性と設定されているオレにとって、男なんぞとキスするのはヘドが出るほど嫌ではあるが。
そんなことを言っている場合でもない。
藤馬、お前の中にあるエネルギーを、根こそぎ吸い尽くしてやる!
しかし、オレの勢いはここまでだった。
「はい、残念」
藤馬の顔が……狂気に歪んだようにも見える顔が、視界いっぱいに映り込む。
頭から突っ込んだオレは、藤馬が伸ばした右腕一本であっさりと受け止められていた。
オレの頭部は今、やつの手のひらによってガシッとつかまれている。
「ぬいぐるみの浅知恵なんて、通用しないよ。うめ子さんにしていたことは、僕だって見ていたんだからね」
「くっ……!」
逃れようと暴れるも、藤馬の手は離れない。
藤馬はそこから、両手でオレの両腕を引っ張る形に持ち替えると、ぐぐいっと顔を近づけて忌々しそうに文句をぶつけてくる。
「まったく、鬱陶しいったらないよね。
そもそも、キミが最初からうめ子さんを食べていれば、こんな面倒なことにはならなかったのに」
「オレはうめ子を食わなくて、心からよかったと思ってるぜ。
冤罪だったからとか、そういう意味じゃない。一緒にいて、素直に楽しかったからな」
「もこうさってのは、非情な死刑執行役なんじゃなかったのかい?」
「オレ自身も、こんな気持ちになってることに驚いてはいるがな。それでも、今はうめ子を守る立場にいる。
うめ子のために、オレは絶対にお前を止めてみせる!」
「バカなことを。キミは今、僕の手のうちにあるっていうのに」
オレの両腕をつかんでいる藤馬の手に、力が込められていく。
「このまま、引きちぎってあげるよ」
「や……やめろ!」
制止を求めて叶うはずもない。
「もこうさっ!」
うめ子の悲痛な声が響く中、
オレの両腕は無残にも引きちぎられた。
裂け目から、大量の綿が飛び散る。
真っ白い血が噴き出すかのように。
「くっくっく、ぬいぐるみ風情がカッコつけようとするから、こうなるんだよ?」
勝ち誇る藤馬。
その目の前で、オレはニタッと笑みを浮かべる。
「残念だったな」
「な……なに……っ!?」
「あいにくオレはぬいぐるみなんでね。腕など、単なる飾りでしかない」
手のひら返しでぬいぐるみ論を受け入れる。
「お前には恨みもある上、悪の種。ならば当然、容赦はいらぬ。
もこもこウサギのショータイム。なにも言わずに死んでくれ!」
両腕のなくなったオレは、状況に合わせて変更を加えた決めゼリフを放ち、
もともとのサイズから数倍にもなるほど大きく口を開き、
ガブリと、
藤馬を頭から丸呑みにした。
ペロリ。
舌を伸ばして口の周りを舐める。
「ふう……。やっぱり男ってのは、筋張っててのどごしが悪いな」
「って、もこうさ!? なんで食べちゃうのよ!? 藤馬くんを助けてって、あたし言ったよね!?」
うめ子がオレにつかみかかり、凄まじい勢いで怒鳴りつけてくる。
まぁ、当たり前といえば当たり前なのだが。
「落ち着け、うめ子。そこに倒れてるのが誰か、まずはちゃんと確認してみろ」
「えっ?」
オレの足もとに、ひとりの男性が倒れている。
視線を落としたうめ子は、驚きと歓喜が混ぜこぜになった表情に変わる。
「あれ? 藤馬くん? どうして……?」
オレはうめ子に解説してやった。
未来の藤馬は、現在の藤馬を遠隔操作し、これまでに様々なことをしてきた。
オレたちもこうさが通信手段を失ったのもそのひとつだ。
だが、うめ子の爆弾化が失敗した段階で、やつも余裕がなくなったのだろう、そのあたりの不具合は解消されていた。
個人を特定できれば、完全確定未来になる時間は早まる。
中央コンピューターが処理能力の多くを注ぐことで、すぐに完全確定未来となり、未来の藤馬の姿を確認できるようになっていたのだ。
藤馬が独自の技術を使ってアクセスしていたことも、逆探知的にたどっていく上で役に立ったようだ。
通信によってそれを知ったオレは、時空を超え、未来にいる藤馬を食った。
今現在の時間軸以外にいる人間を食うのは、当然ながら初の試みではあったが。
問題なく執行できた。
オレたちもこうさの任務は、重大な犯罪を起こす人間を、言うなれば過去にさかのぼって食ってしまうことに等しい。
ということは、上手く応用すれば逆もまた可能なのではないか。そう考えての作戦だった。
「未来にいて安心しきっていたあいつなんて、オレの敵じゃなかったってことさ」
オレたちが食った人間は、その先の未来まで含めて存在が消えてしまう。
しかし、未来に存在する人間を食ったとしても、過去まで消えたりはしない。
今現在の藤馬が消えることはないのだ。
「えっと……でもさ、もこうさが食べた藤馬くんって、ここにいる藤馬くんの未来なんだよね?
だったら、そのうちまた同じことを考えて、同じことをしちゃうんじゃないの?」
「なに、未来ってのは変えられるものだ。
だからこそ、絶対に変わってはならない未来を確定未来理論として保護するようになったんだからな」
その理論を利用し、よりよい社会を守るために作られたのが、オレたちもこうさということになる。
「もっとも、未来の藤馬がシステムに不正アクセスして罪をなすりつけた点を考えれば、確定未来理論はまだ不完全だと言わざるを得ないが」
だとしても、そんなことは関係ない。
「藤馬がバカなことを引き起こさないように導いていくのは、恋人であり未来の妻であるうめ子、お前の役目だ」
「う……うん、わかったよ!」
うめ子は力強く頷く。
実際、未来は変わるもの。うめ子が藤馬の妻にならない可能性だって充分にありえる。
未来の世界でうめ子の夫だった藤馬は、このオレが食ってしまったのだから、なおさらだ。
それでも、うめ子が心から望むなら、思い描いた道筋どおりに進んでいける。
そして、藤馬とふたりで仲よく暮らしていけるに違いない。
オレはもこうさ。
人間を食うために生み出された、ウサギのぬいぐるみの姿をしたデジタリアン。
非情な死刑執行役。
ここでその肩書きを捨て去ることにしよう。
オレはもこうさ。
うめ子を見守るために生まれ変わった、ウサギのぬいぐるみの姿をしたデジタリアン。
情に厚い保護観察役。
意識を取り戻した藤馬にそっと寄り添い、微笑みかけるうめ子に、オレはこれ以上ない温かな視線を向けるのだった。




