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オレは考えていた。
爆発を止める方法を。
うめ子の気持ちを静める、といったもも子たちのやり方は、あまり上手く行っているとは言えない。
根本的な解決、つまり、爆発のもととなるエネルギーを中和するような方法がないか、ずっと考えていたのだ。
「そんな方法はないから。諦めたほうがいいよ?」
オレの思考を読むことなど、未来の藤馬には造作もないのだろうか、そんな言葉が飛んでくる。
とはいえ、わざわざ止めてくるというのは逆に怪しい。
なにか方法があるはずだ。
うめ子の心は揺らいでいる。
そのあたりに、なにか解決へと向けた糸口があるのではないか。
オレは状況をつぶさに観察する。
「とりあえず、小うるさいメスどもは黙らせておくべきかな。
うめ子さん、友人たちを爆発させるのはあと回しでいいから、まずは動けないように痛めつけてやるんだ!」
「わかったよ、藤馬くん!」
うめ子がもも子たちに攻撃を開始する。
元来、うめ子は運動神経が鈍い。
アイドルにはドジッ子属性があったほうがいいんだよ~、などと言っていたこともあるのだが、それは体のいい言い訳でしかない。
だというのに、今のうめ子は体操選手すらも顔負けなほどの身のこなしで、友人たちに打撃技を繰り出している。
「ちょ……っ、やめなさいよ、うめ子! きゃあっ!」
もも子は腕で防御を試みるものの、軽々と吹き飛ばされてしまう。
「こうなっては、仕方がありません。うめ子さん、恨まないでくださいませ!」
さくら子は薙刀を取り出す。
微風流の免許皆伝を受けているさくら子にそういう能力があるのは、以前にも見たことがあるとおりだ。
ともあれ、いかに武器を手にしたところで、所詮は舞踊の流派でしかない。
青猫相手に力を発揮できたのは、相手が単純なプログラム制御によって動く下っ端で、しかも数が多くて適当に振り回すだけでもヒットさせることができたからだ。
エネルギーの蓄積と藤馬への愛の力で信じられないほどにパワーアップしているうめ子には、まるっきり歯が立たない。
「うぐ……っ!」
薙刀をあっさりとつかまれ、腹部への容赦ない蹴りを食らい、さくら子はその場に崩れ落ちる。
「うめ子! 友達に対して、なんてひどいことを!」
やまぶきは少し距離を保ったまま、うめ子の心に訴えかける作戦に出る。
「あたくしがあなたたちの仲間入りしたとき、さくら子のことを思って熱く語ってたよね!?
いじめられる側の気持ちが少しはわかったか、とか、実際にはこんなもんじゃないんだから、とか!」
作戦、というのは失礼かもしれない。
それは心の奥底から自然と湧き上がってきた、嘘偽りのない真っ正直な気持ちだったのだから。
「あたくしは、あなたのその言葉によって素直に反省して吹っ切ることができた! そういう部分もあったと言えるわ!
だから今度はあたくしがあなたを救う番なの!」
「そうです、うめ子さん! 自分を見失ってはいけません!
あなたは未来の藤馬くんに操られているようなものです! 現在の藤馬くんと同じように!
今となっては、あなただけが未来の希望なんです!」
これまで沈黙を貫いていた女王も、声を限りに懇願する。
そうだ。黙って見ていても、なにも変わらない。
オレもうめ子の説得に回らないと。
むしろオレこそが、うめ子の説得に回らないと。
なにせ、少なくともここしばらくのあいだでは、うめ子のそばにいた時間が一番長いのはこのオレになるのだから。
オレがそばにいることで、エネルギーが蓄積されていった。
ならば、エネルギーを中和できるとしたら、他でもない、このオレしかいないじゃないか!
「うめ子! 正気に戻れ! その藤馬はお前の好きな藤馬じゃない! 別人だ!」
「なによ、もこうさ! 藤馬くんは藤馬くんだよ! それはわかりきってることでしょ!?」
「いや、違う! 藤馬は目的のためにお前を利用しているだけだって、何度言えばわかるんだ!」
「そっちこそ! あたしはそれでも構わない! 藤馬くんのためだったら、命を投げ出したっていいのよ!」
うめ子は意外と頑固だ。
一度思い込んだら、ひたすらまっすぐ突き進む。
とても一途でとても素直で、とても厄介な性格とも言える。
だが。
そんなうめ子のことを、オレはとてもとても気に入っている。
だからこそ、ずっとそばにいた。頭から食わずに、そばにいることを選んだ。
監視の役目は与えられたものだが、それだって女王がオレの意思を尊重してくれたからに他ならない。
うめ子の意識がオレのほうへと向いたことで、やまぶきはチャンスだと思ったのだろう、背後から飛びかかった。
結果はあえなく失敗。やまぶきは思いっきり蹴り飛ばされてしまう。
さらには女王にまで、うめ子は牙をむいた。
ごちゃごちゃとわめくな、とでも言いたげな表情で、女王の顔面にストレートパンチをお見舞いする。
素直でまっすぐなパンチは美しい顔を直撃し、女王もまた、その場に倒れ込んでしまった。
女王に対して、なんたる仕打ち!
怒りの念が湧き起こったが、ここは堪えておく。
それよりも、うめ子のほうをどうにかするのが先決だ。
オレは不可解に思っていた。
なぜ藤馬は、うめ子を爆発させないままでいるのか。
爆弾化したうめ子を爆発させ、この世界を破壊し、新たな世界の再構築をするのが藤馬の目的。
あとはもう、うめ子が爆発しさえすれば、それで達成できるところまで来ているはずだ。
状況を楽しんでいる。そういう意図もないわけではないだろう。
しかし、それよりも。
うめ子を起爆するような力は、藤馬にはない、と考えたほうが辻褄が合う。
起爆する要因は、うめ子の感情の爆発。
最大限にまで熱くなった感情を爆発させることによって、文字どおり大爆発が起きる。
そういうことなのではないだろうか?
単なる憶測でしかない。
しかし、試してみる価値はある。
このオレが、うめ子の気持ちを冷ましてやる!
「うめ子!」
オレはうめ子に飛びかかった。
もとい、飛びついた。
弾き飛ばそうとしてくる腕をかわし、うめ子の胸に身をうずめる。
かなり控えめな膨らみだから、柔らかな感触などほとんどない。
この場合、そのほうがいい、とも言える。
オレはぬいぐるみ風の腕を必死に回して、うめ子の体温を、そして鼓動を、直接感じていた。
これは危険極まりない行為かもしれない。
オレと一緒にいたことでエネルギーが蓄積されたというのだから、さらにエネルギーを増やすだけなのかもしれない。
ただ、うめ子は怒りであれ悲しみであれ、感情が高ぶった際にはオレの体をぎゅっと抱きしめて落ち着かせることが多かった。
今回だって、オレを抱きしめれば落ち着いてくれるに違いない。
そう考えての行動だった。
「ちょっと、もこうさ! なにやってんのよ! くっついてこないでよ、暑苦しいわね!」
「いつもはお前のほうから、オレのことを抱きしめてるじゃねぇか! 鬱陶しいほどに!」
「あれは仕方がなくでしょ~? あと、頭が顔にくっつくんだけど! 耳は邪魔だし、なんか臭いし!」
「臭いのはお前自身の汗とヨダレのせいだ! 心して嗅ぎやがれ!」
「あ……あたしはこんなに臭くないもん!」
オレとの口論で、逆に熱くなってすらいる。
作戦は失敗か……?
いや、まだだ!
なにか、きっかけさえあれば……!
オレに助け舟を出したのは、青猫の部隊長、サファイアベリーだった。
「花屋敷うめ子さん。キミの未来の情報を引き出すことに、ようやく成功した。
花屋敷は旧姓で、祁答院という名字になっていたけどね」
祁答院うめ子になっていた。
未来の世界でうめ子が藤馬の妻となっている、というのは真実だったことになる。
「ただしキミたちの結婚は、事実上の、と言うべきかもしれない。
同居してはいるけど、うめ子さんは監禁状態にある。実験のために散々利用されていたらしい。
でも、それもそろそろ限界みたいなんだよ」
サファイアベリーは淡々と語り続ける。
「うめ子さんに罪をなすりつけ、もこうさの処罰対象にした件。
あれには、ゴミを処分するようにキミをこの世から消し去ってしまおう、という意図もあったようだ」
「黙れ、青猫! 所詮はぬいぐるみのくせに!」
藤馬がこれまでにないほどの大声で怒鳴りつける。
「ぬいぐるみではない! 特殊な権限を持った警察だ! 罪のない市民を守る義務がある!」
「くっ……。まさか僕の施したアクセス制限を突破して情報を引き出してくるなんてね。
青猫どもはそれほど無能じゃなかったということか」
悔しそうに唇を噛む藤馬。
観念したのだろうか、世界を再構築することの真の目的を白状し始める。
「そう。僕はうめ子さんと結婚して実験をしていた。
べつに、実験体として無理矢理婚姻状態に追いやったわけじゃないよ?
同意の上さ。うめ子さんは喜んで僕の実験に協力してくれた」
藤馬の母親は、リビルドネットワーク管理委員として働いていた。
だがいつしか、将来的に重要な機密を漏らすという罪により、もこうさの処罰対象となった。
うめ子みたいに抵抗したわけではない。
そもそも、簡単に抵抗できるシステムでもない。
母親は藤馬が見ている前で、もこうさに頭から食われて消えた。
「いや、待て! もこうさに食われた人間に関する記憶は、不都合のないように改ざんされるはずだぞ!?」
「うん、そうだね。僕も母親が仕事の都合で離れて暮らしているだけだと思い込んでいたよ。
でも、リビルドネットワークに関する仕事をこなしていくうちに、自分の記憶に改ざんの痕跡があると気づいた。
まさか、老衰以外では死ぬことのないこの世界で、食われて死んでいたなんてね。さすがに驚いたよ」
藤馬は途切れることなく思いの丈を吐き出してくる。
その多くは、もこうさシステムに関する苦言だった。
「勝手に食って、勝手に記憶を改ざんして。残された家族のことなど、お前たちはなにも考えていない。
平和を守るための陰の存在だとか言っているみたいだけど、そんなのは偽りの平和でしかないだろ?」
今現在、世界を司っているリビルドネットワークのシステム自体が、大きな誤りを含んだバグだらけの不良品でしかない。
だからすべてを無に帰して、一から新たな世界を構築し直す必要がある。
藤馬は熱く、激しく語る。
女王はなにも言い返せない。
深く心に突き刺さるものがあったのだろう。
藤馬はすべてを白日のもとにさらし、自分の行動が正当だと認めさせようと考えたに違いない。
オレにだって、部分的には納得できなくもない箇所はあった。
だとしても、藤馬が神になって世界を再構築する、というのは行き過ぎとしか言いようがない。
藤馬の誤算は、まだあった。
うめ子だ。
「藤馬くん……。あたしと結婚したのに、実験に使うだけだったの……?
しかも、使い終わったからって、ポイ捨てしようとしたの……?」
サファイアベリーによって明かされた事実に、うめ子は引っかかっていた。
それだけしか頭に入っていなかった。
うめ子の瞳には、藤馬に対する不信感がありありと浮かんでいた。
爆発につながる感情が、弱まっている。
今なら、どうにかできる!
オレはうめ子の胸の辺りから飛び出し、
「うめ子!」
名前を呼びかけ、
「ふえっ?」
キョトンとした目を向けてくるうめ子に、
「んんっ!?」
ぶちゅ~~~っと、大きな音を立てて、熱烈なキスをした。
口の中の空気やらだ液やらすべてを、
体の中にある空気も含めてすべてを、
さらには蓄積されたエネルギーをも、
全部ひっくるめて吸い込むように、ひたすら激しく。
ぬいぐるみタイプのオレの口では吸いにくかったが、うめ子の鼻から口、アゴの辺りまでをがっちりとくわえることで対処した。
「んんんんん~~~~~~~~~っ!」
もがいて逃れようとするうめ子に、オレは必死に食らいついた。
凄まじい熱量を伴ったエネルギーが体内に流れ込んでくる。
それらすべてを、オレは受け止める。
オレ自身が原因となって発生したエネルギーを、余すことなく回収する。
「…………ぷはっ!」
塞がれた口が解放されたあとには、荒く息を吐くうめ子の姿。
うめ子はもう、エネルギーを吸い尽くされ、危険な爆弾ではなくなっていた。
「げほっ! げほっ! もこうさ、なにすんのよ! 苦しかったじゃないの! 死ぬかと思ったわよ!」
(ドガッ! ドゴッ! ボコッ! メコッ! ボゴッ! バギッ! メキョッ! バゴッ!)
咳き込みながらも繰り出される連続ボディーブローを、オレは容赦なく食らう羽目になってしまったが。
くそっ! こいつが別な意味で危険物だってことを、すっかり忘れてたぜ!




