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「うめ子! あんた、なにやってるのか、わかってるの!?」
もも子が叫ぶ。
「そうですわ! 爆発なんかしたら、うめ子自身だって消えてしまうんですわよ!?」
さくら子も友人をたしなめようと声を荒げる。
「そうよ! あなたは騙されてるの! 利用されているだけだってのが、わからないの!?」
やまぶきも必死になって説得を試みる。
友人三人から寄ってたかって責められたうめ子は、それでも怯むことなく言い返す。
「藤馬くんは操られてるだけなんだもん! 藤馬くんは悪くない! だからあたしが守るの!
みんなこそ、どうしてわかってくれないの!?」
「操られてるっていっても、未来の藤馬本人にでしょ!? 藤馬はこの世界を壊そうとしてる極悪人なんだよ!?
そんな藤馬の味方をするなら、うめ子も極悪人になっちゃうよ!?」
「なによ、もも子ちゃん! 幼馴染みなのに、藤馬くんのことを信じてあげないの!?」
「信じるもなにも、明白じゃない! 本人の口からすべての悪事が語られたんだから!
藤馬のためを思うなら、バカなことはやめてって、止めるべきでしょ!?」
「違うもん! 藤馬くんは素敵なんだもん! 神様にだってなれちゃうんだもん!」
うめ子ともも子のあいだで壮絶な言い争いが展開されるが、平行線はどこまでも交差することなく伸び続けるばかり。
「あたしは藤馬くんと一緒なら、どうなったって構わない! それくらい好きなんだもん!」
「そ……そんなの、正しい愛の形じゃないわよ!」
「正しいってなに!? 勝手な決めつけとか、よくないよ!
それに、あたしと藤馬くんにとっては、これが正しい愛の形なんだよ! ふたりで新たな世界を創る神様になるの!」
なにを言われようとも、うめ子が折れる気配はない。
うめ子本人は、わずかたりとも疑問を抱くことなく、藤馬の言葉を受け入れている様子だが。
完全に、洗脳されている。
そう言ってしまっていい状況だろう。
「みんなは自分が可愛いだけでしょ!? 爆発したくないだけでしょ!?」
「べつに、そういうことじゃないから! 爆発は……そりゃあ、したくないけど……。
でもっ! あんたのことも含めて、守りたいって思ってるの!」
「あたし、もも子ちゃんに守ってもらいたいなんて思ってないもん!
藤馬くんさえいてくれれば、それだけでいいんだもん! みんな、あたしの敵だ!」
「ちょっと、うめ子! わがままも大概にしてくださいませ!
あなたのわがままで、この世界に住むすべての人たちが迷惑を受けるんですのよ!?」
「そうよ、戻ってきて! あたくしたちは味方だから! ね?」
もも子だけに任せたりはせず、さくら子もやまぶきも、思い思いの言葉をうめ子にぶつける。
保身のために上辺だけで言っているわけではない。
それぞれ顔を真っ赤にして、目に涙まで溜めながら、形のない気持ちの塊を投げつける。
「とにかく、藤馬から離れなさい! そんなにくっついてるから、ドキドキして変なことまで考えちゃうんでしょ!?」
「あっ、もも子ちゃん、嫉妬!? そっか、それが本音なのね!
でも、藤馬くんはあたしの彼氏だもん!
仲を取り持ってくれたのは確かだし、もも子ちゃんには感謝してるけど、今さら返してって言われたって無理なんだから!」
「そういうことじゃない! 私はあんたが心配なのよ!」
「嘘ばっかり!」
「嘘じゃないわよ! 藤馬のことは、その……好き……だけどっ! それとこれとは話が別なの!
友達であるあんたを……親友であるうめ子を、私は助けたいの!」
「嘘嘘嘘っ!」
うめ子も顔を真っ赤に染めて反撃してくる。
聞く耳を持たない、といった感じではない。
友人の言葉を、うめ子はしっかり聞いている。
聞いた上で、反論を返している。
ただ、微かな迷いらしき表情は見て取れた。
もも子たちの熱い主張を受け、うめ子は揺れているのだ。
この分なら、もも子たち三人に任せておけば、うめ子はすぐに心を開いてくれる。
そう思えたのだが。
「うめ子さん、あの子たちは僕の敵だよ。僕の敵、イコール、キミの敵。そうだよね?」
「……うん。藤馬くんの敵はあたしの敵。敵は倒さなきゃいけない」
うめ子が虚ろな目で、もも子たちを見据える。
ゆらり、と藤馬の腕の中から抜け出し、再び両手を広げて友人たちと対峙する。
「体の中が熱い。爆発が近いのかも。
どうやって爆発させるかはよくわからないけど、なんか、できそうな気がしてきた」
「うめ子!? やめなって!」
「やめないよ。あたしは爆発する。この世界を壊して、新たな世界の始まりになるの」
「ダメよ!」
もも子が飛び出す。
「来ないで! 爆発させるよ!?
今なら上手く制御できそうだから、もも子ちゃんだけ爆発させる、なんてこともできちゃうかも!」
「やめてください、うめ子!」
「友達を爆発させるだなんて、そんなのダメ!」
さくら子とやまぶきも駆け出す。
もも子も含め、三人とも、大切な友人であるうめ子を目指して、一直線に。
「来ないでってば! みんなまとめて爆発させちゃうよ!? いいの!?」
「爆発くらいで私たちの友情は吹き飛ばされないわ!」
「もちろんですわ! むしろ爆発の勢いを、わたくしたちの絆パワーで吹き飛ばしてしまいます!」
「あたくしも、仲間入りさせてもらえて嬉しかったんだから! 爆発なんかに負けたりしない!」
「う……、みんな……!」
うめ子は、
爆発しなかった。
『うめ子!』
三人の友人が声を揃える。
「もも子ちゃん、さくら子ちゃん、やまぶ子ちゃん!」
広げられたうめ子の両手が、藤馬を守る形から、友人を受け入れる構えへと変化する。
と、その瞬間。
「そこまでだよ」
藤馬がうめ子を抱きかかえ、素早い動作でバックステップ。
人間離れした速度だった。やつは本当に神になれるのか、と思えるほどに。
「うめ子さん、騙されちゃダメだ。あの三人はキミの味方じゃない」
「なにを言ってるのよ、藤馬!
っていうか、未来の藤馬、って言うべきよね。私たちの大切な親友を返しなさい!」
「ふっ……」
なにが面白いのか、藤馬が笑みをこぼす。
「黄桃……それに、桜満開さん、やまぶきさん。
キミたちの友情パワーはとくと拝見させてもらったよ。なかなか楽しい余興だった」
「余興ってなによ!? ふざけないで!」
「ふざけてるのはそっちのほうだろう? だって黄桃は、大切な親友を裏切っていたんだから」
「え……? もも子ちゃんが……? どういうこと……?」
藤馬の発言で、戸惑いの声を響かせたのはうめ子だったが。
もも子のほうもまた、苦々しい表情に変わっていた。
「自分の口から告げるのは心苦しいかな? だったら僕が代わりに言ってあげるよ」
藤馬は心底楽しそうな顔をさらしながら、もも子の秘密を暴露した。
「黄桃は僕がうめ子さんの恋人だとわかっていながら、肉体関係を持ったんだ。それも、何回もね!」
「くっ……!」
もも子の表情を見るに、それは紛れもない事実なのだろう。
「僕と黄桃は幼馴染みで家も隣同士だからね。いつでも簡単に会うことができた。
うめ子さんとの交際についての相談なんかもしていたんだ」
そんな中で、うめ子がアイドルだからとか言ってなにもさせてくれない、という話をした。
それが目的でつき合っているわけじゃないけど、本当に好きになってくれているのか不安になる。
そう言われれば、もも子が親身になって相談に乗るのも当然かもしれない。
しかし、相談だけでは終わらず、もも子とエッチをしたい、といった流れにまでなっていく。
無論、もも子は拒否した。親友を傷つけることになるから、と。
それでも、もも子が昔から藤馬に好意を寄せていたのは周知の事実。
現在の藤馬本人が気づいていたかは不明だが、未来の藤馬にはわかっていた。
「うめ子さんとつき合えるようになったのは、黄桃のおかげだ。だからこれは、お礼だよ。
そう言って濃厚なキスをしたら、簡単に落ちたよ。口ではダメとか言いながら、エッチも拒まなくなった」
「もも子ちゃん、ひどい……」
うめ子は涙目だった。
いや、もも子のほうも涙を浮かべている。後悔の念はずっと胸に抱えていたのだろう。
「ひどいと言えば、桜満開さんも相当だよね」
続いてのターゲットはさくら子だった。
「桜満開さんにも、うめ子さんの件で相談に乗ってもらってたんだよ。黄桃ほど頻繁にではないけどね」
藤馬に惚れているといった状況ではなかったため、易々と体を許したりはしないだろう。
そう考えた未来の藤馬は、媚薬を使う作戦に出た。
「び……媚薬だったんですか!?」
「そうだよ。それで気分が高揚した桜満開さんのほうから、僕にキスしてきた。
僕はそのせいで理性が抑えきれなくなって、桜満開さんを押し倒す。
そういう筋書きだったんだ。完璧に狙いどおりの展開になったよね」
「うう……」
「でも、そこまでだったら、明らかに僕が悪いと思うけど。関係を持ったのはその一度だけじゃないもんね?
二度目以降も媚薬は用意してあったんだけど、使うまでもなく自然とそういう流れになっていた。
ほんと、桜満開さんっていやらしいお嬢様だよね」
さくら子は反論しない。
というよりも、反論できないのだろう。
「広いお屋敷だから、少しくらい声が出ても気づかれる心配はほとんどない、というのも環境的によかったよね。
桜満開さんは胸が大きいし、僕も随分と楽しませてもらったよ」
さくら子との行為を思い出したのか、藤馬は実にいやらしい笑みをこぼす。
そうか。
もも子とさくら子が、うめ子のエッチ発言を聞いたときに微妙な表情をしていたのは、そんな背景があったからだったのか。
「うわ……。親友とか言っておきながら、三人とも同じ人とエッチしてたんだ……」
やまぶきは部外者ヅラして嫌悪感を含んだ言葉を吐き出していたのだが。
「そういうやまぶきさんも、桜満開さんに負けず劣らずの大きな胸で、なかなかよかったよ」
「は……?」
意味がわからない。
そんな表情のやまぶきに、藤馬は無情にも言い放つ。
「キミともエッチしたってことだよ。寝室に不法侵入して寝ているあいだに無理矢理、だったけどね」
「な……っ!?」
「いろいろな実験の一環として、テレポートなんかも試していた。
ある程度近しい関係でないと無理みたいだけど、相手がいる場所まで一瞬でワープできる能力も、開発に成功していたんだ」
そうやって寝室に忍び込み、さらには簡単に目覚めないような仕掛けまで施し、藤馬は行為に及んだ。
「反応がないっていうのは、ちょっとつまらなかったけどね。
大きめの胸とか意外と興奮させてくれるいい匂いとか、そういった部分で気持ちは充分に奮い立たせることができたよ」
「もも子ちゃんだけじゃなくて、さくら子ちゃんとやまぶ子ちゃんまで……」
うめ子の顔は、赤やら青やらを通り越し、黒と思えるほどの色に染まっていた。
藤馬の衝撃発言はなおも続く。
「ま、そういうわけだから。うめ子さんを爆弾化したのと同様のことを、三人にもしていたことになる。
合計四つの爆弾が、今この場所に集っている、ってことになるのさ!」
「えっ!? ちょっと待ちなさいよ!
うめ子はエネルギーの蓄積があったからこそ、爆弾化することができたんでしょ!? どうして私たちまで……」
「うめ子さんから逆にエネルギーを吸い取ったりもしていたからね。
それを、黄桃と桜満開さんとやまぶきさんの中にも送り込んでみた。何事も実験だよ。
うめ子さんほどの威力はないにしても、それなりの爆弾として機能するはずさ」
藤馬は笑う。自らの計画の成功を確信しているからに他ならない。
「さっき、うめ子さんは言っていたよね。黄桃だけを爆発させることもできそう、だとか。
まさにそのとおりなんだ。黄桃も桜満開さんもやまぶきさんも、うめ子さんの中にあったエネルギーによって爆弾になっているからね。
うめ子さんの意思で爆発させることができてもおかしくないんだよ」
もも子たちは動けない。
対するうめ子もまた、動けないでいた。
親友たちの行動は許せない。
だが、信じられない、信じたくない、という気持ちも働いているのだろう。
藤馬を守ろうとする気持ちに迷いはなくとも、友人たちを傷つけることには迷いがあるのだ。
そんなうめ子に、藤馬が発破をかける。
「キミを裏切ったこんなやつら、友達じゃない! 今すぐ消してしまえ!
恋人の僕さえいれば、キミはそれで満足だろう?
さあ、あの子たちをキミ自身の手で消し去ってやるんだ!」
藤馬の指示を受け、うめ子はゆっくりとながら、友人たちを睨みつける形で身構えた。




