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もこうさ  作者: 沙φ亜竜
第1章 もこうさシステムとリビルドネットワーク
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-1-

「るんた、るんた、るんたった~♪」


 ひとりの女の子が、鼻歌まじりの上機嫌で歩いている。

 場所は学校の廊下。

 すれ違う生徒たちからどれだけ視線を向けられようとも、この女子生徒の気分が降下することはなかった。

 もっとも、視線を向けられるのは鼻歌のせいだけでもないわけだし、そもそも、そんなことを気にするはずもないのだが。


 女子生徒はドアを勢いよく開け、すでに大勢の生徒が席に着いたり片隅で駄弁ったりしている教室へと飛び込む。


「おっはよ~、もも子ちゃん、さくら子ちゃん! 今日もお日様がにっこりと微笑んでくれていて、とってもいい気分だよね~!」


 自身も太陽のように輝く笑顔を振りまき、一直線にふたりの女子生徒のほうへと駆け寄っていく。


「おはよう、うめ子。いつもながら、遅刻ギリギリの時間に登場だね」


「うふふ、おはようございます。でも、ホントにそうですわね~。さすが、うめ子。ギリギリの女王ですわ!」


「そ……そんな呼び方するなぁ~~~! あたしはアイドルだから、満を持しての登場になるんだよ~!」


 返された挨拶+αの言葉に、ぷりぷりと怒りの声をこぼす。

 花屋敷(はなやしき)うめ子、高校一年生。

 アイドル……というのはもちろん自称だ。


「馬鹿馬鹿しい。なにがアイドルなんだか」


「まったくですわ。並程度の顔でしかない凡人ですのに」


「な……並程度とか言わないでよ~! 充分、可愛いでしょ~? もこちゃんだっているし~!」


 さらにごちゃごちゃ言ってくるふたりに、うめ子はぷんすかと不満顔で言い返す。

 胸に抱えているウサギのぬいぐるみをギュッと抱きしめながら。


 登校中に視線を向けられていた理由は、鼻歌が原因というよりも、高校生にもなってぬいぐるみを抱えていることに対する奇異の念のほうが強かったに違いない。

 うめ子がそうやって抱きかかえると、ぬいぐるみの背中辺りにはふたつの柔らかな膨らみが押しつけられる形となる。

 といってもかなり控えめなサイズのため、ふにょん、といった効果音は絶対につかないのだが。


「もこちゃんね~……」


「それもまた、ギリギリの女王の名を冠する要因となっておりますのに」


「なによぉ~! いいじゃない、可愛いでしょ~? もこもこでふわふわで、うらやましいでしょ~?」


『べつに』


 ふたりは声を揃え、真顔で答える。


「正直言って、ちょっとブサイクな顔よね、それ」


「そうですわね。うめ子が四六時中抱きついてるせいで、随分と薄汚れてますし。うめ子菌が移ってそうですわ」


「ひ……ひどいよ、ふたりとも! ぶぅ~~~~!」


 うめ子は頬を風船のように大きく膨らます。


「また膨れたね」


「胸は全然膨らみませんのに」


「う、うるさぁ~~~い!」


 うめ子の目の前にいるふたりは、最初に名前を呼ばれていたとおり、もも子とさくら子だ。

 とはいえ、それはあだ名でしかない。


 メガネをかけて優等生っぽい雰囲気をこれでもかと漂わせているショートカットの女子生徒は、蛸星(たこぼし)黄桃(きもも)

 一方の、長い黒髪を優雅に揺らしながら丁寧口調で喋るお嬢様風味の女子生徒は、微風ノ宮(そよかぜのみや)桜満開(はなみ)

 どちらも、それぞれ『桃』と『桜』が名前に入ってはいるが、桃子でも桜子でもない。


 お嬢様っぽい生徒のほうは、桜満開と書いて『はなみ』と読むという、変わった名前でもあるのだが。

 しかしこのふたりは、うめ子の名前に合わせて、もも子、さくら子と呼ばれている。

 文字として書く場合、『もも』と『さくら』は平仮名になる。


 なお、うめ子、もも子、さくら子の三人は、高校に入学してから知り合った仲ではあるが、五月の中頃を越えた今では、親友と言ってもいいほど遠慮なく会話ができる関係となっている。


「胸は関係ないもん! むしろ、アイドルとしては小さいくらいがいいんだもん!

 あたしはキューティーアイドル、アプリコットちゃんなんだもん!」


「いい歳こいて、アプリコットちゃんはありませんわよね~」


「だいたい、うめ子だからアプリコットとか言ってるみたいだけど、梅は英語でもumeでいいはずだよ?」


「いいんだもん! ジャパニーズ・アプリコットなんだもん! 気軽にアプリンって呼んでよ!」


「アプリン……。アプリコット要素、かなり消えてるよね?」


「うめ子の場合、アプリンというよりも、パープリンですわよね~」


「パープリン言うなぁ~~~~!」


 なんとも騒がしい三人。

 いや、三人だけではない。教室内全体が、生徒たちの喋り声で満たされていた。


 すでにチャイムは鳴り終え、時間としては朝のホームルームに突入している。

 担任の教師がのんびり屋で、必ず遅れて到着するとわかっているため、ほとんどの生徒が席に着くこともなく雑談を続けているわけだが。

 体調不良で休むといった状況でもない限り、担任はしばらくすれば当然のように現れる。


「はぁ~い、みなさ~ん! 席に着いてくださいね~!」


 妙に甘ったるい担任の声が響く。

 教室内の雑音のレベルは一向に下がらない。


「みなさ~ん、そろそろ席に戻ってくれませんか~?」


 誰も聞く耳を持たない。


「え~っと、その~……」


 徐々に涙目になっていく担任。そして――、


「てめぇ~ら、早く席に着きやがれ! ぶちかまされたいのか、ゴルァ!」


 大爆発。

 朝の名物、阿曽山大噴火。

 担任である阿曽山(あそざん)溶子(ようこ)は、怒らせるとマグマを噴出させるかのごとく爆発する。

 生徒たちはこれを見たくて、わざと担任の存在を無視していた、というのが真相だった。


 うめ子よりもよっぽどアイドルっぽい可愛らしい顔立ちをしている担任だからこそ、そのギャップが生徒たちに受けているという面もあるのだろう。

 大噴火を拝見できて満足した生徒たちが、ぞろぞろと自分の席へと戻っていく。


「はぁ~……。担任があんなインパクトのあるアイドルちっくな人じゃ、あたしのアプリコットちゃんだって霞んじゃうよね~」


「いやいや、お前はもともと、アイドルなんかじゃないだろ。顔だけじゃなく、性格的にもな」


 席に着いてため息をついていたうめ子に、オレはぼそっとツッコミを入れた。




 オレはもこうさ。

 うめ子が抱えているウサギのぬいぐるみ、それがオレだ。


 うめ子の通っている悠久学園高等学校の校則には、ぬいぐるみの持ち込みは禁止、といったものはない。

 そんなピンポイントな校則、なくて当たり前だろうが、勉強や部活などに不要な物品の持ち込みを禁止するような校則もない。

 たとえそうであっても、携帯電話やゲーム機、おもちゃの類など、暗黙の了解として持ってきてはいけない流れとなっているものは多々ある。

 ぬいぐるみだって、言うまでもなくそういった分類に入れられてしまうことだろう。


 微風ノ宮桜満開――通称さくら子が「ギリギリの女王と呼ばれる要因」と言っていたのは、明確に記載されているわけではないものの、教師に咎められる可能性があるからだと考えられる。

 それに、蛸星黄桃――通称もも子のほうは、オレのことをブサイクだなどと言ってやがった。


 まったくもって、失礼なやつらだ。

 オレはこの世界の平和を守るため、うめ子から片時も離れずに監視している身だというのに。

 正確には、ぬいぐるみというわけでもないし。

 そんなこと、もも子とさくら子は知るよしもないのだから、仕方がないのかもしれないが。


 オレは可愛らしいウサギのぬいぐるみの姿をしている。

 全身が短めの淡いピンクの毛で覆われていて、もこもこでふわふわでもふもふ。

 そんな姿ではあっても、ぬいぐるみではない。

 もこうさシステムを実現している構成要員。すなわち、この世界を陰から支える功労者、とも言える。


 人間ではないから、功労者というのもおかしいか。

 功労ウサギ……。それも違うな。ウサギでもないのだから。

 まぁ、なんだっていい。


 オレはもこうさ。

 それ以上でも以下でもない。


「あたし、勉強苦手~」


「集中力がないからな、うめ子は。どうしてこんなやつが処分の対象になったんだか、はなはだ不思議でならないが」


「あたしにだってわからないよ~。やっぱり、なにかの間違いなんじゃない?」


「それはない……はずだ。オレには判断する資格など与えられていないがな」


 うめ子と小声で会話する。

 小声なのは、周囲の生徒たちに聞かれないようにするためだ。


 オレはぬいぐるみの姿をしてはいるものの、しっかりとした意思を持ち、言葉を喋ることだってできる。

 だが、それを他人に知られるわけにはいかない。

 もこうさの存在は、人間たちには非公開とされているからだ。


 今回は特殊な事例のため、なにかと厄介な状況に陥っている。

 それでも、オレには与えられた使命をただ黙ってこなすことしかできない。

 ……いやまぁ、全然黙ってはいないわけだが。


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