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なにも動きが取れずに、時間だけが経過していく。
相変わらず、藤馬は余裕しゃくしゃくの表情を浮かべている。
「女王様、なにか手はないんですか!?」
オレはもこうさ。女王の命を受けて動く死刑執行役。
その女王も、中央コンピューターの指示で役割をこなしているだけの身、ということになるのだが。
それでも、オレにとって女王は絶対の存在。女王の判断を仰ぐのが、もこうさとして正しい行動なのだ。
責任を丸投げにして、女王に押しつけているだけでしかない。そんなの、オレにだってわかっている。
だからといって、これまでの長い年月の中で培われた習性は、そう簡単には変えられない。
女王は、額に汗の玉を浮かべながら、必死に考えている。
……いや、考えているわけではなかった。
「中央コンピューターに情報提供を呼びかけてみましたが、やはり通信が遮断されていますね……」
女王もまた、責任押しつけようとしていたのだ。
それを責める権利など、オレにはない。オレもまったく同じだったのだから。
「ふふふ、そろそろ諦めてもいいんじゃないかな? この世界は爆発する。その運命を受け入れなよ」
藤馬が下卑た笑みをこぼす。
「そんなの、受け入れられるか!」
オレは反射的に言い返す。
「だったら、どうするっていうのかな? 無能な下っ端のもこうさなんかに、なにができるわけでもないだろうに」
「それは……」
オレなんかになにができるのか。
なにも、できやしない。
「そんなことはありません。あなたには、もこうさとしての力があります」
不意に女王が指摘してくる。
「もこうさとしての力……?」
「ええ。人間を頭から丸呑みにして消し去る。その能力を持っているではありませんか」
「ですが、オレは女王様から任務を受けた場合だけしか、人間を食うことはできないのでは……」
もこうさは、死刑執行のために作られたデジタリアンではあるが、自分で考えて自分で行動できるように擬似的な心を持っている。
ただし、勝手な行動が取れるわけではない。
任務以外で人間を食うような自由など、与えられていないのだ。
「そうですね。ですから、わたくしがここに命じます。もこうさ、あの男性――祁答院藤馬を、食べてしまいなさい!」
中央コンピューターと通信はできないのだから、女王に情報及び指示があったわけではないはずだ。
とすると、答えはひとつ。
「わたくしが自らの判断で、指令を下しました。
もこうさの女王というのは、決して中央コンピューターの言いなりになる立場ではありません。
なにか問題があったら全責任はこのわたくしが負います。
さあ、もこうさ! 彼を処分するのです!」
「了解しました!」
オレはキッと藤馬を見据える。
「祁答院藤馬! ただ今をもって、お前を執行対象と見なす!
罪状はリビルドネットワークのシステムへの不正アクセス及び爆破未遂!
ま、言うまでもなく、お前自身がわかっているだろうがな!
オレが頭から食ってやるから、覚悟しやがれ!」
力強く宣言、うめ子の腕をすり抜け、敵である藤馬に向かって飛びかかろうとする。
そのとき。
「ダメ~~~~~~~~っ!」
制止の叫び声が響く。
途端、オレは耳をむんぎゅとつかまれ、そのまま思いっきり投げ飛ばされた。
「ぐえっ!」
宙を舞ったオレのぬいぐるみのごとき体は、もんどり打って地面に叩きつけられる。
「う……うめ子! なにしやがる!」
「それはこっちのセリフだよ!」
怒鳴りつけるオレを、うめ子が睨み返してくる。
「藤馬くんを食べるなんて、そんなことさせない!」
「な……なに言ってんだよ!? そいつはお前を爆弾にして、この世界を爆破させようとしている極悪人だぞ!?」
「だからなに!? 藤馬くんはあたしの彼氏なんだから!
藤馬くんがいなくなるくらいなら、あたしはこの世界を爆発させるわ!」
うめ子は躊躇なく言い放つと、オレや女王、もも子たちのほうへと顔を向け、藤馬を背後に庇うように両手を広げる。
保留中だった処罰の執行対象であるうめ子が。
明確な敵へと変わった瞬間だった。
「うめ子! お前、自分がなにをやってるか、わかってるのか!?」
「わかってるよ! だけど、藤馬くんは……この世界の藤馬くんはなにも悪くないもん!」
「だが、将来重大な事件を起こす! 現にこうして起こっているんだからな!
処罰の対象となるのが当然なんだ! それがオレの役目でもある!」
「だからって、やっぱりそれっておかしいよ! 悪さをしてる未来の藤馬くんは、今現在の藤馬くんとは別人なのに!」
「それこそおかしいじゃないか。このまま放置していたら、藤馬はリビルドネットワークの存在を脅かす悪事を働く。
ならば、事前に止めるのが一番有効な手段だろ?」
「食べちゃったら藤馬くんはいなくなっちゃうじゃない!
それよりも、そういう事件を起こさないように、そんな精神状態にならないように、温かく包み込んで守っていくほうがいいに決まってるよ!」
「なに甘っちょろいことを言ってやがる!
それに、ここでこいつを放置していたら、システムを爆破されてしまうんだぞ!?
うめ子や藤馬だけじゃなく、この世界全体に終焉が訪れるんだぞ!?」
「だって、藤馬くんに消えてほしくなんてないんだもん!」
理論は完全に破綻している。
それでもうめ子は、涙を滝のように流し、必死に訴えかけてくる。
オレが最初にうめ子の前に姿を現したとき、食われるを必死に拒んだのと同じように。
むしろ、あのときよりもずっと強い感情を爆発させて、オレに抵抗を試みてくる。
返す言葉が出てこない。
うめ子の勢いに負けた、というのも、理由のひとつとしてはあっただろう。
しかし、オレ自身が語った中にも、漠然とした引っかかりを覚えていた。
はたして、それがなんなのか。
改めて考えるような時間は、オレには与えられなかった。
といっても、事態が悪いほうへ転んだわけではない。
逆に、確実に好転した、と言ってもいい。
「お前たち、ここでなにをしているんだ!?」
青い服に身を包んだ、小柄な姿がいくつも、わらわらと集まってくる。
青猫たちだ!
青猫。この世界の警察。
小さな青い猫のぬいぐるみのような見た目ではあっても、パトロールを繰り返し、平和を守っている存在ということになる。
陰に隠れて犯罪者を処罰しているオレたちもこうさと対極にいる、この世界にとっての表の守護神だ。
オレ個人としては、正直あまり好きなやつらではないが。
警察が来てくれたのだから、これでもう安心だろう。
駆けつけてきた中には、以前に会ったことのある部隊長、サファイアベリーも加わっていた。
「空間を閉鎖する技術の使用は違法行為に当たる。使用者は速やかに名乗り出るんだ!」
サファイアベリーの言葉で、納得する。
校門脇の植え込みの辺りだったとはいえ、オレたちがいたのは学校の敷地内だった。
下校する学生たちが多く通っていく場所から、ほとんど離れていない。
にもかかわらず、オレたち以外の一般生徒が近寄ってこなかったのは、この空間が封鎖されているからだったのだ。
青猫たちは特殊な能力を持ったデジタリアンのため、それを感知し、問題なく入ってくることができたのだろう。
女王がここに来た際には、あまり大声で喋らないように注意していた。
そこからも推測できるとおり、空間を封鎖したのは女王ではない。
藤馬がオレたちを通常の空間から隔離するために実行していたのだ。
余裕があったのは、そういった状況による優位性によるものだったのかもしれない。
ともかく、今オレたちの前には青猫がいる。
やつらに任せておけば事態はすぐに収束するはずだ。
というオレの考えは、さすがに甘かった。
「くっ……。一般の学生ふたりの反乱、というわけか。これでは手出しができない」
オレたちと対峙している、うめ子と藤馬。
その状況を見て、サファイアベリーが悔しそうに吐き捨てる。
青猫の権限は、人間の大人に対してのみ与えられている。
高校生であるうめ子と藤馬は対象外となってしまうのだ。
藤馬に関しては、未来の藤馬――すなわち大人によって操られている状態ではあるが。
青猫たちを統括している管理システムもまた、リビルドネットワーク内部に組み込まれている機能の一部でしかない。
警察機関である以上、厳格な規律に従って行動することが義務づけられている。
臨機応変な対応がまったくできないわけではないにしても、この状況ではどうにもできないようだ。
「青猫が来るのは想定済みだよ。空間閉鎖では排除できないからね。
だからこそ、学生のこの体を利用することにしたってのもあるんだ」
新たな乱入者が現れようとも、藤馬の落ち着いた口調は変わらない。
それどころか、警察である青猫どもを困らせて楽しもう、といった意図すら感じられる。
ここで、ある考えが頭に浮かんできた。
藤馬はリビルドネットワークのシステムを爆破してしまおうとしている。
そうなったら、リビルドネットワーク上のすべてが消えてしまう。
言うまでもなく、藤馬自身も消えてしまうことになるだろう。
とすると――。
「藤馬、お前、この世界と心中するつもりなのか!?」
なにもかもが嫌になり、やけになって世界もろとも爆発させる。
そんな理由で世界を無に帰そうとしているのだとしたら、なんともバカらしい。
これは絶対に止めなければ。
オレの想像は、しかし、完璧に的外れだった。
「心中? 僕は死ぬつもりなんてさらさらないよ」
そう言いながら、藤馬は自分を庇う形で立っていたうめ子の体をそっと抱き寄せる。
「僕の目的は、この世界を爆発させ、さらに再構築すること。
リビルドされて出来たこの世界を、もう一度リビルドし直して正しい未来へと導くのさ!」
藤馬は嬉々として語る。
そのための準備を、ずっと続けてきたのだと。
未来からの遠隔操作で、リビルドネットワークのシステムにアクセスし、大小様々な実験を繰り返してきた。
この近辺で所持金のデータが参照できなくなった件、突然雪が降った件、アバターパーツが視認できなくなった件――。
加えて、オレたちもこうさと女王の通信システム障害、青猫の情報システム不具合――。
それらすべてが、未来の藤馬によって引き起こされた事件だった。
「最終目的の達成まで、あと少しなんだ! 誰にも邪魔はさせないよ!」
「だが……システムを爆破したら、未来を含めてなにもかもが消えてしまうんじゃないのか!?」
「さっきも言ったよね? 再構築するんだって。
新たな世界を作り上げる。いわば、僕は神になるんだよ!
未来は僕自身が、この手で作り上げていけばいいだけさ!」
オレの言葉に反論して笑い声を響かせた藤馬。
うめ子をぐっと抱き寄せ顔を近づけると、ささやくように告げる。
「うめ子さん、キミは僕の妻として――神の妻として、新たな世界の創世神話に名前を刻むことになるんだよ」
「はう……。藤馬くん、素敵……!」
うめ子はトロンととろけたような目……ハートマークになっていると言ってもいい状態の目で、藤馬の瞳をいとおしそうに見つめていた。
まさに、恋は盲目。
自分が騙され爆弾化されたことなど、今のうめ子の頭の中にはまったく残っていなさそうだった。




