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もこうさ  作者: 沙φ亜竜
第4章 リビルドネットワークの崩壊
18/23

-3-

「藤馬くん……」


 オレの胴体に回されたうめ子の腕に、ぎゅっと力が込められる。

 恋人であるうめ子を含む友人たちの前で、藤馬は淡々と語り始めた。


「そうだよ。その女王が言ったとおり、僕がすべて仕組んだことだった。

 キミたちからすれば、未来の僕が……ということになるかな?」


 藤馬は女王の話にあった内容をなぞるように、自らのしてきたことを自慢げに口にする。

 確定未来理論と対を成す、不確定過去理論。

 その存在はずっと推測されていた。

 未来の出来事を確定できるのであれば、過去の出来事を不確定にする……すなわち、過去を変えることも可能なのではないか。

 そういった仮定のもとに研究されている技術だが、実現されたという話は聞いたことがなかった。


「そりゃそうさ。だって、僕が個人的に研究して発見したんだから。

 まぁ、未来のことになるし、この時間軸では認知されているはずもないけどね」


 藤馬は高校卒業後、適性職としてコンピューターを扱う技術者の道が示され、大手企業への就職も決まっていた。

 だが、それを蹴ってフリーの立場となることを選んだ。

 そういった技術職は需要があり、多くの企業だけでなく、リビルドネットワークの管理委員会の仕事を請け負ったりまでしていたらしい。

 以前うめ子から、藤馬の母親はリビルドネットワーク管理委員として働いている、と聞いたことがある。

 とすると、母親のコネなんかもあったのかもしれない。


 藤馬はそこで得た知識や技術を利用し、自宅に作った独自の設備で研究を重ね、実験を繰り返していたのだという。

 過去の改変。

 そんな大それたことをするとなれば、当然のように処罰の対象となってしまう。

 その対策も、藤馬は考えていた。

 それが、うめ子への罪のなすりつけだ。


 中央コンピューターが確定未来理論に基づき確認した犯罪は、対象となる人物の個人情報に紐づけられ、もこうさの女王へと伝えられる。

 人間はそれぞれ、自ら体を動かし、この世界で普通に生活しているように感じている。

 しかし、実際にはコンピューターによって作られた擬似的な空間の中に存在しているに過ぎない。

 つまり、人間自体もデジタルデータ化されたデジタリアンになっている、と言っても過言ではないのだ。


 もちろん、実際の脳からの電気信号を受け取って行動し、脳に対して情報を返しているのだから、コンピューターによって生かされている、とまでは言えないわけだが。

 それでも、所持金やアバターパーツなども含め、成績や性格情報に至るまで、ありとあらゆる事柄がデータ化され、コンピューター上に集められて管理されているのが現状だ。


 リビルドネットワークの個人情報は強固なセキュリティーによって守られていて、通常であればデータの安全は保障されている。

 とはいえ、同じ時間軸からのアクセスしか想定されていない。

 そのため、過去や未来の時間軸からのアクセスができれば、改変することも容易……というほどでもないようだが、不可能ではないのだとか。


 未来の藤馬はそれを利用し、過去のリビルドネットワークへとアクセス、もこうさシステムによる処罰対象という情報を、自分からうめ子のほうに移した。

 中央コンピューターからの指令は絶対。

 そういった風潮となっているもこうさシステムの問題点を突き、食われてしまうのを免れていたのだ。

 実際には、うめ子が抵抗したことで処分保留となったのだが、それは藤馬にとって想定外だった。


「うめ子さんがもこうさに食われたら、処罰対象の情報も消える。

 一度処理した件に関して、それが本当に正しかったか、改めて詳しく検証するようなこともない。

 僕が処罰されることは永久になくなるはずだったんだけどね」


 その想定外の状況をも、藤馬は利用していた。


「処罰が保留され、もこうさがずっとそばについていることによって、うめ子さんには特殊なエネルギーが蓄積されていった。

 もこうさはリビルドネットワーク内では特別な存在ってことになるからね。その影響が出てしまっていたんじゃないかな?」


 そうやって蓄積されたエネルギーは、リビルドネットワークに障害を引き起こす危険性があった。

 にもかかわらず、女王モッコリーヌはそれを放置していた。

 藤馬から指摘された女王は、苦笑まじりに頷く。


「そう……ですね。完全確定未来となって犯罪が映像として確認できれば、うめ子さんは今度こそもこうさに食べられます。

 そうなればエネルギーもろとも消え去るはずですので、問題はないと考えておりました」


 この言葉から、女王はうめ子が処罰対象として食われる運命にあるという中央コンピューターからの指令に、まったく疑いを持っていなかったことがうかがえる。

 中央コンピューターの情報を鵜呑みにしすぎていた。

 苦々しい表情からは、そんな女王の悔恨の念がありありと見て取れた。


「そのエネルギーは、未来いる僕にも感知できた。だから、それを利用しようと考えるに至ったんだ」


 そして藤馬は、驚くべき計画について言及する。


「うめ子さんを爆弾として利用しようとね」




 一瞬、なにを言っているのかわからなかった。

 いや、エネルギーが蓄積されている、という話からすれば、まったくつながらないわけでもない。

 だとしても、人間を……それも、この世界ではコンピューター上のデータでしかないはずの存在を、爆弾化するとは……。


「正確には、爆弾のようなもの、と言うべきかもしれないね。

 蓄積されたエネルギーは凄まじいパワーを生み出す可能性を秘めている。

 うめ子さんはリビルドネットワークのシステム全体を破壊する起爆剤になっている状態なんだよ」


「リビルドネットワークを……破壊……?」


「そうだよ、うめ子さん。だから僕はキミに近づいた」


 うめ子のつぶやきに、藤馬は悪びれる様子もなく言い放つ。


「もっとも、黄桃まで協力してくれるとは思わなかったけどね」


「…………」


 もも子はなにも答えない。ただ唇を噛みしめるのみ。

 自分が友人と幼馴染みのキューピッドとなったせいで、こんな事態を引き起こしてしまった。

 そう考え、苦悩しているのだろう。


「うめ子さんを爆弾化させるには、体内に起爆用のデータを送り込む必要があった。

 恋人になって口を介して流し込むのが一番手っ取り早かった、というわけさ」


「あ……あたしとキスしたのって、好きだからってわけじゃ、なかったんだ……」


「いや、好意を持っていたのは間違いないけどね。なにせ、未来でキミは、僕の妻になっているんだから」


 藤馬は実にあっさりと、新たな衝撃的事実を語る。


「お前は、妻であるうめ子をオレに食わせようと考えたのか!?

 しかもそれが実現できないと悟ったら、今度は爆弾にするなんて非道なことまで……!」


 怒りを込めたオレの言葉に、藤馬は落ち着いた答えを返してくる。


「将来罪を犯す人間を問答無用で食べてしまう、非情な死刑執行任務に就いているキミに、そんなことを言う資格はないんじゃないかな?」


「ぐっ……!」


 確かにオレは、死刑を執行する立場にあるもこうさだ。

 やつの言うとおりではある。

 自ら『非情な死刑執行役』と考えていたことだってある。

 といっても……まったく情がないわけじゃない。

 少なくとも、うめ子に対しては確実に情が移っていた。


 ボディーブローを食らうのが怖くて、仕方がなく処分保留にした。

 そんなの、言い訳でしかない。

 オレはうめ子の情熱に負け、自分の任務に疑問を持ち、食ってしまうのを放棄した。

 自分の存在意義を否定してしまうことにもなるし認めたくはなかったが、それは初めからわかっていた。


 うめ子の腕に包まれているのが心地よかった。

 ずっとそばにいたいと思った。

 べつに、うめ子のことが好きだというわけではない。……と思う。

 そもそも、もこうさにそんな感情などないはずだ。

 現にオレは、藤馬と恋人になって幸せそうに笑顔をきらめかせているうめ子を見て、微笑ましい気持ちに包まれていた。


 それなのに……藤馬はうめ子を利用し、爆弾にしようとしている。

 やつの行為に憤りを感じるのは、心を持つ存在として当然の反応と言えるだろう。


「ねぇ……。藤馬くんって……未来のあなたじゃなくて、この世界の藤馬くんって、どうなってるの……?」


 うめ子が質問する。小刻みに体を震わせながら。

 自分が爆弾と化している。そのことに対する恐怖心もあるに違いない。

 だがそれ以上に、恋人である藤馬が消えてしまったのではないか、という不安のほうが強いように思えた。

 そんなうめ子の質問に、藤馬は冷めた口調で答える。


「ふふっ、この体はこの時間軸の藤馬そのものだよ。

 僕は未来から遠隔操作でこの藤馬を操っているに過ぎない。僕の技術では、直接時間を移動することまではできないから。

 ま、僕の研究で発見できなかったんだから、時間移動はどんなに頑張っても実現不可能だと思うけどね」


 うめ子はこの時間軸にいる藤馬が無事だと知り、安堵の息を漏らしていた。

 しかし、安心できる状況でもあるまい。

 今現在、オレたちと喋っているのは、未来にいる藤馬だ。本来の藤馬の精神は、押し込められた状態にあるのだろう。

 とすれば、このまま消えてしまう可能性だって否定できない。


 やつの計画どおりにリビルドネットワークのシステムが爆破されてしまったら、藤馬だけでなく、うめ子たち人間やオレたちもこうさも含め、全員もれなく消え去ることになるのだが。

 あまりにも大きすぎる危機は、無意識に考慮の外へと追いやられてしまうものなのかもしれない。


 ここでうめ子が、藤馬にさらなる質問をぶつける。


「あの……キスしたときって、あなたが遠隔操作してたってことなのよね……?」


「ああ、そうなるな」


「だったら、やっぱり……エッチしたときも……そうなの……?」


「もちろんだよ。この時間軸の藤馬に、そこまで積極的になれる度胸があるはずもないだろう?」


 がっくりと、うめ子は項垂れる。


「その行為にもまた、うめ子さんを起爆剤にするためのデータ注入という目的があった。

 まぁ、この時間軸の藤馬も性欲を満たせただろうから、一石二鳥だよね。

 うめ子さんも満たされたなら一石三鳥……いや、僕自身も女子高生の若い体を堪能できたんだから、一石四鳥かな?」


 藤馬が舌なめずりをしながら、うめ子にいやらしい視線を向けている。


「汚らわしい目で、うめ子を見るんじゃねぇ!」


「なにを言っているのかな、キミは。うめ子さんは将来、僕の妻となる人なんだよ? なにも問題はないじゃないか」


 オレが睨みつけようとも、藤馬は涼しい表情を崩さない。

 うめ子を爆発させる。それが藤馬の目的だ。

 時限式の爆弾、というわけではないだろう。

 ただ、物理的な起爆スイッチがあるとも思えない。


 おそらくは、藤馬が自らの意思で爆発させることができる。

 だからこそ、あいつはこんなにも余裕を持って語っているのだと考えられる。


 重大な犯罪を起こす人間を食ってしまうもこうさと、それを統括している女王がいる、こんな状況下にあっても、優位に立っているのは藤馬のほうだった。

 オレは思わず口を挟んだり睨みつけたり、微細な抵抗は試みていたが。

 女王は黙ったまま、藤馬が語る姿を見守ることしかできないようだった。


 もも子とさくら子とやまぶきもまた、沈黙を貫いている。

 友人が爆弾と化しているなどと言われれば、呆然とするのも当然だろう。

 ……いや、それだけではないのかもしれない。

 やまぶきは最近になって仲間に加わった身だから除外されるかもしれないが、もも子とさくら子に関して言えば、さっきのうめ子の言葉に驚いている、という側面もありそうだ。


 うめ子と藤馬がつき合っているのは知っていたが、清く正しい交際を、と常々言っていた。

 ふたりとも高校生なのだから、キスくらいしていてもおかしくはない。そこまでなら想定内だったと言える。

 そうはいっても、積極性に乏しい印象のうめ子と藤馬が性行為まで交わしていたとは、さすがに思っていなかった。

 もも子やさくら子がうつむき、なんとなく沈んだ表情になっているのは、そういった気持ちがあるからだと考えられる。


 もも子は藤馬の幼馴染みで、藤馬に対して明らかに好意を持っていたのだから、まず間違いあるまい。

 さくら子まで同じように項垂れているのは少々不可解だが。

 さくら子は若干、百合っぽい雰囲気を漂わせていたことがある。うめ子を奪われてしまったと思い、ブルーになっている、といったところか。


 どうであれ、今のオレたちが危機的状況にあるというのは変わらない。

 オレたちだけではなく、リビルドネットワーク上にいるすべての存在にとっての危機だ。

 ともかく今は、状況をしっかり把握し、藤馬に余計な刺激を与えないようにする以外、成すべきことは見つからない。

 うめ子の腕に抱かれたまま、オレは射るような視線を藤馬に対して送り続けた。


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