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女王の語っていた禍々しい気配について、オレは調査を続けていたのだが、なにも発見できないまま数日が経過していった。
そして突然、それは起こった。
大規模なシステム障害だ。
日本全国で、アバターパーツの視認情報が混乱したのち、完全に機能を失った。
つまり、購入していたアバターパーツがすべて見えなくなり、使用していた人が全員、本来の姿に戻ってしまったのだ。
リビルドネットワークでは、各国ごとに完全に独立した世界を形成しているため、本当に日本だけなのか、他国でも同様の状況なのかはわからない。
政府機関にはそういった情報も伝わっているのかもしれないが、少なくとも一般市民のあいだで流れるニュースとしては取り上げられていない。
アバターパーツのシステムが適用されているのは、義務教育の高校を卒業した大人のみ。
うめ子たち学生は普段どおりのままなのだが。
大人は大パニック。なぜなら、見た目が一気に変わってしまったからだ。
女性受けのよさを考え、可愛らしい動物の姿になっていた男性は、醜い……と言ってしまっては失礼だろうが、これといった特徴もない冴えない容姿へと変貌を遂げる。
中には、ハゲ散らかした頭に変わり、恥ずかしさのあまり道にうずくまってしまう人までいた。
対する女性たちも、多かれ少なかれアバターパーツを購入し、美容整形しているのが当たり前だった状態から、本来の姿に戻っている。
内面的な魅力に惚れただのなんだのと言っていた相手の男性も、いきなり目の前の女性の顔がブサイクになれば、そりゃあ怒りもするだろう。
いや、どちらかと言えば驚きの念……場合によっては恐怖の念すら湧き起こる場合もあるか。
うめ子の家も、朝から騒然となっていた。
アルパカになっていた父親が、白髪まじりの頭をさらし、加齢臭を周囲にまき散らす。
この世界では、アバターパーツとして香りも身にまとうことができるようになっている。それがなくなったため、本来のニオイが放たれ始めたのだ。
当然ながら、母親のほうも変化している。
美人だった顔が、ごくごく平凡な顔……すなわち、うめ子そっくりの顔へと劣化してしまった。
「ちょっと、もこうさ!? あたしそっくりで劣化って、それはひどくない!?」
うめ子から文句が飛んできたが、さくっと無視させてもらう。
お互い、見た目が本来の姿へと戻ってしまった両親。
無論、驚いてはいた。
それでも、大混乱にまでは陥らなかった。
「お……俺はキミの性格が好きで結婚したんだから」
「わ……私だって、あなたといると安らかな気持ちになれるからこそ一緒になったのよ」
若干引きつり気味ながらも、そう言い合って微笑み、夫婦喧嘩が勃発するような事態にはならなかった。
ただ、世の中の夫婦の中には大喧嘩になるケースも多く、システムの不具合を理由に、全国規模で臨時の休日となることが決まった。
家にいたら夫婦が顔を合わせる時間も長くなり、問題を悪化させるだけなのでは、という気がしなくもないが。
役者や歌手など、見た目が変わっては活動できなくなる職種もある。
まずはシステムを復旧させることが先決。そう判断されたのだろう。
とはいえ、学生にはアバターパーツのシステムは適用されていない。
もともと本来の姿で生活していた学生たちにはなんの問題もないため、うめ子は通常どおり学校へと向かうことになった。
実際には、授業も含めてすべてが通常どおり、とは言えない。なぜなら、教師はアバターパーツを使っている大人だからだ。
そんな中、うめ子たちのクラスの担任である阿曽山溶子はというと……。
「あれ~? 阿曽山先生、全然変わってな~い!」
うめ子が指摘したとおり、担任はいつもとまったく違っていなかった。
化粧っ気のない、年齢より少々若く見える可愛らしい顔立ちは、生徒たちがいつも見ている担任の姿そのままだ。
「私は自分を偽る気なんてありませんから! 生徒たちと対等の立場になって本音で話せる教師を目指していますから!」
阿曽山は熱く語る。
そのわりに、普段から怒りを爆発させて、生徒たちを恐怖に怯えさせたりまでしていた気はするのだが。
阿曽山大爆発と呼ばれる状態が名物のようになっていたことを考えれば、そんな部分も含めて親しまれている教師、と表現していいのかもしれない。
「阿曽山先生、なんだか教師みたい!」
「私は紛れもなく教師です!」
担任をからかう生徒たちの声が響く。
教室内の雰囲気は、やはり普段とほとんど変わっていない。
しかしオレは、いつもどおりうめ子の腕に抱えられたまま、ずっと考え込んでいた。
今回の障害も、女王が懸念していた禍々しい気配とやらの影響なのだろうか?
さらには、少し前から頻発している数々の不具合――所持金のデータにアクセスできなくなったり季節外れの雪が降ったりした件、オレを含めたもこうさの通信障害、青猫たちの情報システムの不具合、それら全部に関連があったとしたら?
一部はこの近辺だけと限定されていた上、すぐに復旧していた。
そういった意味では、とくに関連性のない、個別の事例だった可能性も否定はできないが。
だとしても、安全なはずのリビルドネットワークのシステムで立て続けに不具合が発生しているのだから、そこになんらかの共通項があったとしても、なんの不思議もないだろう。
そしてその共通項を発見できれば、事態の収拾に向けた対処も可能かもしれない。
おそらくは、女王も同じように考えた。
だからこそ、オレに調査を依頼してきた。
調査しているのはオレだけでなく、多くのもこうさが動いているとは思うが、今のところ女王からの連絡はない。
通信できない状況ではあっても、伝書バードを使った連絡手段は存在している。
なにか判明したら、教えてくれるに違いないのだが……。
授業中も、オレはうめ子の腕に抱かれながら、ひたすら思考を巡らせることだけに時間を費やしていた。
放課後になっても、オレはうめ子の腕の中にいた。
当然だ。うめ子はいまだに、アイドルを自称してブリッ子キャラを演じているのだから。
そもそもはオレが四六時中一緒にいてもおかしくないように仕方がなく、という理由でオレを抱きかかえることにしたはずなのだが。
今ではブリッ子キャラを端的にイメージさせるアイテムとして利用しているようにも思える。
ま、べつにどうであっても構いはしないのだが。
ともかく、今日はもう帰宅時間となっている。
家に帰って自分の部屋に入ったら、うめ子は本性をあらわにして、素の性格に戻るだろう。
もっとも最近は、藤馬とキスしただのエッチしただのと顔をほころばせ、学校でしか見せなかったウザいキャラを自室でまで演じるようになっている。
いや、あれは演技ではないから、それもまた素のうめ子、と言うべきか。
ふと視線を前方に向けてみる。
校門の脇にある植え込みの辺りに、なにかいる。
空色の鳥。
すぐにわかった。伝書バードだ。
「うめ子! 女王様からの連絡が来たみたいだ! あの植え込みまで行け!」
「えっ!? もこちゃん!?」
そんなに驚くことでもないだろうに。
「ぐずぐずするな! すぐに手紙を確認しないと!」
「えっと、あの、ちょっと、もこちゃんってば……!」
うめ子がなにやらやけに慌てた声を響かせている。
「おいおい、どうしたっていうんだ?」
ぐるりんと首を回し、うめ子の顔をのぞき込んだオレは、一瞬にして状況を理解した。
うめ子の顔以外に、三人ほどの見知った顔がオレの視界に映り込んだのだ。
それはもちろん、もも子、さくら子、やまぶきの三人だった。
ここはまだ学校の敷地内。
帰る方角が違うため途中で別れることになるとはいえ、校門までは友人たちと仲よくお喋りをしながら歩く。
それが帰宅時のいつもの行動となっていた。
最近はやまぶきも含めた四人になっていることが多い。時には藤馬も含めた五人になる場合もある。
今日も言うまでもなく、そうだった。藤馬はいないが、四人で会話しながら校門まで歩いていた。
オレは考えることに夢中で、それを思いっきり失念してしまっていたのだ。
「うめ子! もこちゃん、今、喋った……!?」
「え~っと、そ……空耳?」
どうにか取り繕おうと躍起になるうめ子だったのだが。
「いえ、絶対に喋りましたわ! うめ子もそれを咎めるような発言をしておりましたし!」
「ええ、そうね。あたしくも聞いてたわ。そのぬいぐるみ、喋るのね?」
ずずいっと顔を近づけて迫ってくる友人たちの勢いに、たじたじといった様子。
オレにちらちらと視線を向け、うめ子が助けを求めてくる。
う~む。
これは仕方がないか……。
「ああ、オレは喋ることができる」
オレは素直に、うめ子の友人たちの前で真実を述べることにした。




