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もこうさ  作者: 沙φ亜竜
第3章 女王の懸念
14/23

-3-

 もこうさの国は平行な別次元にあり、オレの感覚では一瞬で移動できる。

 ただし、行き来するための転送に余計な負荷がかかるせいか、戻ってきたときには結構な時間が経っていることになる。

 だからこそ、うめ子のそばから離れてしまうのを、少々問題ありと考えていたのだが。

 ともかく、もこうさの国から戻ってきたオレが最初に目にしたのは、保留となっている処罰対象であるうめ子の笑顔だった。


「もこちゃん、お帰り~♪ えへへへへ♪」


 キモッ!

 それがオレの正直な感想だった。


 いや、学校にいるあいだのうめ子はもともと、自分をキューティーアイドルのアプリコットちゃんだとか称してブリッ子キャラを演じているわけだが。

 解せないのは、ここが自分の部屋の中だということだ。


 この場所には今、オレとうめ子のふたりしかいない。

 そういった場合、こいつは本性をあらわにして、ブラックうめ子となる。

 まぁ、ブラックと表現するほど人間的に真っ黒いやつではないが。

 それにしたって、この変わりようはあまりにもひどい。


 オレのいないあいだに頭の中に春が来て、虫でも湧きまくったのだろうか?

 実際の季節は、春を越えて初夏といった感じではあるのだが。

 ちなみに、リビルドネットワークの世界ではあっても、各国における季節などの気候条件は忠実に再現されている。


「もこちゃん~! きゃ~~~~っ!」


 うめ子が突然オレの体を抱きかかえ、腹部に顔面を押しつけてきやがった。


「うわっ! なにしやがる! うめ子、こら、離れろ!」


「きゃ~きゃ~きゃ~~~~っ!」


 なんだこいつ、本気でおかしくなったのか!?

 だいたい、普段は学校でしか『もこちゃん』なんて呼び方はしないくせに。

 必死に逃れようとはしたが、ぬいぐるみサイズでしかないオレには、バカみたいに強い力で抱きしめてくるうめ子に抵抗することなどできはしなかった。


 それからしばらく経ったのち、少しは落ち着いたうめ子がオレに話を聞かせてくれた。

 オレの胴体に顔をうずめるのはやめていたものの、顔はだらしなく緩んだままだった。


「あたしね、さっき、藤馬くんとキスしちゃったの!

 きゃ~~~、言っちゃった! 恥ずかしい~~~~~!」


 こんな状態になっている原因はそれだった。

 うめ子が恋心を抱いている相手、今ではつき合っている相手である藤馬と、ファーストキスをした。

 だからここまで顔面の筋肉が崩れてしまっていたのか。


「お前ら、デートすら全然してなかったんじゃないのか?」


「うん、そうなんだけどね! っていうか、いつでももこうさを抱きかかえてるから、いい雰囲気になりようもないんだけど!」


「不満そうに言うな。オレは基本的にお前から離れられない身なんだ。今日は特別だったけどな」


「そうなのよね~! もこうさがいなくて、ほんとよかったよ!

 もこうさが離れたすぐあとに藤馬くんから電話があってね、会いたいって言われたの!

 それで、公園まで行ってお喋りしたのよ!」


 うめ子は心底嬉しそうに語る。

 顔はやはり、にへらにへらと緩みきっていたわけだが。


「でね、最後に夕焼けで辺り一面が真っ赤に染まってる中で、ちゅ~って……。

 きゃ~~~~~っ! 思い出しただけで、顔が熱くなるよ~~~!」


「口をくっつけ合う行為なんかで、なにを喜んでやがるんだか。人間ってのはよくわからんな」


「キスはロマンチックなものなのよ!

 藤馬くん、普段はおとなしい感じだけど、気分が燃え上がっちゃったのかな、とっても激しいキスをしてきたの!

 あたし、初めてのキスだったから、ちょっとびっくりしちゃったけど!

 情熱的な藤馬くんも、すごく素敵だったなぁ~!」


「……な~にがロマンティックなんだか。そもそも、清く正しい交際だったんじゃないのか?」


「高校生なんだから、これくらい普通だよ~!」


「はいはい、わかったよ」


 今のうめ子には、なにを言っても無駄だ。

 そう悟ったオレは、適当に受け流すことにした。


「もこうさったら、なによ、妬いてるの~?」


「はぁ? バカじゃないのか? っていうか、お前が誰とつき合って誰とキスしようが、オレには関係ないっての」


 うめ子のくせに、なにを言い出すんだか。

 オレは呆れていた。

 なぜか怒りの感情まで湧き起こってはいたが。


「それ以前に、オレにとってお前は、単なる死刑執行対象でしかない。

 完全確定未来になって凶悪犯罪を起こすことが映像で確認できたら、お前を頭からガブリと食ってやるだけだ。

 それまでせいぜい、幸せに浸っていればいいさ」


 捨てゼリフのように言い放つと、うめ子はさらに言い返してくる。


「あたしはこの先も、藤馬くんとずっとラブラブでいるんだもん! もこうさなんかに、邪魔はさせないわ!」


「言ってろ。お前は死刑執行の対象者。それは変わらないんだ。

 今は保留されて監視を受けている身だというのを忘れるんじゃないぞ?」


 オレはうめ子を監視する立場にある。

 いわば、うめ子より上に位置している存在なのだ。

 そばにくっついていることで、若干、情が移っている部分がないとも言えないが。

 オレはべつに、うめ子の味方ではない。


 頭からガブリ、という点だけで考えれば敵になるのかもしれないが、淡々と任務をこなすだけなのだから、基本的には敵でもない。

 味方でも敵でもない、中立的な執行役。それがオレ、もこうさだ。

 そこのところを、改めて強調しておきたい。


「どうでもいいが、もも子も藤馬のことを好きなんじゃないのか?」


 客観的な意見として、気になったことを問いかけてみた。

 こいつは、いじめられていた小中学生の時期を耐え抜き、もも子やさくら子と友達になれたことを心から喜んでいたはずだ。

 今回の件は、藤馬の幼馴染みであるもも子を裏切るような行為なのではないか。オレはそう思ったのだ。

 しかし、うめ子はなんともあっさりしていた。


「つき合ってるのはあたしだから。っていうか、交際するってことは、もも子ちゃんだった認めてるわけだし」


「キスくらい構わない、と?」


「キスくらいっていうか、それ以上でも? だって、藤馬くんはあたしの彼氏なんだもん。これは仕方がないことなんだよ!」


 それを聞いたオレの頭に浮かんだのは、この言葉だった。


「ふっ……。女の友情なんて、薄っぺらいもんだってことか」


「そんなんじゃないよ! あたしともも子ちゃんたちのあいだには、強い友情があるんだから!」


 うめ子は反発してきたが。


「もも子やさくら子との友情と、藤馬への愛情。どっちが大切なんだ?」


「そんなの、藤馬くんへの愛情に決まってるじゃない!」


 続いての質問には、こんな即答が返ってきた。

 人間というものは、なんとも不条理な生き物だ。

 ま、これがいわゆる、恋は盲目というやつなのだろう。




 翌日、学校に着いたうめ子の様子は、いつもとほとんど変わっていなかった。

 うめ子の席の周りに、もも子とさくら子、やまぶきが集まり、さらには藤馬もその中に加わっている。

 にもかかわらず、普段どおりに会話が展開されている。


 うめ子と藤馬は昨日、初めてのキスを交わした、ということになるはずなのだが。

 家ではあれほどバカみたいに騒いでいたうめ子でも、微かに頬を染め、たまに藤馬に視線を向けたりはしているものの、それ以上の行動を起こすことはなかった。

 嬉々としてオレに語っていた内容を、友人たちの前で話すような素振りもない。

 授業時間中、オレはぼそっとうめ子に指摘してみた。


「藤馬とキスしたこと、もも子たちには言わないのか?」


「言わないよ、恥ずかしいし」


「友達同士で隠し事か」


「わざわざ話すことじゃないってだけだもん」


 オレの言葉が気に障ったのか、うめ子は体を前のほうに倒し、抱きかかえているオレを机とのあいだに挟んで押し潰そうとしてきやがった。


「ぐっ……」


 こいつ、オレが声を出せない身だと知っていながら、こんなことを……。

 と、そのとき。教室中が突然騒がしくなる。


「えっ、どうして?」


 うめ子も驚き、視線を窓の外へと向けているようだった。

 オレは依然として、机に押しつけられて潰れている状態なのだが。


「うわっ、雪だぞ!?」


 男子生徒の声が響く。

 そう、窓の外では、ちらちらと雪が舞い落ちていたのだ。


 ……いや、ちょっと待て。

 今は五月の後半。春どころか初夏とも言うべき時期だ。

 どうして雪なんか降ってるんだ?


 異常気象で季節外れの寒気に包まれている、といった状況でもない。

 少なくとも教室内は、汗ばむくらいの気温だった。


 以前にも少々言及したことがあったとおり、リビルドネットワーク上には季節もしっかりと再現されている。

 国ごとの気候によって全然違うことになるが、日本を忠実に再現しているこの場所では、季節もまた現実の日本と同様に移り変わる仕様になっている。

 時には異常なほど暑くなったり寒くなったり、凄まじい台風が起こったり、竜巻などといった特殊な災害まで発生したりもするのだが。

 そういった部分も含めて、地球上の日本の気候を完全に再現していると言えるだろう。


 だとしても、五月のこの時期に雪とは……。

 いくらなんでも、ありえない。

 また、現在の気温が低くないというのも不可解だ。

 仕様的に、少なくとも零度近くにまで下がらなければ、雨が凍って雪になることもないのだから。


 考えられる原因としては、気象の映像処理システムに障害が起こった、といったところか。

 昨日はこの近辺だけとはいえ、買い物ができない事態に陥っていた。

 それに、青猫の情報システム障害、もこうさの通信システム障害……。

 これはやはり、なにかおかしな状況になっているのは間違いなさそうだ。


「もこうさ、雪だね……」


「ああ、そうだな」


 オレが不安を胸に募らせているというのに、うめ子のやつときたら、


「雪ってなんか、風情があるよね~。雪の降りしきる中で、藤馬くんと抱き合ってキスしたいな~」


 などとくだらないことをつぶやき、頬を赤く染めやがって。

 なんなんだかな。処分保留とか言ってないで、このままガブリと食っちまうか。

 思わずそんな考えまで脳裏をかすめる。


 危ない危ない。うめ子の監視は女王からの指示でもあるんだ。命令に背くわけにはいかない。

 オレはなにやらムカムカする気持ちを懸命に抑え、ぎゅっと抱きしめてくるうめ子の体温を全身で感じ続けていた。

 ……授業時間の中盤にもなると、うめ子の体温に加えて、ヨダレの生温かい感触まで加わってきたりするのだが。




「それにしても、この時期に雪なんてね~」


「ほんと、驚きですわ~」


 放課後、うめ子たちは帰宅することなく、教室で駄弁っていた。

 全員、部活には所属していない。

 窓の外に目を向けてみれば、まだ雪が降っている。


「ここはせっかくだし、やまぶ子ちゃんに外に出てもらって、大はしゃぎで飛び回るバカっぽい姿をさらしてほしいところだよね!」


「どうしてあたくしが、そんなことをしなくてはならないのよ!?」


「ふふっ、ブラックうめ子、降臨中ですわね~」


「やまぶ子が仲間入りしてから、ブラックうめ子を見るのも珍しくなくなったね!」


「あははは、そんなうめ子さんも、可愛くて僕は好きだけどね」


「はうっ、藤馬くんったら!」


 友人同士の他愛もない会話が繰り広げられる。

 無駄話なんてしていないで、さっさと帰ればいいだろうに。

 人間というのは無意味に時間を費やすことに長けた生物、とも言えるのかもしれないな。


 うめ子に抱きかかえられながら、オレはもも子の様子をうかがってみた。

 たまにちらちらと、藤馬に視線を向けている。

 もも子は友人であるうめ子と幼馴染みである藤馬の気持ちを知っていて、ふたりのキューピッド的役割をこなした。

 とはいえ、心の中には藤馬への恋心が明らかに残っている。

 複雑な心境でいるのは確かだろう。


 ま、オレには関係のない話なのだが。

 オレにとって気になるのは、窓の外でシンシンと降り続いている雪のほうだ。


 いったい、どうなっているのやら。

 これも女王の言っていた禍々しい気配とやらが関係しているのだろうか?

 いくら考えたところで、答えを導き出せるわけもない。

 オレはうめ子の腕の中で、際限なくぺちゃくちゃと喋り続ける学生たちの会話をBGMにしながら、じっと窓の外に視線を送り続けた。


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