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もこうさ  作者: 沙φ亜竜
第2章 うめ子たちに忍び寄る影
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-4-

 うめ子の不安は現実のものとなっていく。

 さくら子に対するいじめが、徐々にエスカレートしていったのだ。


「あ、さくら子ちゃん……スカートが切れてる……」


「え……ええ、ちょっと引っかけてしまって」


「じゃなくて、あの人にやられたんじゃないの?」


「それは……」


 口ごもるさくら子。

 もも子は『あの人』とぼかしていたが、さくら子のスカートを新生寺やまぶきが切ったのは間違いない。


「ですが、大丈夫ですので」


 さくら子はキッパリと言い放つ。

 意外と頑固な性格の持ち主だ。


「さくら子ちゃん……」


 うめ子はそんな友人を、ずっと心配そうな眼差しで見つめている。

 周囲に青猫がうごめいている状況は変わっていない。

 自分だって狙われている可能性があるというのに、友人のことを優先的に考えてしまう。

 中学までいじめられていて、高校に入ってようやくできた友達を、心から大切に思っているからに他ならない。

 うめ子はそういうやつだ。




 様々ないじめを受けながらも、さくら子は大丈夫の一点張り。

 うめ子だけではなく、もも子も藤馬も心配しているのに、さくら子本人は落ち着き払った様子を崩さない。

 そんなある日の放課後。


「もも子ちゃん、さくら子ちゃん、帰ろう~!」


 カバンとぬいぐるみ姿のオレを抱え、うめ子が友人に駆け寄る。

 うめ子は部活動には従事していない。友人たちも同じだ。学校が終わると、ふたりの友人と一緒に帰るのが常だった。

 といっても、学校を出たあとは向かう方角が違うため、教室から校門までの短い道のりとなるのだが。

 いつものように声をかけたうめ子に、珍しく否定の言葉が返ってくる。


「すみません。わたくし、今日はちょっと用事がありますので」


 早口で言い残し、さくら子はさっさと教室から出ていってしまった。


「さくら子ちゃん……」


「あれは、明らかに怪しいよね」


「うん、そうだね」


 いつの間にか、もも子と藤馬もうめ子の隣に並んでいた。

 基本的に、藤馬はうめ子たちと一緒に帰ったりなどしないのだが、さっきのやり取りを見ていて気になったのだろう。


「こっそり追いかけましょう」


 もも子の提案に、うめ子と藤馬は真面目な顔で頷いた。




 廊下へと出たさくら子の姿は、すぐに見つけることができた。

 いつもと変わらない落ち着いた足取りで、ゆったりと歩いていたからだ。

 そのまま下駄箱へと向かっていく。


「帰るのかな? 用事があるのは、学校の外?」


「だったら、私たちと一緒に帰ってもよかったでしょ? どうせ校門までなんだから」


「それはそうだよね。だとすると、目的地は学校の敷地内のどこか……?」


 藤馬の予測どおり、さくら子は校門とは別方面へと歩いていく。

 特別教室棟の校舎の脇を抜けた、さらに先。校舎の裏手にあたる、背丈の高い木々が立つ薄暗い場所。

 そこでさくら子は、ピタリと立ち止まった。


 視線の先には、ひとりの女子生徒の姿がある。

 言うまでもない。新生寺やまぶき、さくら子をいじめている張本人だ。

 つまりこれは……。


「新生寺さんに、呼び出されたんだね」


 藤馬がつぶやく。

 校舎裏への呼び出し。

 無論、愛の告白をする、といった話ではない。女同士なのだから当たり前だが。

 さくら子を迎える新生寺の手には、鉄パイプのようなものが握られている。


「よく来たわね、微風ノ宮さん」


「新生寺さん、なんの用ですの?」


「ふふっ、見てわからない?」


「……そういう野蛮なことは、やめたほうがいいと思いますが」


「わかってるじゃないの。なら、話は早いわね」


「その鉄パイプで、わたくしを殴るつもりですのね」


「そうよ。殺すことも怪我を負わせることもできないけど、ある程度の痛みはあるんだから。思う存分殴らせてもらうわよ!」


「……それであなたの気が済むのでしたら……」


 今にも飛びかかってきそうな勢いの新生寺に、さくら子は冷静な態度を覆すことなく対応する。

 その様子もまた、相手の神経を逆撫でする結果となる。


「ええ、やらせてもらうわ! 泣いて謝ったって、許してあげないんだから!」


 鉄パイプを振りかぶり、新生寺が殴りかかる。

 さくら子は動かない。

 先ほどの発言どおり、甘んじて受ける気でいるのだ。


 リビルドネットワークの中では、人間が死ぬことなどありえない。怪我をすることすらない。

 だからといって、痛みがまったくないわけじゃない。

 日常生活において、痛覚は危険から自らの身を遠ざけるために必要なもの。

 激しい痛みはシステム側で軽減され、ある程度弱められた信号として脳に伝わるようになっている。とはいえ、痛いものは痛い。

 苦痛に歪む相手の顔を見て優越感に浸る。新生寺の行動は、そういった目的のための行為だと考えられる。


 オレは成り行きを見守っていたのだが。

 うめ子が感情を抑えられるはずもない。


「やめて、新生寺さん! さくら子ちゃんを殴らないで!」


 今まさに殴られようとしていたさくら子の前に、うめ子は両手を広げて飛び出していた。

 おかげでオレは地面に落下し、砂まみれになってしまったのだが。

 うめ子の行動に続いて、もも子と藤馬も飛び出す。

 突然三人が現れ、新生寺は驚いていた。動きが止まる。


「うめ子!? もも子に藤馬くんまで! どうしてここにおりますの!?」


 さくら子も目を丸くしている。

 しかし、答えは明白だろう。彼女たちは友人同士なのだから。


「くっ……! 仲間を潜ませていたとは、やるわね、微風ノ宮さん!」


「い……いえ、そんなつもりは……」


「問答無用! 全員まとめて、痛めつけてあげるわ!」


 ヤケになっているのか、相手が四人に増えてもなお、新生寺は鉄パイプでの攻撃をやめようとしない。


 微力ながら手を貸してやる。

 オレはうめ子を安心させるため、そんな言葉をかけたこともあった。

 ただ実際には、もも子やさくら子、藤馬までいる場面で、オレがでしゃばるわけにはいかない。

 もこうさの存在は、一般市民には秘密となっているのだから、それは仕方がないと言える。


 だが、うめ子の身に危険が迫っているとなれば、話は別だ。

 うめ子はオレの獲物。オレが食ってやるまでは、五体満足で生きていてもらわなければならない。

 そうでないと、もこうさとしての任務が遂行できなくなってしまうからな。


 ならば、あの新生寺という女を、このオレが止めるのか?

 否、そこまではしない。

 というよりも、今回に限って言えば、なにも問題はないだろう。

 たとえ鉄パイプで殴られたところで、この世界では痛みはあっても死にはしないのだから。


 オレの発言は、青猫のやつらが企んでいる件に関して、なにかあったら手を貸してやる、という意味だった。

 うめ子を始末すること。それがやつらの目的ではないかと考えられる。

 警察である青猫が、いち高校生に過ぎないうめ子を始末する。そんな場面を他の人間に見られるわけにはいかないはずだ。

 ここでやつらが出てくるとは思えない。

 そう高をくくっていたのだが……。


「青猫だ! お前ら、なにをやっている!」


 やつらが、うめ子たちの周囲を取り囲んだ。その数、十体ほど。

 ちなみに、青猫はふよふよと空中に浮いている。やつらはもともと、そういう能力を有しているのだ。

 普段はうめ子の腕に抱きかかえられているが、オレだって空中浮遊はできる。


「えっ? 警察!? どうして学校内に……」


 もも子は困惑しているようだ。

 青猫どもは警察機関に所属する存在。市民のいざこざの対処に当たることだってある。

 だとしても、それは大人同士の争いの場合だけに限られる。


 この世界では、オレたちもこうさによる処罰同様、青猫による介入もまた、学生は対象とならない。

 以前うめ子が言っていたように、学校で激しいいじめがあったとしても、それは未成年の未熟な行動と見なされ、処罰されることはない。

 しいて言えば、教師が注意する、といった対応くらいは取れるだろうか。


 義務教育後、コンピューターによって導き出された適性職に就ける社会となっているため、生徒たちの教育に熱い情熱を注げる人間が教師になっている。

 それでも、四六時中、全生徒に対して目を光らせておくことなど、どう考えても不可能だ。

 新生寺の行動がエスカレートしていったのも、そういった社会になっているせいだと言えるのかもしれない。


 そんなこの世界で、いじめの現場に青猫が介入してくるとは。

 いささか不可解。

 これはまさか、いじめへの介入は単なるフェイクで、やつらの本当の目的はうめ子にある!?

 オレは地べたに転がった状態ながら、動向をつぶさに観察し、すぐにでも対応できるように構えていた。


 青猫。

 警察の制服を着た、青い猫のぬいぐるみ。

 サイズ的にも、オレと大差ない。

 数は十体。青猫は一体で人間を数十人相手に出来るとも言われている。

 もし仮に戦うことになったら、オレひとりでは太刀打ちできない可能性が高い。


 これは……マズいな。

 背筋に嫌な汗が流れる。

 無論、ぬいぐるみ風のオレは汗をかいたりしないのだが。比喩的な表現だ。

 オレが見守る中、事態は動き出す。


「そこの娘、鉄パイプをその場に置き、速やかに投降――」


「うるさい! 邪魔するなら、相手が警察だって容赦しないんだから!」


 新生寺が鉄パイプを振り回し、青猫に殴りかかった。

 直撃を受け、青猫のうちの一体が、大きく弾き飛ばされる。


「この小娘、我々に手を上げるか! 取り押さえろ!」


 青猫が一斉に新生寺に向けて飛びかかる。

 警察である青猫相手に、普通の女子高生が勝てるはずはない。

 どうやら、うめ子のことは眼中にないようだ。これなら、オレが手を出すまでもないな。

 安堵したのも束の間、衝撃的な光景が映り込む。


「むっ!? 娘、邪魔立てするつもりか!?」


 新生寺と青猫たちとのあいだに割って入った、ひとりの女子生徒。


「ええ、そうですわ! ……新生寺さん、ここはわたくしにお任せください!」


 それは、さくら子だった。

 新生寺からいじめられていた、ついさっきだって殴られかけていた、そのさくら子が、新生寺を庇って飛び出していた。

 しかも、その手には武器が握られている。


「わたくし、薙刀の微風流において、免許皆伝を受けている身なんですのよ!」


「うわっ、さくら子ちゃん、そんな特技があったんだ!」


 さくら子が颯爽と薙刀を振り回す姿を見て、うめ子が感嘆の声を上げている。

 仮想現実であるこの世界。基本的には現実の世界を忠実に再現しているのだが。

 アバターパーツを購入できるシステムなど、様々な部分で違いがある。

 パフォーマンス技術に関する免許皆伝を受けていると、必要な物品をいつでも取り出せる能力が付与されたりするのも、その違いのひとつだ。

 さくら子の薙刀は、そういった能力の一種なのだろう。


「もっとも、現在の微風流は、完全に舞踊としての技能になっておりますが」


 そう言いながらも、さくら子は優雅に薙刀を操り、青猫どもを蹴散らしていく。


「ちょ……ちょっと、微風ノ宮さん! どうして……?」


「幼い頃はよく一緒に遊んだじゃないですか。わたくし、新生寺さんのことはお友達だと思ってますの。

 お友達を守る。その行動に、疑問なんてないでしょう?」


「で……でもあたくしは、あなたを散々いじめて……」


「わたくしは、そんなふうに考えておりません。

 新生寺さんがわたくしに対して、ほんの少し悪ふざけをした。お友達がしたことですから、笑って許せる。

 ただそれだけのことですわ」


 いや、実際にはかなり悩んでいた。それは間違いない。

 しかし、さくら子はそのことを口にしない。

 友達だと思っている、という言葉には、嘘偽りなどなにも含まれていないからだ。


「美しき友情、って感じかな」


 藤馬がつぶやく。

 ともあれ、マズい状況なのは変わらない。


 相手は警察である青猫なのだ。

 その青猫に手を上げてしまった。

 これは明らかに罪となる行為。

 まだ学生の身分であっても、笑い話で済まされるとは思えない。


 さくら子はいまだ薙刀を振り回し、飛びかかってくる青猫に応戦している。

 友達だと言われて困惑気味の新生寺も、鉄パイプで青猫を殴った事実は消えない。

 ここはオレの力が必要か。

 そう考えていた、まさにそのとき。

 薄暗い校舎裏の一角に、唐突に新たな声が加わった。


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