第91話:ヒーロー達の死闘再び(B)
「それじゃあ、行くぞ……怪獣ジャバウォック」
「ぎゃるるる~?」
俺と大怪獣の視線が交錯する。
ふざけた声を漏らす反面、やつの両眼からはあふれる殺意が感じ取れた。
奴は来る。
そう確信できた。
(いいぞ、来い)
今度はこっちが罠を仕掛ける番だ。
俺は前を見据え、両腕を中段で構えて、みなぎる戦闘意志を見せる。
茫漠な広間に戦士として存在する。
俺の後方には桃さんとあゆが同じように相対しているだろう。
必然――形としては、彼女たちを守るようになる。
(さあ、俺たち三人の力を見せてやる……)
息を呑み、じんと痺れるくらい緊張が広がる。
「ぎゃらぁぁ~~……」
「…………」
時の流れがゆっくりとなる。
じりじりと機を伺い、静寂が辺りを支配する。
やがて、怪獣ジャバウォックは右腕を高らかにあげ、そうして、
消えた。
「――――ッ!」
即座に俺は五感を強化する。
周囲に意識の網を放つ。
前、後、右、左。
どこから来てもいいように心を構える。
(どこだ……どこでもいいぞ……)
「――――上だッ! ソウタ君ッ!」
あゆの声に俺は見上げる。
壁。
巨大な壁。
天井の一帯に広がっていた。
一軒家ほどあるだろう怪獣ジャバウォック。
その肉体。
その体躯。
その全身が数メートル上空に平然と滞在していた。
「………………」
まばたきをする。
しかし、それでも、今の状況が現実であることを認識する。
「う、わ……っ」
思わず声が漏れる。
奴の陰で俺たちの一帯が黒く染まる。上からは焦茶色の足が見える。
そうして、それから。
ゆっくりと、いや急速に。
怪獣ジャバウォックの声が近づいてくる。
「ぎゃあぁぁぁあああぁ~~~~らっ♪」
軽快な声と一緒に、落下が始まった。
ロードローラーよりも鈍重な。ミサイルよりも広範な。
怪獣そのものが空から迫る。
「うぉっ!」「わぁあああっ!」「……っ!」
俺たちは蜘蛛の子のように逃走。
ダッと。
俺は前方、あゆと桃さんは後方に飛び出す。
(……よし、分断したか)
後方から大きな振動音が轟く。同時に目の前の風景が縦に大きく揺れる。
震動が衝撃波となって地面を伝う。
(これじゃあ、まともに走れない……!)
バランスを崩す前にブーストの着火をする。
逃げ出した俺は移動を『跳躍』から『滞空』に切り替える。
ブーストが放射され、地上すれすれを飛行する。
飛びつつ後を確認。
数メートル彼方に痺れるような衝撃波を起こしながら哄笑するジャバウォックの全身が見える。
その頭部が俺のほうを向いた。
やがて視線が合う。俺はそらさずそのまま睨み返す。
「ぎゃぁ~~~……」
次の瞬間。
怪獣ジャバウォックが“目の前に”接近してきた。
(はっ?)
理解よりも驚きが先行した。認識よりも違和感が先行した。
現実感がそこにはなかった。
超全的な速さ。加速という次元の極地のような動き。
怪獣ジャバウォックは猛禽類のごとく俺に狙いを定めていた。
宝玉みたいな両眼がぐるぐると回転する。
焦茶色の肌からは硬化した鱗のようなものが視認できる。
大樹の幹のような右腕が俺に迫ってくる。
意図してか偶然なのかその速度はやけに遅く感じられた。
(……回避を、……できるか?)
難しい。難易度は高い。
ブースト中だと急激な方向転換は不可能だ。
空中は地上ほど自由は効かない。奴の速度に対応はできない。
(もしかして、俺が飛ぶタイミングを狙っていた……?)
そのために、わざわざ空中から落下して大地を激しく揺らした?
だとしたら、相当の策略家だ。
ただ、強いだけじゃない。
ちゃんと考えている。
(もしかしたら、ヤバイかも……)
すでに準備は完了している。
俺は押し終えたコマンドの完了を確認する。
(超、変、身――っ!)
心の中で変身名を叫ぶ。
間に合うだろうか。
輝きとともに俺の視界が真っ赤に染まった。
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「ぎゃるるるるるる――――――――っっっっ!?!?」
ドゴォォォっォォォオォォォォォォォォン!
爆熱が世界を焦がす。
視界に映る真っ赤な炎。
灼熱の炎を俺の肉体は超変身で耐える。
ブーストを遮断し一気に落下する。
急速停止。
ジャバウォックの右腕が行先を風切るように通過する。
強烈な圧力が肌を撃つ。
俺は両腕でガード。そのまま地面にぶつかる。
受け身。
大地を滑り転げる。
回転を止めてさっと起き、中腰のまま前を見た。
苦悶をあげるジャバウォック。
巻き起こる爆炎と爆熱。
その先には――あゆが。
川岸あゆが――いた。
彼女は、怪獣ジャバウォックを襲っていた。
「うぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぁぉおぉぉ――っらあぁっ! 超変身《全壊戦士》!! 全てを壊し、全てを燃やし、破壊し尽くせッッ!」
ドゴォン!ゴォウォン!ボォウォン!バアァァァァアアァンン!
轟音を巻き上げ、砲台と化したあゆが爆撃で怪獣を燃やす。
背中には桃さん、あゆに抱きついて砲撃手のように見据える。
「――大砲は撃つのがお仕事です。撃って撃って撃ちまくってください、あゆさん」
「言われなくてもッ! うぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉ――――ッッっ!」
あゆの砲撃は止むことはない。
ミサイル。爆弾。フラッシュ。火炎。レーザー。鉄球。
ありとあらゆる武器を駆使してジャバウォックを揺さぶる。
彼女たちは襲っていた。
俺を囮として。
桃さんの能力で一時的に姿を消し。
超変身の状態で怪獣ジャバウォックを――猛撃していた。
(すっげぇ……)
あゆの砲身が揺れるたびに大地が震える。
爆熱があがるたびに広間の空気が変わる。
前より火力をあげてるんじゃないのか。
俺を助けた時よりも、怪獣どもを蹴散らした時よりも、今のあゆは強く思えた。
強くなってる。
格別に。
まるで今までの感情の全てをエネルギーに変えたようにあゆの砲撃は威力を増す。
地盤が砕け、落石が起こり、火炎が噴出する。
「だらあぁぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあ――――ッッッ!」
「ぎゃあぁああぁ!? ぎゃぁっぁぁ!?」
対するジャバウォックは苦悶声。
逃げることもできず、守ることもできず、猛撃を浴び続ける。
雄牛さんに倒されたあゆ。
怒りの砲撃に流石の大怪獣も呻き苦しむ。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉ――――っっ、これで、最後だぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
一段と大きな声が広間に響く。巨大な砲身がぐわりと異様に膨れ上がる。
「――――変身名《全壊戦士》ッ!!」
そして叫ぶ。
「種類『破壊球』ッッッ!!」
それは闇のような弾丸だった。
真っ黒な色彩の弾丸はあゆの砲身からゆっくりと放たれる。
スピード感のないそれは落ちれてくる瓦礫を一瞬で粉々にする。
圧倒的。
圧倒的な破壊性を帯びた球体は怪獣ジャバウォックのいる空間へとそのまま進行し――直撃する。
瞬間。
花火のような激しさで、漆黒のナニカが四方に弾けた。
怪獣ジャバウォックの周囲に闇が膨らむ。
ブラックホールのように光ごと呑み込む。
「ぎゃらぁあ……ぁ……らぁ……」
怪獣ジャバウォックが沈む。
その巨体が闇に呑み込まれていく。
声が聞こえなくなる。
やがて、静寂が辺りに戻っていった。
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(…………まじかよ)
すげぇ。
もはや、称賛の言葉しかでなかった。
思わず地面にへたり込み、目の前の光景を見ていることしかできなかった。
俺の作戦は単純なものだ。
俺が囮となり、その隙にあゆの火力で決める。
桃さんの能力で隠れて成功率を高める。
そうお願いしただけだ。
なのに、それだけだというのに、彼女は、あゆは、俺の追撃を待つこともなく、一人で全部決めてしまった。
あの化け物を倒してしまった。
信じられないことだが、目の前の状況はそれを現実だと明瞭にあらわしていた。
美月を待つまでもなく、完璧に完全に川岸あゆの独壇場だった。
(俺なんて、巻き込まれないだけで必死だったもんな……)
今も怪獣ジャバウォックがいた空間は黒い煙で渦巻いている。
あの中にいたんじゃあひとたまりもない。
生きてはいないだろう。
(二次試験、終了か……)
長い戦いだったが、ようやく終わりか。
そう思うと全身に安心感が広がっていった。
俺は視線を動かしてあゆを見る。
あゆは「ふしゅぅぅぅ~」っと蒸気を漏らしてもとの姿に戻った。
二足歩行の形態に戻ると、おとと、とバランスを崩して倒れそうになる。
となりの桃さんがそれを支えてあげる。
(あゆも大分疲れてるな……)
しかし、それも仕方なかった。
あゆは全力を賭して戦ったのだ。
本気の本気の攻撃だったのだ。
疲労感が出ないほうがむしろおかしいのだ。
「お疲れ様、あゆ」
そう声をかけると、こちらに気づいたようだ。
右手で大きくVサインをつくった。
「ぶいっ!」
それから嬉しそうに、とてとてとこちらに歩いてくる。
格好良いなあ。
素直に痺れながら手を振り返す。
「わははっ!」
偉そうに笑うあゆの声。
そのすぐ後に彼女の身体が一瞬でその場から消えた。
「――――」
残像。
残像だけが上に行くのがわかった。
あゆの身体が上空に飛んだ。
「…………?」
一瞬のことで俺にはよく分からなかった。
とりあえず見上げてゆっくりと天井の方を向く。
見てみる。
あゆが天井に突き刺さっていた。
垂直に。直立不動の状態で。首から肩にかけてのエリア全域を。
重力の関係かあゆ自身の自重によるものか自然と落下を始める。
落ちる。
落ちる。
俺たちは見つめることしかできなかった。
突飛すぎて対応とか行動とかそれ以前に見つめることしかできなかった。
動くことが選択肢にすら入ってなかった。
地面に直撃する寸前、巨大な物理のスイングがあゆ一帯の空間をえぐり取った。
飛ぶ。吹き飛ぶ。かつての雄牛さんの様に。
一直線上に進みすぐさま岩盤にぶつかる。
ずるずると大地に墜落する。
そのままうつ伏せの状態で動こうとしない。
あゆが、倒れていた。
俺の現実認識が回復したのはようやくそれからだった。
「…………」
放心し、巨大なスイングの主を見る。
「……ギャアァ……ッッ」
硬質な響きある声を含んだそれを――俺は、見た。
「ギャラララぁラララァッァァァァァァぁ我ァァァァァアアア゛ァァァぁァァァぁァァ――――ッッッっ!!」
叫声。
叫び狂った狂態の王。
怒りの咆哮は常人の儘であれば失神しそう。
声とともにソレの様子が一変した。
真剣に、大真面目に、冷静に、沈着に、
嗤いもせず、嘲りもせず、油断せず、馬鹿にもせず、
ふざけることも、道化となることも、かなぐり捨てて。
「GYAァ……ッ」
怪獣としての本性を顕現した。
「……ジャバウォック?」
憤怒の炎を全身に宿し、二本脚で垂直に立っていた。
人間のような知性と、怪獣のような獰猛さをかね合わせて。
化獣。
本物の化獣として、彼は俺たちの前に立っていた。
第五章終盤戦。
次回「第92話:ヒーロー達のかつてない戦い」をお楽しみ下さい。
掲載は5日~7日以内を予定します。