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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第5章 運命動乱編(後編)
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第91話:ヒーロー達の死闘再び(A)

 心を鋼の様に硬化させ、敢えて冷徹に告げよう。

 雄牛さんは倒された。もう戦えない。

 残りは三人。

 第二次試験最終戦――怪獣ジャバウォック戦の開幕だ。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 雄牛さんの頭部が吹き飛んだ瞬間。

 誰よりも先んじたのはあゆだった。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「おぉぉぉちゃああぁぁあああああーーーーんっっ!」


 あゆは叫んで飛び出した。

 吹き飛んだ雄牛さんを追いかけて、大地を蹴る。


「あゆっ!」


 あゆの様相は切迫していた。冷静ではなかった。混乱の渦中にいた。雄牛さん。この二次試験で知り合った友人。好かれていた人。気に入っていた人。仲の良かった人。君波さんを助けるため、決死の覚悟でいた人。そのために自らを顧みず地獄に飛び出した人。


 その人が今、ほふられた。


 最も容赦ない方法で倒された。


 衝動は止まらず、激情は牙を向き、あゆを動かす原動力となった。

 周囲を顧みることなく、ただ、両脚を起動させる。


「あゆっ!」


 俺は叫んだ。

 ダメだ。

 それだけはダメだ。

 止める声を叫ぶ。


 走りだすあゆ。

 それでは、雄牛さんと同じだ。

 君波さんを助けるために、自らを犠牲とした雄牛さんと――同じだっ!


「あゆっ!」


 叫ぶ。

 だが、届かない。


 二次災害。共倒れ。心中。


 そんな言葉たちが脳裏をかすめた。焦る。いや、焦るな。俺の思考が起動を始めた。強化する。彼女を助けるために。思考を重ねる。


(今の状況は――)


 見る。観察する。把握する。


 ――怪獣ジャバウォック。余裕めいた様子。雄牛さん。吹き飛ばされている。あゆ。雄牛さんを追いかけている。怪獣ジャバウォック。笑っている。……笑っている? 雄牛さんを? いや、いいや、違う。



(“俺たちを”笑っている――?)



 怪獣ジャバウォックの視点の果て。その注目点。そこには俺たちがいた。

 奴の両目は俺たちに注がれている。

 見ている。見られている。俺たちは、――見られている。



 あゆ。走りだすあゆ。見られてる。見物されている。ニヤニヤと。見られてる。



 その視線は幼子のようだ。

 公園で昆虫を嗜虐する、殺戮者の視線だ。

 罠を敷き、餌を撒き、じっと獲物を待つ狩人の視線だ。


 そして、この場合の餌とは?

 そして、この場合の獲物とは?


 答えを明確にした瞬間、俺の脳みそに毒物のような恐怖が混じった。


「あゆッ!!」


 俺は再度呼びかけた。

 今までよりも切迫に。より必死に。悲鳴に近い形で。「行くなっ!」その想いを伝えるために。



「おーーーちゃぁぁあああああぁあぁあぁぁぁぁーーーーんっっっっっ!」



 だが、彼女は止まらない。平静を失っている。想いは届かない。願いは叶わない。

 人と人は完璧には通じ合えない。

 やばい。やばい。やばい。

 だから、仕方ない、

 声、続けるよりも早く。


(――――っ!)


 俺は、

 突き動くあゆの背中を、

 後方から、

 思いっきり、

 殴りつけたっ!


「――――――――ッッッ!?」


 ズシャアアアアアアァァァと途方も無い音が、滑べる。

 自重を傾けていた彼女の身体は、バランスを崩し、顔から地面へとスライディングを決める。

 倒れる。


「…………」

「………………っ!」


 寝ている暇はない。

 さっと、一瞬。ジャバウォックの挙動に注意しつつ。

 俺はあゆを引き寄せた。彼女の右腕を掴み胸元まで一気に近づける。


 ぐいっと。


 怪獣ジャバウォックの口から「ぎゃーあー」と残念そうな声が漏れる。

 殺らせるか。馬鹿。絶対に、殺らせるか。

 俺はあゆを見た。


「…………ぅ」


 いきなりの奇襲に(しかも味方からの)驚いたあゆは機械の身体をカタカタと揺らしていた。しかし、すぐに意識を取り戻し、今起きた現実に呆然と、混乱し、ガタガタガタッと、より強く大きく震えた。


 それはまるで溺れた魚のようだった。


「そ、ソウタくんっ! ソウタくんっ、おーちゃんが、雄牛ちゃんが、ソウタ君っ!」

「オーケー、あゆ。わかってる、だから、落ち着きな」

「ソウタくんっ、ソウタくんっ、おーちゃんが、おーちゃんがぁ!」


 あゆは混濁していた。


「……ふぅ」

「ソウタ君、ソウタ君、ソウタ君ソウタ君ソウタ君ソウタ君――――――っ!」

「――――」


 俺はあゆを抱き締めた。

 強く。

 深く。

 呼吸も不可能なくらい“ぎゅっ”と。


「――――むぐっ」

「……落ち着くんだあゆ、いつものことを思い出せ、クールになるんだ。いいか、情動を抑えろ」


 それは自分に言い聞かせる言葉のようだった


 彼方から、どごぉん、と音がする。

 頭部を奪われた雄牛さんが――岩壁に激突した音であるだろう。

 あゆの喉から、あ、ああ、と悲壮的な気持ちが、漏れた。


「……ソウタ君、おーちゃんが、雄牛ちゃんが……」

「わかってる。わかってるが、“飛び出すな”。あいつの餌食になるぞ」

「う、うん……危ない。危なかった。でも……」


 あゆはそこで沈黙した。

 抱き締めた身体からはその胸中が伝わってきた。

 声なき声。

 悔恨。絶望。悲嘆。慟哭。

 いくつもの感情がせめぎ合い暴れまわっているのがわかる。

 助けたい気持ちも助けられなかった気持ちも怖かった気持ちも死にたくない気持ちも全部わかる。

 震えを止めるように抱き締める力を強める。


「あゆ、お前の気持ちはわかる、死にたいほどわかる。だけど、どうか死ぬことだけはしないでくれ。どうか頼むから。俺の前で、無残に命を散らそうとするな」


(俺はもう、誰かが死ににいくのを見たくはないのだから)


 美月。

 美月瑞樹。

 馬鹿な幼馴染。

 俺を守るため立ち向かった馬鹿な幼馴染。


 意識せずとも浮かんできてしまう。


 無論、これは無意味な感傷だ。

 あゆと美月という、似ても似つかない二人の姿を重ね合わせただけの、自己満足の成れの果てだ。


 阿呆らしい幻想だろう。理性ではよくわかっている。


 けど、強い感情は時として理性を打ち崩す。俺の理性は感情に呑み込まれ、俺の心中で後悔はわだかまる。


(……怪獣ジャバウォック……)


 楽観的すぎたのかもしれない。

 普通にやれば勝てると。

 頑張ればどうにかなると。

 心のどこかで思っていたのかもしれない。


 あいつが正真正銘の化け物だってくらい、この俺が一番わかっていたはずなのに――。


 

 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 青春とは、全能性の時代であるらしい。

 この挫折と敗北が、青春の終焉でもあるらしい。


 俺の判断は、まさしく青春的とも言える、軽率で傲慢なものであった。


 勝てると信じて。

 けれど、信じることしかしてなくて。

 覚悟はあるが覚悟しかなくて。

 実質の伴わない虚飾に満ちていて。


 拡大した自意識。

 その臨界点。

 全能性の終着駅。

 俺の目の前には圧倒的な現実が広がっていた。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「――――なるほど、これが怪獣ジャバウォックですか……」



 平素な声で桃さんが言った。

 いつの間にか俺たちの後ろに立っている。

 背中には重たそうに雄牛さんを乗せていた。


「――――ッ!?」

「…………ふぇ?」

「…………ぎゃ?」


 驚きが波及した。

 つ、つーか、ジャバウォックも驚いたぞ……。

 いや、でも、それも仕方ない。だって、桃さんが今背負っているのは、間違いなく……。


 俺はあゆを解放させ、桃さんに近づく。(ジャバウォックの様子に注意しながら)

 あゆも驚いた様子で同行する。


「桃さん、これは……」

「岩壁にぶつかり倒れたところを救出しました。激突は防げませんでしたし、戦える状態にないのは変わりありませんですが……」


 そう言ってとてとてと壁際に寝かせる。雄牛さん。俺たちの雄牛さん。

 その姿は見られたものではなかったが、これ以上戦えないのは明白だったが、それで彼女はここにいた。


 ――見る影もない、凄惨な姿で……。


「おーちゃん……」

「――ご安心を、少々お待ちください」


 そう言って、桃さんは雄牛さんの首筋を叩く。

 すると亀のように雄牛さんの首が、生えてきた。


「……っ!?」

「最後の最後に肉体の“縮小”を行ったようです。追撃も加わり、完全なるダメージの軽減には至らなかったようですが……しかし、無事です。大丈夫。彼女は生きています」


 生きている。

 大丈夫。

 それだけで俺たちの心は溶けた。


 本当かどうかなんてわからない。

 桃さんの言葉に確証なんてない。

 でも、それでも、生きている、そう言われたことで救われる存在がここに二人いた。


「ぎゃぁ~あ~」


 と、当のジャバウォックは感心したように云々(うんぬん)と頷く。

 桃さんは怯むことなく大怪獣を睨み返した。


「……怪獣ジャバウォック、設定がリアルレベルになってますね。道理で怖がられる訳です」

「リアルレベル?」

「本物の怪獣と同じ、ということです。トレーニングで使用される模造品ではありません。限りなく純度の高い、現実の怪獣、ということです」


 現実の、怪獣。


 俺がその言葉を心の中で反復させると、

ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!


 っと激烈な声が響いた。


「――――――ッッ!」


 ビリビリと。

 声だけで身体が痺れる。

 前を見る。


 怪獣ジャバウォックがコチラに視線を合わせた。

 真正面から。

 抜き身の刀のような鋭さで。


 ネライハ、サダメタ。


 そんな“意図”を伝えるように。

 恐怖心がゾクゾクっと沸き上がり、俺は必死にそれを抑える。


「……新島様」

「……なんだ」

「あの怪獣、恐ろしく凶暴です。普通に戦えば勝ち目はありません」

「……そうだな」


 俺は同意する。

 逃げるなら今だ。

 そう現実がささやいている。

 彼女は言葉を続けた。


「……しかし、今はその強さに油断しているのがわかります。攻めるなら――今が好機かと」


 俺は驚き桃さんを見た。


「……どうしました?」

「いや、……てっきり、逃げるべき、とか言うと思った」

「言いませんよ。君波さんが倒された今、あの怪獣を止められるのは私たちしかいません。涼子様と美月様を戦わせないためにも、私たちがここで戦うのは当然です」


 桃さんはきっぱりと言い切った。

 俺はなんだか眩しいものを見ている気分になった。

 同時に自分の未熟さを自覚した。


(まだまだだ……)


 まだまだだ。

 俺は、まだまだだ。


 全能性が偽物ならば、本物にしてしまえばいいだけのことなのに。

 正しくないことは、正しく変えてしまえばいいだけのことなのに。

 教養性の型に押し込まれるよりも、もっと大切なものはこの世にあるはずなのに。


 彼女の忠節に魅せられて、俺は自分の心を叱咤する。

 気持ちを忠実に切り替える。


 目の前のジャバウォックを見つめて、俺と桃さんは秘密の会話を始める。

 その話をとなりのあゆが聞く。


 時間はあまりとれない。

 数刻の後、俺たちはゆっくりと動き出す。


「――じゃあ、そういうことで」

「かしこまりました。……ご武運を祈ります」


 桃さんはそう言って、俺より一歩後ろに下がる。

 あゆもそれに合わせて一歩下がる。


 結果、俺だけが、最前線で怪獣ジャバウォックと向き合った。


「さあて……」


 声を漏らし、気力を充填して前を見つめる。

 こっからが攻守交代の時間であった。


第91話分割しました。

引き続き後半「第91話:ヒーロー達の死闘再び(B)」をお楽しみ下さい。

掲載は2日以内を予定しています。

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