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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第5章 運命動乱編(後編)
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第89話:ヒーロー達の忍者再び(A)

 久し振りに美月のことを語ろうと思う。

 正直、あいつのことを語ろうとすると俺はいつも途方に暮れてしまう。

 美月について語ること。それは俺の語りを理性的なものから切り離す行為だからだ。


 言うなれば暴走する。


 好き勝手に当たり散らして論理性の欠片もないケモノの世界に話の終着駅を持っていってしまうからだ。


 元来の俺は技巧的に生きたいと思っている。

 生き方をマニュアル化して、理性的に、道外さぬように、人生のテクニック集みたいなものを集めながら、日々を過ごして行きたいと願っているのだ。


 だから、いざ美月のことを語る段になると困ってしまう。

 弱ってしまう。ヘタレてしまう。

 告白手前の中学生みたいにまごついてしまう。


 それは技巧性とは真逆の事象だからだ。


 だけど、そろそろ語る時なのだろう。

 ヘタレた理由などふっ飛ばし美月と美月の過去に向き合う時なのだろう。

 覚悟の定位置を決めていこう。

 これからの明日をあいつと笑って生きるために。



 以前も何度か話したが、俺と美月の街は怪獣ジャバウォックにより壊された。

 それは文字通りの“破壊”であった。

 道路がひび割れ、電柱があちこちに倒れ、住宅が瓦礫の山になった。


 俺のように意識を失ったものも何人もいた。


 怪獣被害の減少しつつある現代社会において、あれほどに大規模な破壊は珍しかったと聞く。

 幸運にも美月は無事だった。

 だが、美月の周囲は無事ではなかった。


 まず、美月の母親が被害にあった。


 これは話の流れにそぐわないだろうと、前は語らなかったはずだ。

 美月の母親は、俺同様に植物人間に近い状態となり発見された。

 目覚めたのは崩落から三日後だ。

 俺よりも早い回復であったため、俺自身もこの話を知るのはかなり後になってからだ。具体的には中学二年の時、俺が美月を救おうと決めるちょっと前だ。


 まあ、俺の話はどうでもいい。

 問題は美月だ。


 美月の父親は、美月が小学三年生の時に不慮の事故で亡くなっている。

 兄弟姉妹はいない。祖父母とは別暮らしだ。

 基本的に美月家は、母一人娘一人の生活を送っていた。


 でだ。


 例の大破壊は美月に二つの喪失を経験させるに至った。

 一つは母親。もう一つは俺。

 実際の俺たちは目覚めることに成功したし、今も後遺症なしに生きているが、それはあくまでも「現在」という時間軸から見た結果論に過ぎない。


 少なくとも崩壊直後の美月にとってあの時の俺たちは死んだも同然であった。


 あの日の夕刻。


 平和な街は、失われた。

 当たり前の日常は、信じられた風景は、永遠の世界は、一瞬で崩壊させ、壊滅させ、殲滅させられた。


 幸運にも美月は無事だった。

 だが、美月の周囲は無事ではなかった。


 気がつけば、母親は植物人間になっていた。さらには俺もが植物人間になっていた。頼れるものは誰もいなくなっていた。泣きたくなっても泣きつける人はいなかった。みんな眠っていた。ヘタしたらそのまま二度と起きなそうだった。その可能性を嫌悪した、恐怖した。全身が震えてガタガタと揺れた。助けを。助けを求めたかった。でも周囲の人間は混乱と狂気と怒号にまみれていた。

 無理だ。怖い。この場にいたい。この場に残りたい。でもそれじゃあ死んじゃうと本能が告げていた。世界は怪獣であふれていた。だから、逃げなきゃいけなかった。自分の両足でどうにか立ち上がらなければいけなかった。


 瓦礫にまみれた世界の中で。

 絶望しかない眼前の世界で。

 うつむきながらも生きなければいけなかった。


 ただ、生きるために、世界と戦わなければいけなかった。


 壊れた家に別れを告げて、楽しかった日々を幼い両肩に抱き、無力な涙をじっと溜めながら、でも流すことは決してなく、嗚咽を歯ぎしりでもするように必死に耐えながら、強く、たくましく、心を叱咤して、魂を激励して、両足を駆動させ、喪失感すら感じぬように必死さで思考を埋めながら。


 それでも、生きていこうと、歩き出したのだ。


 小学六年生の女の子がだぜ。

 わかってるのかよ、おい。


 この破滅的なリアリティを理解わかってるのかよ。


 美月はまず公民館に行った。そこでよく知らない大人どもによく知らない話を聞かされた。よく知らない状況でよく知らない事情を叩きこまれた。どうやら外は危険だからここにいなくちゃいけないらしい。美月は何も分からない。そもそも知らない大人たちが相手だと子供は反論できない。さらにいえば美月は引っ込み思案な女の子なのだ。


 彼女はその言葉に従って、公民館で待機することにした。

 ほどなくして公民館が怪獣によって破壊された。


 屋根ごとペシャンコに潰された。

 壊滅、だった。


 幸運にも美月はまたしても助かった。

 だが、美月の周囲は無事ではなかった。


 何が悪かったわけでもない。

 ただ、美月は生き残った。それだけだ。それだけの物語なのだ。


 美月は歩き続けた。他人を頼ることはなかった。

 頼って喪失することに恐怖すら覚えていた。

 美月にコミュ力という概念はない。

 スーパーの店員とすらまともに会話を交わすことができないのだ。

 教室で手をあげて発言することすら恥ずかしがる女子なのだ。

 だから美月は一人でどうにかこうにかやっていかなくちゃいけなかった。


 自分の力のみで。幼い知恵を精一杯振り絞って。あの崩落の一日を過ごさねばならなかった。そして美月はやり遂げた。生還という一大事業を。


 二日目の明け方、さまよい歩いているところを美月は発見された。

 それから二日目の午後になり美月は俺の両親と出会った。

 それから三日目の夕方になり美月の母親は目覚めた。


 ようやく美月は事切れたように眠ったと聞く。

 それまでほとんど寝ていなかったのだ。

 少なくとも美月にとって家族が目覚めるその瞬間までは彼女の中の戦いは終わってなかったのだろう。

 裏を返せば彼女は三日間の間、孤高に戦い続けたのだ。

 だが、それでまだ終わらなかった。


 美月は目覚めると、今度は眠った俺のところに張り付き一週間以上も必死の看護を始めたのだ。


 もはやそれは、なんというか……尋常じんじょうではなかった。

 一介の子供がすることではなかった。

 称賛を超えた“何か”だった。

 魂の強さ、意志の強靭さ、ある種の美しさすら感じる。


 もしも人間が絶望的な状況においてこそ真価が問われるのだとしたら、美月の本質はきっと輝かしいものにあふれていることだろう。


 彼女は生きたのだ。

 瓦礫の世界を。

 絶望の世界を。

 だから、いまもこうやって存在している。

 己の人生を今という時間をこの青春の日々を謳歌しようとあゆんでいる。


 …………。

 …………。

 …………さて、何の話だっただろうか。


 言いたいことから大分話がズレたように思える。


 ともかくあまりにも話が長くなったから結論を言おう。

 俺たちの街を襲った怪獣ジャバウォック。その被害を直接的に受けたのは俺や美月の母親であった。しかし、真の意味での被害者は幸運にも助かった美月のほうなのだ。

 崩壊の苦しみも、残された絶望も、やり場のない怒りも、生還に伴う意味も、あらゆる全ては彼女に受け継がれているのだ。


 だから、やばいのだ。

 ひどく、やばいのだ。

 ディ・モールト(非常に)やばいのだ。


 怪獣ジャバウォックに対して抱いている“意味合い”は、俺なんかよりも、美月の方がよっぽど重たいのだ。

 強烈で。

 強固で。

 強力だ。

 あの破壊に本当の想いを宿しているのは彼女のような人間なのだ。


 で。

 それでだ。


 俺よりも怪獣ジャバウォックにいろんな感情を持っている彼女が、この最終層にまったく同じ種類の怪獣がいると知ったら?


 母親も幼馴染も助けられなかった彼女が、今は『戦えるだけの力』を有しているとしたら?


 例えば――そう“ヒーロー”とか?


 そして、一度は失いかけた幼馴染が偶然にも自分の隣にいたとしたら?

 その幼馴染を殺しかけた化け物が近くにいるとしたら?

 今度こそは救えそうな可能性が見えていたとしたら?



 答えは一つだ。



「――――新島君を倒して、二人だけで怪獣ジャバウォックを倒しに行く……か、一応の筋は通っているな」


 雄牛さんはそう言って俺の話を聞き終えた。


「うぅぅ~~~ぅぅぅぅぅぅ~~…………」


 一方のあゆは号泣していた。


「あぁぁぁ~~~ああぁぁ~ソウタくぅ~~んん……」

「うっさい、あゆ」

「うう~~でもぉ~~~……」


 あー、もう、うっさい。

 俺は二人に美月との簡単な事情を説明した。お話自体は狗山さんに話した内容に補足を加えただけなので大したことは話していない。

 なのに、あゆは途中から完全に号泣。

 あー、もう、そんな泣ける話じゃねーだろ、これ。デコピンすっぞ。


「しかし、その話が事実だとしたら私たちはどうする? 美月さんの望みどおり、この戦いは二人に任せるか?」

「ぅぅ~――ッ、そんなことさせないよっ!」


 泣き顔のままばばっと面をあげて言い放ったのはあゆだった。


「おーちゃんはあの怪獣に出会ってないからそう言うけど、そんな甘くないよっ! あんな怪物、涼子ちゃんと瑞樹ちゃんの二人だけに任せられないっ! 私たちも戦うべきだよっ!」


 それは迷いなき返答だった。

 彼女の台詞に俺の心は頼もしさと嬉しさでいっぱいになった。


「あゆ……」

「もちろんソウタ君もねっ! そんな悲しいことがあったのなら、負けちゃ駄目だよっ! 自分はこれだけ強くなったんだって、美月ちゃんに見せてあげなくちゃっ!」

「……ああ、そうだな」


 あゆの言葉に運命を決める。


 美月にだけなんて任せておけない。

 俺も戦う。

 過去ばかり見つめた彼女を四年前に縛られた彼女を俺は救いださなければならない。

 彼女を安心させる運命を紡ぐためにも俺は奴の明確な力にならねばならない。


「美月にもう一度会おう。会って力になってやる。俺の強さで美月を過去から解き放ってやる」


 美月を想う。

 未来を照らす光になるために。


「よぉぉぉーーっし、『やる事』は決まったねっ! 目標は美月ちゃんともう一回出会うこと! そして、怪獣ジャバウォックの撃退っ! やってやるぜっっ!」


 あゆの元気な雄叫びが辺り一体に響いた。

 ったく、うるさいが……そのうるさい声が俺たちに行き先を指し示した。

 案外、こういうやつが本当のヒーローなのかもしれないな。


「……はぁ、仕方ないな、私も協力しようじゃないか」


 と、声を出したのは雄牛さんであった。

 驚いた俺が見つめ返すと彼女は腕を組み視線を逸らす。

 照れくさそうに言葉を返した。


「……狗山涼子には倒された借りがあるからな、……殴り返してやらんと気が済まん」

「あ、……」

「ありがとぉ――――――――っっっ! おーちゃん大好き――――っ!」


 ダッと踏み込むとタックルでしがみ付くあゆ、そのままくるくるとその場でまわる。


「う、うわっ! ちょ、あーちゃ、ちょ、うわっ、やめ……!」

「あはははっはあっはははははははっははっっ!」


 けらけらと笑うあゆは誰にも止められない、恥ずかしがる雄牛さんはこっちを見たりあっちを見たり混乱しながら真っ赤になりながらそれでも拒絶できずに一緒にくるくる回りつづける。


 くるくる。

 くるくる。

 なんだか、自然に笑い声が漏れてくる。


「……ははっ」


 やれやれ、何だこれ。

 シリアスモードに突入かと思いきやそんなことにはさせてくれないか。

 川岸あゆがいるかぎり俺たちの魂は安泰だ。


 そう安堵した。


 ふぅと息を吐き、俺は安心して思考を切り替える。


 美月と狗山さんを追いかける。

 口で言うのは簡単だが、実行するのは難しい。

 狗山さんたちが旅立ってから、すでに十分以上が経過している。

 彼女たちが今どこにいて何をしているのか俺たちは知らない。


「せめて……高柳君がいればな……」


 Aクラスの感知系ヒーロー。

 ヒーローの居場所をくまなく把握できる。

 彼がこの場にいてくれたら『美月探し』もスムーズに事運ぶことだろう。


(けど、まあ、美月を探すのはともかく、神山君たちを探すのはそんなに難しくないのか……?)


 彼らがいる方向はわかっている。追いかけるのは不可能ではないと思えた。

 先に神山君たちを探すのもありか。そういう思考もめぐらせた刹那。


 その時が訪れた。



「――――――少々、お時間よろしいでしょうか?」



 俺たちの前に『いきなりの来訪者』が正体を見せた。


 気づいたら――――そこに“いた”。

 そこに――“あった”。


 信じられないことであった。あゆも、雄牛さんも、俺も、息を呑む。

 身構えるための気配すらなかった。

 まるで世界の一部がすり替わってしまった様だった。


 俺たちの前に初めからそこにいたように自然と――たたずむ。


「まことに勝手ですが、お話をきかせていただきました」


 薄い桃色の装束しょうぞく。機能的な楔帷子くらびかたびら

 顔には白色の仮面、頭には桃色の頭巾。

 腰には小さな忍者刀、キラリと光らせ、ああ、なるほど……。


 決定的だった。


 俺は『彼女』のことを知っている。

 それはあまりにも久しい出会いだったけれど――。


僭越せんえつながら自己紹介させていただきます」


 『彼女』は――ゆっくりと、お辞儀をした。

 折り目正しく、きっちりと、誠意を込めて、頭を下げて、挨拶を述べた。


「私の名前は猿飛桃さるとびもも。変身名《裏戦国絵巻バック・ヒストリー》の狗山涼子様の侍女です」


 その『忍者』は、世界に初めて挨拶をするように言葉を続けた。


「世界は確信に近づきました。私もあなた方にご協力しましょう」

 第89話が一万文字を超えたため分割しました。

引き続き「第89話:ヒーロー達の忍者再び(B)」をお楽しみください。

掲載は3日以内に行います。

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