第86話:ヒーロー達の第三層再び
「……高柳君、二人の位置はつかめそうか」
「…………正面から右方向50メートルほど先にヒーローの波動を二つほどを感知。左方向80メートル、いや、90メートル先にもヒーローエネルギーが感じられるな」
「おそらく前者は雄牛たちだろう。後者は……君波紀美だ。もしかしたらゴールを目指しているのかもしれない」
狗山さん、高柳君、神山君、三人の話し声を聞きながら俺は目の前にある二つに別れた道を眺めていた。
第三層、上り階段前。
チーム葉山を打ち倒し、最終層への到達をはたした俺たちを待ち受けていたのは、大きく分断された二つの道であった。
「右か、左か……ローグ系のゲームをやってる気分だな」
「ちなみに狗山さん左の法則ってのがあってな……」
「知っている。女子の漫画知識を舐めないでもらいたい」
……流石ジャンプ漫画フリーク。
しかし、どうするか。
今後の方針を決めるためにも、先ほどの怪獣との戦闘で疲弊した肉体を回復させるためにも、現在の俺たちは階段前で立ち止まっている。が、それほど長居することもできるわけでもない。
ゆっくりすればするほど後続の葉山達が近づいてくる。
事実、同じ考えを持った神山君から提案がなされた。
「……ここでじっとしていても、埒が明かない。どうだろう、葉山チームが復活する前に、二手にわかれてヒーロー達を追わないか」
「うむ、確かに時間も限られている。ここは進むべき時なのかもしれないな」
そう同意する狗山さんの声につられて俺は『悪魔達の輪っか』で現状確認をとる。
POINTS(ポイント数):370
DAMAGE(被ダメージ数):150/500
TIME(残り時間):51/180
「残り時間も、50分とちょっとか……」
いつの間にか試験時間も残り1時間を切っている。
ラストスパートにはまだ早いが、そろそろ体力を温存するのではなく、攻めるべき時が来ているのかもしれない。
(――――問題は、この第三層には“ヤツ”がいる、ってことだ)
一軒家ほどはありそうな巨体、山肌を切り崩したような表皮、岩石を繋げて作られた眼球。
残忍で、無邪気、純粋で、破壊的。――神出鬼没の“あの大怪獣”が。
(――――しかし、どのみち先を進む必要があるのは変わらない。ならば、葉山達が回復する前に得点を稼いでおく必要があるな)
この第二次試験の勝利条件は、ゴールに到達した、最もポイントの高い上位8名が生き残るというものだ。
俺のポイントは300とちょっと。
トップの葉山が1000ポイントを超えていることを考えれると、いくらか心細い点数であるともいえる。
「……進もう。ここにたむろしていても仕方がない。休むなら早いとこ他の広間でも見つけて一休みといこうぜ」
「うむ」
「そうだな」
話し合いの結果、右の道には俺、狗山さん、美月の三人が、左の道には神山君、高柳君の二人が進むことになった。
おそらく右の道にはあゆと山車雄牛が、左の道には君波紀美さんがいるだろうと予想される。
「……じゃあ、無事にまた会おうぜ、二人とも」
「ああ、新島君もお元気で」「……息災を願う」
俺たちはしばしの別れを告げて先を急いだ。
この時の別れが後にさらなる波乱を巻き起こすことをこの時の俺は知らなかった。
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「……しかし、葉山達を残してきて大丈夫だったのかな……」
「それなら心配ないだろう。戦闘不能になったヒーローには怪獣の危害が及ばないよう運営サイドから配慮がなされているはずだからな」
「ならいいんだが……」
第三層突入前、俺たちは現れた大量の怪獣達を相手にすることなく逃走を開始した。
俺と狗山さんの連続攻撃――それで怪獣どもの気を引き怯ませたあと第三層の門をくぐる。
当然のごとく怪獣達は追う。
第三層の門をくぐる。
しかし、そこから先には――直線上の階段が展開されていた。
直線上の階段。
それはつまり一直線上の通路と同じ意味を持つ。
ならば、必然、俺たちには一直線上に最強の攻撃を放つヒーローが存在する。
”――変身名《自由装填》、一射入魂る”
事前に階段の下に立ち準備を終えていた神山君の弓矢は火を噴き、その矢は真っ直ぐに突き抜け、怪獣の軍勢は一網打尽にされた。
同時に、俺の強化済み右腕が天井を破壊。
第三層への入り口を怪獣が通れなくなるくらいに狭めたあと、あらためて俺たちは階段をくだっていったのだ。
「それにしても川岸さんはどうして怪獣を引き連れていたんだろう……」
「さあな、単純な性格だから怪獣とも気があったんじゃねえか」
「そんなうまくいくものかな……」
と、適当な返答を投げ返す俺であったが実は心当たりがあった。
(これはあくまで想像だが……もしも俺の仮説が間違ってなければ……)
と思考をめぐらしながら走り続けていると、どこからともなく大きな声が聞こえていた。
あゆのものだろう。
次いで爆発音が聞こえた。
戦闘中なのだろう。
そして目の前にはちょうど分かれ道が近づいてきた。
感知系ヒーローの高柳君はいないが、俺たちは迷うことはなかった。あゆを追走するならば、その必要はないだろうと最初からそう判断していたのだ。
俺たちは駆ける。
声と音のする方角へ。
さらなる疾走をあげるのであった――。
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「BRUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッ!」
「QRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――――ッッ!」
「うおぉぉぉぉぉおぉぉぉおおぉお――《全壊右腕》発動っ! 種類『弾丸演舞』ッッ!」
叫び声に合わせた爆発がいくつも巻き起こり空間を鮮やかな赤色に染めていた。
第三層、とある広間。
あゆを追いかけて辿りついた俺たちの目に飛びこんできた光景は、空中を回転しながらミサイルを撒き散らすあゆと、苦悶をあげる二体の怪獣の姿であった。
「あゆっ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラ――あっ、ソウタ君! オラオラオラオラオラオラオラオラララララァァァッッ!」
爆煙で怪獣を覆い尽くし爆熱で広間を染め上げるあゆの火力はとどまることを知らない。
つーか、今返事しながら攻撃してたぞ。
空中での回転を止め、すたっと地面に着地を済ませる川岸あゆ。着地と同時にあゆの後方から大きな爆発音。ドカンと二つの火花があがる。彼女は煙をふかす右腕を見つめふっと息で吹き消した。
「ソウタ君ー! 私の勇姿を見に来てくれたんだねーっ!」
「あ、ああ……」
その余裕っぷりには嘆息せざるを得ない。
顔をこちらに向けて元気いっぱいに手を振るあゆに苦笑いを返す。
しかし、煙立ち込める彼女の背後から巨大な触手が迫ってきた。
「……っ! お、おいっ、あゆ、後ろ後ろっ!」
「……ほえ?」
振り向くあゆに襲いかかる触手は――――ぶつかる直前で断絶される。
よく研いだナイフで食肉を切るときのようにスパッと。
丸みを帯びた切り口と、びたびたと蠢く触手の跡だけが残る。
静寂に声が響いた。
「変身名《世界爆誕》、種類『両指』――ッ!」
「おおーっ、おーちゃんありがとうー!」
イノシシを模した怪獣。その上に堂々と立つヒーローはあゆの声に頷いて応えた。
その両指はまるでロープのように長く細く鋭く伸びている。
ひゅん、ひゅん、と空気を切る音をあげている。
怪獣の触手を切り裂いたのはあのヒーローだと理解する。
(名前は……確か、山車雄牛)
爆煙の中にいた怪獣達に向けて山車は指示を出す。
「さあ、このまま突撃だ。走れ――愛獣ゲフィオン!」
「GRRRRRRRRRRRRRRRRR――ッッ!」
怪獣はうねり声をあげながら二体の怪獣がいるだろう煙の中めがけて突進する。
進撃する怪獣の背中にあゆも飛び乗る。
前にあゆ。後ろに雄牛。
二人声を合わせて突撃する。
「「いけぇ――――っ!」」
「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――ッッッ!」
重量感ある一撃に怪獣二体は咆哮する。
雄牛の両指がくるくると回転し怪獣達を縛り上げる。
近接したあゆはゼロ距離から銃声を鳴らす。
轟ッ!
轟ッ!
やがて二体の怪獣は灰のように分解されていきはらはらと消えていった。
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「前回の川岸あゆっ!」
「第三層から奇跡の生還を果たした私を待ち受けていたのはSクラスのヒーローである城ヶ崎正義さんだった! 『――なるほど、面白い条件だ。君のその志、この城ヶ崎正義が受け継ごう……』そこで倒れた私。おぼろげな意識の中で私を救い出したのは……?」
「前回の川岸あゆっ!」
「以前に戦った怪獣に逆に助けられるという不思議な体験をすることになった私。連れて来られたのは怪獣の巣!? 『GRRRRRRRR……!』でも怪獣と心を通わせた私は怪獣にゲフィオンという名前をつけたんだ! 目指せ、第二層!」
「前回の川岸あゆっ!」
「私とゲフィオンの前に立ちはだかったのは不思議なヒーロー人型式さんであった! 『あ、あの……よければ助けてくれませんか……?』 何故かよくわからないけど、クモの糸でグルグル巻きにされていた可哀想な彼女。けど、助けた瞬間襲ってきたんだ! せっかく助けてあげたのに……絶対に許さない!」
「前回の川岸あゆっ!」
「式さんに操られそうになった私を助けてくれたのはAクラスのヒーローの山車雄牛さんだった! 『ははっ、危ないところだったな少女よ!』『なに、こいつは人型式、他人を操る魔性の人間だ』『む、そいつはいかんな』『……可愛い、とは思うぞ』『……私も一緒に行っていいのか……?』 新たな仲間をゲットした私達。第三層を目指す旅はまだまだ続く。続くったら、続く!」
「前回川ぎ――――」
「オーケーだいたい判った。それくらいでいい」
俺はあゆの口を封じつつ身体をホールドしつついい笑顔をうかべてやることで彼女をどうにか黙らせた。
苦しそうに暴れているので不本意ながら解放してやる。
「ええーっ! ソウタ君が、どうして生き残ったのか話せ、っていうから喋りだしたのにー」
「だからって、そんないちいちあらすじ形式で話さなくっていいんだよ!」
「次回も川岸あゆと地獄に付き合ってもらう……!」
「いいんだよ、だからそういうのは!」
「はっきしいって面白カッコイイぜ!」
「うるせー!」
あゆの頭をたたき素数を数え数えさせることでようやく精神を落ち着かせた。
「で、ソウタ君も無事だったんだね」
「ああ、城ヶ崎さんに助けてもらってな。お前のおかげだ。サンキューなあゆ」
「えへへへ……」
はにかみ頭をかくあゆに俺はひと安心する。
まあ、よかった、よかった。
一時期は脱落したんじゃないかと心配していたが、この様子なら大丈夫そうだな。
「それで……そっちのヒーローは……」
俺はあゆの後ろにいる大柄のヒーローを見た。
「――山車雄牛だ。変身名は《世界爆誕》。肉体の形状を自在に変えることができる」
「ああ、あゆのあらすじの中で、だんだんデレはじめていた人ね……」
「デレてなどおらん!」
ちなみに後であゆに話を聞いたところ性別は女性だそうな。わかんねぇな、もう。変身してると男とか女とか。
「で、この怪獣はあれか……第一層で戦った……」
「その通り! 私たちが最初に戦った怪獣さんだよ!」
『GRRRRR……!』
『ん、まだ一体残ってたのか?』『最後まで善戦してきてねー』
視線を通路に傾けると、まだ怪獣が一体唸っていた。仲間の怪獣よりも少しだけ小柄だ。怪獣にも個体差があるんだと俺は感心した。残された怪獣は「GRRR…」と俺たちを睨みつけている。
「あの時の怪獣がねぇ……まさかだよ……」
「GRRRRRRRRRRRRRRR……!」
そう怪獣は嘶いて返事をした。人間の言葉がわかるのかコイツ……?
「涼子ちゃん、怪獣が、こんなことって……」
「ああ、この地下遺跡に存在する怪獣達はすべて人工的に作られたものだからな。こういうことも起こり得ると聞く。怪獣の完全な再現はまだ実験段階のところがあるからな」
「そ、そうだよね……」
確かに怪獣ゲフィオンは以前戦ったときから怪獣っぽくないというか、怪獣にみえない“人間の意志のようなもの”を持っていた。
そして、それゆえに俺とあゆはゲフィオンを見逃したのだ。
「よーし、よしよし」
「GRRRRRRRRR……」
「よーし! よしよしよしよしよしよし……!」
「それにしても、めっさ懐いてるな……」
小さいあゆと、大柄の怪獣がじゃれあう光景はシュールなものがあった。
まるでライオンと子猫が一緒にいるみたいな……。
「あれだな。もの◯け姫とかに出てきそうな感じだな」
「「――それだっ!」」
狗山さんの例えに俺と美月は指差して同意した。
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「――――で、どうするのだ? このまま仲良く一緒に進むか?
それとも――戦うか?」
そう、狗山さんは切り出してきた。
ひと通り尋ねるべきことは尋ねた。あゆのこれまでの戦いも聞くことができた。
ならば、と狗山さんもタイミングを見計らっていたのだろう。
「うーん、戦うかー、う~~~ん」
が、対照的にあゆは悩ましげなポースをとって、
「それもいいんだけど、私としてはこのままパーティでも組んで進みたいな。特にこの階層だと」
と、否定した。
「……意外だな。先ほどの様子を拝見するに、嬉々として戦うものかと思ったのだが」
「うーん、今までだったら、それでもよかったんだけどねー。この第三層はなー、あんまりヒーロー同士で戦いたくないっていうか……」
煮え切らないあゆの様子に俺は思い当たるフシが合った。
第三層経験者として。
この場所にふたたび帰ってきたものとして、あゆの発言には理解できる点があった。
「……別に私はそれでも構わないのだが、何か戦いたくない理由があるのならば私に教えてくれないか……?」
「うーん、この第三層にはさー……出るんだよ」
「何が?」
俺とあゆ。
二人の共通した認識が浮上する。
声を潜めゆっくりと発言する。
「――――ランクSの怪獣が」
彼女の発言に俺はあえて周囲にわかるように深く頷いた。
そうだ。
この第三層にはアイツが出現する。
忘れることはできない。
忘れることなどできない。
あの魔性の怪物のことを――。
「……なるほど、ランクS怪獣か……まだお目にかかったことはないが……それほど、強いのか?」
「強いよーめっちゃ強いよー」
「……個人的には一騎打ちを挑んでみたいが」
「うーん、涼子ちゃん強いけど、それでもオススメしないかも。もうアイツって滅茶苦茶強いんだから。こうバーって天井くらいでかくて、滅茶苦茶早い怪獣いっぱい仲間を引き連れて、だだーって嗤いながら攻撃してくるんだからっ!」
あゆの説明は説明になってなかったが、ともなく『ヤバイ』というニュアンスだけは伝わってきた。
「俺も同意見だ。アイツの撃破を見届けるまではヒーロー同士の決闘はさけたほうがいいかもしれない」
「……そんなに強いの?」
ちょっとビビリ気味の美月に俺は、ああ、と肯定する。
できることなら、あの怪獣と美月を引き合わせたくはない。
コイツがあの時のことを覚えているかは知らないが、嫌な記憶を引きずり出すことにはなるかもしれない。
それは、できるなら、避けたい。
「――――ふむ、ならば、このまま一緒に進軍しようではないか。偶然にもここにいるメンバーと神山君、高柳君を合わせれば、最終選考出場の人数と符合する。このまま怪獣退治を終えてこの試験を終わらせるのも悪くない」
狗山さんの発言に俺たちが同意する。だが、その瞬間。いきなり広間の外から巨大な音が聞こえた。
「――――」
空気が変わる。
俺たち全員は一瞬で戦闘モードに切り替わる。
気持ちを物音のした方向に集中させる。
「さて、お噂のSランク怪獣のお出ましか……」
そうつぶやく狗山さんの声は高揚しているのがわかった。
ったく、バトルマニアが。
俺は緊張しながら視線を物音の方角へと向ける。
(さあ、どうなることやら――)
第三層、開幕。その物陰から現れる姿は――。
川岸あゆとの再会。怪獣との再会。第三層との再会。様々な再会を繰り返しながら第二次試験は終盤戦に突入する――!
次回「第86話:ヒーロー達の日常再び」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。