第84話:ヒーロー達の限定解除救世主
とりあえず僕は今、この一瞬を永遠のものにしてみせる。僕は神の集中力をもってして終わりまでの時間を微分する。その一瞬の永遠の中で、僕というアキレスは先を行く亀に追いつけない。
舞城王太郎『九十九十九』より抜粋。
絶体絶命の状況。
俺は最後の手段を行使した。
「――変身名《限定救世主》ッ! 完全体モードフルバーストッッッッ!」
全身を輝かせた状態から、俺は――さらに肉体のボタンを連打する。
その瞬間、身体の内側に掛けられた鍵が外れる感覚を得る。
そして、同時に、俺は強化を――――開始する。
どこまでも、限界の果てまでも――。
「――限定解除ッ!」
爆発の刹那の中で俺の変身が始まる。
世界の明滅に立ち向かう戦士に生まれ変わる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉおおおお――――っっっ!」
輝きは性質を変える。運命は顕現する。ヒーローへの力は最高潮に達する。
神聖を帯びた白色を全身に刻みながら、俺は宣言する。
「――1年Dクラス、新島宗太、変身名《限定解除救世主》ッ!」
大地を馳せる。空を駆ける。永遠の英雄戦士の魂を胸に宿して俺は戦う。俺は救う。
「さあ、全てを斬り裂く一陣の光と成ろう」
やるべきことはすべてやった。
さあ、クライマックスの始まりだ。
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俺は以前《戦いとは思考の連続》だと言った。
それは窮屈な状況だとも言った。
もっと自由に。もっと多元的に。
思考を拡張させる。
考えの幅を広げる。そう言っていた。あらゆる戦法をあらゆる戦術を駆使して戦いたいと。そう思っていた。
そしてその思いが実現する力が、今の俺には宿っていた。
(――――さて、どうしたものか……)
脳内で独白した声が反響して聞こえる。
切迫した状況に反して俺の声は冷静に響いた。
目の前では白煙が煌めいている。爆発は避けられないことを物語っている。
(葉山の『爆煙』か。厄介だな。これだけの範囲を一斉に爆破されたら逃げようがない……)
来た場所から逃走することも不可能。
そんな時間は残されていない。
つーか、そもそも視界が失われていて、正確な方向に走れるかも分からない。
逃げることは無理。
ならば、それ以外の方法で道を切り開く必要がある。
(さあ、考えろ。そのために俺は“今という時間”を生み出したんだから)
人間の思考の中枢をなす脳みそ。
それをフル稼働させる。
同じ事を機械で行えば、熱暴走を起こすかもしれないギリギリの領域で。
思考のビートを刻む。
今の危機的状況を乗り越えるための策を考える。
問題:新島君は仲間と一緒に戦いに出かけました。すると周囲に視界をさえぎる煙が発生。逃げる時間はない。煙はいまにも爆発しそう。さあ、どうする?
(解答候補その1:光の剣を発動させる。無敵の僕らの救世剣。これなら爆発前に煙を消し去ることができる。もしかしたら、そのまま連鎖的に広間全体の白煙を消滅できるかも)
問題は、光の剣の存在を葉山も熟知しているということだ。
その効力も、その脅威も、その弱点も。
俺が葉山だったら、まっさきに対応策を準備しておくだろう。
(たぶん、ただ単純に光の剣を振るだけでは……勝てない)
何かしらの防御策が用意されてると考えたほうが妥当だ。
それは……おそらく、前の戦いの時のような――白煙と白煙の密集を避けた空間の構築のような――剣を一振りしただけでは、爆風と爆熱にやられてしまう仕様になっているだろう。
俺は他の候補を考える。
(候補その2:地面を破壊してその下に逃げる。謂わば、物理的に“防空壕”を作るのだ。狗山さん達は正面突破で第三層へ向かうことにこだわったが、俺的にはこのまま第三層への道を切り開いてもいい気がする)
これは悪くない案だと思う。
俺一人で葉山と戦っていたのなら、この選択肢を選んだかもしれない。
(問題は……)
――――新島くんっ!
――――そーちゃん!
――――新島君ッ!
――――頼んだよ、新島くん。
(…………他の案だな)
俺は一人で戦っているんじゃなかった。
俺だけが助かるんじゃない。俺たちが助かる方法を探すんだ。
俺がなりたいのは、戦士ではなくて、ヒーローなのだから。
(ならば、他の手段か。いくら思考時間を引き伸ばしているかといって、あんまり長居もできない。考えた分だけ行動時間が減ることには変わりないんだから)
俺は考える。そのために時間を確保したんだ。
俺は――自らの思考速度を“強化”させることで、葉山の超変身を打開するための時間を得た。
(ならば、あとは考えるだけだ。考えることだけが、この危機的状況を切り抜ける。そのための鍵となるんだ)
明滅する世界は末期的で、まるで世界の終わりのようだ。
俺はこの状況を救わねばならない。
そのための思考の渦の中で、一人沈み込んでいった。
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(さて……やるか)
『行動を確定』させた、俺の動きに迷いはなかった。
あらゆるシュミレーションは済ませた。
これが俺の最善のはずだ。
あとは天命を待つのみ。
俺は超高速で変身名を宣言する。
指示内容は……光の剣の発動だ。
(行動……開始っ!)
俺の内部に存在するヒーローエネルギーは処理を開始する。
俺の宣言を読み取る。
俺の意志を読み取る。
光の剣の生成を開始。その時間的猶予を活かして次の行動に移す。
(身体を45度右へ。そこから投擲の構えをとる)
俺は白煙の世界を見つめる。
何も見えない。
しかし、これまでの戦闘で蓄積された経験が、俺の行動を可能にする。
広間の範囲。高度。自分の現在地。仲間たちの戦っている位置。敵たちの存在する位置。あらゆる情報はすでに把握している。
正確には――把握するための時間は作り出した。
(さあ、狙ってやるぜ)
俺は仲間の場所を捉える。
彼らも白煙の攻防で動き回っているだろう。
正確な位置は捉えられなくとも、その方位はわかる。
(光の剣生成完了まで、あと0.2秒ほど)
ちょうどいい時間だ。
俺は身体を沈めて、両腕を軽く広げて――“投擲の動作”をとる。
俺が投げるのは当然――光の剣だ。
(生成完了――投擲、開始っ!)
右腕から力が放出させる。光の剣が生まれる。それはヒーローエネルギーを消し去る剣。救世剣。
その大切な武器を、俺は全身をつかい一気に投げる。
方位は先ほど確認済み。俺に迷いはない。
(白煙で覆われた世界。何も見えない。視認不可能。俺には投げる方向しか分からなかった。仲間に投げた光の剣。普通であればつかむことはできないだろう。闇の中でのキャッチボール。俺にはできない。無理だ、不可能だ)
だが、その不可能を可能にする人物が、一人だけ存在していた。
俺はその名を叫ぶ。
「――――高柳城ッッッッ!」
轟く声に導かれるように、颯爽と走る音とともに声が届く。
「――承知した」
高柳城は疾走する。
感知系ヒーローである彼は、不自然に消失しつつあるヒーローエネルギー達の中枢に、俺の光の剣があることをすぐさま知る。
その意味についても即座に理解する。
光の剣は無明の煙の中を一直線に突き進む。
剣は煙を切り裂き、煙は通過とともに復活する。
(やはり、連鎖消滅はできないか。この白煙を消し去るには、もの凄い力で一気に消滅させる必要がある)
一部破壊ではない。
全部破壊を。
消し炭すら残さない。徹底した破壊をする必要がある。
だから、俺は、そのための戦術を考案した。
「受け取れッ! ――高柳城ッッッ!」
光の剣は高柳城へと向かう。
到達する。
高柳は掴んだ。
見えはしない。
しかし、そう信じた。
俺は叫ぶ。
「そのまま、神山に――――投げろッッッ!」
高柳城は、光の剣を放った。
正確に。
的確に。
感知系ヒーローの能力をいかんなく発揮して――超精密把握による投擲を実現させた。
そして、高柳の声が広間に広がった。
「仁ッ! 新島の剣だっ! お前の弓で――――発射しろッ!」
――これは、後に聞いた話だが、高柳の言葉が発せられる前に、神山はすでに弓を放つ態勢に入っていたらしい。
俺の行動を予測したのだろうか。
その真意は今だわからない。
しかし、その時の神山は、確かに構え終えていた。
弓はすでにいつでも射出できる状況になっており、高柳はそこへ投擲し、一瞬の猶予なく、一拍の間もなく、指を滑らし、解き放ったのだ。
足踏み、胴造り、取りかけ、顔向け、打ち起こし、大三、引き分け。
定型化された動作に、神山独自のアレンジを加えたフォームを彼は完了させていた。
神山の集中力は究極まで高められる。
その高みが到達点に至ると同時に、神山の弓へと、高柳の投げた光の剣が接地する。
この瞬間、俺の光の剣が、神山仁の放った矢のように増大する。
それは――この広間全域を覆うための矢だ。
ヒーローエネルギーを消し去る力を持った俺たちの切り札だ。
(一部ではない。全部の破壊を。消し炭すら残さない。徹底した破壊を)
爆発までの時間はもうない。やることはやった。
あとは発射が間に合うのみ。
俺は全ての行動を終え、神山を信じた。
すると、神山の口から言葉が発せられた。
それに、高柳の言葉が返された。
偶然か、意図的か、それは戦いの始まる直前に聞いた言葉と同じであった。
「ヤナ、角度は合ってるか?」
「――――問題ない。そのまま、射抜け。神山仁」
神山さんは長大な半月状の“弓”に、ヒーローエネルギーを消滅させる光の剣を装填させた。
体幹がぐわりとしなり、黄金の足場を崩壊させるように体重がかかった。
顔が引き絞るように曲がり、機械のように精密に、人類のように流麗に、動物のように奔放に、神山仁の両腕が飛翔した。
弓矢と同様に上げられた両腕は、頭上近くで分裂し、左腕は前方へ、右腕は後方へ、まるで定められたレールの上を走るように迷いない狂いなく進んでいった。
背中が広がる。
肩甲骨が伸びる。
肩と肩が、骨と骨が、筋肉と筋肉が、“ある一点”においてカラクリ機械の如く精緻な結合を見せた。
評するまでもなく――神山仁の構えは完璧であった。
「――変身名《自由装填》、一射入魂る」
高柳城と神山仁。
侍と弓。
二人の力に俺は託す。
俺は二人を信じる。全てを一人で背負い込むのではない。他人にぶつける。
それがチームワークの本質だろう。
二人の力が戦場を変える。
皆の力が世界を変える。
強化された光の剣は全てを消し去る。
煙が消える。白煙が晴れる。あとは語るべくもない。
「――――全て終わった。これにて、戦争は――――収束した」
俺は虚脱しながら、地面にへたり込んだ。
戦いの終焉であった。
戦いは終わった。新島宗太は勝利した。しかし、全てが終わったわけではない。目の前にそびえるは第三層の門。第二次試験は終盤戦に差し掛かる――!
次回「第85話:ヒーロー達の山車雄牛」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。