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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第5章 運命動乱編(後編)
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第83話:ヒーロー達の幻影魔人

「霧の中に“何か”がいるッ!」

映画『ミスト』より抜粋

 一体自分は何をしているんだろうと思うことがある。

 黄金の壁に囲まれた広間の中に立っていて、光の剣を構える。幻想的な揺らぎを持つ白煙を目の前にしながら、ニヤニヤと、ニタニタと、笑みを続けるクラスメイトと相対する。緊張感と焦燥感と高揚感と、そうしたあらゆる感情を身体に内含させながら、俺は戦っている。

 一体何をしているんだろう。

 あまりにも荒唐無稽。あまりにも絵空事。だが、これが現実であった。

 俺の生きる世界であった。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 耳からは声が聞こえる。音が聞こえる。雄叫びのような声。何かが壊れる音。悲鳴に似た声。空気を薙ぐ音。見得を切る声。火花が散る音。

 聞いていてわかるものもあれば、わからないものもある。言っている内容までわかるものもあれば、雑音として通り過ぎていくものもある。


「――――――…………」


 それは戦場の音楽だ。

 俺は耳を傾ける。あらゆる声、あらゆる音を、背景音楽として取り込むことで、全身に生まれた強張りをお湯に浸かるようにほぐしていく。

 気負いを、力みを、適度な緊張に直していく。戦う前に必要な冷静さを取り戻す。


(…………さて)


 俺はタイミングをうかがっていた。

 夜、真っ暗な闇の中で、一筋の光を追うときのように。ゆっくりと、全身を落ち着かせながら、その時が来るのを待った。やがて、俺の頭の中に、一つの言葉が浮かんできた。

 今だ。

 今だ。

 今だ。

 そう発するシグナルが見えた。まるで、侍が剣を抜く時のように、陸上選手がスタートダッシュを決める時のように、然るべき、進むべき、タイミングが俺の中で浮かび上がってきた。


 それが、見えた。


 だから走りだした。


「“今”でしょっ……」

「フフフフフフフフフフフフ……」


 深まる葉山との戦い。その戦いに終止符を打つべく、俺は足を強く踏み出した。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 俺はいろいろ考えるのが好きだ。馬鹿だが、馬鹿なりに思考の糸をめぐらしてみるのが大好きだ。

 だから、戦闘というのは厄介だ。

 思考の制限時間が設けられ、最適解を最速で出さなければいけない。

 戦いは思考の連続だ。よく勝負は戦う前から決まっているとか言う奴がいるが、多分そいつは本当に戦ったことがないか、または自分で戦場に出たことはないお偉いさんなのだろう。

 戦いは思考の連続。考えに考えを重ね、常に状況の変わる戦局の中で、数珠つなぎに思考の綱渡りを強いられる。必要以上の机上の論理は空論でしかない。次々と発生する任務を、次々とコンプリートしていかねばならない。

 そこに思考の広がりはない。

 考えを自由に広げるという余力がない。


 俺は考えるのが好きだし、考えることを活かした戦い方をしてきた。

 これからもそうしていくだろう。

 だけど、戦いとは、もっと自由に考える時間があってもいい気がする。


 謂わば、制限時間のない将棋を指すような。コンマ数秒の判断の連続を迫るのではなく、じっくりと熟考を重ねて戦い合う方法があってもいい気がする。


 まあ、しかし、これはくだらない妄想だ。

 現実の戦いは、最短で最高の働きをした者にのみ、勝利を与える。

 そうなのだろう。

 俺もそう思っていた。



「フフフフフフフフフフフフフフ……また、その剣か。本当に厄介だねぇ新島くんは……」


 そう笑う葉山を俺は光の剣で一蹴する。これだけの数を相手にするとなると、一筋縄では行かない。常人ではその数に耐えられないだろう。しかし、そうした問題も、俺の光の剣なら対抗できる。

 俺ならできる。俺の剣ならできる。葉山を、分身たちを、無駄なく、隙なく、最も優れた最良の手段で、殲滅することができる。


 狙うべき“その時”を待ちながら。


「フフフフフフフ……怖い、怖い、怖いねぇ、こわ――――」喋る葉山は全て潰す。俺は鬼神の如き勢いで光の剣を振るう。


 振るう。

 振るう。

 振るう。


 だが、俺は待っていた。動作をあえて“単調にすることで”待っていた。

 同じ動作を、意図的に繰り返すことで、俺は見極めた。


 その時を、その一瞬を。


「――――――ッッッッッ!」


 突如、俺は光の剣を振るうのを――――止めた。


 目の前には葉山がいる。

 今まさに斬られようとしていた葉山だ。

 葉山は他の分身と同じようにフフフと笑みを浮かべる。しかし、その笑みはどこかぎこちない。


 まるで賭け(BET)に失敗した名うてのギャンブラーのように、

 名探偵にトリックを見破られた稀代の犯罪者のように、

 焦りと戸惑いと驚きと感心と――いろんな感情を内側に織り交ぜながら、ポーカーフェイスの裏側に、隠しようのない強張りを表出させる。


 葉山が口を開く。


「フフフッ…………よく、わかったね」

「気づいてはいたさ。あとはタイミングの問題だった」


 俺は攻撃の準備に入る。剣ではない。拳だ。俺は強化済みの左腕を輝かせながら、眼前の葉山へと放つ。


「――変身名《限定救世主リミット・セイバー》! 俺の四肢は“強化”されるっ!」


 俺の拳が葉山に沈む。

 確かな手応え。拳に感じる質量。渾身の力を込めて振り抜く。

 葉山は勢い良く吹き飛ばされた。


 そして。


「――やはり、消えないな」


 葉山は消えなかった。

 煙のように消えなかった。

 分身のように消えなかった。

 殴っても殴っても終わりのない。永遠とも思える戦いの継続には――ならなかった。煙の魔人には確かな肉体があった。


「当然、それは、お前が“本体”だからだ」


 俺はすぐさま追撃に入る。余計な時間など与えはしない。

 地面を蹴り、走り抜ける。


 最適解を、最速で――!


「これで最後だ。終われ―――葉山樹木」


 俺の豪腕が葉山へと解き放たれる。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 俺が葉山の居場所に気づいたのは、光の剣が不自然な壊れ方をした時であった。

 戦いの序盤。

 俺は増殖する葉山を止めるために、光の剣を多用した。

 切り刻み、刻み込み、分身全てを抹消しようと猛威を振るった。


 その時、光の剣がいきなり壊れたのだ。

 覚えているだろうか。

 壊れた瞬間は、光の剣の耐久限界がきたのだと思った。あれだけの数の分身を相手にしているのだ。壊れてしまっても仕方ない。そう思った。


 だが、本当は違った。


 光の剣は壊れたのではない。壊されたのだ。


 葉山の本体は、実際は隠れることなく、分身達の中に潜んでいたのだ。

 木を隠すなら森の中。煙を隠すなら煙の中。まさしくその通りだ。


 葉山は、分身達の一部としてその身を置き、機会を見計らって、俺の剣に突撃したのだ。

 俺の光の剣は、ヒーローに直接ぶつかると壊れてしまう。

 葉山は俺の能力に関して熟知している。

 俺の弱点を突いたのだ。


(それにしても、なんちゅー大胆な戦法だよ……)


 あれだけの分身を持ちながら、自分自身を俺の目の前に飛び出させるだなんて。

 普通、考えても実行しないだろう。


 しかし、あの時の葉山の戦法は、確かに俺に戸惑いを与えて、非常に追いつめられかけた。


 コンボ機能の活用や、巨大葉山の弱点を見破ることができなければ、間違いなく敗北していただろう。


 そういう意味では、葉山の特攻隊長じみた行動も、奴なりの最善策だったのだ。


(――しかし、二度目はない)


 今回の俺は、罠を張った。

 意図的に、光の剣で“単調な攻撃”を繰り返し、葉山の本体が現れるのを待った。

 そして、現れた瞬間に合わせて斬るのを止め、強化済みの拳で殴るだけで良かった。


(――そうだ。そこまではよかった)


 俺は“空っぽになった”壁際を見つめていた。


(葉山が……消えた)


 そう消えた。葉山が消えていた。

 確かに俺は殴った。殴った感触があった。

 あれは本物の葉山だった。

 体力ゲージはおそらくマックスだっただろう。おそらく6~7割は確実に削れたはず。そういう力で攻撃したのだ。


(……どこだ?)


 周囲の気配を探るが……見当たらない。

 葉山といえど、完全に姿を隠すことは不可能だ。

 この広間では隠れるところもない。


 さらに奇妙なのは、あれだけ増えていた葉山の分身達も、ぱったりと姿を消してしまったことだ。

 葉山達は、文字通り、煙のように消えてしまった。


 圧倒的な、謎であった。


 狗山さん達も、赤井達も、葉山が消えたことに気づいたようだ。

 激しい戦闘が収束しはじめる。喧騒が消えていく。

 美月の声が、静かになった広間に反響した。


「終わったの? そーちゃん?」

「……いや、」


 と、応えようとした瞬間――“ソレ”は起きた。


 広間全体が――――視認不可能な白煙で覆われた。


 あまりにも一瞬の出来事であった。誰も対応できなかった。狗山さんも。城ヶ崎さんも。見えない。何も見えなかった。

 世界が完全にホワイトアウトした。

 例えばそれは濃霧や豪雪のように。それを数段激しくしたように。俺たちの世界が認識不可能になる。


(な、な……っ!?)


 自分の手足すら見えない。煙が濃すぎて。肉体が完全に白煙に包まれていた。 


「――――な、何だこれは……っ!」


 思わず声を出した。出してしまった。

 それは、行動としては非常に軽率だった。言うなれば、マズかった。


 なぜなら、俺が言葉を口にした瞬間、目の前から“巨大な拳”が飛んできたからだ。


「――――ッッッッッッッ!」


 ガードするまでもなく吹き飛ばされる。受け身に失敗し、背中から地面に倒れる。


「ぐっ……」


 うめき声をあげる。その声に反応してまたもや、拳が飛んでくる。

 今度はガードするが、さらに追撃の蹴りが飛んでくる。

 俺は力を逃がしながら、地面を滑りながら後退する。


 次は、その滑べる音に反応して、拳が飛んでくる。


「……葉山、だな」


 激しい殴打を防ぎながら、俺はあえてつぶやく。

 いつもの不敵な笑い声は聞こえない。

 代わりに、冷静なつぶやきが聞こえた。



「――――――――超変身《幻影魔人ザ・ファントム》」



 超変身、……。葉山の、超変身だとっ……。


「……これは発動すれば僕にも止まらない。せいぜい、うまく生き残ることだね」


 耳からは声が聞こえる。音が聞こえない。悲鳴のような声。拳の弾く音。焦りのような声。蹴りの飛ぶ音。怒号のような声。壁を叩く音。雄叫びのような声。風を切る音。

 そのどれもが響き、やがて静寂が満ちた。


 戦闘の音楽はもう鳴り止んだ。

 音を出せば殺される。声を出せば殺される。

 ヒーローたちはその事実を理解した。


(どうするつもりだ葉山樹木……)


 俺たちは沈黙し、ただ時を待った。

 1秒間が永遠のように感じられた。

 やがて、一つの声が生まれた。



「――――……変身名《幻影魔人ザ・ファントム》種類『爆煙ヒューム』」



「なっ!」


 驚愕の声を出す間もなく、周囲の白煙が光を放ち始める。

 聞こえるのは葉山の声のみ。


「――待て、しかして絶望せよ。勝利は我が手に降り注ぐ」


 広間は輝きに包まれた。

 ――輝く光の最中、新島宗太は考える。そして解き放つ。思考の拡張を。可能性の発露を。強化の真骨頂を現すように。

 次回「第84話:ヒーロー達の限定解除救世主」をお楽しみください。

 掲載は4日以内を予定しています。

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