第82話:ヒーロー達の友情再煙
葉山と決闘をするのは珍しいことではない。
むしろ日常的なことだ。何回、何十回と繰り返された出来事だ。
生徒会長の修業の場で、トレーニング広場での自主トレで、クラス内の実戦演習で、放課後の暇な時間で――俺たちは、戦い、争い、勝ったり負けたり引き分けたりを繰り返し、何度も何度も勝敗を決してきた。
互いに高め合い。
互いに競い合い。
世間一般で云うところの“切磋琢磨”というものをやったのだった。
「フフフフフフフッッ……新島くん」
「……葉山――ッ!」
故に。それ故に、ある意味でこの戦いは、俺と葉山が無限に繰り広げてきた戦闘の一つにカウントされてしまうのかもしれない。
客観的に見れば、俯瞰的に見れば、そうなのかもしれない。
だが、今回の戦いは、明確に異なる点が、一つだけ存在していた。
「新島くんっ!」「そーちゃんっ!」
それは背後、俺の後方から聞こえる。
声だ。狗山涼子の。そして美月瑞樹の声だ。声が聞こえるのだ。
それは俺の勝利を祈り、願い、信じている声援だ。
「新島くんッ!」「――頼んだよ、新島君」
遠くからは神山仁と高柳城の声。俺の勝利を待ちながら、今も戦い続けてくれている。
(……そうだ。今回の戦いは、俺一人の戦いではない)
狗山さん、美月、神山くん、高柳くん。
4人分の思いのつまった戦いなのだ。
彼らは、彼女らは、全ての決着を、この俺に賭けたのだ。
この俺が、この戦争に終止符を売ってくれることを、信じて送り出してくれたのだ。
「フフフッ……」
前方の笑いかける葉山も事情は変わらない。
赤井、青樹、城ヶ崎、猫谷、仲間たちの奮闘に報いるために、絶対に負けられないはずだ。
「フフフフフフフフフフッ……まったく、背負うものがこんなに重いとは……プレッシャーだねぇ……フフフッ、負けるわけないはいかない……」
「まったくだ。――行くぞ、葉山ッ!」
何度も繰り返した戦い。
だけど、特別な戦い。
皆の思いを背負った戦い。
今この瞬間にも、言葉が交差するこの瞬間にも、葉山の数は増えている。
まずは――ヤツラの増殖を止める。
俺は全てを終わらせるため――走りだした。
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俺と葉山の戦いは、破壊と再生の、目まぐるしい応酬となった。
駆け出した俺は光の剣を携える。斜め上に振り上げ、一気に葉山の軍勢に斬りつける。大振りの一撃は、一瞬で多くの分身を虚空にかえす。
そのまま連撃。
加える。加える。加える。
振るう一撃は、点でもなく、線でもなく、面で。増え続ける分身軍を一気呵成に掃討する。
「だぁぁぁああぁぁぁぁぁああああぁぁぁあああぁあ――――――っっ!」
「フフフフフ…………――!」
が、攻め続ける過程で俺の光の剣はいきなり消滅してしまう。
ポッキリと。
まるで折れたように。
俺は突然の出来事に戸惑う。
対する葉山はこの隙を逃さぬように勢いを取り戻す。その数を増やしながら、俺に襲いかかる。
「フフフフ……」「フフフフフフフフフ……」「フフフッ……」「フフフフフフフフフフフフフフ」「フフフフ……」「フフッ……」「フフフフフフフフフフフフフフ――――ッ!」
多面的に近づいてくる葉山たち。対抗するように両腕の拳を強く握り締める。全霊の力を込めて前方へ放つ。分身は一撃で霧散する。
華麗にステップを踏む。
回避と攻撃を繰り返す。
着実にではあるが、分身達は倒れていく。
だが、光の剣を出す隙はない。分身を倒す数にも限界がある。体力も消費されていく。応酬の経過と共に、俺はじりじりと追い詰められていく。一歩、また一歩と、自分の勢いが衰えているのがわかる。
(――くそっ、ジリ貧だな)
俺は、接近してくる葉山の中から“特定の一人”を選び出す。
ソイツ目掛けて一歩を踏み出す。
俺は直前で地面から離れ、その葉山の頭を踏む。
そのままジャンプ。
分身を踏み台にして空中に跳躍する。
空に浮きながら俺はブーストを展開。着火。回転。ボタンを操作する。ピタリと静止。視界良好。地上に狙いを定める。コマンドの出力が完了して、両拳を構える。
俺は――叫ぶ。
「――変身名《限定救世主》種類『連・直進拳』ッ!」
空中へと逃れた俺の両拳が激しく光る。バズーカ砲のように突き出す。
俺の両腕から、ヒーローエネルギーの弾丸が、マシンガンのように射出された。
一弾。
また一弾。
光の弾丸は流星群のように落下していった。
地上にいる葉山の軍勢は想定外の来襲に対応が遅れているようだ。直撃を受け、消滅、霧散していく。
「――フフフフッ、変身名《幻影魔人》――種類『増煙』ッ!」
だが、これだけで終わる葉山じゃない。
掛け声とともに生き残った分身たちは集まりだした。
広域攻撃の弱点をつくように、一箇所に固まり、やがて収束を開始する。
これは――“合体”だっ!
降り注ぐ拳の雨の中、葉山たちは“一つの存在”に生まれ変わる。
それは、かつて一次試験で水城先生を圧倒した時に見せた――巨大な葉山の姿であった。
「でかっ……」
「フフフフフフフフフフフフフフッ――――虫けらのように吹き飛ぶがいい」
地上から離れ空中に逃れていた俺と、葉山の両目がピタリと合う。
真横から壁のような手のひらが接近してきた。
俺はとっさにブースト遮断。エンジンを切り、背中を地上に向け、重力に身を任せ、横合いの一振りを紙一重で避ける。
「フフフフフフフフフフッッ――甘いよ」
続けて、第二弾。
平手打ちが終わると同時に、眼前から巨大な山が迫りくる。
ひざ蹴りだ。
俺の前に巨大な膝が、押し切らんと接近する。
「う、わっ…………ッッッ!」
回避不可。ならば防御か。
とっさに両腕の強化。ボタンを押し、ガードを構える。
「――それで防げると思うのかい?」
葉山のひざ蹴りは、俺の“ガードごと”俺の肉体を吹き飛ばした。
「――――――ッッッッッッ!」
全身にかかる凶悪な負荷、圧力、途切れそうになる意識を意志の力で保ち、必死に思考する。
このままだと壁にぶつかる……っ!
壁に到達するまでに、俺はブーストを展開。
吹き飛ばされるエネルギーとは“逆方向”に、エネルギーを噴射する。
エネルギーとエネルギーの拮抗。
力のぶつかり合いの中で俺は噴射口の角度を“微妙に”ズラした。
「――――くッ、グッ……!」
ベクトルの異なった両側から力がかかることで――俺の肉体が回転する。
回転する過程でエネルギーを相殺、吹き飛ばされた力を消し去りつつ、俺は第二層の壁に足を止める。
狂いそうになる平衡感覚を気合で保ち、俺は眼前を見据える。
前を向く。
そこには、大きく拳を振りかぶる“巨大な葉山”の姿があった。
「なっ、速……ッ!」
「フフフフフフフフ……大きいから遅いだなんて、一体誰が決めたんだい?」
迫る拳。全身を超える範囲。逃れることは不可能。
「フフッ、煙と共に消えるがいい――ット!」
轟音が室内に響き渡った。
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「フフフフフフフフフフフフフフ……まさか、逃げずに立ち向かってくるとはね……」
壁際まで追い詰められた俺は――超変身を行い、巨大葉山の拳を“破壊”していた。
「――これが“最善手”のはずだ。葉山……!」
巨大葉山に向き合った俺は――ほぼ無傷であった。
右腕のコンソールを操作する。体力の確認を迅速に行う。
POINTS(ポイント数):190
DAMAGE(被ダメージ数):400/500
TIME(残り時間):63/180
体力ゲージはいまだ“400”ほど残していた。俺は挑戦的な視線を向ける。葉山は俺の意図する狙いが読めたようだ。
「フフッ……確かに僕の煙分身は耐久性が低い。巨大化するとなおさらだ……逃げるでもなく、守るでもなく、“戦う”というのは僕の『増煙』を倒す上で最善の選択肢だろうね……」
そうわざとらしくため息をつく“ポーズ”をとる。
手品が割れたせいだろう。あっさりと白状した。
(そうだ。葉山の巨大化はあくまで煙であり、その装甲そのものは薄い)
要するにハリボテなのだ。
君島さんを例に出すと、彼女の巨大化は、全身の肉体そのものがヒーローエネルギー
で構築させており、それ故に脅威的な防御力と攻撃力を誇る。
だが、葉山の場合は違う。巨大化する際は、表面上をヒーローエネルギーの煙で覆うだけで、内実は空っぽなままだ。
いわば、純金と金メッキの違いだ。
結局ところ、葉山の巨大化は君島さんの模造品に過ぎないのだ。
「試験の映像を見た時、妙だとは思ったんだよ。いくら葉山が強くなったからって、あんなにチートじみた能力を身につけられるわけがないって」
これまで何度も戦ってきた。葉山の実力は、良い面も悪い面もどちらも知っている。
いくら葉山がこの第二層を支配下におけるほど強くなろうが、無限に近しい煙を味方につけようが、Bクラスの生徒により環境を構築されようが、かの自立変身ヒーロー、最強の君島さんに匹敵する力を得られるはずはないのだ。
「つまり、お前の巨大化はあくまで見せかけだけ。俺は逃げずに真っ向から殴りかかればいいだけっ……」
「フフッ……ご名答」
葉山は素直に称賛を送る。両手を叩き拍手をしてくる。が、実際の俺の行動は危険な賭けも同然であった。
もしも、葉山が本当に強くなっていたら。
もしも、葉山が俺に隠していた力があったら。
俺の作戦は推測の域を出ていなかった。それでも、葉山に立ち向かうことができたのは、危険な賭けに挑めたのは、俺が葉山という男をよく知っていたからに他ならない。
(葉山なら、自分の能力に何らかの仕掛けを施している。人を騙し、その裏をかくことを愛するこの男は、俺が仕掛けに気づかず逃げたりすれば、おそらく自ら種を明かし、俺を嘲笑したのだろう)
目の前でゆらゆらと揺らめく葉山は間違いなく、そういう行動をとっただろう。
(さて、何時までも喋ってられないな)
俺は超変身の状態から、巨大葉山に突撃する。
相手は、破壊的な攻撃を誇る一方で、紙の耐久力の巨大葉山だ。
分身は、振り抜く俺の拳の前で、雪玉のように吹き飛んだ。連撃を加え、頭部、胸部、左腕、右腕、と次々と破壊していく。暴力を行使していく。
「さぁーって、逆転と行こうかな」
「フフフフ……それはどうかな……」
地上に分身葉山達がふたたび現れる。彼らは一斉に指を鳴らす。
「「「フフフフッ……変身名《幻影魔人》種類『爆煙』!」」」
「やば――っ!」
俺はとっさに離れる。ブーストを強化する。
崩壊寸前の巨大葉山は、一瞬だけ収縮したと思うと、一気に膨れ上がった。
光り、輝き、爆発するっ!
(マズッ……!)
強烈な爆風が迫りくる。
回避を行なった俺だが、しかし、間に合わない。
速度が足りない。
両腕でガードを取ろうとした瞬間――“一筋の光”が俺の眼前を通過した。
「――――ッッッ!?」
驚きながらも退避。
眼前の爆風がかき消された。
発射地点を予測して顔を向けると――そこには、弓を構える神山仁の姿があった。
「――――変身名《自由装填》、一射入魂った」
神山さんと目が合う。親指を真っ直ぐに立てた。
(そうか……さっきの攻撃で、壁際まで吹き飛んだから……)
神山さんたちの戦う区画に紛れ込んだのだ。
俺は神山さんに向けてうなずいた。
拳を構える。
コマンドを入力し、力強く、神山さん目掛けて――放つッ!
「――――ッ!?」
俺の拳は神山さんに直撃する。
直撃をして、――そのまま取り込む。神山さんはその場から運び出される。
「変身名《限定救世主》……種類『救世弾』ッ!」
「うわぁ……」
神山さんが運びだされた直後、その場所に巨大な熱の柱が通過した。
赤井大地による強烈な攻撃だ。
俺の能力によって運びだされた神山さんは、その一撃を難なく避ける。
避けることに成功する。
俺は地面に着地する。俺の近くに、神山も降り立つ。
「――ありがとう、新島くん。助かったよ」
「それはこっちの台詞だ。あのまま爆煙に巻き込まれていたら、俺は危なかった」
神山の放つ矢は、文字通り“光線”のように強烈であった。
結局あの後に俺が見たのは、爆煙もろとも消え去った葉山の姿である。
「なに、全ては葉山を倒すため。僕に出来る事ならなんでもするさ」
「……ああ、ありがとう」
そう感謝する。遠くでは、葉山がふたたび分身を増やしている。
攻めてくることはない。
葉山からすれば、無理に攻める必要性はどこにもないのだ。
神山さんと高柳くんのおかげで、Bクラスの環境構築に遅れがある中、葉山の増殖率は以前よりも遅れていた。
時間稼ぎをしなくては。俺が葉山だとしたら、そうするだろう。
(奴としては俺が攻めなければ、それはそれで構わないってところか。……だが、俺としてはむしろ“攻め時”ということだ)
俺はいくつか神山さんと言葉を交わし、戦場へと戻っていった。
「フフフフッ……おかえり、新島くん」
「……ただいま、葉山」
終始緊張しどおしの俺に対して、葉山は涼し気な笑みを崩さない。
まだまだ余裕そうだ。
俺が“葉山の本体”をダメージを与えられていないためだろう。
(まだ、姿を隠しているからな……)
葉山の本体は、いまだその正体を顕わにしていない。戦闘はすべて分身達に任せ、自分は姿を隠しているのだ。
もしも、このまま葉山の本体を倒せなければ、俺はやがて負けてしまう。それは必然。それだけは避けなければならない。
(…………まあ、しかし、大体の予想はついているんだがな……)
葉山の本体。
その居場所に関しては、これまでの戦いの中で“ヒント”があった。
俺にはおおよその予想はできていた。
(問題は、いつ勝負を仕掛けるか。どうすれば一撃必殺に持ち込めるか)
葉山を“一撃”で倒したい。
俺はそう思っていた。
理由はいくつかある。
まず第一に、葉山は発見されてしまえば、違う隠れ場に逃げてしまうだろう。新たな隠れ場を探して倒すほど、俺たちには余裕はない。
第二に、この試験はヒーローを一撃必殺で倒すことができる。
そういう仕様になっている。
ヒーロー対ヒーローの体力は“500ポイント”と定められている。
おそらく、戦いの長期化をさける目的があるのだろう。
俺からすれば、このルールのおかげで、大分戦略を練りやすくなる。
「フフフフフフフ」「フフフッ……」「フフフフフフフフフフフフフフ……」「フフフフフフフフフフフフフフ……」「フフフ……」
増殖を続ける葉山。
巨大化が敗れ去った後でもあり、その数は以前ほどではない。
減っている。
(――――狙い時、か)
俺は一撃必殺を望む。
いつ倒すか。
いつ挑むか。
「“今”でしょっ……!」
「フフフフフフフフフフフフ……!」
深まる葉山との戦い。
その戦いに終止符を打つべく、俺は足を強く踏み出した。
新島宗太は望む。戦いの決着を。葉山樹木は望む。戦いの永続を。彼らの想いは激突し、一つの変革が生まれる。
――次回「第83話;ヒーロー達の幻影魔人」をお楽しみください。
掲載は4日以内となります。