第75話:ヒーロー達の第二層到着
階段を抜けたその向こうには、黄金の国が待っていた。
「おおぉぉぉ――――っ!」
感極まり無意識の声があがるくらいにはその第二層は金色に眩しく煌めいていた。
天井に至るまでの高さ、通路の横幅、そういった細かな構造自体はこれまでと変わりない。だが、この鮮やかで豪奢な造りはこれまでの階層にはないもので、床も壁も天井も、そのすべてが見事な黄金色に彩られており、感嘆に相応しい世界を構築していた。
まあ、テンションあがってしまったが、要はスゴイのであった。
(すげぇな……金ピカだ)
俺は観光客のような物珍しさでキョロキョロと周囲を見回しながら、同時に心の内側の冷静な客観的な二面性的な部分で今後の行動について検討していた。
この第二層をいかに攻略するのか。
基本的な行動方針は、第三層に至るための階段の早期発見、並行してランクB怪獣の大量掃討、が中心となるだろう。
ランクB怪獣実力次第では、ポイントを稼ぐ狩場にしてもいいかもしれない。
それ以上のランクA怪獣の怖ろしさについて既に知っており、なおかつ現状の得点数に不安の残る俺からすれば、その辺りにも気を配りながら進軍する必要があるかもしれない。
「MORUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU……ッ!」
「――っと、噂をすれば何とやら……」
俺は振り向く。
植物の蔦のように無数に伸びた触手、ゼリー状の柔らかそうな頭部、軟体生物と形容できるその見た目は、所謂「タコ」や「イカ」といった海の生物を彷彿とさせた。
名前は知らない。
サファイア色の両目の上の額に刻まれた「ランクB」の証のみが彼の強さを証明する。
(あんな柔らかそうな身体してるのに、頭とか崩れないのかなぁ、重力の影響とか、どうなっているだろう……)
出現した怪獣を見つめながら半ば冗談交じりに、半ば本気でそんなことを考える。
もしかしたらこの怪獣を倒す糸口が隠れているかもしれない。
まあ、敵の観察を行い、そこから推論を立てて考察していくことは大切だ。
特に常勝を目指すのならば。
俺は思考を自由な世界に羽ばたかせながら、目の前の敵への集中度を高める。
「そいじゃ、いっちょ、一狩りいきますかっ」
「MORUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」
腰を落とす。拳を構える。
肉体が一握りの爆薬を携えたミサイルになった気分で内側にエネルギーを蓄電する。
機を伺う。先の先を取る。
俺は練り上げたエネルギーの波動を外側に一気に解放させる。
「だぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁぁああああああああああああああッッ!」
叫ぶ。これがもし戦闘のプロならば、無言で戦えと失笑するだろう。
だがヒーローの場合は違う。俺たちの言葉には言霊が宿る。俺の中に内在するヒーローエネルギーは俺の意志を具現化し、俺の認識を顕在化し、俺の高まる思いを、心を、魂を、現実の事物へと昇華させる。
絶叫、故に、爆裂する俺の気持ちが。
ひねる身体、手刀は一流の剣客のごとく振り絞られ、空を切るように一閃する。
――怪獣の頭部破壊まで、さほど時間はかからなかった。
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「ふぅ~、撃破撃破~♪」
5分後。俺の目の前には触手をバラバラに刻まれて消えていく怪獣の姿があった。軟体動物のような見た目をして巨大な頭部を持つ怪獣であったが、その弱点は無数の触手の中に隠された一つの本体であった。
最初、頭部の破壊に成功したにも関わらず、すぐさま再生をみせたことから、俺は攻撃の対象を触手たちにチェンジ。
これが功を奏した。
触手の中に隠された“真の弱点”とでも呼ぶべき一本を発見することに成功した。
結果、消滅した。雄叫びをあげながら溶解する怪獣に、俺は勝利を確信した。
(……強さは、そこそこ、ランクA怪獣よりは苦労しないかな、C怪獣みたいに瞬殺はできないけど、……って、ランクBなら当たり前か)
この軟体怪獣、大量にある触手の中から弱点の一本を探しださねばならないので、攻略自体には時間がかかる。
この分だと出現する個体によって弱点の触手の場所は違っていそうだ。
簡単に倒させてくれないか。
ったく、バランスよく出来てるもんだ。
(狩り場にするのは難しいかな、じゃあ当初の予定通り、第三層の階段を探して――)
っと、一歩踏み出した時、俺は通路の先に“不穏な物”を発見した。それは忘れかけていた面倒事が今更のようにこの場に舞い戻ってきたような煩わしさをともないつつ俺の視界の奥で確実に揺らいでいた。
(――――煙……っ)
そう。
煙であった。
白煙であった。
その何気ない現象は、それは、その存在だけで、俺に激烈な緊張感を与えた。与えることに成功していた。
あのウザったいヒーロー研究家の台詞が活きてしまうことに若干の苛立ちを覚えながら、俺は目の前の白煙を見つめていた。
(――――葉山、か)
俺が怪獣との戦闘を繰り広げた階段付近、そこから向こうの通路側はすでに、葉山樹木のテリトリーと化しているのであった。
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「――現在、首位独走中のヒーロー、葉山樹木。第二層の大部分は、すでに彼の煙で覆われています」
「…………」
時は十数分ほど前にさかのぼる。
人形式さんを華麗に撃退して、俺が第二層にいざ進まんとするのを、式さんが足止めしている場面である。
「――第二層に降りたヒーローの多くは、“葉山の洗礼”を受けます。
彼の煙分身は、支配領域内で休む間もなく生み出され、多くのヒーローや怪獣を襲い続けています」
「…………」
「ボクの戦闘スタイルは、複数のメンバーでパーティを組むことを前提としていますからね。供給源を狙われやすい、終わらない持続的な、一方向ではない多面的な、攻撃に弱いんですよ。ですから、ここで自分を強化し、仲間を増やすことで、ボクは対策を練っていたんですよ」
「…………」
「できれば宗太さんに勝利を納めて突撃したかったのですが、それも今は構わぬ夢ですね。ボクとしてはこのままゆっくり休んで、葉山樹木が第三層に狩場を移すのを待ったほうが賢明そうです」
「…………」
「…………えーっと」
「…………」
「……あのー、宗太さん、人の話聞いてます?」
「……言いたいことが終わったならもう進むぞ」
「ああっ、ヒドイ、ノーリアクションッ!? 驚きのあまり声が出せないんだろうな~って思ったら、単に相槌するのが面倒になっていたんだなんてっ!?」
「だって、話なげーんだもん」
「長くないですよー」
いや、長かった。一人で原稿用紙一枚分くらい喋っていた。
「それに、さほど驚くほどのことじゃないよ。葉山のやりそうな戦法だし……」
葉山のことだ。
おそらくかなり早い段階で第二層の階段を発見し、一人で地道に、本当に地道に煙を撒くだけの作業をし続けたのだろう。
入念すぎる下ごしらえと、気の遠くなる準備に裏打ちされた、必殺最強のコンボ。
それが葉山の常套手段であり、王道だ。
第二層で40%以上を自分の支配下においただって。ははっ。面白い。一見馬鹿みたいなことだが、馬鹿であるがゆえに荒唐無稽であるがために、怖ろしい。
怖ろしくて、凶悪だ。
「ちなみに葉山の点数とかわかるのか?」
「点数ですか? ボクを真白さんとか鴉屋姉妹と勘違いしてないですか……。
まあ、そうですね。軽く見積もっても千ポイントはいってると思いますよ。得点だけ見れば間違いなく一位です」
「千ポイント」
そのあまりにも現実離れした数字に笑いすらこみ上げてくる。
一人だけそんな裏ワザみたいな方法で最終選考進出に王手をかけているのか。
「複数の自分をもちいて、何十体もランクB怪獣を倒してますからね。信じられないことでしょうが、事実です」
ランクB怪獣は一体倒すごとに、50ポイントが入る。
つまり、単純計算でいくと、だいたい二十体倒せば、1000ポイントを超えることになる。
理論の上では不可能ではないという計算になるだろうが、それにしても嘘みたいな話だ。
「ま、まあな、そ、それをやってしまうのが、葉山って男だよ……」
「声震えてますよ?」
うるさい。
「1000ポイントかー、葉山すげーなー」
「確か宗太さんのご学友でしたっけ?珍しい男の」
「めずらしいっていうな」
俺に男友だちが少ないみたいじゃないか。
「ボクの調査に間違いはないはずですが?」
「……まあな、それにしても葉山か、これから第二層にくだる身としては無関係ではいられないな」
もし出会うのならば、戦うことになるのだろう。
そして、その出会いの機会は、間違いなく迫ってきている。
「出会ったら、倒すのみさ。なーに、安心していてくれ式さん」
「すぐに第二層を自由に通れるようにしてみせるさ」
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と、その場のノリで余計なものを背負いこんでしまうのはよくない悪癖であった。
真のヒーローならば、軽い気持ちで口約束なんてしない、そんなことを考えるとちょっとだけ沈んだ気持ちになるが、まあ、それはそれ、細かい事情は抜きにして、今俺がやるべきことは、
「――葉山とのバトルだぜ」
第二層階段前のエリアは手頃なスペースのある広場となっていた。右と左の通路にわかれている。
そして、その両方の通路からあるものが見えていた。
白煙だ。
白煙であった。
明白に、これ以上ないくらいに明らかに、葉山の生み出したものであった。
どちらを通るにしても、戦いは免れないな……。
むしろ、この階段前の広場が、アンタッチャブルな聖域として維持されていることに感謝すべきなのかもしれない。
一歩踏み込めば、地獄が待っている。俺は向き合う時間が来ていた。
(さーて、さーて、どうするかな。ここが安全ってことは、裏を返せばここから先は“危険”ってことだろ。覚悟を決める必要はあるな)
通路先からは「次回も葉山と地獄に付き合ってもらう」「悪魔と相乗りする勇気はあるかい」「こっから先は一方通行だ」と何やらよろしくないオーラが出ているのであった。
行きたくねー。
正直な気持ちはそれであったが、そうも言ってられない。
俺は勇気を出して、ちょっとしたアイデアを加えて、広場から去ることを決めた。
通路に踏み込む。霧のような白煙が俺に急速接近している。ぶつかる。
途端、白煙が消える。
「――――ふふっ」
俺は進む。ドンドン。ズンズン。
口元からは笑いがこみあげる。高揚した気分を自覚しつつ突き進む。
いやー、便利だな、このチート武器。
「――――ふふふふふふっ」
自然と葉山的な笑い声が漏れてくるのを左手で抑えながら、俺の右手は光の剣を振るって一歩一歩進軍する。
(……おお、これは成功だな。この力めずらしく大活躍だな)
余裕、余裕~、と思いながら俺はらんらんの気分でつき進む。
黄金の間に、白煙が立ち込める光景は、とても幻想的でこの世のものとは思わなかった。
しかし、
(――振るう)
白煙が消える。
(――さらに振るう)
白煙がまたまた消える。
(――振るう、振るう、振るう、振るう)
いや、もう楽勝であった。
このままゴールまで行けるんじゃねってくらい楽勝であった、スターを身に纏った配管工のおじさんくらい無敵であった。
(このまま突き進もう。せっかく準備した葉山には可哀想だが、俺はこのままガンガン進んでいくぜ)
そう余裕綽々で歩くこと幾数分。
いきなり前方の白煙が形を変えて、人形となりて――葉山の姿で現れた。
「フフフフフフフフフフフフ……ッ、愉しそうだね。新島くん」
葉山はいつも通りの葉山であった。
その事実に俺は少なからず安堵する。
「葉山か、久しぶりだな。悪いけど、楽勝だぜ、このトラップ」
「まったく君という人間は、僕が築いてきたものを一瞬で壊していくね……フフッ、自動モードにしていたせいで気づくのが遅れたよ」
「作るのは大変でも壊すのは簡単だからな」
「フフフフ、ローマは一日にしてならずというが、瓦解するのは早い。特にそれが人的なものだとしたら」
目の前の葉山の輪郭はおぼろげで、どことなくふわふわしていた。
以前は本人とほとんど区別のつかない見た目をしていたが、今の煙葉山は、なんというかディテールが適当で、有り体に云わせてもらえば、クオリティが低かった。
「フフッ、省エネだよ、省エネ。エッジとか細かな処理は面倒だからしていないのさ。その分、動き早いさ……」
「んな、ゲームアプリじゃねぇんだから……」
嘆息して、見つめ、言葉を紡ぐ。腰に手を当てる。
「――それで、何のようだ? 用がないならお前を消し去って先に進むぜ。怪獣狩ったりとか、第三層の階段を探したりとか、俺は俺で忙しんだからな」
すると、
「フフフフフフフフフフフフフ――」
「フフフフフフフフフフフフフ、フフフフフフフフフフフフフ――」
「フフフフフフフフフフフフフ、フフフフフフフフフフフフフ、フフフフフフフフフフフフフ――」
と、俺の言葉に応えるように、正面の葉山に加え、後ろに二体、合計三体の葉山が終結をする。
「僕を消し去るだって?」「この先に進むだって?」「怪獣を倒して階段を探すだって?」
ピタリと、声が止む。
「――――そんなこと、させないよ」
はっきりと、言ってのけた。
光の剣のある前で、よくそんなことが言えると内心驚きながら、表面上は苦笑することで取り繕う。
「フフフフッ、残念ながら君の能力は、僕の支配において“害悪”だからね。先に消させてもらうよ。ここで、君は、ボクに敗北する――!」
ゆらりと蠢く身体。
傾いて。
葉山達は夜のサーカス団のような幻想性で舞う。
その戦慄的魅了に囚われて、俺は背筋を奮わせ、戦うための意欲を燃やす。
「……いいのか、俺は負ける気がしねーぞ。お前とは何度も戦っているんだからな」
「フフフフフフ、そんな台詞が言えるのもあと少しだ。来給えよ新島くん。この僕が君に絶望というものを教えてあげる」
葉山の蠢きが増大していく。
「――1年Dクラス葉山樹木、変身名《幻影魔人》」
「――待て、しかして絶望せよ。勝利は我が手に降り注ぐ」
――登場を果たした葉山樹木、立ちはだかる彼を超えて、新島宗太は突き進まねばならない。
次回「第76話:ヒーロー達の友情煙来」をお楽しみください。
掲載は4日以内となります。