第74話:ヒーロー達の人形終演
俺は全身に装着されたボタンを押す。全部だ。全部。その結果、俺の肉体は強烈な輝きを伴いながら最強の力が装填される。
「――――超、変身ッ!」
俺は宣言する。
祈りにより力は応える。俺の全身は人型式とその配下達を打倒するための光を得る。
輝きの最中に無意識の言葉が浮かんだ。だから、俺はためらいなく直感的に告げた。
「――――超、変、身ッ! 完全体モード移行ッ!!」
一陣の光に、その煌めきに憧れるものに、その身を移しながら俺は飛び出していった。
「へぇぇー、それが“超変身”ってやつですか。こんな弱い弱いボク相手に本気になるとは宗太さんも大人気ないですね。子供です。子供。まあ、ボクは人間ができているので、優しく相手してあげますけど」
式さんは「仕方ないなぁー」とやる気ない台詞を吐きつけ、あからさまに肩をすくめながら、その実、卓抜した武術的構えを披露して俺と相対した。
式さんは、超変身モードの俺と正面からやり合う気なのだろうか。
やり合う気なのだろう。
彼女にはそれを成し遂げてしまうくらいの力がある。
八人のヒーローは、リーダーたる彼女を見守る配下として、その後ろに佇んでいる。
(……思えば、最初から奇妙だった)
地面を蹴りあげ加速する俺は思考する。
式さんとその距離を勇断に詰める過程で、その違和感について考察する。
(……人型式、肉体操作のスペシャリスト、しがないヒーロー研究者、彼女はあまりにも強すぎた。まるで熱暴走を起こした機械のようにどんどんどんどん止まらなくなっていった。もし彼女と、残りのヒーロー達全員で攻め続けられたら俺は負けていただろう)
式さんは向き合った体勢から半身にゆらりと構え、地面を蹴りだした。その余裕に満ちた笑みが近づく。
(――なのに、アイツは、周りに八人もヒーローがいながらも、そんな圧倒的に優位な状況からも、自分“一人だけ”で最前線に立っていた。これはおかしい。いくら正面からのバトルを俺のようなタイプが苦手とするからといって、それだけで選ぶような戦い方のスタイルじゃない。もっと他の目的がある。俺はそう考えてしまった。そう考えてしまった時点で、この戦いの勝敗はもはや決まっていた)
二人の距離が縮まる。俺たちはぶつかり合――
「――残念だが、俺の勝ちだ、人型式」
わなかった。俺は式さんと直撃しようとした瞬間。地面をより強く踏み込み、ブーストを展開し、飛翔し、前方から迫りくる式さんを跳び越えるため進んで、その先へ向かった。
「…………っ、ちぃっ!」
後方から舌打ちをする声。
初めて感情を見せた声。
人型式の生み出す感情的な声。
その生々しい焦りが、俺の選択が間違いではなかったことを確信させる。
(――思えば、アンタは決して八人のヒーロー達で攻めてこなかった。これが一番のポイントになった)
背中のブーストは空気を焦がし、その火力を増す。
(操作系って名前に惑わされていた。人型式。アンタは何も操った人形で戦うタイプじゃない)
俺の視界の先には――八人のヒーロー達がいた。
(むしろ、その“逆”だ。操ったヒーローのエネルギーを吸収し、栄養源として――自らを強化する。操って操って自分を強くする。操作系強化能力者、それがお前の正体だ)
あの糸は操作するためのものじゃない。エネルギーを供給するポンプだ。
他者を実験体にするのではない。
自身を実験体にするタイプ。
改造の対象の違い。
そんな人間が、他人を操作して強化させようだなんて考えるはずがない。
(――つまり、お前のその気持ち悪いくらいの強さは、お前一人のものじゃない。このヒーロー達を撃退すれば必然、止まってしまうっ!)
それはまるで発電源を壊せば動きを止めてしまうロボットのように。
それはまるで電源プラグを抜けば機能しなくなる電化製品のように。
「……くっ、ふ、ふふっ、ふふふふふっ、そうですか、思い当たりましたか、さすがです、さすがですよ、宗太さんっ!」
俺は加速する。超変身による全身強化がその速度を高める。
背後からは追いつかんとする式さんの姿。焦りながらも、まだ余裕顔。そうだ。まだだ。まだ式さんの方に分がある。勝利の天秤は式さんに傾いている。
「――しかしっ、種が割れたとしても、弱点が分かったとしても、だとしても、どうするんですか? この短時間でっ! 八人ものヒーローをこのボクが追いつくまでに倒す? そんなこと、宗太さんにできるんですかっ!?」
八人のヒーロー達はそれぞれの構えを見せる。彼らは棒人間じゃない。戦える英雄たちだ。その実力は一次選考を切り抜けるレベル。いくら彼女に敗れたとはいえ、相応の実力者たちだ。
超変身たる俺は加速を続ける。
許された時間は限りなく少ない。おそらく数秒に満たないだろう。
撃退が遅れれば式さんの拳が舞い踊る。
刹那の行動が要求される最中、俺は軽々と応答した。
「できるさ。――俺にはそのための力がある」
弱点は判った。狙うべき点は判った。
肝要なのは、式さんを止めること。
ならば、何も無理やり倒す必要はない。
「――――変身名《限定救世主》、種類『救世剣』ッ!」
右手に現れたるは――光の剣。雄々しく輝く救済の剣。
その輝かしき力を振りかぶり、ヒーローエネルギーを打ち消すその力で、彼女と八人のヒーロー達を繋ぐ糸を、迷いなく、淀みなく、横一閃に分断した。
「斬撃、完了……!」
式さんの肉体を覆っていた強靭なエネルギーが、その勢いを消失させる。電源を切った機械のようにあったはずの活力がまたたく間もなくたち消える。
「…………っ!」
飛び上がり、俺に襲いかかろうとしていた式さん。彼女は、自身の変様を確認すると、その動きを空中で止めた。ゆっくりと、地面に着地し、ため息をついた。
何かを諦めたような、そんな様子をしていた。
俺は彼女の言葉を待つ。
「――――参りました」
驚くくらい殊勝に、清々しいくらいに潔く、人型式は――敗北を認めたのであった。
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まあ、当然ポイントは奪った。
「優しくしてくださいね……宗太さん」
倒される瞬間そんな台詞を吐きやがったので、偽物の式さんに行使したのと同様に、思いっきりみぞうちを殴ってやった。
「い、いったぁ~、初めて何ですから、優しくしてくださよぉ……」
もう一回殴った。
体力ゲージが0を記録し、攻撃不可になったので、俺はそこでストップした。
「よ、容赦ねーですね、宗太さん。……宗太さんにとって、女の子は殴って捨てるような存在なんですね……」
俺は式さんの言葉をスルーして、旅立つ準備を始める。さあ、階段は目の前だ。
「あ、宗太さん、もう言っちゃうんですか。ちょっと寂しいな。待ってくださいよ。女の子を置いてくんですか。薄情だなあ」
ついに第二層か。結局俺は、第三層に降りたけど、第二層は初めてなんだよな。ランクB怪獣の実力がどれほどなのかもわからないし、油断はできないだろう。ヒーローの実力も上がってくるだろうし、今まで以上に気を引き締める必要が出てくるだろう。
「あ、ねぇ、ねぇ、ちょっと宗太さん。せめて壁際まで移動させてくれませんか。体力ゲージがゼロになった子は自分で場所移動できないのを知ってるでしょう。ボクをこんな適当な場所に放置するんですかぁ」
時間はついに九〇分を切り、残り時間は半分となった。温存していた体力を活かすべき時が来つつある。
超変身のさらにその上の段階は、ジャバウォックと再び相対する時までとっておきたいが、超変身レベルなら複数使用も辞さないステージに到達しつつあるだろう。
「あー、酷い酷い酷いですよー、二〇分くらい前に狗山涼子さんと戦った時にも、一〇分くらい前に城ヶ崎正義さんと戦った時も、私をちゃんと磔台に戻してくれましたよ。やっぱり、一流のヒーローっていうのは、そういう気遣いができる人のことを言うと思うんですよ。そこのとこ、宗太さんはどう思っているんですか?」
……ウザいなあ。
俺は嘆息して、腕を組んだ状態で、人型式さんを見下ろした。彼女は、余ってた御崎蝶子さん(変身名《女流蜘蛛》)の粘性糸でぐるぐる巻きにされていて今は地面に海苔巻きのごとく横たわっている。
「それで、お前は何をして欲しいんだ。初めてこのエリアに来た時みたいに、岩壁に磔にしておいて欲しいのか?」
「ふふふふっ、さっすが話が判りますね、宗太さんは~、そうです、他のヒーローの方々と一緒に、実験体のフリをすることで、再びやってきたヒーローを狩るための奇襲ができ、さらにボク自身も実験体になることでエネルギーを回復できる、一石二鳥のこの作戦を――」
「断る」
すると式さんは「バーカ、バーカ!」と子供じみた罵声を飛ばしながら海苔巻きモードからピョンピョン跳ねて抗議してきた。むかつくのでサッカーボール感覚で蹴りあげて転がしてやる。
「うわっ、ちょっ、や、やめ、うわああぁぁぁぁあぁぁぁああああぁぁあああ!」
式さんは回転しながら転がっていった。
岩壁に激突してようやく止まる。
「はぁ、はぁ……、宗太さんは、女の子を縛って激しくヤルのがお好きなタイプですね。将来、彼女になる人は苦労しそうです……」
「語弊をまねく言い方をするな」
あまりにもうるさいので、もう元の磔場所に戻してあげようと、式さんを持ち上げてやる。俺もなんだかんだ言ってお人好しである。
「あ、宗太さん、そこはボクの人間モードで言うところのおっぱいになるので、あんまり手荒に扱わないでください」
「うるせぇ海苔巻き、とっとと元の場所に帰れ」
「ひどいっ!」
俺は記憶を頼りにヒーロー達がいた岩壁の辺りに戻してやる。どういう仕組みでくっついているのか知らんが、岩壁に近づけると式さんはマグネットみたいにピタッと吸い寄せられた。
「ふふっ、これはですね。そこに倒れているヒーローの一人、一年Aクラス山岸世界の変身名《地球式磁石》における鉱物の性質を変える能力を応用してですね――」
まあ、そんなことはどうでもよかった。
「ちょっと少しは聞いてくださいよー!」
「Cクラス生徒による雑学講座は、真白さんの話で聞き飽きてるんだ」
すると、式さんは口元を妖しげに歪め、
「真白さんねぇ……彼女の君島優子スタイルの最強ヒーローも悪くないんですが、やっぱりボクのような新型スタイルの方が革新的だと思うんですよねぇ……」などと、訳のわからないことを供述しており、
「ねぇ、宗太さん。もしよろしければ、彼女じゃなくて、ボクのパートナーになりませんか……? 貴方の強さの秘密、教えてさしあげられますよ……?」
俺は第二層階段前を後にした。
「ちょっと待って――――っ!?」
式さんがハイテンションで叫んでいた。
「……そろそろ本気で進みたいんだが、時間もかぎられてるわけだし」
俺はすでに磔モードに転じている式さんを見上げて、そうつぶやいた。今の俺はだいぶ怪訝そうな顔をしていることだろう。
「ふふふっ、じゃあせめてボクがどうしてこの第二層前で待ち伏せしていたのか教えてあげましょう」
「やってきたヒーローを重点的に狩るためだろ」
「まあ、そうなんですけど、ボクにとってはチーム入隊とかどうでもいいですし……って、それだけじゃなくてですね。この先に進むためには、もっと多くのヒーローの力を借りる必要があると思ったんですよ。ボクって単体だと普通ですし、この先の進軍には可能なかぎり優秀な人間を集めておきたかったんです」
「お前今の状態でも十分強いじゃねぇか」
「いえ、ボクの力では足りませんよ。この先の第二層にいる“煙のヒーロー”の支配領域を突破するためにはですね」
と、それまで本気で無視して先に進もうと思い始めていた俺の足が初めて、ピタリと、自動人形のように機械的に止まった。
振り返り、式さんのムカつく顔を見る。
「ふふふっ、ようやくこっちをちゃんと見てくれましたね。ボクの魅力にようやく気づきましたか。そもそもボクは貴方のことを気に入っていたんですよ。貴方のヒーローエネルギーを消す能力、ボクの力の本質に迫るものなんじゃないかと思いしてね。ボクの理想とする力を身に付けるためのの鍵になるんじゃないかと――」
「うるせぇ、煙のヒーローがなんだって?」
俺の言葉に式さんがつまらなそうに口元をへの字にまげて、返す。
「この先、第二層の領域の40%以上を自分の支配領域に仕上げている煙のヒーローのことです。彼に比べれば、ボクの待ち伏せ戦法なんて可愛いものです」
そうして、彼女はこう腹立たしげにつぶやいた。
それは久々に聞いた名であった。
「――現在、首位独走中のヒーロー、葉山樹木。第二層の大部分は、すでに彼の煙の支配下にあります」
第二層に降り立った新島宗太は、親友葉山樹木との再会を果たす、その時、新島の選んだ行動とは――!?
次回「第75:ヒーロー達の第二層到着」をお楽しみください。
掲載は2日~4日以内を予定しています。