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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第5章 運命動乱編(後編)
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第73話:ヒーロー達の人形地獄

 戦局は殴り合いの応酬が基本となった。

 信じられるだろうか。

 俺は信じられない。

 操作系ヒーロー。Cクラスの研究者。二枚舌のいけ好かない女子。策略と調略にその全てを捧げてそうな人間相手の対戦において、まさかの拳と拳の肉体言語が戦いの要所を担っているというのだ。


「ははははははっはっは、遅い遅い遅い遅い、全っ然っ、スローリーですよ、宗太さんっ! 女の子を待たせるだなんてダメですよ悪ですよ良くないですよっ!」

「くっ、くっ、はっ!」

「何を息を切らしてるんですか、アウトです。アウツです。そんなにがっついちゃあ、もっともっと落ち着いて紳士的に振舞わさないと――っ!」


 大振りの一撃が飛び俺の両腕のガードを突き抜ける。

 吹き飛ばされた俺の身体その背後に迫るは地面。致命的なダメージを避けるべく身体を折り曲げて着地と同時に後方へとの回転を行う。

 くるりと受け身を終えた俺は、衝撃の余波からくる影響でじりじりと地面を後退しながら、彼女を見据えた。


「さあさあさあ、頑張ってくださいよ、限定救世主リミット・セイバーッ! ボクをちゃぁんと満足させてくださいねっ!」

「……ああ、善処するよ」


 結論を述べよう。俺は、彼女に、押されていた。

 それも知恵比べではない。単純な力の押し合いでだ。


(戦えるヒーロー研究家か……真白さんの言ってたこと、当たってんなぁ……)

 本体だけ狙うとか無理だろあれ……。


 式さんは王者の風格を示しながら、後方に八人のヒーロー達を配下のように引き連れて歩みを進める。その姿は雄々しき騎士団のリーダーの如しであった。彼女は両腕をあげて喝采を呼びこむように高らかと宣告する。


「――変身名《人形道楽マリオネット・フィクション》ッッッ! プロト1 プロト4 プロト6 GOッ!」


 その途端、立ち上がろうとした俺の周囲に三体のヒーローが移動する。……速い。対応する暇がなかった。右横に一体。後方に一体。左横に一体。正面からは堂々と人型式自らが残りのヒーロー達を率いて立ち塞がる。


 俺は囲まれる。下手に動けない。


「さぁーて、お開きの時間ですよ。宗太さぁん♪」


 俺は為す術もなく追い詰められていた。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



(……どうする?)


 未だ困惑から抜け出せない状況の中、俺は次善の策を必死に練ろうと努力する。心を平静に保ち、ぐるりと再度囲まれた現状を目で追いながら確認して思考を回転させる。

 が、いい考えがうかばない。それ以前に頭の中が霞でぼやけてうまくまとまらない。

 こんなことは珍しかった。


 勝負の本質が単純な力比べとなっているからだろうか。


 基本的に俺は、敵と戦う際に、相手の心理を読み、相手の戦法を掴み、その裏をかくことで勝利をおさめてきた。


 要するに知略戦だ。その知略とやらを成立させるための条件として、膨大なる努力と根性論の精神論が用いられてきたことは言うまでもないが、まあ、とにかく、俺は相手との心理合戦で勝利をおさめてきたといってもいい。


 だが、式さん相手のバトルは違った。


 単純な、本当に単純な力比べであった。これ以上なくらいにシンプルで、シンプル故に美しさすら感じさせてしまう、パワー対パワーのぶつかり合いであった。


 何だか気が抜けてしまう。いや、正直負けそうになって、今現在こうして囲まれている状況で何いってんだという気もしないでもないが、にも関わらず、俺の心のエンジンは作動してこなかった。


 奇妙な感覚であった。

 おそらく戦いのシンプルさが、俺の思考を鈍化させているのだろう。


 例えばゲームでも、作戦や立ち回りが勝負の鍵を握る種類のものでは、脳みそからドーパミンがガンガン出てきて最善を尽くそうと努力する。が、一方で火力で勝負するしかないタイプの戦闘を迫られてしまうと、俺の結論は「レベルをあげて物理で殴る」で思考停止してしまう。


 用意された手札があまりにも少ない。相手の裏をかこうにも、かくべき裏がない。


 もしかしたら超変身されすれば、勝てるかもしれない。そんな気すら起きてくる。


(だが、駄目だ。そんな戦い方は賭けですらない。無謀だ)


 かつて俺は蛮勇も勇気のうちだと言ったはずだ。

 だが、あれは本当の本当に追い詰められた時に、その意志を絶やさないために用いるべき言葉であって、当然であるが、無策のまま力任せに突っ込むというのは、下策中の下であり、ほぼ無策だと言っているのに等しい行為なのだ。


(それに、式さんは最初より確実に強くなっている)


 そう。

 この人型式。

 強さが現在進行形で上昇しているのだ。


 あれだけの腕力、脚力を示しながらも、スロースターターとでも呼べばいいのだろうか、彼女の力は衰えるどころかむしろ際限なく高まりつづけていた。まるで熱暴走を起こした機械がとどまることを知らぬように。


(やっかいだ……)


 俺は戦慄していた。成長続ける式さんに、単純勝負の怖ろしさに。まるで遅効性の毒がじわりじわりとその効力を発揮するかのごとく。現状の危うさを恐怖とともに理解し始めていた。


「あははっ、宗太さん、ようやく気づいてきました?案外、やりにくいもんでしょう?

 この“直球勝負”ってやつは。

 最初の奇襲攻撃で倒されない頭のまわるファイターは、意外とこういう愚直な戦いに弱いんですよ」


 弱点をつこうにも、つくべき弱点がないですからね。


 式さんは余裕綽々の言葉を吐きながら、俺を取り囲む円をじわりじわりと小さくしていく。物理的にも、精神的にも、俺は追い詰められていく。頑張ろう。その意志はありながらも、「どう頑張ればいいのか」、その目的、目指すべき場所、正確な指向が掴めずにいた。


 俺は嘆息する。


「……そうだな、からめ手が全てだと思っている人間にはいい薬になったよ」

「薬ぃ? 薬ですかぁ、ボクには猛毒にしか見えないですけどねぇ」


 式さんは人を見下したようにたっぷりと馬鹿にした様子を口元を中心に浮かべ、やれやれと肩をすくめた。

 くそ、そうやって馬鹿にしてろ。俺は超変身を使おうとボタンに手をかける。


「――ふふ~ん、変身名《人形道楽マリオネット・フィクション》ンンン~♪」


 瞬刻。

 俺の眼前に式さんが現れた。ボタンを押そうとした俺の手先が止まる。速いっ。


「シキちゃんパ~ンチ!」


 正面からの一打であることは幸運だった。

 俺は超絶的な反射神経でこれを避けきった。が、彼女の拳は竜巻でも纏うがごとく、回避を終えたはずの俺の脇腹に鋭い痛みを迸りさせた。

 強靭な破壊力だ。怪獣ミノタウロスに匹敵する。Aランク怪獣並みだ。


「――っ!」


 心の中で舌打ち。

 何がシキちゃんパンチだ。

 ばーか、ばーーか!


「はーい、馬鹿にしちゃダメですよ、っと、プロト4塞いじゃって~♪ プロト3飛んで~♪」


 感情的なる俺とは対照的に式さんは知的に冷静に手際よく。指先を器用に動かし、繋がった糸が反応を伝播する。攻める彼女の動作に合わせて、周囲のヒーロー達が行動をともにする。

 一人は俺の進路方向に立つ壁となる。もう一人は空中に逃れるのを止めるべく飛び上がる。残りの二体は囲む円をじわじわと狭め、式さんの後方には四体がバックアップのように待機している。


 これじゃあ、超変身のボタンを押す隙がない。


「余裕は作らせませんよ宗太さん。ボタン押すのにラグがあるくらいお見通しです。ボクはそこを待ってあげるほどお人好しではないんですよ」


 俺は式さんの相手をしながら自分の体力ゲージの残りを推測する。先刻見た時に240くらいだったから、直撃を喰らえばおそらく敗北ゲームオーバー。地道な攻撃でも削り取られていけば、負けてしまう。


 クソッ、本格的に負けそうであった。そして、この戦いの負けは、ただの負けではない。


 式さんの実験体になるということであった。


「くっ!」


 このまま式さん相手にしてても埒が明かない。俺はあえて逃げ出すようにして、ヒーローの一体に向かう。式さんがさっきプロト4とか言ってたやつだ。式さんの一撃を避けて、跳びかかる勢いで蹴りをくりだす。


「とぅー! させませんよ~、させませんよ~」


 しかし、俺の蹴りは間に入った式さんによって阻まれる。そのまま脚を掴まれる。

 ぎゅっと、彼女が俺の脚にしがみつく。


「逃しませんよ。ボクは宗太さんのこと愛してますから」


 告白と同時に万力のような力が俺の脚にかかる。

 咄嗟に俺は脚のボタンを押す。

 彼女の両腕が俺の脚を粉砕しようとした瞬間、間一髪のタイミングで強化が発生する。


 抱きしめる彼女と、耐える俺。

 力と力の拮抗。

 あまり見たくはないホコタテ勝負だ。


 そしてその結果は――、


「……あぶねー」

「もう少しで壊してあげられたんですけどねぇ……残念☆」


 と、俺はそのまま彼女を振りほどくように、ブーストをかける。これにはさすがの式さんも嫌がったようで、諦めたように反撃前に手を離す。


 空中展開から一気に加速。ヒーロー達の群れをかき分けて、脱出、ざざっと距離をとる。


 俺は残りの体力ゲージを確認した。


(……げっ!)


 POINTS(ポイント数):250

 DAMAGE(被ダメージ数):40/500

 TIME(残り時間):93/180


 残り体力40だと……。赤ゲージ、死亡ギリギリじゃねーか。


「……どうやら、そろそろ体力が切れるみたいですね」


 式さんは俺の思考を読むようにそう笑いかけた。ヒーロー達を回収している。彼女はまだまだ余裕そうだ。俺の反撃でいくらかダメージを負ってはいるだろうが、このまま消耗戦に持ち込めば、こちらが敗北するのは明白であった。


(――使うか、超変身を)


 だが、超変身程度で勝つことができるのか。そういう疑問も俺の中で巡っていた。


 確かに、式さんと距離のとれた今ならば、超変身は可能だろう。いければその上の段階さえも――。


 しかし、彼女の超人的な力に加え、八人ヒーローという怖ろしい配下がいるという状況を、超変身の短時間で撃退できるとは思えなかった。


 超変身の有効時間は10秒足らず。もちろん、ヒーロー同士の戦いにおいて、短い時間では決してないが、それでもあの人数相手に10秒は短すぎる。


(何か、もう一歩くらい、踏み込める要素があれば……)


 考えろ。

 考えろ。


 相手のペースに飲まれるな。単純勝負がなんだ。俺は俺の戦い方をすればいいんだ。

 俺はそう自身を叱咤激励した。


 その思考の切替が功を奏したのかは、わからない。


 もしくは走馬灯のようにこれまでの戦いを思い出したのがよかったのかもしれない。


 ヒーロー達を糸で引き寄せる式さん、そして先刻の一連のバトルの流れを想起して、俺はある違和感を感じ取った。


(そういや、そもそも……何で、式さんは自分から前線に立っているんだ)


 まあ、あの強さなら問題ないだろうし、そもそもせっかくの実験体を壊されるのが忍びないのかもしれない。だが、それにしては奇妙だ。彼女はあまりにも一人で勇猛に戦いすぎている。


 そもそも、登場のタイミングも変だ。あれだけのヒーローを操っているのだから、あんな中途半端なタイミングで正体を明かすのではなく、もっと長期間自分だけ隠れて潜伏してバトルは配下達に任せてもよかったんじゃないか。


 奇妙だった。

 最善をつくす戦いをしてきた俺にとって、式さんの戦い方は、どこかいびつさを感じ取れた。


(――――もしかして、偽物か?)


 今、俺が戦っている式さん自体もまた偽物で、本体はもっと安全な場所に隠れているのか。


(いや、違う。それもまた違う感じがする。だったら、他のヒーロー達を守る意味がわからない。あの中に本体がいる? いいや、それも違う。もっと、何か本質を見間違えているような――)


 肉体操作のスペシャリスト。戦えるCクラスのヒーロー研究者。実験体にしてください。強すぎる肉体。八人の配下。操作に用いる糸。改造対象の違い。他人ではなく自分を改造する――。


 俺はその瞬間、雷撃に打たれた。


(…………ああっ!)


 思考の至り、高等数学の解くべき過程が見つかった時のような、奇跡的な符号の一致が判明した時のような、埋没した知識の海からの感動的発見。


(も、もしかして……い、いや、でも、そうだとしたら、そうなんだとしたら……)


 俺は彼女を倒せる。


 俺は先程までの彼女の行動のいくつかを、今の仮説と当てはめてみた。

 その事項は見事に俺の考えと合致した。どうやら間違いはないようであった。


(よし、よし、――よしっ!)


 と、ここまで思考がまとまってきた時点で、俺は大きく息を吐いた。


 よし。

 よし。

 いつも通りだ。


 俺は人型式さんを見つめる。今度は馬鹿にされないように真っ直ぐな瞳で。


「……何、いやらしい目つきでこっち見てるんですか宗太さん。通報しますよ」

「いやな。ちょっと試したいことがあってな」

「試したい体位があってな? 宗太さんはどんだけお盛んなんですか?」

「ちげーよ!」


 俺は怒った返しをしながらも、心の内側で先刻のような作戦を思考させる。


 まるで考える機関と喋る機関が別個になったように。

 俺は素早くボタンを押す。


 接近しようとする式さんに隙を見せないようにしつつ。


「とりあえず、よーく、そこで見ていろ。真堂真白に選ばれた俺の本領を発揮してやるから」


 人型式さんの攻めようとする動きが様子見に変化する。

 よし、この言い回しは効いたようだな。


 さーて、お待たせしました。こっからは逆転の時間。


 俺は一世一代の覚悟を決めて、超変身のボタンを入力した。

 人形道楽の猛攻に追い詰められつつあった新島宗太、彼の見出した“答え”はその喉元に届きうるものなのか――!?

 次回「第74話:ヒーロー達の人形終演」をお楽しみください。

 掲載は2日~4日以内を予定しています。

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