第70話:ヒーロー達の進軍再開
……ごめんなさい。
誰かの声が聞こえた気がした。か細くて、弱々しくて、今にも泣き出してしまいそうな声だった。
……ごめんなさい。
声の主は何度も「ごめんなさい」と謝罪を繰り返していた。
謝る必要なんてどこにもないのに。そう思っていた。
……ごめんなさい。
声とともに視界が薄ぼんやりと開放していった。
怪獣とヒーロー。壊れた世界と眩しい世界。この世の終わりと始まりの邂逅。その全てを体現した光景がそこにはあった。やがて光はだんだんと強くなり、怪獣を包みこみ、俺をも包みこむ。世界は新品のノートみたいに純白に移り変わる。そして、ついに、何も見えなくなる。
……ごめんなさい。
声だけはまだ聞こえていた。
「……だから、謝らなくていいのに」
俺は再びそう答えていた。
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意識が回復したのは、それから10分後のことであった。
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眠りから覚醒した俺は、右腕の計測器のボタンを押した。
ポチリ。
『悪魔達の輪っか』は不快感の少ない速度で反応を示し、今の状況を明確に伝えてくれる。
POINTS(ポイント数):110
DAMAGE(被ダメージ数):500/500
TIME(残り時間):115/180
「……奪われちゃったなぁ」
と、人気のない地下迷宮に、俺の声がこだました。
その声に、怒りや悲しみといった負の感情はふくまれていなかった。むしろ、落胆や諦念……しょうがないな~、という諦めムードに近いものであった。
(あー、仕方ないなー、こればっかりはなー)
と、いうのが素直な俺の感想であった。
城ヶ崎さんだって、慈善事業で俺を助けてくれたわけではない。
働きに見合う対価――今回で言えば、ヒーロー撃退による『80ポイント』の得点が配当されることを約束されて、俺の救出に向かったのだ。
(まあ、そうでもしないと、わざわざ来ないよな。どこに繋がるかわからない穴から降りて、ほぼ顔見知りレベルの俺を助けになんか……)
どんだけ人がいいんだよ。漫画世界の住人か。
もちろん、無報酬、慈善事業で手伝ってくれる人もいるだろうが、その絶対数は多くない。世間は、そこまでイージーモードではないのだ。
むしろ、城ヶ崎さん側からすれば、あゆが虚言を吐いていて、穴の先に罠が待ち受けている可能性だって考慮できたはずなんだ。
なのに、あゆの言葉を信頼し、俺の救出をしてくれた時点で、十分に“良い人”だろう。
感謝こそすれ、恨むことはできなかった。
(それに、……城ヶ崎さんは、俺に十分なヒントを与えてくれていたしな)
――……俺が出会ったのはそこの通路を散策していた時だが、……居ないな、おかしいな。動けるはずはないのだが。少なくともあと“1分くらい”は。
――……まあ、問題はないだろう。俺も多少の治療は施しておいた。“戦闘禁止から復帰したら”、すぐに元気いっぱいに動けるようになるだろう。
彼は――言葉の端々に、川岸あゆのポイントを受け取ったことを暗示させていた。
俺は気づこうとと思えば気づけたはずだし、そのように“意図的に”仕向けたのは、城ヶ崎さんなりの“配慮”だろう。
彼は、彼なりの方法で、俺に“抵抗の機会”を与えたのだ。
(まあ、フツーに気づかず、やられちゃったんだけどな……)
だからこその、諦念。
だからこその、落胆。
なのだろう。今の俺の精神状態を分析すると。
危機回避の可能性を最低限提示し、俺自身がギリギリで許容できる範囲内において、後腐れなく、極めて正当だと思わせてしまう手段で、城ヶ崎さんは俺のポイントを奪っていったのだ。
なんて鮮やかな手際だろう。ちょっとビックリなくらいだ。怪盗に宝石を盗まれた宝石商の気分、詐欺師に騙された金持ちの気分であった。
今回は失敗したな、まあ、そういう時もあるだろう。ゲームで言えば、選択肢を軽くミスった感じだ。次からは気をつけよう。そんな風に“無意識的に”反省させられてしまう。
この場合、反省させられてしまった、というべきか。
おそらく計算づくで、俺を心理誘導したのだろう。
考えれば考える程、怖ろしい男であった。
(……まあ、ともかく。この問題は、反省していても仕方がない)
俺は切り替える。
次に会った時は正々堂々、バトルで奪い返せばいいんだ。そう思い立ち上がった。
(さぁ……て、それじゃあ、行動しますか)
城ヶ崎さんのアドバイス通り10分近くグースカ寝ていた。そのおかげか、俺の体力は戦える状態にまで回復していた。
さすがに万全とまではいかないが、70~80%くらいは普段通りになっている。試験時間も1時間以上経過している。残す時間は、1時間55分くらいだろうか。
「……中盤戦、ってところか」
そう独りごち、人っ子一人いなそうな通路を眺める。
とりあえず、第二層への階段を探そう。そう心に定めて――――進軍を開始した。
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それからの戦いは比較的、“順調”であった。
第一層を着実に走破していき、だんだんとこの迷宮の範囲もつかめてきた。具体的には、行ったことのあるエリアと、行ったことのないエリアの区別が明確につくようになり、俺は第二層に至るための階段のありかを大まかであるが推測できるようになってきた。
「やっぱ、普通が一番だな」
通路沿いに登場したガイコツ状の怪獣を蹴飛ばしながら、俺は一人でそうつぶやいた。
怪獣狩りも順調であった。今の怪獣で4体目だから、俺のポイントは――150ポイントを計測したことになる。
「まあ、地味だけどな……」
地味であった。そして、地道であった。ついでに言うと、ボッチであった。こんなんで二次選考を本当に突破できるのだろうか。ちょいちょいそんな不安が陰ってくるレベルだった。
「それにしても、誰もいない……」
人っ子一人いなかった。俺の発言がすべて迷宮という名の虚空に吸い込まれていくのが、すごく寂しかった。まるで、この世界に俺しかいないみたいであった。
――いや、正確には、ヒーローに誰一人として出会わなかったわけではない。
たまーに、通路の脇っちょとかに、うずくまっている人陰が目につくことがあった。もしかしてヒーローかなー、と思ったり、いやいやそんなことないよなー、とスルーしたりしていたが、よく近づいてみてみると、やっぱりヒーローであった。
怪獣にやられたのか、ヒーローにやられたのか、その理由は不明であるが、歩いていると倒れているヒーローにたびたび遭遇した。
RPGなどで、街が壊滅していて、よく地面に倒れた人が呻いでることがあるだろう。
アレに似た感じであった。
ナチュラルに通路に倒れていた。
基本的には、怪獣に踏み潰されないように、通路脇に動かされた跡があり、ああ、誰かが助けたんだろうなあと、この試験の参加者の良識に感じ入ったりしていた。
本当なら看病とかした方がいいのかもしれないが、正直、この場所じゃあ手当ての方法も限られてるし、もし生命に関わる事態なら、常時モニタリングしているシロちゃん先生がなんとかしてくれるだろうと思い、俺は先を急いだ。
倒れてるヒーローの中に、知っている顔がいないか、それだけを確認しながら。
あゆとか、葉山とか、あの馬鹿の顔とか、そういうものをチェックしながら。
繰り返しになるが、俺の攻略はそれなりに順調であった。
怪獣を倒した数が6を超え、ようやく城ヶ崎さんに奪われた分を取り戻せてきたかな、と思えてきた矢先。
俺は出会った。大量のヒーローが倒れているエリアに。そして、第二層に至るための階段に――。
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第二試験に参加しているヒーローは総勢32名であり、その数は必ずしも少ないとは言い切れない。
つーか、むしろ多いほうだ。32人だぜ、32人。いくら地下迷宮が広くたって、これだけの人数のヒーロー達と、ほとんど出会わなかったというのも、オカシナ話である。
俺はその“奇妙さ”の理由を、ようやくこの場で知らされることなる。
「……なんじゃこりゃ」
目の前の光景に、俺は呆然としていた。思わず声に出してしまった。
「――――驚いたかイ? ソレもまた運命サ」
俺の正面には、魔女っぽい風貌のヒーローが立っていた。
待ち構えていた。といった感じだ。
その奥には、ようやくたどり着いたとも言える――第二層への階段が堂々と存在していた。
「君は記念すべき十人目ダ。ハハッ、ボクは何て運がいいんだろウ。君みたいな“強者の波動”を放つヒーローが、まだこの階層にいただなんテ――!」
「……強者?」
「強者と言い替えてもイイだろうネ」
三角帽をクルリと回転させ、漆黒のローブをはためかせ、魔女ぽいヒーローはケラケラと哄笑する。俺は、いや、そんなことよりも、彼女よりも、そのヒーローの周りの様子に、呆然と立ちすくんでいた。
「ヒーロー、……だよなぁ」
彼女の後方には、ヒーローが集結していた。
それも複数。
なんと9名も。
えーっと、待てよ。この試験の参加者はそもそも、32名だから。……その30%近くが勢ぞろいしていることになる。
「ハハハッ、あんまり怖がらないでもいいヨ? ボクはあんまり気にしないのガネ」
恐怖――確かにそれに近い感情であった。戦慄、と言い換えたほうがいいかもしれない。
俺は戦慄しながら見つめていた――9名の磔にされたヒーロー達を。
「どうだイ? カッコイイダロウ? ビューティフルダロウ? 彼らはねェ……ボクの純然たる勝利のアカシ、そして従順たるボクの実験体なのサ!」
銀色の身体を昆虫のように折り曲げて、赤い縁のついたメガネをクイッとあげる。
彼女は自慢のペットを紹介するようなノリで、彼ら拘束されたヒーローたちを示した。
いや、いやいやいや。
なんだこのヒーローは……。
いや、そもそも、この魔女っぽい奴は、ヒーローなのか……?
俺は目の前の状況を無言で観察する。
(まずは落ち着こう。心の中で大きく深呼吸をして、雑多な主観を消し去るんだ)
そうして、クールな状態のまま、目に入るすべてを、あまさず的確に把握しろ。
ここは、長い通路を抜けた先にある広大なフロア。その側壁の一部には、巨大な門がどっしりと立っており、第二層につながる階段であることは、一目瞭然であった。というか、「B1→B2」って書いてる。
魔女っぽいヒーローは、その前に堂々と立っている。彼女のうしろの岩壁には、まるで十字架の刑に処されたキリストとその弟子達のように、ヒーロー達が磔にされている。
(まるでヒッポイト星人に捕らわれたウルトラ兄弟のような……)
ヒーロー大収穫祭って感じだった。
一応、それぞれの顔を見るが、知らないやつばかりである。
あゆ、葉山、城ヶ崎さん、あの馬鹿、などといったメンバーはそこには見受けられない。
彼らに意識があるかどうかは、まちまちで、目を覚まして悔しそうな顔をうかべている奴もいれば、逆に恍惚とした表情をしているヒーローもいた。中には、気絶したヒーローもおり、彼らが自発的に、拘束されているのか、どうかまでは判別がつかない。
「……さっき、勝利の証、とか言ったな」
「言ったヨ、言ったヨ~、彼らはボクとの戦いに負けて、こうなったんだからネ~」
ああ、やっぱ、そんな感じか。俺は何となくわかってきた。
このヒーロー、第二層の階段前に陣取って、やってきたヒーローに対戦を挑んでいるんだろう。
負けたら、コイツラのように拘束されて身動きが取れなくなってしまう。
だから第一層に戻ってくるヒーローがいないわけだ。そもそも第一層に残るような弱いヒーローは、ここでやつに狩りとられてしまったんだ。
「……って、ことは、俺とも戦うのか? 第二層前に立っているってことは、そうだろ?」
俺の言葉に、魔女がニヤリと笑みを濃くした。戦闘狂というよりも、俺の資質を値踏みしているような表情だった。
「話が早い人は助かるヨ。ウフフフフ、月並みな言葉を云わせて貰えバ、ここを通りたくば、ボクを倒してくことだネ」
魔女っぽいヒーローは、両腕を高らかに広げる。
指揮者のように優雅で、ダイナミックなポーズだ。
それにしても、待ち伏せ戦法か……。
自分から探索せずに、ヒーローだけを狙いうち。ポイントは確実に稼げる。考えは面白いが、そんなんじゃ第三層まで辿りつけないんじゃないか。
いや、そもそも、コイツの場合、戦う目的が違うのか。
――強者、実験体、磔になったヒーロー達、だいたいこれくらいのキーワードから、“コイツの正体”は読み取れる。ここが地球の本棚であれば、検索を割り出すのに必要な証拠はそろっている。俺はその答えを口にした。
「――――お前、1年Cクラスの人型式ってやつだろ」
俺の推理に、肯定を意味する気持ち悪い笑顔をうかべる。
「ウフフフフ、ウフフ、さすが一流のヒーローを目指す人は違うねェ。魔導医者のお墨付きを貰うだけのことはあるヨ、ウフフ」
「魔導医者ね……、真白さんのこと知ってるんだ」
「ボクと彼女は所謂、素敵な敵対関係ってやつでねェ……、彼女の物を奪えるんだと思えば、俄然やる気がでてきたよ……新島ソータくん?」
俺の名前を言い当てながら、人型式はサッと回転する。
「――それデハ、ソレデハ、ソレデェェハァ? アラタメテ自己紹介でもしておこウ。ボクの名前は、人型式。しがないしがないヒーロー研究家サ」
大きな三角帽をクイッと回し、丈の長いローブを生き物のように蠢かせ、メタルシルバーの肉体を輝かせながら、朱色の縁で彩られたメガネで、こちらを舐め回すように、見る。
見る。
見る。
見る。
まるで観察することが“本業”であるような禍々しき視線であった。
「変身名は《人形道楽》ンンンッ! しばしの間、ボクの劇場にお付き合いくださィィィ――♪」
第三層から帰還し、進軍を始め、ようやくたどり着いた、第二層への階段。
目の前に現れたのは、狂気のヒーロー研究家、人型式。
中盤戦、最初の関門が、俺を待ち受けようとしていた――!
新島宗太の前に現れた狂気なる強敵、人型式。彼女の持つ能力とは、そして、真堂真白との関係とは――?
次回「第71話:ヒーロー達の人形道楽」をお楽しみください。
掲載は、2~4日以内を予定しています。