第69話:ヒーロー達の脱出劇
「――さて、どうにかしようと見参したが、これは想像以上の難敵のようだ」
第三層の入り口から顔を出し、冷静な口調でそう言った。
彼――城ヶ崎正義さんは、一瞬だけ思考する表情をめぐらすが、すぐに平左へと戻り、まるで料理でも注文するような気軽さで、こう決めた。
「逃げるぞ新島君。――俺たちの力では、彼らには勝てない」
――第69話:ヒーロー達の脱出劇――
「変身名《輝き》――ッ! “痛み”を認識しろっ!」
城ヶ崎さんの行動は、スムーズで迷いがなかった。
入り口へと迫りくるバンダースナッチの軍勢を、流麗な動作でつぎつぎと撃ち落としていく。
怪獣たちはスプレーを噴射された害虫のように、なす術なく降下していった。
「あれだけの大群が……」
思わず呆然とベタな言葉を吐いてしまう。
俺は肉体に蓄積した疲労感も忘れて、その戦闘風景に見入っていた。
「何、俺の能力と彼らとの“相性”がいいだけの話だ――――新島君」
くるりっ、と俺の方を振り向く。
バンダースナッチの数は全部で12体。
奴らは4体×3の隊列を組み、順番に襲い掛かってくる。
第一陣は城ヶ崎さんによってさきほど撃ち落された。すぐさま、第二陣が攻めてくることだろう。
しかし、彼は、隊列同士の生み出す“わずかな間隙”を利用し、俺に話しかける。
「どうやら君は“空を飛ぶ”ことのできるヒーローらしいな。戦闘ビデオで拝見させてもらった。あいにく俺は、その手の能力を持ち合わせていない。
――ゆえに、これは君の救出だが、君の助けが必要不可欠になる。――飛行能力の回復までには、どれくらいの時間がかかる?」
救出され出口に到達したのに、すぐさま飛び立たない俺の様子を察して、城ヶ崎さんはそう発言してくれた。
そしてその予想は大正解であった。
背中のブーストは限界をむかえ、いくらかの休憩を必要としていた。
その事実に間違いはない。
俺は頭のなかで計算を素早くはじき出し、求める答えを口に出す。
「はい、おそらく第一層までの距離を、一気に飛び立つためには、あと“5秒”もあれば――」
「――ならば、十分ッ!」
そう叫ぶと、城ヶ崎さんは不敵な笑みを武器に、両手をスナイパーの如く外側へと向けた。
決して腕力を頼りにした力を振りしぼるような動きではない。
むしろ、手品師がステッキを振るうように軽快な動作で、彼の能力は顕現し、発動をおこなう。
「……5秒か、その程度、怖れるに足りないな……っ!」そう城ヶ崎さんは余裕をたれるが、それは一般的な事実は異なる。
――――本来、5秒とは、ヒーローと怪獣の戦いにおいて、短い時間ではない。
超高速で展開されるヒーローVS怪獣の戦いは、早ければ10秒たらずで決着する時もある。
これまでの試験内容が、数分間の生き残り戦であったことや、俺自身が昼休みという短い時間を活用して、修行に明け暮れることからもわかるように、ヒーローの時間は、常人とは異なっている。
バンダースナッチを相手とした場合、その特徴はより明らかになる。“超スピード”を特徴とした彼らの種族との戦いにおいて、5秒とは、永遠に等しい時間ともよべる。
おそらく、三度、……いや四度は、強襲を仕掛けてくることが可能だろう。
ランクAの怪獣が軍勢を率いて四回も襲ってくる。想像するだけでも身体がすくみ震え上がるシチュエーションだ。
だが、目の前の城ヶ崎さんは、そんな危機的状況にもかかわらず、焦ることなく冷静に、まるで食後のコーヒーを飲むときのように優雅に、軽やかに、そして的確に、怪獣バンダースナッチの大群をやり過ごしていた。
「KRUUUUUUU――!」「KRUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッ!」「KRUUUUUUUU――ッッ!!」「KRUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUッ!」「KRUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUUUUUUッ!」
「――――フッ、変身名《輝き》、“崩壊”を認識しろ」
彼の言葉とともに第三層の天井の一部が“崩壊”をする。怪獣たちはその雪崩に飲み込まれ地面へと墜落していく。
脅威度七〇オーバーを刻む怪獣の大群を相手に、彼は、リズムを取る指揮者のように軽やかに敵達を撃ち落とすのであった。
「――固いな。倒れはしても、倒されはしない……、か」
そう分析的につぶやくが俺には十分な戦いぶりに思えた。
精神的にも体力的にも限界をむかえ、文字通り満身創痍の俺であったが、彼の戦いに関しては――完全に感服していた。
魅入っていた。本来、強い人物に出会った時に起こりえる、妬みや嫉妬といった感情もそこにはない。
あるのは、ただ、純粋な感謝の念と、尊敬の気持ちだけであった――。
「……ありがとうございます、城ヶ崎さん」
「何、気にするな。それに、報酬はそれなりに後でいただくからな」
戦う彼の後ろ姿を眺めながら、俺は「自分も頑張ろう」という気持ちが高まっていく。彼のヒーローとしての戦う光景が、俺のヒーローとしての限界を塗り替える。
さらなる高みを目指すための、原動力となる――!
「準備、完了しました、城ヶ崎さん……!」
俺はそう言葉を発する。その発言にいささか驚く城ヶ崎さん。
「――本当か、まだ4秒とにも達していないが、……大丈夫か?」
その問いに迷いなく答える。
「問題ありません。俺も、――”全力で”戦いますので」
城ヶ崎さんは俺の声質に何か違うもの、熱いものでも感じたのか、無言で了承すると俺の手をとった。
彼は――――トドメ、とばかりに、両手を出口に放った。
「変身名《輝き》――ッ! ――“再生”を認識しろっ!」
と、台詞とともに俺たちの入ってきた第三層への通行路が――岩石で封じられた。
再生……そんなことまで、できるか。汎用性の高さに俺は戦慄する。
バンダースナッチ達が岩壁を壊そうとする様子が壁づたいに伝わってくるが、しばらく時間はかかりそうであった。
このチャンスを逃がすことなく背中のブーストに全神経を込める。
さあ、脱出だ――!
俺は意識を集中する。
背中へと熱を感じるイメージを作る。
練り上げたパワーをそのまま外側へと放出する。
「――――ブースト、オン!」
俺は城ヶ崎さんを連れて上方へと飛行を開始した。
高度をあげるにつれて加速は増し、ジェット機のようにぐんぐんつき進む。
「おぉ……これは、スゴイな……」
城ヶ崎さんが感動した声をあげる。彼は俺の手をつかみながら、周囲を見ている。
対する俺は雑念を消し去り、飛ぶことだけに集中していた。振り返ることなど決してなく、次に第三層を見つめるのは今度あの場所に挑む時だけだ、と心に決めて、ただ一点――前だけを見つめていた。
光が射している。第一層の光だ。
上昇を続けながら俺は心の中で、第三層に別れを告げる。
必ず帰ってくることを約束しながら、ふたたび決着をつけることを己に確約しながら、今は降り注ぐ光だけを見つめつづけた。
光が強くなる。希望の光だ。俺は光へと手を伸ばす。
俺の加速は最高潮をむかえ、最後の力を振りしぼるように飛翔し、出口を抜ける。懐かしの第一層に到着を果たし、さて、これからどうしようか、まずは城ヶ崎さんにお礼を言わなければと、今後のことを考えながら着地場所を探す。そして、そのために、周囲を見渡すと、
「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっっぎゃ――――っっっっ♪」
狂気の笑みをした怪獣ジャバウォックと目が合った。
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「ぎゃるぎゃるぎゃるぎゃるぎゃるぎゃる……♪」
「おいおい……」
おいおい。
おいおいおいおいおい。
ちょ、ちょっと待てよ……。
それは、あんまりにも、ひどいんじゃないのか……?
「ぎゃぎゃあぁ――――――――ぉぉっ!!」
怪獣ジャバウォックは第一層の地面を容赦なく踏み鳴らし、激しい震音で俺たちは地面に落下する。顔をあげると、十メートルを超える巨体が俺たちを見下ろしている。
狂気にいろどられた両目が、俺たちの破滅を宣告していた。
あまりにも荒唐無稽な事態に、俺の脳みそは永久凍土のようにフリーズする。ジャバウォックの笑みに引きつった笑い顔を返すことしかできない。
は、ははは……。なんだこれ。
なんだこれ。
あんまりだ。
乾ききった笑い声が口元から漏れてくる。ケラケラケラと、全身の力が抜けたようにその場にへたりこむ。
俺の隣にいた城ヶ崎さんもこれには予想外だったのか、冷静であった表情を凍らせていた。息を呑む音が聞こえる。
「ぎゃっっぎゃっっぎゃっっぎゃっっぎゃっっぎゃっっ……♪」
喜びの境地のような嬌声をあげながら化け物は巨体を揺らす。
地面が大きく震撼し、激しい砂塵が立ち込める。
砂塵が。
砂塵が、あがる――。
「…………」
俺の心の中であるものが芽生えだす。深海に沈んだ化石のように深く深く奥底に眠る記憶の一部が、情景としてよみがえる。
ああ、あの時のようだ……。
小学六年生のあの時。すべてを壊されたあの時。すべてを失ったあの時。
目の前の怪獣によって一つの街が消し去られた、あの日のようだ。
俺の中で記憶が引き戻され、フラッシュバックが巻き起こる。
それは、同時に、俺の心を再燃させる事態でもあった。
(……いや、いや、それは、それ、ならば……)
(あの日と同じ、あの時と同じ、そうであるならば……)
俺の心は確変を始める。閉じかけた気持ちに揺さぶりが起きる。
覚醒の可能性が芽生えつつある。俺は、冷静に、客観的に、できるだけ意識しないように意識しながら、心を熱く、熱するように昂ぶらせる。
(もし、ここで逃げてしまったら……)
熟するように、奮わせる。
(もし、ここで諦めてしまったら……)
仕上げるように、滾らせる。
(ここで……“呆然とする”ことだけは、……やってはいけないのではないか?)
そうだ嫌だ。
それだけは――嫌だ。
俺の中に確固とした思いが蓄積していく。
それは俺を燃焼させるエネルギーとなる。
そうだ嫌だ。弱かったあの頃と同じだなんて嫌だ。それだけは嫌だ。戦うこともできず、抗うこともできず、無力で、どうしようもなくて、ただ世界に飲み込まれていく存在になることだけは、絶対に嫌だ。
成長してきたい。世界に壊されるのでもなく、世界を壊すのでもない。新しい存在になりたい。
ここで屈することだけは。
ここで負けることだけは、これまで頑張ってきた俺自身に申し訳が立たない!
「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ…………ぎゃ?」
気がつけば――俺は立ち上がっていた。
復活、していた。
戦闘モードに入り、拳を握り、両脚で地面を踏み鳴らしていた。正面を真っ直ぐに見据えて、戦う運命を受け入れていた。
バトルモード。準備完了。エンジン足りてないのは自覚してる。とりあえず気合でなんとかしてみせる。ダメだったらまた考えるさ。
無謀だって、蛮勇だって?
はっ。
蛮勇だって、勇気の一つだ。
とにかく、ただ倒され、ただ踏みにじられ、ただ蹂躙されるだけの人間にはなりたくなかった。
戦う意志を持ちたい。立ち向かう魂を持ちたい。せめて一人の戦士として、俺は怪獣ジャバウォックに挑んでいきたかった。
「……新島君、気配が変わったな」
「――城ヶ崎さん。戦いましょう。俺たちは絶望的な状況に追い込まれてなどいません。ただ、驚かされただけです。負けてなんかいない。それなら、戦わないと。目の前の怪獣を倒さないと」
城ヶ崎さんは一瞬だけ驚いたかのように口元を固まらせて、それからゆっくりと微小へと変えた。
「――なるほど、なるほどなるほどなるほど。確かに不意をつかれたが、それだけだ。それだけに過ぎない。第一層に逃げ切った俺たちに、不利な点など一つもない」
城ヶ崎さんはそう納得して、怪獣ジャバウォックに両手を向ける。
俺たちの変化を見ていたジャバウォックは、若干つまらなそうな表情を浮かべて分かりやすく不快そうなポーズをとったが、すぐに悦楽を浸らせた笑みへと切り替えてきた。
(さあ、戦う、逃げる、どちらでもいい。もう一度、相手してやるぜ、ジャバウォック!)
と、覚悟を決めた瞬間だった。俺たちの周囲に大きなアナウンスが鳴り響いたのは。
通路内に響く“その声”は、同時に俺の頭の中へと直接侵入してきた。
「はいは~い、ちょっとストップ! ストップで~す!」
幼い子供の声だった。小学生高学年か、はたまた低学年くらいの、俺にも聞き覚えのある声であった。この脳内に直接響いてくる感覚も、体験済みであった。
――トレーニング広場。シロちゃん先生の、変身名《夢見心地》に寄る感知能力であった。
「ジャバウォックちゃ~ん、第一層は貴方の管轄外で~す。ダメですよ、ルール違反しちゃぁ~。すぐに第三層に戻りなさい~」
不機嫌そうな声色であった。
教室で騒いでる生徒を窘める時のような、そんな教師然とした口調であった。
ジャバウォックはその指示を聞くと、予想以上に素直に、もうここには用ないと言いたげな様子で、哄笑を軽く行うと、煙のように姿を消していった。
まるで現実の世界に来た絵本の住人が、もとの世界に還るように、肉体の透明度が増していき、ゆっくりと消滅していった。
「あ……」
思わず声を漏らしてしまった。
その間にも、怪獣ジャバウォックは姿を消してゆくのであった。
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危機はあっけなく去っていった。
どうやら、怪獣には出現して良い場所と、ダメな場所の区別がされているようだ。
これはおそらく試験上の配慮に寄るものだろう、と俺は推測した。
確かに進入禁止のルールでも決めておかないと、怪獣たちは第一層から第三層のエリアを、自由に移動してしまうだろう。
もしそんなことが起きれば、最終層に一番弱い怪獣がいて、最初のエリアに怪獣ジャバウォックが君臨している状況だってあり得ることになる。
それじゃあ、バランス崩壊だ。試練にもなりやしない。
怪獣たちは人工的に作られたとはいえ、ゲームのモンスターではない。特定の区域にしか生息しないだなんて、そんな荒唐無稽な話があるはずはない。
すべては、シロちゃん先生たち、運営本部によって“調整”されている。おそらく、今のように特定の層に待機しておくように、訓練されているのだろう。
「……しかし、怪獣ジャバウォックは、ここまでやってきた」
そうだ。城ヶ崎さんのつぶやきに俺は頷く。
そうであった。怪獣ジャバウォックは、第一層までやってきた。ルールが決められている以上、すぐに第三層へと返されたが、それでも奴はここに出現した。それは紛れもない事実であった。
「……もしかしたら、あの怪獣は、ルール違反であることを“自覚”したうえで、俺たちの前に現れたのかもな」
「えっ」
「いや、ただの推論だ……忘れてくれても構わない。だが、あの怪獣は、俺たちに恐怖を味あわせるためならば、ルールを犯すことも厭わなかった、それだけだ」
城ヶ崎さんの言葉に俺はゾゾゾッと背筋から冷たい物が這い上がってくるのを感じた。
本来、怪獣にとって、他のエリアに移動することはご法度なのだろう。シロちゃん先生らによって徹底して命じられており、ほとんどの連中は、それを順守している。
しかし、怪獣ジャバウォックは、そのルールを敢えて破った。
ここで注目すべきは、ジャバウォックが、“意識的に”規則を破ったという点だ。
(ただの破壊を生み出すロボットじゃない……)
もっと、何か、“意志”に近いものを持った、怪物の存在を俺は感じ取っていた。
(バンダースナッチ達だって、出口にの近くになら入ろうとしたが、結局上までは追ってこなかったしな)
思えば、あゆが逃げ出した際も、バンダースナッチ達は出口に入ってしばらくすると、第三層へと引き返した。
おそらく、第二層の地上に当たるエリアまでが、彼らランクA怪獣に許された行動区域なのだろう。
「……あゆ?」
と、俺はその時ようやく気がついた。怪獣ジャバウォックが立ち去って、霞のように曇っていた思考が、ようやくクリアにまとまってきた。
あゆ。そうだ、あゆはどうした?
俺は第一層に帰還した瞬間、心のどこかで、あゆが待っていてくれるだろうと予想していた。
まあ、実際に待っていたのは怪獣ジャバウォックだったわけだが、今回、それは置いておこう。
どちらにせよ、あゆは近くにいるだろうと思っていた。
それがいない。
あゆはどこに消えた。
あんだけボロボロだったアイツが、いくら俺のエネルギー弾を分け与えたからと言って、そんなに遠くまで動けるはずがない。
というか、ヤツの性格上、あのままオサラバするわけがない。
俺は城ヶ崎さんの方を見る。お礼をふくめながら、尋ねる。
「城ヶ崎さん……、助けてくださって、ありがとうございます。あの、川岸あゆ……貴方を呼んでくれた女の子がどこにいるのか知ってますか?」
「……それは俺も奇妙に思っていたことだ。俺が彼女と出会ったのはこの近辺を散策していた時だが……おかしいな、あと少なくとも1分くらいは動けないはずなんだが」
と、城ヶ崎さんは右腕にかけたメーターで時間を確認しながら、そう答えた。
そうか。城ヶ崎さんも知らないのか。つーか、知っていたら到着してから教えてくれるはずだしな。
「……まあ、それほど問題はないだろう。俺もできる限りの治療は施しておいた。戦闘禁止から復帰したら、すぐに元気いっぱいに動けるはずだ」
「そうですか……」
そうか。なら、大丈夫かな。
いくらか不安もあったが、あゆならば大丈夫だろうという気持ちも心の中にあった。
互いにチームを組んでみて、実感したのだ。
アイツは、この程度でやられてしまうような、ヒーローではないと。
それは信頼関係に近いものであった。
さて、じゃあ、どうするかな。とりあえず、体力的に限界が来てるから、休みつつ、第一層の散策でもするかな。
とりあえずの目標は、あゆの行方と、第二層への階段を探す感じで。
城ヶ崎さんはどうするつもりだろう?
このままチームで行動してもいい気がするけど、やっぱ負傷してる俺だと足手まといになるかな。
「……では、新島くん。俺はここらあたりで旅立つことにするよ」
と、俺は尋ねる前に、城ヶ崎さんの側から、そう申し出てくれた。
なごり惜しい気もするが、この場所ではライバル同士。必要以上の干渉や、慣れ合いはかえって迷惑をかけることになるだろう。
つーか、俺、この人に感謝しすぎて戦える気がしないな。
俺は若干困った気持ちになりながら、深々と頭を下げた。
「城ヶ崎さん……ありがとうございました。こんな、本当に大したお礼もできず、……俺を助けてくれて、ありがとうございます」
「構わないさ。俺は、俺なりに意義のあることだった」
「そうですか」
俺はそう言って頭をあげた。
「それに、報酬はすでに頂いているしな――」
と、城ヶ崎さんは、ホテルマンにチップを払うように悠然と、あまりにも自然な動作で、俺の胸元に向けて人差し指を定めた。
言葉を発した。
「――――変身名《輝き》、痛みを“認識”しろ」
その瞬間だった。
俺の胸元から背中にかけて、突然、鋭い巨大な刃が、ヒーローエネルギーで生成されたであろう長い剣が、一直線上に俺を貫いた状態で、姿を現した。
「えっ……!?」
あまりの衝撃に俺は言葉を失う。
いきなり事態に困惑しながらも、耐えられない“痛み”に俺は地面に倒れこむ。とっさの出来事に受け身をとることもできず、頭から硬い地盤にぶつかる。
「な、な……、ぁ、な何で……っ!?」
顔を地面にうずめながら、俺は口元から声をもらす。
ヒーローエネルギーで作られた刃は、激烈なパワーが込められており、俺の肉体を“気がついた時には”突き刺していた。まるで言われてから初めてその存在に気がついたように。体力ゲージは容赦なく減少していき、一瞬のうちにゼロをカウントする。
倒れた俺に対して、城ヶ崎さんの冷静な声が届く。
「――君が空を飛んでいる最中に、俺の《輝き》を埋め込ませてもらった。故に、あとは俺が“認識”させるだけで、すべては終わっていたんだ」
右腕の計測器――『悪魔達の輪っか』が俺の窮状を示していた。
POINTS(ポイント数):190→110
DAMAGE(被ダメージ数):0/500
TIME(残り時間):125/180
DAMAGE(被ダメージ数)は全損し、同時にポイント数が190から110へと減少する。
城ヶ崎さんは、俺の右腕のメーターを確認し、自分の右腕を見返し、ゆっくりと立ち上がる。
「それでは、確かに報酬は頂いた――新島宗太、それと、川岸あゆ、二人のポイントの合計で160ポイント。先ほどバンダースナッチを二体ほど撃破できたようだから、俺の得点は“420”ポイントだ。ありがとう、新島君。そして――ありがとう」
地面に倒れて動けない俺を背負い、通路の横にまで運び、寝かせると、そのまま悠々と去っていく。
「なお、川岸さんの行方は、本当に知らない。俺も可能な範囲で探すさ。安心してくれたまえ」
ポイントを奪われた人間は――3分間の戦闘禁止。それは同時に、3分間も行動不能を意味する。
城ヶ崎さんは俺たちのポイントを“報酬”と言い換えた。
おそらく、あゆはこう交渉したのだろう――自分のポイントをやるから、俺を助けてくれと。
(普通……んな、こと、やるかぁ……)
確かに見ず知らずのヒーローに救出を求めるには、悪くない手段だとは思うが……。俺は意識をもうろうさせながら、彼女に対してそうぼやいていた。
城ヶ崎さんの声が、近いのか遠いのかも分からず、聞こえてくる。
「――良ければ、そのまま一旦眠ったほうがいい。この試験、どうやら失神程度ではゲームオーバーにはならないらしい。ヒーローにも休息は必要さ」
うるせぇ……馬鹿。
俺は判然としない精神状態の中、城ヶ崎正義への感謝と恨みを、怪獣ジャバウォックへと再戦の誓いを、川岸あゆへの心配を、いろんなその他大勢雑多な考え事を、頭の中でグルグルグルグル回転させながら、
徐々に、
ゆっくり、
意識を、
――――失っていった。
怪獣ジャバウォックの脅威から抜け出した新島宗太はしばしの眠りにつく、目覚めた先に彼が出会ったものとは――!?
次回「第70話:ヒーロー達の進軍開始(仮)」をお楽しみください。
掲載は2~3日以内を予定しています。