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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第5章 運命動乱編(後編)
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第68話:ヒーロー達の第三層の因縁(後編)

「――映司、初めて会ったときにお前が言った言葉、覚えてるか?」

「仮面ライダーは助け合い、だろ?」「でしょ?」

『仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ&オーズ MOVIE大戦 MEGA MAX』より抜粋

「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ♪」


 ジャバウォックのやかましい声だけが迷宮内にこだましている。

 俺たちをあざ笑っているのだ。ゴールがあると信じて懸命に戦った俺たちを馬鹿にしているのだ。


 超変身を行い、地面を馳せ、空を駆け、怪獣ジャバウォックの頭上を飛び越えた俺たちを待っていたのは、大岩によって塞がれた脱出口の姿であった。


 絶望。

 有無を言わさぬ象徴的絶望。


 犯人は判っている。推理するまでもなく怪獣ジャバウォックのしわざだろう。

 俺たちの目的地を前もって予測し、先に出口を通れなくしたのだ。


 動機はおそらく存在しない。

 本来、俺たちを倒すためならば、こんな面倒な手順を踏む必要はない。


 それでも怪獣ジャバウォックが、俺たちにこうした罠を張ったのは、“楽しそう”だったからに違いない。


 楽しそう。純粋な愉快犯の犯行。絶望にふためく俺たちを眺めての圧倒的愉悦。


 多分、必死に頑張った末に敗北する俺たちの姿を見たかったのだろう。


 希望があると信じたその先に、絶望しか待っていないことを笑いたかったのだ。


 残忍で、無邪気、純粋で、破壊的。――神出鬼没のジャバウォック。


「ぎゃがぎゃがぎゃがぎゃがぎゃがぎゃが♪」


 地面に足を叩きつけながら、ジャバウォックが喜色を浮かべる。

 振動が迷宮内を揺らし、俺たちの身体も必然ガクガクと震える。


 勿論――大岩なんて、すぐに破壊してしまえばよかったのだ。

 巨大な岩石が存在したところで、今の俺たちには恐るに足りない。

 砕いて壊すことも、そのまま飛んで脱出することも、可能だったはずだ。


 しかし――。


 信じていたものがなくなった瞬間。

 心の支えとなる希望が潰えた瞬間。


 俺とあゆの心の中の一部分が、少しだけ、ほんの僅かな数コンマの間だけ、静止してしまった。


 その空白は、一秒を分割し、熾烈な戦いを展開していた俺たちにとって、余りにも致命的な時間であった。


 俺の輝きは失われ、突然目の前に出現した怪獣ジャバウォックによって叩き落され、地面へと落下した。

 同刻、あゆはバンダースナッチ達の炎弾を撃ち落とすことに失敗し、全身に火焔を浴びた。


 そして、すべてが終わった今。


 俺たちの運命は、第三層のじめじめした地面に全身を横たわらせながら、苦悶とうめき声をあげて倒れるしかなくなってしまったのだ。


「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ♪」」


「KRUUUUUUU――!」「KRUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッ!」「KRUUUUUUUU――ッッ!!」「KRUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUッ!」「KRUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUUUUUUッ!」


 ジャバウォックの哄笑がとどろく。

 合わせてバンダースナッチ達の狂音が鳴り響く。

 地下第三層。地中奥深くにおいて何時までも嗤い続けるのだ。

 この化け物共は――。


(せめて……あゆだけは、助けなくては……)


 俺は雷撃を受けたように痺れる身体を動かしながら、あゆの方を見る。


 今の彼女は遠く離れ、怪獣ジャバウォックの足元で、廃棄品のように横たわっている。


 身体は時折ピクピクと衰弱した昆虫のように動いており、気を失ってはいないのはわかるが、立ち上がる元気はなさそうであった。


 というか死にそうであった。


 この試験の敗北条件は聞いていないが、どうやら失神程度では、ゲームオーバーにはならないようだ。


 こんな状況で試験も何もあったもんかとも思うが、大事なことであった。


 打開し、その後もことも考えるくらいの余裕を持たなくては――。


 俺の意識は正直朦朧としていた。超変身の連打技を使用した影響だろうか、うまく力を解放することができずにいた。または、酷く痛めつけられた結果だろうか。あゆも似たような状況にあると考えておいたほうがいい。


 ヒーローが二人。地面に倒れ伏している。

 周囲には、怪獣たちが余裕の表情を浮かべて勝利に酔いしれている。


 まるで、この世の終わりのような光景であった。


 俺は今にも気を失ってしまいそうな状態の中、文字通り必死に思考していた。

 この状況を脱するための術を、最善の方法を、最良の手段を、脳みその稼働率を限界ギリギリまで高めて考えていた。


 怪獣ジャバウォックは強い。軽々と振るわれた一撃には、俺を一瞬で昏倒させるだけの威力があった。

 単純なパワーだけみても、今まで戦ってきた怪獣達の中で、一、二を争う。少なくとも、怪獣ミノタウロスと同レベルの腕力は持っていると考えたほうがいい。


 また、いきなり俺たちの目の前に現れる神出鬼没性。

 ワープでも使っているんじゃないかと思える速度で、怪獣ジャバウォックは俺たちの眼前に姿を現した。

 バンダースナッチの軍団を配下にしている点から考えても、そのスピードは彼らを凌駕するものであるだろう。


 そして、オドロオドロシイ雰囲気オーラ

 奴の発する雰囲気に飲まれると、俺たちは一瞬動きが硬直してしまう。

 生物的な恐怖にかられたように、動けなくなってしまう。

 心臓を直接奴の両腕で掴まれたように、物理的にというよりも、むしろ精神的に動きを拘束されてしまうのであった。


 おそらく――怪獣ジャバウォックは、その能力を総合的に換算すると、まさしく地下ダンジョン最強の怪獣――君臨するに相応しい存在だと認めざるをえない。


(……だが、弱点が無いわけではない)


 そうだ。俺はその弱点について見抜いていた。


 怪獣ジャバウォックは敵に対して徹底的に“慢心”している。


 俺たち人間のことを馬鹿にして、相手にしてないで、オモチャにすぎないものだと認識している。


 これは、戦闘において実力以上に、コチラの攻めが許されるということだ。


 全力をつくしてこないということだ。


 すべてを受け止めてやると言わんばかりの傲慢さが、俺たちの生死をギリギリの所で繋いでいるのだ。


 俺たちはこの弱点を、間隙を、油断を、活かさなくてはいけない。

 ジャバウォックの隙をつき、脱出を計らなくてはいけない。


 そのためには、まず――。


「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ♪ ……ぎゃぎゃ?」


「よ、よぉ、怪獣ジャバウォック、お前、さすがにつえーじゃ、ねーかよ。お、驚いたぜ……」


 俺は立ち上がり、怪獣ジャバウォックに笑いかけてやる。


 できるだけ、余裕たっぷりの感じで、まだまだ戦えるという雰囲気を出して。


 実際は、全身の筋肉が悲鳴をあげ、苦しみ喘いでいる。痛みのせいで頭がおかしくなりそうだ。

 だが、俺は軽口を漏らしながら、同時に肉体を操作する。


 素早くコマンドを入力。


 →《左腕》×2→《右脚》×3、からの、→《左腕》×1。


 これで、コンボ達成。ジャバウォックは俺の行動に勘づいているだろう、しかし、余興でも見るつもりなのか、にやにやと余裕そうに眺めていた。


 馬鹿にしやがって。

 しかし、そうした心の声は、言葉の上でも表情の上でも見せずに、命令の完了だけ告げる。


「――終わり(フィニッシュ)……ッ!」


 俺の左腕が青く美しく輝く。とても自然光とは思えない奇妙な色合いだった。

 ジャバウォックも不思議そうな顔をして見つめる。


 ここまで来て、攻めてこねーのかよ。ったく、とことん舐めた野郎だぜ。


「――変身名《限定救世主リミット・セイバー》種類――うわっ!」


 と思いきや、怪獣ジャバウォックがいきなり地ならしをしてきた。震動。硬直。身体が動けなくなる。


「ぎゃるるるー♪」


 そのまま、俺の目の前に巨大なつま先が現れた。怪獣ジャバウォックに蹴られて、俺の身体は数メートルちかく吹き飛ばされる。岩壁に激突し、隕石ぶつかったような衝撃的な痛みで声を上げる。


「……っっ、たぁ」


 前のめりに地面へと倒れ、肺から呼吸が漏れる。

 本当にコイツ……楽しんでるだけなんだ。


 まるで動き出した人形を蹴飛ばして遊んでいただけのような、怪獣ジャバウォックの

悪意すら感じさせない動きに、俺は狂気に近いものを感じた。


(……だが、その余裕のお陰で、俺の準備は完了した――!)


「……改めて、種類『救世弾』発射――っ!」


 渇いた叫びとともに、青き弾丸が怪獣の眉間に目掛けて放たれた。

 速度は充分。

 進行方向に陰った落石を、弾丸は一瞬で粉々に粉砕する。

 威力も申し分無い。

 バンダースナッチの大群相手でも、これなら撃退することも可能だろう。



 そして、怪獣ジャバウォックは、その一撃を眠たそうに、回避した。



「ぎゃっっがっっっがっっぎゃっっがっっっがっぎぎゃぎゃ?」


 嘲笑に似た笑い声が響く。

 無意味だと言わんばかりにジャバウォックは俺を弾き飛ばした。


 だが、吹き飛ばされながらも、俺の表情は依然として真剣そのものであった。


(――いや、違う。違うんだ。今のはジャバウォックを狙った技ではない)


 青き弾丸は、そのまま器用に弧を描き、角度を急速に下降させる。

 その彼方には――横たわった機械のヒーローがいた。

 意識を保つのも限界そうで、肉体を僅かす動かすことしかできない少女がいた。


 そうだ。――そういうことだったのだ。


(この技は――あゆを、川岸あゆを(・・・・・)狙った(・・・)攻撃だ)


 青き弾丸は突き進む。邪魔する岩石を蹴散らして、あゆへと急接近する。そのまま――激しく、直撃を果たす。


 しかし、あゆの体力ゲージは減少を示すことはない。事実、ダメージが計測された様子はなく、そのうえ弾丸は消滅せずに、急速に、大きく膨らみだした!


「…………ぎゃ?」


 青き弾丸は、あゆに直撃した状態のまま一気に膨張を始め、瞬きする間もなく、巨大な青い玉に変化した。


 そうして途端に――空中へと飛び立つ。上昇、加速、飛翔、ロケットのように天上を目指す。


「ぎゃぎゃぎゃっ?」


 これには想定外だったのか、焦りだすジャバウォック。弾丸の進行を阻止するため、急いで命令を発する。これを受けたバンダースナッチの軍勢が、一糸乱れぬ超スピードで、あゆを運ぶ青玉に接近する。


 速い、追いつかれる――っ!

 願いを込めて、俺は彼女へと指示を飛ばした。


「――今だッ、あゆ! ぶっ放せッ(・・・・・)!」

「……《全壊右腕クラッシャー・アーム》っ……種類ぃ……『閃光弾フラッシュ』ッ!」


 光が――!

 限界を迎えていたはずのあゆから、バンダースナッチ達へと強烈な閃光が注がれる。


 いきなりの不意打ちに、奴らの動きが戸惑いも相成って、数瞬だけ静止する。


 硬直する。


 その一瞬の隙を逃すことなく、青き大玉はあゆの行動は関係なしに、そのまま出口を塞いだ大穴へと接近する。


「ソウタ君く~~~~~~んっ! ソウタ君く~~~ん 、そーたくーーーーん!」


 あゆの声が轟く。


 青き大玉は形を変えてもなお、威力を衰えさせることなく、あゆを優しく包み込んだまま、大岩の硬い岩盤を破壊し、粉砕し、打ち砕き、出口への侵入を果たしていった。


「そーーーーた、く~~~~ん……そーーーーた、くーーーーん………」


 あゆの呼び声は洞窟内を反響させ、その姿は見えなくなった今でも聞こえ続けた。


「ヒーローにはエネルギーを注ぎ、それ以外はすべて破壊する……!」


 変身名《限定救世主リミット・セイバー》における光の剣――その“真反対”の能力――それが“救世弾”であった。


 あゆを救出し、大岩を破壊する、という離れ業を実現させるには、もうこれしか方法が残されていなかった。


 文字通りの隠し球――こんな場面で使わざるを得なかったのは仕方がない。


 だが、目的は果たされた。俺は満足すべきだろう。


 あゆの呼び声は出口から消え去った今でも僅かな反響音として残っていたが、やがてその声も徐々に遠くなり、彼方へと離れていった。


 バンダースナッチ達は途中まで追いかけていたようだが、やがて、諦めて引き返してきた。


(あゆは……彼女は、最後まで抵抗しなかったな)


 おそらく、途中でこの第三層に戻ってくることはないだろう。

 あゆは理解していたのだ。


 俺が――えて彼女を逃したことを。そして、自分がここに残って戦うよりも、キチンと逃げ切ることが、最も俺のためになることを。


(サンキュー、あゆ、あとは……頼んだぞ)


 そう心の中でつぶやき、彼女の飛び立った出口をいささか感傷的に見つめた。


 あゆは――泣いていただろうか。

 それは、己の無力さとか、別れの辛さとか、俺の判断に対してとか。


 ヒーローの肉体は、基本的なベースはロボットに似ている。機械的で、非人間的で、それ故に、ヒーローの感情というものは表面上はよく読み取れない。


 あゆのようなヒーローの場合、それがより極端な形で現れる。


 機械化したあゆの顔からは、アンドロイドが電気羊の夢を見るのか判らないように、内側に秘められた感情を認識することができない。

 観測不可能の領域。

 まるでリミッターを付けられた神の視点のようだ。


 泣いてたかどうかの判別なんて、俺には不可能であった。


「さて……と」


 バンダースナッチ達が後追いすることを危惧していたが、彼らは出口の中には入って行かなかった。

 そういうルールがあるのか。それとも。まだ俺がここに残っているからなのか。


 ともかく、最低限のノルマは達成した。

 しかし、やるべきことを全てやり終えたわけでは決してない。


 俺は正面を見据える。

 Sランク怪獣のジャバウォック。Aランク怪獣のバンダースナッチの軍勢。

 対するは、幾度の戦いを終えて、肉体的も精神的にも限界が見えつつある俺。


 事態は深刻だ。

 洒落にならないレベルだ。

 普段だったらここで笑いの一つでも取りに行く状況なんだろうが、そんなことも言ってられやしない。


 逆転の術はあるのだろうか。


(――いや、)


 ない。

 何もなかった。


 ただし、例え切り抜ける方法がなかったとしても、向き合わねばならないというのが、ヒーローの決まりであった。


 まあ、ピンチのたびに、そう、うまい具合に誰かが助けてくれるわけじゃない。

 そんな偶然がまかり通るほど、世界は優しくできていない。


「切り開くんだ……この状況を」


 自分の手で。偶然を必然に変えるために。


 俺は構えを作る。

 可能な限り普段通りのイメージで。

 もちろん、四肢が痛む。軋む。両腕両足に杭でも突き刺さったような激痛が走る。身体の内側が毒薬のスープでも作っているかのような気持ち悪さで淀んでいる。意識は朦朧。苦しい。辛い。泣きたい。このまま倒れてどうにでもなりたい。


 でも、立ち上がる。


 俺はヒーローになりたいんだから!


「さあ、来い――っ! ジャバウォック――!」


 いくらでも攻めてくるがいい、いくらでも笑いあげればいい。

 俺は諦めないぞ。最後まで抵抗してやるぞ。

 絶対に逃げ切ってやる。この絶望から這いあがってやる。


 痛みは消えてろ、邪魔だどけ!


 行くぞ、超変身だ!


 叫びとともに俺は無我夢中でボタンを押した。

 輝く。

 ブーストは噴出し、俺は空へと逃げ出す。

 地面から足を離し、高さ十メートルほどの距離を飛翔し、出口への一歩を踏み出す。


「ぎゃぎゃん♪」


 だが、怪獣ジャバウォックは容赦なく俺をはたき落とした。


 俺はそのまま地面に落下する。

 硬い岩でできた地面は、激突の痛みを増幅させる。猛烈な酩酊感に襲われながらも、俺はもう一度立ち上がる。


 空を飛ぶ。だが、ゴール直前で、ふたたび俺の身体は地面へと撃ち落された。

 作戦を練り、ジャバウォックに攻撃を仕掛けてから、空を飛んだ。だが、それでも最終的には地面に墜落していった。


 そんなことが十回以上も繰り返された。


 俺は空を目指し、そのたびに怪獣ジャバウォックや、バンダースナッチの軍勢によって地面へと潰されていった。まるで昆虫採集の虫だ。俺はカゴに捕らわれた哀れな幼虫に過ぎなかった。


「ぎゃぎゃぎゃっ♪」


「――った、たく、……こんな、時、こそ、都合よく、ヒーローでも現れてくれねえかなぁ……」


「ぎゃがやぎゃがぎゃがっ♪」


「ま、まあ無理か……現実の世界に、そう何度も、ヒーローが現れてたまるものか……」


「ぎゃやぎゃややがっやぁ♪」


 怪獣ジャバウォックの声だけがノイズのように聞こえる。

 後は何もわからない。ただ、目の前のゴールと、それを妨害する者の存在だけが認識できる状況だ。


 ああ、そうだ。現実は非情だ。苦しくて辛くて泣き出したくて血反吐でも吐きそうでどうにもならない時、そんな時こそヒーローは現れてくれない。


 世界は好転を示さない。

 英雄は往々にして間が悪い。


 だからこそ、偶然を必然に変えるために、俺は、少なくとも俺は、自分の手で、自分の力で今の地獄みたいな状況を、切り開かなくちゃいけないんだ。


 ヒーローが当たり前に存在するようになった世界。

 だとしても、悲しみも苦しみも失われない。

 無くなったりは、決してしないのだ。


 そして、だからこそ、人生は面白いのだ。



「―――いくか」



 いっちょ、頑張りますか。


 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。


 あの後――俺は何度も怪獣ジャバウォックからの逃亡に挑んだ。その回数はもはや記憶することができずにいた。まともに頭が働いていなかったし、何より俺は頑張った回数よりも、成功する結果だけを求めていた。勝てる。逃げ出せる。そう信じていた。


 ある意味、狂信的な行動だった。

 希望とは、あるだけで人をかどわかす麻薬のようなものだ。

 毒物だ。


 人間は希望を糧に死を目指し、夢を求めて倒れていく。


 魂を、意志を持たない生命体には、不可能な芸当だ。


 でも、だからこそ、俺はこの人間の想像力が生み出す可能性の毒薬を、大切に尊重しながら飲み干してやりたい。


 要は、俺は諦めずに戦っていきたいのだ。


 それは努力した証を残したいとか、最後まで頑張りたいといった、殊勝な心構えではなかった。


 死に物狂いで、必死で決死で、恥も外聞も気にせず、単に己の欲望を解放させるが如く、勝利を、希望を、盲信し続けたいということなのだ。


 俺の記憶の尽き果てるギリギリの臨界点。

 カウントすらとうの昔に諦めた戦いの末。

 その時は、厳かに、しかして確実性を持って、来た。


 やっと、来た。


 俺は希望の光を掴んだ。

 針の穴を通すような可能性の一筋を。

 偶然を必然へと変えてみせた奇跡の瞬間を、確かに手にした。


 その時の俺は、駆けていた。


「…………っ!」


 言語を発する気力さえなくなった頃。

 俺は怪獣ジャバウォックの肉体が、一瞬だけ、僅かにのけぞるのを視認した。


 まるで、見えない壁にぶち当たったかのような、奇妙な固まり方であった。


 理由はわからない。

 だが、チャンスだった。


 無数の脱出チャレンジを挑んできた俺にとって、初めてとも言える“好機チャンス”であった。


 この機会を逃してなるものか。

 俺はブーストを今まで以上に強化させる。


「……………………!」


 出口まで手が届きそうなあとちょっとの瞬間。バンダースナッチの大群が足の爪先近くまで迫ってきた。

 ブーストは度重なる連続使用により、これ以上は速くできない。

 俺はこのまま中に入りたかった。

 穴に入ってどうにか希望を掴みたかった。

 力を振り絞り、手を必死に、懸命に、伸ばした。

 届け、届け届け届けと。



 その瞬間、俺の右手が誰かにつかまれた――!



 驚愕する暇すらなく、俺の身体は出口の側へと引き寄せられた。

 穴の向こうの存在は、俺をキャッチしたことを確認すると、接近するバンダースナッチの軍勢を右手で吹き飛ばした。


 一瞬で、安々と。


 初動は何も見えなかった。ただ、衝撃波だけがバンダースナッチ達を襲い、見事に弾き返していた。


 穴の中に入った俺は、俺を補足した人物を眺めた。


 黒色シルクハット、タキシードのような服装。

 背が高く、スマートな体型をしている。


 俺が今まで出会ったことのないタイプのヒーローであった。


(……い、いや、映像でなら、見たことある)


 そうだ。俺は先刻の判断を若干修正する。俺は、星空のマンションの監察室で、この人の戦闘データを確認済みであった。

 同じ選考日を受けていたこともあり、その強さからも俺の中で印象に残っていた人物であった。


 このヒーローは、確か――。


「――どうやら、間一髪ってところかな。救済できて何よりだ」

「……は、はぁ……」


「泣いてるボロボロの女の子に、全力でお願いされて、そのうえ報酬まで貰ったんだ――これで助けなければ、ヒーローとしての名がすたる……そうだろ?」


 偶然を必然に変えた結果を見せるように、軽やかな言葉と共にヒーローは知的に笑いかける。


 外からは、バンダースナッチ達がふたたび接近を果たそうとしているが、彼は焦る様子を見せない。


「それに知り合いのよしみだ。なに、報酬は後払いで構わない。ここは特別ながら、俺が助けてあげよう」


 ヒーローは紳士然とした立ち振舞いのまま、細長い身体を器用に動かし、穴から右手を出した。


 強襲するバンダースナッチ達を指差した。



「変身名《輝き(シャイニング)》、“痛み”を認識させろ」



 瞬刻、穴に侵入を果たそうとしていた鳥獣達が、みるみるうちに落下していく。

 強烈な一撃。

 さらに、その攻撃のモーションはほとんど存在していなかった。

 つーか見えなかった。


 俺が目の前の状況に混乱していると――彼は、若干15歳に見えない大人びた口調でこう自己紹介をした。



「あらためて、よろしく頼むよ――俺の名前は、城ヶ崎正義、1年Sクラス所属の、通りすがりのヒーローだ」



 接近する怪獣どもを蹴散らしながら、彼はこう言い放った。



「変身名は《輝き(シャイニング)》、俺の攻撃は“認識”することができない」

 あゆのの助けを経て参上したSクラスヒーロー城ヶ崎正義、彼の生み出すものは希望か、それとも絶望か――。

 次回「第69話:ヒーロー達の脱出劇」をお楽しみください。

 掲載は3日以内を予定しています。

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