第67話:ヒーロー達の第三層の因縁(前編)
幾重にも積まれた地層の下に俺たちはいる。
地の最果てにおいて俺たちは再会している。
この奇跡を――今はただ歓待しようじゃないか。
二次試験、地下迷宮、最下層、ラストダンジョン、最も強い怪獣たちが最も集結している場所。
“奴”が潜伏するにはお誂え向きの舞台だろう。
終了時刻には程遠いが、顔見せくらいはしても罰は当たらないはずだ。
「……それに、もしかしたら俺は、お前を倒すため、ヒーローになったのかもしれないしな」
「ぎゃっっぎゃっっぎゃっっぎゃっっぎゃっぎゃぎゃ――ッッッッ♪」
興奮と歓喜の咆哮を歌いあげる。
俺というヒーローを目の前にして、奴は怖がる気配すら見せない。
恐れもしない。
畏れもしない。
あの時も――そうであったように。
周りの存在などお構いなしに、周りの事象など歯牙にもかけないように、全ては自分の玩具だと不気味に確信していて、子供のように、悪童のように、純粋に、暴力的で、無自覚的に支配的で、無意識的に破滅的な、恐怖の権化の体現者。
部下であるバンダースナッチ達も今はただ押し黙っている。
脅威度100オーバーの超弩級の怪物。Sランクの証を頭部に刻み、この二次試験のラスボスであることを、言明せずとも主張している。
その名も――。
「――怪獣、ジャバウォック……!」
俺は“脅威”そのものと向き合い、魂を強く震わせるのであった。
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「……う、うわぁ……ソウタ君、あれ、何……?」
あゆが素直過ぎる感想を漏らす。
当然だ。至極――普通の反応だ。
この生命体は、通常の怪獣と一線を画するような、雰囲気を纏っている。
それは、天上の神々をも彷彿とさせる、畏怖に似た雰囲気だ。
“神秘性”と言い換えてもいい。
それは決して視認して、言語化して伝えることのできるものではないが、圧倒的な人物、作品、風景、現象――有機物、無機物あらゆる概念を問わず、何かを“認識した”時に起こり得る心理的感慨を、心を揺さぶり訴えかける“ちから”を、この怪獣ジャバウォックは有していた。
無論、これは感じ方の問題だ。
あくまで感じるだけだ。
中身は、ただの、怪獣に過ぎない。
破壊と暴虐の限りを尽くす怪物だ。
俺が――――倒すべき相手なのだ。
「……あゆ」
「ソウタ君……」
正直、状況は“最悪”であった。
後方からは10体を超える鳥獣バンダースナッチの軍団が今にも追ってきており、現在の俺たちは、彼らの追撃から逃れるためにここまで進んできたのだ。
そこに、前方から影のように怪獣ジャバウォックが出現した。
立ち塞がったのだ。
文字通り、“邪魔者”の役割として。
故に、今後の俺たちは、怪獣ジャバウォックを乗り越えて、飛び越えて、その奥にある――第一層への穴に到達しなければならない。
だが、俺とあゆは肉体は、先程までの激しい戦闘でボロボロだ。
体力的に万全とは言えない。
こんな状況で逃げ切ることができるのか。
また、ランクS――得点300点の怪獣を目の前に、それも宿命の存在であるジャバウォックを前にして、俺の中に、戦いたいという気持ちがない訳ではない。
やっと出会えたんだ。こんな奇跡めったにない。このチャンスを逃す手はない。
コイツは、俺の、獲物だ。
危機的状況と千載一遇の好機が、表裏一体――どうしようもない二律背反の形となって襲来し、俺の中に混乱と葛藤が生まれていた。
どうする?
俺は、一体――どうすべきだ?
「ソウタ君……」
一時、動きを止め、睨み合いを続けていた俺は、あゆの顔を見た。
ヒーロー化し、表面上は戦士の身体を有していようが、中身はただの女の子だ。
可愛い、馬鹿な、同学年の、女の子であった。
俺は、その事実をいまさらのように反復させる。
そして、俺なりの単純さで、俺なりの直感で、俺は、こう考えた。
――ここで、女の子一人を守れずして、ヒーローを名乗る資格があるのか?
明快な問いかけは、明晰な答えを生む。
故に――――俺の中で決然とした“答え”が浮かびあがっていった。
俺はその結論を言葉にする。
「――逃げるぞ、あゆ。どこまでも、暗闇と絶望を吹き飛ばすまで」
「――うんっ!」
迷いない肯定に俺は勇気をもらう。
あゆの身体を背負いこみ、俺は正面へ真っ直ぐに駆けた。
前だけを目指す。後ろは振り向かない。余計なものは認識しない。
「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ♪」
怪獣ジャバウォックは哄笑していた。まるで俺たちを馬鹿にするように。そして、己の全能性を確信するかのように。
硬度の高い岩の道を俺たちは突き進む。
前方には迫り来るようにSランク怪獣の影がかかる。
確かにこのまま神風特攻を仕掛ければ、俺とあゆは、怪獣ジャバウォックに肉体を踏み潰されてしまうだろう。
だが、俺には勝算があった。
風のように岩石の通路を駆けながら、俺は叫んだ。
真堂真白から借り受けた力。体力的には不十分だが、そんなものは関係ない。
ついに“その奥義”を見せる時が来たようだ。
「――変身名《限定救世主》ッ! 完全体モードフルバーストッッッッ!」
全身を輝かせた状態から、俺は――さらに肉体のボタンを連打する。
瞬間、身体の内側に掛けられた鍵が外れる感覚を得る。
そして、同時に、俺は強化を――――開始する。
どこまでも、限界の果てまでも――。
「――限定解除ッ!」
輝きは性質を変え、運命は顕現し、ヒーローへの力は最高潮に達する。
神聖を帯びた白色を全身に刻みながら、俺は宣言する。
「――1年Dクラス、新島宗太、変身名《限定解除救世主》ッ!」
大地を馳せる。空を駆ける。永遠の英雄戦士の魂を胸に宿して俺は戦う。俺は救う。
「さあ、全てを斬り裂く一陣の光と成ろう」
あらゆる力を倍加させながら。
俺は――――怪獣ジャバウォックへと立ち向かうのであった。
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「――私のヒーロー改造の中でも一つ。
秘中の“とっておき”を新島さんの身体に仕込んでおきました」
「……とっておき? 何だそれは?」
俺の質問に、真白さんは両手を広げて悠々と答える。
「新島さんの身体というのは、理由はよくわかりませんが、他の人よりもヒーローエネルギーに対するセーブが強いようです。
人間の脳みそが実際の数パーセントしか稼働していない話や、火事場の馬鹿力と呼ばれるような身体制御の話と、似たものだと考えていただいて結構です。
新島さんの場合、エネルギーのリミッターが常人よりもはるかに強くかけられています」
「……よくわからんが、俺は、人よりも無駄にパワーを抑えてるってことか。無意識に?」
「そういうことになりますね。つまり、裏を返せば――新島さんには、まだ解放しきれていない部分が沢山あるということになります」
「それを解放すると、今よりも強くなれると?」
「その通りです。新島さんのエネルギー総量は計測の段階では、常人を遥かに超えています。その制限を解除してしまえば――」
バーン!と真白さんは爆発する様子を全身で表現した。
「さらなるパワーを得ることが可能となります。まあ、リミッターというのはある種の“防衛反応”です。解放は常人レベルにまで設定しておきますよ。しかし、それでも新島さんは手にするはずです」
「膨大なパワーを。誰にも負けない凄まじい《限定解除》を――」
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「ぎゃっっがっっっがっっぎゃっっがっっっぎゃぎゃぎゃぎゃ♪」
人語とかけ離れた狂音を浴びせながら、ジャバウォックは嗤う。
距離は十メートルを切っている。
《限定解除》を終えた俺は、あゆを背負いながら、正面から突き進んでいる。
「さあ、時間もない。さっさと逃げ切るぞ」
俺はブーストを使うまでもなく――――空を飛ぶ。
俺は、俺に使える能力を全て、普段の数倍の力で稼働させている。
リミットは――――10秒ほど。
だが、今の俺たちの戦いにおいてそれは永遠とも言える時間であった。
(そして、逃げるには十分――!)
俺は常時輝いたままの右腕を構え、素早く命令を入力する。
「――変身名《限定解除救世主》、種類『直進拳』ッ!」」
丸みを帯びた右腕から、激しいエネルギー体が放射された。
迷いなく突き進むヒーローエネルギーの弾丸は、そのまま怪獣ジャバウォックに直撃する。
「――変身名《全壊右腕》発動!種類『黒炎弾』発射ァ――!」
次いであゆも援護を行う。
灼熱の火焔が黒球を中心として弾け、怪獣ジャバウォックを包み込む。
「さあ、ホイル焼きにでもなれぇ――!」
ジャバウォックは効いているのかいないのか、判らない動きで哄笑を続ける。
燃え盛る炎に包まれ、身体をエネルギー弾で貫通させながらも嗤い続ける奴の姿は、“異様”であった。
だが、どうやら攻撃を仕掛けてくる様子はなさそうだ。
このまま突っ切ることが、逃亡を最優先にしている俺たちのベストだろう。
「さあ、速く速く速く――っっ!」
通路の広さは縦十メートル、横十メートルほど。怪獣ジャバウォックはその大部分を“壁”となり覆い隠していた。
だが、何もぬりかべのように完璧に防がれている訳ではない。
頭部と、足元の二箇所に、僅かな隙間が存在する。
そして、俺たちが狙うのは、頭部の隙間であった。
タイミングは、怪獣ジャバウォックが俺たちの攻撃で怯んだ時だ。その隙に、空を駆け抜け、突破するつもりであった。
「ぎゃっっがっっっがっっぎゃっっがっっっがっぎぎゃぎゃぎゃやぎゃ♪」
未だ哄笑を止めない怪獣ジャバウォック。
本格的に攻めてくる様子はない。
戯れとばかりに、足先を揺らす。
だが、それだけの振動で、通路内は大きく震撼し、俺たちの動きは俄に封じ込まれる。
「KRUUUUUUU――!」「KRUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッ!」「KRUUUUUUUU――ッッ!!」「KRUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUッ!」「KRUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUUUUUUッ!」
その隙を狙い背後から迫りくるバンダースナッチ。
狂音を撒き散らし今にも追いつかんとする。
飛行モードではアイツラと速度は同じくらいか。俺は懸命にブーストを吹かす。
激しい逃亡戦だ。
全身の強化に身体が焼け切れそうになるが、俺は気合と根性でどうにか抑えこむ。
そのまま突き進む。
一瞬、後方のバンダースナッチ達の声が止んだかと思うと、ボゥッと熱を帯びた“何か”が真横を通過した。
その到達点を見ると、岩場が煙をあげながら燃えていた。
炎だ。炎の弾丸だ。
どうやら奴ら、後方から走って追いつけないことに気づいたのか、炎の弾を生成して飛ばしてきたのだ。
――ったく。どうやって作り出してるんだか。
俺はため息をつきながら、身体を右に左にジグザグに移動させながら、怪獣ジャバウォックを目指していった。
ジャバウォックは火球に当たっても平気そうな顔で、ニヤニヤとチェシャ猫のような不気味さで俺たちを見つめている。
ジャバウォックが第三層を揺らす。
バンダースナッチ達の嬌声がピタリと止まる。
十体連続の火球だ。
ジャバウォックの振動で俺の動きが止まった瞬間を狙い、今にも直撃せんとばかりに迫ってくる。
当たる! ぶつかる! そう感じた瞬間。
炎の弾は直前で撃ち落とされた。
同刻、あゆの叫び声が聞こえる。
それだけで全てを理解する。
あゆだ。
彼女が応戦してくれている。
俺は何だか気力が湧いてきた。
胸の奥、心の底から湧いてきた。
負けない。
絶対に逃げ切るんだ。
そう思いそう願い叫び声をあげた。
「うおおおおおおおおおお、負けてぇ、なるものかぁ――――っ!」
「だああぁあぁぁぁぁぁぁああぁああああああ、いっっっっけぇええぇぇえ――っ!」
怪獣ジャバウォックは巨体を揺らす。
それだけのことで。
俺たちは理屈では判らない超常のパワーで動きを封じ込められる。
ちくしょう。畜生……。
凝縮した時間の中で、肉体の硬化は命取りだ。
焦る気持ちを奮い立たせながら、俺は駆ける。
飛翔する。
空を――この地下迷宮の空をどこまでも進んでいく。
(届かない。変身しているはずなのに。強くなっているはずなのに。まだ勝てない。まだ届かないのか。いや、違う。勝てなくてもいい。今は救うんだ。彼女を。そして。俺自身を――!)
俺のブーストは熱を放つ。暗がりの道を切り開く一陣の光となる。
バンダースナッチの放つ火球が迫りくる。俺は振り向くことなく風を焼く音だけを頼りにして素早く回避をおこなう。
ミスはあゆがカバーをしている。守っているばかりじゃない。彼女は大切なパートナーだ。迫り来る火球の嵐を彼女の右腕が防ぎきる。
ジャバウォックの嗤い声が響く。奴はまだ遊んでいる。楽しんでいる。奴の前では俺たちの行為など児戯に過ぎないのだと言わんばかりに。
舐めたやつだ。
俺の努力もあゆの頑張りも奴にとっては道化に過ぎないのか。
俺は急ぐ。まだか。ゴールはまだかと思いはじめる。焦る気持ちが強まる。
ジャバウォックの身体が接近してくる。岩石のような目。昆虫のような複眼だ。観察を進めると生理的嫌悪感が増してくる。俺は無視して先を急ぐ。こっからは難易度増加だ。奴の身体の上を通り過ぎなければいけない。生と死は隣り合わせ。厳しい道程だ。幾度も攻撃を仕掛けているにも関わらず食らっている様子はない。ジャバウォックの頭部は巨大な岩のような形状でゴツゴツだ。その奇っ怪さはうまく言葉にする術を持たない。原作のジャバウォックは巨大な龍だと聞いた。だが、こんなもの、ドラゴンですらない。
ただの、化け物だ。
俺は急ぐ。頭が溶けそうになってくる。限界解除の制限時間は10秒。今はその僅かな時間を細分化して細分化して脳みそをフル回転させながら速度もフルスピードにしながら、走っている。
さあ、終わりはまだか。まだか。もう疲れてきたぞ。
長距離マラソンを走り続けている時のような思考の揺れ動く酩酊感の霞の中で俺はジャバウォックの頭部へと肉薄する。
駆ける。
あゆは叫ぶ。
火球は背後で撃ち落される。
ジャバウォックの哄笑が聞こえる。
俺は目の前の光を目指すのみ。
ここを超えれば。
ここを超えれば。もうゴールだ。
あとは逃げ切るだけ。
急げ。
急げ。
あとちょっとだ。もう少し。頑張れ。
さあ、行くんだ。走り出せ、新島宗太!
「いっけええええぇぇぇぇぇええぇぇぇぇえええええええええええええ――――っ!」
俺は懸命の力を込めて、ジャバウォックを抜けきった。
抜けきった。
視界が一気に広がり、段々と運命の怪獣をやり過ごしたという実感が湧いてきた。
やった。やったんだ!
心の中で喝采を叫びながら、あとは第一層に向かうための出口を目指す。
俺は頭上を見上げた。脱出口を探した。
出口は――――巨大な大岩によって塞がれていた。
――第68話:ヒーロー達の第三層の因縁(後編)に続きます。掲載は3日以内を予定しています。




