第66話:ヒーロー達の一別以来
右腕の計測器――『悪魔達の輪っか』が俺の現状を示す。
POINTS(ポイント数):190
DAMAGE(被ダメージ数):440/500
TIME(残り時間):144/180
残り時間は2時間26分。得点は190点。ダメージは変化ナシ。
正直、190という数字が現段階で良いのか悪いのか分からなかったが、とりあえず俺は悪くない点数だと思うことにした。
ランクA怪獣を倒したんだ。
一歩リードした、くらいにポジティブに考えておこう。
(さて、あゆの方はどうだったかな……)
彼女はもう戦いを終えたのだろうか。それとも怪獣に。
そう落ち着かない気持ちで周囲を見まわすと、背後から元気な声が飛びこんできた。
「そぉーたーくーん! 勝ったぁよぉ――――っ!」
安堵して、あゆの大声にため息を付きつつ振り向いた。
ボロボロのあゆがこちらに走ってきていた。
「うっわ、かなりやられたな」
「やられちゃったー」
でも、勝ったけどね、と左手でVサインを作り付け足すあゆ。彼女の計測器は240ポイントを記録していた。
「おお……!」
だが、身体が心配だ。
「大丈夫なのか……?何か廃工場にでもいそうな感じになってるけど」
「大丈夫!ダイジョーブ博士くらい大丈夫」
「それ、あんまり大丈夫じゃないだろ」
「そういうソウタくんも何だかお疲れ様モードな感じだよ?」
確かに俺も若干ふらついている感はいなめなかった。
怪獣ミノタウロス戦――余裕ぶっていたものの、厳しい戦いには変わりなかった。
ミノタウロスの猛襲を交わす際に要求される集中力と反射神経。
攻撃はほぼ全て避けきったはずにも関わらず、かすった箇所には刀剣で切り刻まれたかのような鋭いダメージが残っていた。
尻尾の一打を受け止めた右腕は、いまだに痺れが抜けきれていなかった。
「……ねえ、ソウタ君、今の戦いを通して、私気づいたことがあるんだ」
「おう、言ってみろ。たぶん俺も同じことを考えているから」
あゆは素直な口調でいった。
「ここの怪獣すごく強い」「ああ、強いな」
「集団戦しなくてよかった」「ああ、危ないところだったな」
1対1の戦いで、これほど苦戦したのだ。2対3になっていた場合、どんな地獄が待ち受けていたか想像に難くない。
つーか考えたくもない。
「とりあえずどうっすかなー。……上に戻るか?」
俺の提案にあゆはこくんと頷いた。
よし決まりだ。
あゆのことだから進軍を望むかとも思ったけど、そこまで戦闘狂でもなかったらしい。
“引き時”を弁えているあたり、彼女も伊達や酔狂でここまで生き残っていないのだ。
残り時間もまだ二時間近くある。
そんな長期間、連続で、最下層で過ごせる自信はない。
今は大丈夫でも、未来が大丈夫とは限らない。どこかで必ずボロが出る。
そして、ハリボテだらけのメッキが剥がれた瞬間こそが――俺たちの敗北の瞬間だ。
(一旦は、上の階層で休み休み戦うか。そっちのが安全牌だろう)
「じゃあ、帰るか。帰り道は……こっちだよな。行こうと思ってたとこを、さっき岩で塞いだんだしな」
そう考えると、どちらにせよ俺たちの帰還は確定していたのか。
眼前には、巨大な岩壁が堂々と立っていた。
3対2という戦いの危機を事前に防いだ、偉大なる鉄のカーテンである。
先刻までは鳥の怪獣がうるさかったが、今は静かなものだ。諦めたのだろうか。
「…………ん?」
いや、いやいやいや。ちょっと待て。静か……だと?
それもおかしな話だ。
人間を狩るのが目的の一つである怪獣が、どうして今は岩壁の向こう側にいない。
「……なあ、あゆ、質問なんだが」
「ん?」
「もしも、欲しいものがあって、それが壁を隔てた向こう側にあると知ったら、どうする? その壁が頑丈なときは?」
「無理やり壊す!」
「それができない時は?」
「……仲間を呼んで皆で壊してもらう、とか?」
ドォンッ!
と、激しい音。何かに何かが激突する音。
まるで会話聞こえてたんじゃね、というようなタイミングで、岩壁を叩き付ける大きな音が聞こえる。
心臓を震わせながら、俺とあゆは顔を見合わせる。
「そ、ソウタ君っ!どうするっ!?」
「どうするって、まあ、相手の数にもよるんだけど……」
まあ、たくさんだろうな。
叩く音の間隔から察するに敵は複数だ。
俺は帰り道の方角を振り向く。
これまで歩いてきた道は、ほとんど一本道に近い。
安全なコースだ。
怪獣たちが回りこんで挟み撃ちにしてくる可能性は低いだろう。
ドォン――――ッッ!
さらに激しい音が響く。先刻よりも音が強く、大きくなっている。岩壁に限界が近づいているのは間違いない。
逃げるか。
留まるか。
決断するなら壁が崩される前の方がいい。
「あゆっ!」
「ソウタ君ッ!」
三度目の激しい震音が聞こえたと同時に、俺は叫ぶ。
「逃げろぉ――――――っ!!」
俺たちは駆け出した。
数刻の後に壁が無残に破壊される。
壁の向こう側から、10体近い鳥獣の軍勢が地面を這いながら追ってきた。
「KRUUUUUUU――!」「KRUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッ!」「KRUUUUUUUU――ッッ!!」「KRUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUッ!」「KRUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUUUUUUッ!」
「また、このパターンかよぉ――っ!」
しかも今度の追っ手はランクA。
少なくともさっきのミノタウロスと同じランクだ。
鳥達は軍勢となって一心不乱に動きまわる。
カシャカシャ、と四足を器用に駆動させ、信じられない速度で加速する。
余裕ある距離を保っていたはずの俺たちは、いつの間にか彼らに追いつかれそうになってる。
「速い、速い速い速いっ!?何だよこいつら気持ち悪い!?」
地面を這い進む鳥獣達は、あまり例えに出したくないが“黒いG”を彷彿とさせる俊敏さで、地面を岩壁を天井をカシャカシャとした気持ち悪い動きで俺たちに迫ってきていた。
しかも人間よりデカイんだな、これが。
数メートルはある。茶色い羽毛に灼熱の炎のような赤いクチバシと目を持っている。
今は茶色っぽい残像しか見えないが、そんなような見た目だ。
あんまり観察したくないし、している余裕もない。
(マズいな。これは強化しないと追いつかれるな)
俺は隣で全速力で走っているあゆに対し、大きく手を伸ばす。
叫ぶ。
「――掴まれっ、あゆっ! ちょっと“加速”するぞ!」
俺はあゆの砲台ではない方の手を強く握り、→《右脚》×3→《左脚》×3と連続でボタンを押す。
両脚のボタンが青く輝く。
「うおおおぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉおおぉおぉぉお!」
狗山涼子レベルの脚力を得た俺は、風を切り、砂塵を起こし、ぐんぐん加速する。
足場の悪い岩道でもなんのその。大きく跳躍して、一気に前進する。
鳥達もこれには参ったのか、追いつかれることはなかった。
(……よし。でも、距離はあまり離せていないな)
これだけ強化しているにも関わらず、鳥とのペースは変わらなかった。
追いつかれなくなっただけマシとも考えていいが、このまま出口まで追いつかれても困る。
怪獣どもは別階層に紛れ込めるのだろうか。
だとしたら、ここままだと俺はランクAの集団を第一層に案内させてしまう。
「いっけぇ――《全壊右腕》!種類『弾道弾』!」
疾走する俺に代わり、あゆが反撃役を買って出ているが、現状はあまり芳しくない。
あれだけ数がいるにも関わらず、攻撃はほとんど当たっていなかった。
鳥獣達は、異常に素早い動きで、なおかつ統率のとれた動きで、あゆの砲弾を避けていた。
「うわーぜんぜん当たんないー! 速いよあいつら、ソウタ君っ!」
「そんなことは判ってる!超速だ!何だよあの鳥の軍団!」
えっ。
その時、俺は自分の言った言葉を頭の中で反芻させた。
――超速の鳥の軍団だって?
「えっ」
「――ソウタ君どうするっ!? いっそのこと、また天井を壊してやっつけちゃう?」
「…………」
待て、待てよ。
そんなことあり得るか。
いや、でも、俺の知っている情報と符合する点が多い。
だとしたら。
間違いない。
そして、鳥の軍勢がランクAなのだとしたら、本命はひょっとして――。
「ソウタ君っ!攻撃当たらないよっ!頑張ってもうまく避けられちゃう!」
「…………」
「ソウタ君、ソウタ君っ!……ちょ、どうしたのソウタ君!」
「…………」
「ちょっ、えっ、いきなり熟考タイムに入らないでっ!?バトル中だから!戦闘中だから!あ、でも全速力で走りながら考え事って逆に器用だよねソウタ君っ!」
「…………あゆ、逃げるぞ」
「えっ?」
あゆの戸惑う声。
今の俺の声は、おそらくとても冷たいものに変わっていただろう。
その変化は危機感故なのか。それとも恐怖からなのか。もしかして俺は血沸き肉踊る高揚感を抑えるために、あえて冷ややかな言葉が生まれてでたのか。そのどれかなんて判然としない。
だが、俺の放った「逃げる」という言葉は、紛れもなく俺の本心からのものであった。
俺は全力で逃げる。そのためには力の消費も厭わない。
そうだ。
「……超変身」
俺は小声でつぶやき、心で叫んだ。
音は小さくとも、心の叫びに力は応える。俺の全身は鳥獣達に負けないくらいに光り輝く。
無意識に言葉が浮かんだ。だから、俺はためらいなく直感的に告げた。
「――超変身、完全体モード移行」
俺の全身は美しく光り輝いていた。
そして、そのまま――全力で逃げ出した。
「ちょ!そ、ソウタ君っ! いきなり超変身っ?うわっ早っ。何で、何で逃げるのに超変身?わざわざっ!?」
驚愕しているあゆとは裏腹に俺の気持ちはクールだ。
冷静に、言葉を選びながら、こう答える。
「――あゆ。あの怪獣どもは多分“前座”だ。もっと強力なやつが呼び出される前の予兆に過ぎない」
「えっ?もっと強いやつ?どういうこと?あの怪獣たちはランクAだよ!一番強い子たちだよ!」
いやそれは違う。ミケさんはルール説明の時にちゃんと言っていた。ランクAを超える怪獣――ランクSの怪獣を迷宮内に用意したと。
そして、そのランクSとは――。
「あゆ、あの鳥達の名前は“バンダースナッチ”という。ルイス・キャロル原作『鏡の国のアリス』に登場する超高速で走る生き物から付けられた名前だ」
「KRUUUUUUU――!」「KRUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッ!」「KRUUUUUUUU――ッッ!!」「KRUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUッ!」「KRUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUUUUUUッ!」
「そして、“バンダースナッチ”が軍団となって現れる時、かならず“アイツ”は姿を見せる」
「あいつ……?」
俺はあゆを引き連れて加速する。
大丈夫。ここから出口までは一本道。
後方のバンダースナッチに気をつければいいだけだ。
出口の穴からは俺のブーストで飛び立てばいい。
そうすれば万事解決。
問題なしだ。
そのはずだ。
そのはずだった。
「ぎゃるるっるるるるるるるうるるるるるるるるるるうるるるるるるう――っ!!」
全身が総毛立った。
唐突に発生した狂った音の連なりに、頭の奥が鋭く傷めつけられる。
痛い、痛い辛い。
思わず動きを止め、目を凝らす。
禍々しいオーラ。終末を背負った容貌。
周囲の空気が生理的嫌悪感を伴った物に変わる。
この世の破滅と絶望と深淵と快楽と愉悦をかき混ぜたような、邪悪な立ち振舞い。
他の怪獣と一線を画す。
何というかもはや“言語が違う”とでも言うような……。
「……でたかっ、化け物め!」
たまっていた息を吐き出すように言う。
行き止まりだったはずだ。
一本道だったはずだ。
それなのに、“ヤツ”は現れた。まるでテレビ画面の向こう側の住人ように。
一軒家ほどはありそうな巨体、山肌を切り崩したような表皮、岩石を繋げて作られた眼球。
――皮肉にも。俺が以前出会った種類と瓜二つであった。
「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ♪」
残忍で、無邪気、純粋で、破壊的。――神出鬼没の最強の怪獣。
「――ひさしぶり、いや、初めましてかな」
俺が冷静になることができたのは、人間気が動転しすぎていると一周回って平常時に戻るからかもしれない。
あくまで刹那的な平穏であるが。
すぐに乱れることとなるだろう。
まあ、少なくとも――呆然と様子を見届ける訳にはいかない。
俺は悠々と戦士として挨拶を済ませることにした。
「こんにちは――――怪獣ジャバウォック。お目にかかれて俺は嬉しいよ」
「ぎゃるぎゃるぎゃるぎゃるぎゃぎゃっ!」
ジャバウォックは嗤う。
俺たちの出会いを喜んでいるのか、それとも――。
「ランクS、神出鬼没の最強怪獣――地下迷宮のラスボス。お前は、俺が、この手で」
万感の思いを込めて――。
「――打ち倒してやる」
奇跡の再会を果たした新島宗太と怪獣ジャバウォック、新島はジャバウォックとの因縁を果たすことができるのか。そして、あゆと新島の運命は――!
次回「第67話:ヒーロー達の因縁成就」をお楽しみください。
掲載は、明日からまた4日ほど旅行に行ってくるので、来週中には行う予定です。次回もよろしくお願いします。