第65話:ヒーロー達の怪獣激突
第三層における地下迷宮バトル――VS“二足歩行の牛”と“空飛ぶ電気ウナギ”
厳正なるジャンケンの結果、俺の対戦相手は“二足歩行の牛”。あゆの対戦相手は“空飛ぶ電気ウナギ”になった。
「BRUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッ!」
「さて、ランクAの怪獣――その実力を見せてもらおうじゃないか」
格好良い台詞を吐きつつも、内心俺は対戦相手が“牛”であることに安堵していた。
なぜなら――俺にはこの牛の正体が、何となくわかっていたからだ。
生徒会長の勉強講座と、真白さんの解説のおかげで、徐々に俺の知識は広範かつ深遠なものに至りつつあった。
その積みあげられた脳内データベースのなかに、この牛に該当する怪獣の名前も同時に存在していた。
二足歩行の牛。後ろ脚のみで自重を支え、人間のようにまっすぐと立っている。
その振る舞いは雄々しく――怪獣のくせにプライドが高そうな感じだ。偉そうとも言える。
白黒の太った肉体と、垂れ下がる乳房がその男気を邪魔してはいるものの、発達した筋力と燃えたぎる戦闘意識は疑いようがなく、熱き魂がその内側に宿ってることを俺に知らしめていた。
「BRUUUUUUUUUUUUUU――ッ!」牛は片足を大きく落とし、大地を震わす。肌にびりびりと痺れる感覚が伝わる。
「――いいね。好きだよ、そういうの」
俺は戦闘態勢に入り、ステップを踏む。怪獣を指差す。
「さて、テーマが“迷宮探索”とくれば、やはりアンタとは戦う必要があるよな」
尊敬の意をこめて、名指しで挨拶をさせてもらう。
「よろしく頼むぜ――《迷宮の怪物》ミノタウロスさんっ♪」
――第65話:ヒーロー達の怪獣激突――
「BRUUッ!」
「うわ――っと」
豪風を纏った一撃が足元を駆け抜ける。破壊的なローキック。強烈な脚技だ。空間そのものをえぐるようなパワーを有している。
ブーストを発動して避けた俺であったが、心臓の動悸がとまらなかった。
(……こいつ!)
三流の格闘家は敵に負けるまで相手の実力がわからないと聞く。
二流は攻防を経るまで。
一流は立ち会った瞬間には相手のことが読み取れるという。
戦闘を開始して、数刻。攻撃を避けた瞬間にようやく相手の実力が測れてきた俺は、二流と一流の間――準一流といったところだろう。
(……、まあ、半人前には十二分の称号だ)
そして、今の俺はわかっていた。コイツの強さが。その異常なまでのちからが。
おそらくマトモな攻撃を一度でも喰らえばタダじゃ済まない。
二度と立ち上がることはできないだろう――。
(やばいな……、思ったよりもやばい。最悪、直撃だけは避けないよう気をつけないと――)
と、怪獣の蹴りを避けきった瞬間。
そいつは迫ってきた。
俺の危機認識は少しだけ――遅かった。
「BRUUッ!」
「ぐは――っ!?」
(な、なにっ……!?)
激突する一撃。激烈な一撃。
後方から俺の背中を狙って衝撃が襲いかかった。
(な、なんだ……?)
俺は前方を見る。
怪獣ミノタウロスが両腕、両脚を動かした様子はない。
やつは激しい蹴りの直後だ。
攻撃のモーションはすでに終わったばかりであり、追撃を加えてくるような余裕は肉体の構造上ありえないはずだ。
(ほ、他からの援護攻撃……? ――いや、違う!)
俺は視る。
今度ははっきりと。
ミノタウロスの身体の後方から伸びる“長いロープのようなもの”を視界におさめる。太く重量感のある“ソレ”は真っ直ぐに俺の肉体へと伸びていき、背後から強力な痛棒を加えていた。
(これは……尻尾だ!人間の身体には存在しないっ! 動物や怪獣特有の尻尾ってやつだ!)
俺は理解する。
このミノタウロス。
大振りの蹴りを囮として、俺の隙を付くようにして長く太い尻尾を飛ばしてきたのだ。
鞭のようにしなる尻尾は、遠心力を伴って破滅的な威力を有する。
重量と速度と遠心力。
物質破壊の数え役満だ。
常人であれば背骨を折られて死んでしまってもおかしくない。二度と立てなくなりそのまま意識を昏倒されていただろう。
そう――常人であれば。
「……BRUUッ?」
怪獣が違和感を感じたように声を荒げる。
空中で直撃を受けた俺はしたたかにほくそ笑む。
「――だが、ヒーローたるこの俺は、ただの人間じゃない」
よく伸び、よく叩く鞭、尻尾、確かに怖ろしい一撃だ。硬度な岩盤でも砕くちからがあることだろう。――だが、だからこそ、俺は対抗できる。
地面へとゆっくりと降り立ちながら、俺はするどい視線を怪獣へと突きつける。
「――宣言が遅れて申し訳なかったが、俺の名前は新島宗太、変身名《限定救世主》、俺の四肢は“強化”される!」
背後から迫るぶ厚い尻尾。その一撃を受け止めるようにして――俺は、俺の右腕は強く白く光り輝いていた。
「――いくぞ→《右腕》×3――さらに、強化ッ!」
俺の右腕の輝きは一気に増幅される。
均衡を保っていたパワーが、ついにそのバランスを崩す。
「そして、逆に、押し返すっ!」
俺は三倍に強化された右腕で、ミノタウロスの尻尾をはじき返した。
衝撃で火花が散る。
ミノタウロスも深追いを危険と断じたのか、攻撃を中断して尻尾を引き戻す。
その冷静な対応術を心の中で賛辞しながら、俺は負けじと勇壮な構えを作り直す。
「さあ、こっからが本領発揮だ」
「改造された新島宗太ver2の怖ろしさを見せてやろうじゃないか――!」
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「新島さんの肉体に新機能を追加しました。その名も“連打機能”と“コンボ機能”です」
「連打とコンボ? 連打だったら、今までもよくやってたけど」
「従来の連打は、同じ拳を強化するだけでした。今の新島さんでしたら、右拳と両脚の強化。左脚と右腕の強化などが。“連続”で行えます」
「ふーん、で、コンボ機能っていうのは?」
「はい。各部位を同時に押すことが可能になった結果、取り付けることが可能になった機能なんですが、身体のボタンを“ある特定の順番”で押すとですね。面白いことが起こりましてね――」
そう言って、真白さんは笑う。
「面白いこと?」
「はい。新島さん、生徒会長さんの許可はもう取り付けたんですよね。さっそく実験してみましょう――」
そうして俺は新たな力を手に入れた。
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「→《右腕》×1、《左脚》×2――っとぉ!」
ミノタウロスより振り下ろされる豪腕。紙一重でかわしながら、俺はボタンを押し続ける。迷いなく。地面を滑べる。言葉を紡ぐ。
「――からの再度、→《右腕》×1――終わりッ!」
押し切る。同時に俺の右腕が“丸み”を帯びて光り輝く。
岩石を破壊する蹴りを避けて。大地を踏みしめる。力強い宣言を放つ。
「――変身名《限定救世主》、種類『直進拳』ッ!」
眼前の怪獣――ミノタウロスに焦点を合わせた拳を振り切る。
その距離は1メートルと少し。
拳が届く間合いの“外”だ。
だが、俺の右拳は急激に加速を始め、まるでコマンドを受け付けた機械のように、精密な動作で肉体を制御し、右腕からエネルギー体を解き放つ。
俺の右腕から――ヒーローエネルギーが発射される。
光の弾丸が真っ直ぐ伸びる。
「――BRUUUッ!?」
さすがのミノタウロスもこれには驚いたのか、咄嗟に回避を取る。
巨体に似合わぬ素早い動きだ。
肌をかするだけで直撃には至らない。
右拳は愚直に進み、後方の硬い岩壁を貫通していく。
「BRUUU……」
ミノタウロスが慄然とした声をもらす。
俺の右拳が通過した跡は空気が燃焼した焦げた匂いが残り、岩壁を突き抜けた後は奥深く到達点が見えなかった。
ゴゴゴゴ――!
「……うーん、この距離ではずすか。思ったよりも動きがはやいな」
と、当の俺自身は感想をつぶやいて反省する。
想定よりもミノタウロスの動きが早かった。
流石ランクA。この距離でも奇襲なしだと、避けてしまうか。
(同じ戦法は通用しないだろうな。むしろ、この失敗を活かせる戦術を――)
「あ――――っ! ソウタ君、すごーーっい! 仲間だ、仲間っ!」
と、真横から声が届いてきた。
軽く振り向くと、電気ウナギと戦闘中のあゆが、羨ましそうな顔をして右腕を掲げてきた。
戦闘中だというのにのんきなものだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――!
確かにこの『直進拳』はあゆの《全壊右腕》と似ている。ソックリだ。違いがあるとすれば、俺の弾丸は殴るモーションと同じため、発車するタイミングが読みにくいところだろうか。
まあ、たった今避けられたけどな!
「BRUUUUUUUUUUUUUUUU――ッ!」
怪獣ミノタウロスは今の俺の攻撃に興奮したのか、胸を力強く叩きながら、自らの鼓舞する闘士のように気合を込めた。
「BRUUUッ!」
その勢いのまま、右に左に、拳を振り下ろしてくる。猛撃。ぶおんと旋風が起きる。避けても風が凶器となって身体を傷つける。
一発一発が必殺技だ。
空から隕石が落ちてくるような破滅的なパワーを感じる。
怖ろしい。本当に怖ろしい攻撃だ。
俺はじわりじわりと後退を余儀なくされる。
やがてその動きも限界をむかえる。
「くっ……!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――!
背中に当たるひんやりとした感触。
壁だ。
俺は壁際まで追い詰められている。
もう軽やかな動きはできない。
もう後はない。
「BRUUUUUUUUUUUUUUUUUU――――ッッ!!」
両腕を掲げて咆哮を響かせる。
勝利のいななき。
化け物じみた雄牛の顔が見える。
「BRUUUッ!」
絶体絶命。
生徒会長の如き回避術ももう使えない。
このまま蹂躙されるのを待つだけだろうか。
「…………ふっ」
「BRUッ!?」
いや、違う。
俺は口元にうかんだ笑みを見せ付けながら、怪獣ミノタウロスに語りかける。
「――調子に乗るな怪獣ミノタウロス。戦いの最中にいななくとは……油断は命取りだ。――ほら、さっきから気づかないか?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――!
激しい振動音。震撼音。ミノタウロスはようやく“異様さ”に勘付いたのか、周囲を見渡す。
揺れている。地面が。壁が。まるで“何か”が通過するかのような音を鳴らしながら。揺れている。
「1年Cクラスの鬼才――真堂真白による改造技が、たかが回避されたくらいで終わると思うか。そんなわけないんだよ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――!
ミノタウロスが焦ったように周囲に神経をめぐらす。だが、地鳴りはどんどん強くなっていく。その正体は見えない。見ることができない。見えないものは怖い。認識できないことは怖い。それは怪獣にとっても同じだ。
ミノタウロスは周りを視る。動きを止めて。俺にとどめを刺すことも忘れて。それは敗北への一歩だ。恐怖とは粘性のものなのだ。一度取り憑けば拭い去ることは難しい。奴はすでに気圧されている。それは勝負において悪手だ。決してやってはいけないことだ。だからこそ。俺は確信する。絶対の感覚において確信する。
「――俺の勝利だ。怪獣ミノタウロス」
俺の真横から、“ひび”が生まれる。
壁際まで追い詰めていたはずの俺の背後から。
敗北寸前だったはずの俺の背中越しから。
強烈な波動ととともに、ヒーローエネルギーが蓄電されてゆく。
さあ、果たして、追い詰められていたのは、どちらなのか――!
「変身名《限定救世主》、種類『直進拳』ッ!」
俺真後ろの壁から、右拳の形をした光球が飛び出した!
岩壁を打ち砕き、岩場の中を縦横無尽に駆けめぐっていたエネルギー弾は、怪獣ミノタウロスの眼前へと再びその姿をあらわにした。
「BRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!?」
ミノタウロスは苦悶を上げながら、後方へと吹き飛ばされる。岩盤以上の鋼鉄の肉体を持っているのか、貫通することはなかったが、深いダメージは間違いなく喰らっていた。
背中ごと地面へと打ち付けられ、グルグルと目を回している。
その様子を眺めながら、俺は拳を強く握り返す。
「――“直進弾”は何も『真っ直ぐ進むエネルギー弾』ではない。『敵に“直撃”するまで進み続けるエネルギー弾』だ」
地面に崩れ落ちた状態のミノタウロスに近づく。右腕を強く強く光り輝かせ、俺は、ゆっくりと、最後の拳を、怪獣へと振り下ろしたのであった。
試験開始から――35分が経過。
現在の俺のポイントは――190ポイントに達した。
怪獣ミノタウロスの撃退に成功した新島宗太、彼とあゆにさらなるランクA怪獣の脅威が襲いくる。そして新島の心を震わせる衝撃の出会いとは――!
次回「第66話:ヒーロー達の一別以来」をお楽しみください。
掲載は3日以内を予定しています。