第63話:ヒーロー達の友情救済
「ライダーは助けあいでしょ!」
『仮面ライダーW FOREVER AtoZ/運命のガイアメモリ』より抜粋
――小学六年生の時、俺は怪獣に襲われた。
怖ろしい怪獣だった。この世の恐怖の全てを集めたような化物だった。
俺たちの街を崩壊に導いたあの災厄は、今でも鮮烈に記憶の中に残っている。
もしもあの時ヒーローが駆けつけてくれなければ、二重の意味で、俺はこの場所にいることはなかっただろう。
今回、危機的状況の中で俺を救うために現れたあゆの存在は、あの時のヒーローの面影と重なってみえた。
俺のあんな風になりたい、彼女の戦う姿を網膜に焼き付けながら、そう強く思ったのであった。
「――《全壊右腕》発動! 種類『弾丸演武』ッ!」」
あゆの鋼鉄の右腕が大きく震えて展開する。上下左右に広がる。ぐるりと砲身を中心に回転し、発射口から無数のミサイルが放たれる。
多彩な放物線を描き、ミサイルは怪獣に直撃する。
――轟音ッ! 爆音ッ!
「GRRRRRRR……!?」「GRRRR……!?」「GRRRRRッ……!」「GRRRRR……ッ!!」「GRRRRRRRRRRRR……!?」「GRRRRRRRRR……ッ!?」「GRRR……!?」
ミサイルの連続爆撃。灼熱の焔が一帯を覆う。苦悶をあげる怪獣たち。その声を聞きながら俺は駆ける。弾幕の最中を走りながら青色のボタンを押す。
「――変身名《限定救世主》→《左脚》×2《右腕》×3」
瞬間。地表を力強く踏み込んだ俺の脚が爆発する。――加速。狙い定めた一体との距離を詰めて、俺は拳を大きく振るう。
「GRRRRRRRRRRRRRRRRR……!!」
衝撃。振動。絶叫。手応えを感じる。攻撃の反動から宙を舞う。感覚を周囲に展開。近場にいる怪獣は三体。着地を済ます前に、ブーストを用いて方向転換をする。右側にいる怪獣には左脚の蹴りを。左側の怪獣には右拳を二発加えて沈める。
「さらにっ……!」
俺は→《左腕》×1《右脚》×2《右腕》×1と連続でボタンを押す。
前から残りの怪獣が迫る。俺は宙返りをして、《右脚》でサマーソルトキック。地面に《左腕》で着地して、地上で転回。そこから《右脚》で再度踏み込んで、ゼロ距離に拮抗、とどめに《右腕》の一打で怪獣を仕留めた。
俺の身体は動いていた。20オーバーの怪獣の群れの中でも“最適解”を弾き出しながら動いていた。
だが、今の一連の攻撃には隙が多すぎた。倒した怪獣の影から――新たな怪獣が現れる。奇襲だ。右斜め前から巨体が迫りくる。
――故に、俺は後方に声をあげた。
「……あゆっ!」
「アイアイサー。種類『閃光弾』!!」
発射音が聞こえる。俺は同時に両目と両耳を閉じる。一刻を待ってから、耳だけ開ける。怪獣の苦しそうな狂音が聞こえる。俺はその声を頼りに、強化した拳で力を加える。
「――ッラァ!」
「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR……ッ!?」
異なる種の絶叫が漏れる。俺はゆっくりと瞳を開ける。
そこには、昏倒した怪獣の姿があった。
「サンキュー!」「イエーイ!」
ハイタッチ。
20体は超えていただろう怪獣たちもその数を減らしていた。1、2、3、5、8……残り8体だ。
「GRっ……!」「GRRR……ッ」
怪獣たちの中から困惑した様子が生まれる。倍以上いた仲間のほとんどがやられたのだ。悔しそうな声をあげながらこちらを睨みつけてくる。
「攻めてこないね。逃げ出すかな……?」「どうだろうな?」
これが通常の生物であれば、己の生命保持のために逃げ出すだろう。文字通り脱兎のごとく。俺が最初にコイツラから逃げ出したようにだ。こいつらもそうするだろうか。
――だが。
「GRRRRRRRRRRRRRRRRRR……ッ!」「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR……ッッ!!」
高鳴る咆哮。肌を鋭く刻み付ける。彼の瞳を視る。俺たちには判る。怪獣としての矜持が。俺とあゆはその様子を見てニヤリを笑う。
「どーやら、まだ諦めてないみたいだね」「だな」
俺は両腕に力を込める。あゆは右腕の砲台を構える。
――諦めていないならば、相応に御相手するまで。全力で、向き合おう。
怪獣たちの轟きを合図に俺たちは飛び出していった。
――試験開始から12分経過。
俺の点数は80点、あゆの点数は140点となった。
△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲
右腕の計測器――『悪魔達の輪っか』を確認してみた。
POINTS(ポイント数):80
DAMAGE(被ダメージ数):440/500
TIME(残り時間):168/180
ランクCの怪獣を8体倒して、80ポイントを獲得。60ダメージはあゆの爆撃の中で戦った影響だろう。密閉された空間で戦ったのだ。受けて当然だろう。残り時間は168分。2時間48分ということだ。
「……思ったより、稼げたな。この戦い」
「そうだね! ピンチはチャンスだったねっ!」
あゆの左腕の計測器を見たら、140ポイントと記録されていた。ランクCの怪獣を14体倒した計算だ。
怪獣たちとのエンカウント率が実際にどれくらいなのかは知らないが、序盤にしてはかなり得点を手にできたほうだろう。悪くない出だしだと俺は満足気に頷く。
「GRRRRR……!」
「ん、まだ一体残ってたのか?」「最後まで善戦してきてねー」
視線を通路に傾けると、まだ怪獣が一体唸っていた。仲間の怪獣よりも少しだけ小柄だ。怪獣にも個体差があるんだと俺は感心した。残された怪獣は「GRRR…」と俺たちを睨みつけている。
――たった一人になっても戦おうというのか。コイツは。
「…………」「…………」
俺とあゆは顔を見合わせる。
「……ねぇ、ソウタ君」「ああ、そうだな」
俺たちは小柄な怪獣を見つめ返す。赤い双眸が興奮のせいか輝いている。俺たちの厳しい視線に、怪獣も思わず身構えたようだ。
「……よし行くぞ」「……うん」
そして、俺たちは走りだした――小柄な怪獣と反対方向に。
「それじゃあ、じゃあねぇぇぇええ――っ!」「アリーヴェデルチ!(さよならだ)」
脱兎のごとく去りゆく俺たちに、怪獣は唖然とその場に佇んでいた。
ポツンと、ただ一人で。
背後を振り返ると、小柄な怪獣は、豆粒のようにみるみる小さくなって、やがて曲がり角に差し掛かって視界から消えた。
(そうだ。俺たちは逃げた)
もし、これでアイツが追ってくるようであれば狩ればいいし。そうでなければ逃げ切るだけの話だ。
俺たちの行為を欺瞞と呼ぶ人もいるだろう。だが、この世界に欺瞞以外のことなんてあるのだろうか。
とにかく今は次のエリアへの道を探そう。
「あははは」
「あはははははは」
「あはははははははははははっ!」
あゆがいきなり笑い出した。
「はははははっ!」
俺もつられて笑い出してしまう。
俺たちは走っていく。両足は気持ちの良いくらい加速していき、風はびゅんびゅん身体に当たっていき、俺たちは地下迷宮の道を縦横無尽に駆け巡っていた。
「さあ、ソウタ君! 戦いはまだ始まったばかりだ!」
「おう!」
俺たちは手をつなぎながら、次なる戦いを求めて突き進むのであった。
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3分後、疲れたので休憩することにした。
「はあっ……はぁ」「はははっ……はぁ……」
通路を抜けた先にあった適当な『広場』で一息をつく。
ヒーローといっても当然のように心肺機能は存在する。100メートル走を駆け抜けるペースで何分も走り続ければそりゃ疲れるし、休憩もしたくなる。
ヒーローの“変身”とはあくまで肉体強化なのであり、つまりその体力にもかならず限界はあるのだ。
「結局、ほとんど怪獣に出会わなかったねー」「そうだなー」
この3分間、地下迷宮中を走り回った俺たちであったが、怪獣へのエンカウントは1回だけであった。俺が速攻で殴ったら消えてしまったので、今のところポイントが80から90になっただけだ。
「他のヒーローにも出会わなかったしー」「……そうだなー」
いや、正確には同じプレイヤーらしき人間を発見することはあったのだが、あゆがハイテンションで先行していたせいで気づかなかったのだ。あっちはあっちで俺たちの奇行にドン引きしてたのだろう。話しかけてくることもなかった。
試験開始から15分とちょっと。思ったよりも地下迷宮が広いことに焦りを感じつつあった。
「こりゃあ、本格的に第二層への道を探す必要があるかもしれないな」
身体を起こして俺は言う。
ミケさんは、このテストの目的は『怪獣狩り』の方にあると言っていたが、だからといってゴールできなくては意味がない。
下の階層に行けば、Cランクではなく、Bランクの高ポイントの怪獣がいるはずだ。
できるだけ早い段階で下に下るのは、戦略としては当然だろう。
「そうだねー、でも、階段なんて。どうやって探すの? また走る?」
「――いや、今度は、意識的にダンジョンをまわろう」
走り回ることで気づいたのだが、このダンジョンは、基本的に“通路”となるエリアと、ちょっとした“広場”になるエリアの2つで構成されている。
学校で例えると、たくさんの“廊下”が至るところに伸びていて、その一つひとつが多くの“教室”と繋がっているイメージだ。
分かりにくければ、人間の身体で考えてもらっても良い。全身に通じる通路が血脈であり、それぞれの広場が胃や肺や心臓といった臓器だ。
もし、下層に向かうための階段を設置するならば、構造上、通路ではなく、スペースのとれる広場の方に置かれているはずだ。
怪獣も通路をめぐるよりも、広場を探したほうが遭遇率は高い気がする。
「……とりあえず、広場めぐりを中心に、いろいろ回ってみようぜ。来た場所が被らないように、目印でも残しつつな」
「さっきは、元いた場所に3回くらい戻ったもんね!」
それは言わないでくれ。
地味にヘコんでいると、あゆが右腕を砲台を斜め上に構えているのが見えた。
「……えーっと、あゆ。何をしようとしているのかな?」
「目印っ!」
――轟音ッ!
あゆの右腕から発射された太く長い金属上の“何か”が、広場の壁の一部を破壊した。
「《全壊右腕》発動!!! 種類『掘削機』ッ!」
「お前、採掘機まで使えんのっ!?」
俺のツッコミも無視して、壁が崩される。見るも無残な『目印』と成り果てた。
「……Oh」
「どう、ソウタ君!?」
広場の壁が、まるで戦争でもあったかのような凄惨な瓦礫の山へと生まれ変わった。
「どう、ソウタ君っ! 凄いでしょ?」
「凄い……凄い、酷い」
俺は呆れて崩れかけた壁に触れる。うわーボロボロだ。怒られないだろうなこれ。
(現実感なさすぎて忘れてたけど、ここって普通に現実の地下迷宮なんだよな)
当然、壁を掘れば削れるし、殴れば崩すこともできる。
「――ん? 壁を、崩せる……?」
その時、文字通り俺の脳裏に電流が走った。
「……なあ、あゆ」
「なに、ソウタ君?」
ひと働きして疲れたのか地面に座り込んだあゆが、不思議そうな目をして問いかけてきた。俺はそんな彼女にイタズラっぽい笑みを返す。
「ちょっとだけ、試してみたいことがあるんだが――」
△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲
「《全壊右腕》発動!!! 種類『掘削機』ッ!」
「変身名《限定救世主》→《右腕》×5」
俺たちは目標の“敵”を狙って渾身の攻撃を放っていた。“敵”は無抵抗の存在であり、反撃などはしてこない。
そのおかげもあり、いつも以上に力を練り上げて、全力で攻撃を加えることができた。
「どいて~、ソウタ君っ! 《全壊右腕》発動! 種類『弾道弾』ッ!」
あゆがとどめを刺すべき、巨大なミサイルをぶっ放した。“敵”もついに限界を迎えたのか、その身体の一部を大きく開くこととなった。
「できちゃったね……」
「ああ……」
俺たちはゆっくりと近づき、検分するように“敵”を眺めた。
見下ろした。
そこには暗闇が広がっている。
しかし、ただの暗闇ではない。希望の可能性を秘めた暗闇だ。
次の――階層への道のりを示した、暗闇だ。
「まさか、そんな、ねぇ……。階段を探さないで、地面を破壊して、下の階層に向かおうだなんて……」
「まあ、常識的に考えれば、やろうと思わないだろうな……」
俺たちは無抵抗な“敵”――地下ダンジョンの地面を壊して開いた、大きな穴を見つめながら、そうつぶやいた。
試しに壊した時に出た瓦礫を下に落としてみる。数秒後、コツンという小さい音が聞こえてきた。
俺たちは顔を見合わせる。
「……行けるな」「……行けるね」
思わず息を呑む。目の前には真っ黒な大穴が存在している。こんなことしているのは俺たちだけなんじゃないか。まさしく裏ワザ。心臓が高鳴っていく。
「そ、ソウタ君……!」
あゆも何だか怖くなったのか、素直に震えてくる。何だか“アイツ”を想起させ、思わず手を握り返してやる。
「――大丈夫。まずは俺から、行こう」
「う、うんっ……!」
俺たちは眼下に存在する穴を睨みつける。大きく息を吸い、吐き。そして、そして、思い切って――飛び込んだ!
試験開始から20分。俺たちは早い段階で――第一層にしばしの別れを告げた。
第一層にしばしの別れを告げた新島宗太と川岸あゆ、落ちていく二人を待ち受ける新たなる“脅威”とは――!?
次回「第64話:ヒーロー達の急速落下」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。