第62話:ヒーロー達の迷宮突入
二次選考:迷宮探索とはッ!
地下迷宮に潜む怪獣たちを、倒して、――ポイントを稼ぎまくる試験のことである!
制限時間は3時間ッ!
第三層のゴールに到達し、ポイントの高い上位8名が最終選考に進出できるッ!
舞台は超巨大ピラミッド! 黄金に輝く“神葬の金字塔”ッ!
俺たちは今ッ、この瞬間、突入を果たすのであったッ!
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「……中は綺麗だな」
鴉屋ミケさんに連れられて、俺たち32名はピラミッドの内部に入った。
古代遺跡のような石造りの建物を想像していた。だが、内部は、ホテルロビーのような、近代的な作りをしていた。
明るく、清潔で、モダンだ。照明があり、床は大理石のようにピカピカだ。受付があり、休憩スペースがあり、自動販売機があり、大きなソファーがあった。
俺たちの視点の先――前方に、真っ赤な高級そうなソファーに座っている幼女がいた
ウサギの耳を装着し、白と青の体操着を身に纏っている。
血の色よりも赤いソファーに、中学生にも満たない体躯の女の子が、学校帰りの格好で座っているのは、一言で言えば“異様”だった。
彼女は、無垢な瞳で、純白な頬で、コチラと視線を合わせた。
「いらっしゃ~い、ようこそ、ご入店してくれました~。私は二次選考の試験官を務めます――二年Bクラス担任の月見酒シロと申します~、といっても皆知ってるかな?」
トレーニング広場の管理人にて、感知系ヒーローの第一人者、初代ヒーロー世代に当たる重鎮の一人、月見酒シロちゃん先生であった。先生は、幼く、また間延びした声をあげながら、小さな両腕を力いっぱい広げて“歓迎のポーズ”をとっている。
「シロちゃんだ……」「シロちゃん先生……」「先生がいるとは……」「フフフ……」
喜び、驚き、安堵、感動、――生徒たちから声が漏れてくる。
これに、シロちゃん先生は、手を振りながら、マスコットのように声援に応える。
「皆には、これから、暗い地下の遺跡を回ってもらいます~、その様子はぜんぶ『私が』モニタリングしてるから、途中でギブアップしたくなったらいつでも言ってください~、すぐに駆けつけるからね~」
「はーーーいっ!」
と俺たちは、声をあわせる。人気すぎだろ、シロちゃん先生。
「ちなみに入り口は、バラバラに準備されてるから、一人ひとり別々になっちゃうから宜しくね~、質問がなければ、もうスタートしちゃうけど大丈夫かな~?」
「はーーーいっ!」
と、声を合わせながら、俺たちは準備済みの変身装置を見せる。
(さて、いよいよ、はじまりか……!)
シロちゃん先生は、俺たちの反応を確かめてから、手にしたリモコンのボタンを押した。すると彼女を中心に音が鳴り出した。大きな音だ。大地を揺るがすような、そんな音だ。
(……なんだ?)
「それでは、皆、二次選考、辛いこと、大変なこと、いっぱいあると思うけど、精いっぱい、頑張ってね~」
ゴゴゴゴゴ、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――!
(音が、どんどん、強くなってるっ――!)
揺れる、揺れる、ホテルのロビーの如き空間が、揺れる。縦に横に。グラグラと。激しく。雄々しく。揺れる、揺れる、揺れる。足元がふらつく。おぼつかない。すべてが揺れる。みんな揺れてる。シロちゃん先生だけが不動を保つ。
無邪気さの権化であったシロちゃんの口元に、老練な戦士の笑みが漏れる。
「――皆は、宇宙戦艦ヤ○トって知ってるかな。あの話にデスラー総統、っていう相当、怖い人がいてね~、気に入らない人がいると、宇宙船から追い出しちゃうらしいんだ~」
ピラミッド内部。俺たちの空間に変化が起きる。正確には床に。地面に、石造りのピカピカの平面に、――穴が。穴が。穴が。穴が。
(まるでっ! モグラの巣穴だ……っ!)
地面に無数の穴が生まれた。
そのまま、生徒たちがボロボロと落下していく。
「こんな風にね~、うわ~、まるで人がゴミのようだ~」
(先生っ……、それは、総統ではなく、ラピュタ王のほうですっ……!)
揺れに耐えながら俺はそう突っ込む。
気づいた時には、あゆも、葉山も消えてきた。狗山さんも、皆、落ちていったのか。人の数が少ない。揺れる。――美月もいない。心配だ。いや、余計なことは考えるな。これから試験だ。二次選考なんだ。
(そうだ。俺は戦うんだ。自分のため。ヒーローになるため)
「それじゃあ頑張ってね。皆の旅立ちに、良き運命が待ち受けんことを――」
俺の足元にも穴が開いた。――黒色。何も見えない、真っ黒な空間。
(よし、よし、よしっ、いくぞ、いくぞ――っ!)
身体が落ちていく。重力に全てを任せて。
「根性――――――――――っ!」
俺たちは落ちていく。二次選考の勝利という栄誉を求めて。
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突然の質問で申し訳ないが、夏、プールに遊びに行ったら、まず何をするだろうか?
準備体操、着替え、泳ぐ以外に何があるんだ、と問うてくるかもしれないが、俺は、断然、ウォータースライダーに遊びにいく。
速攻で、行く。速攻で。一番乗りだ。
去年の夏は受験勉強のために、ほとんどの生活を塾で過ごした俺であったが、地元のプールにだけは遊びに行った。
あの頃は、美月の生活も多少はマシになってきたこともあり、俺と奴とあと何人かの信頼の置ける友人たちと共に1日プールで遊び通した。
その時も、ウォータースライダーに乗った。おそらく何十回も乗った。数えるのも忘れてしまうくらいにだ。
足に触れる強めの水流。踏み出す時の勇気。いざ流れだした時の爽快感。全てを水の赴くくままに任せる感覚。照りつける日差し。水の冷たさ。身体を横にして一本の棒のようなった時のスピード感。速度。落ちていく、落ちていく楽しさ。
二次選考の穴に落とされた俺は、そんなウォータースライダーのような快感に包まれながら、長い長いスロープを下っていった。
「いぃぃぃぃぃぃぃいいいっ、やっほぉ――――――っ!」
落ちる、落ちる、落ちる、すっごい落ちてる。
滑べる、滑べる、滑べる、すっごい滑ってる。
星空のマンションの落下の時は、すぐに終わってしまって、ちょっと残念だったのだ。正直、楽しくて仕方がない。
嫌なこともすべて吹き飛んでしまいそうだ。
「さあ、いくぞ! ――――変身だッ!」
ベルトは既に装着済みだ。銀色のベルトに学生証を当てる。
暗闇の中で、高らかに叫ぶ。
「――――変、身ッ!」
眩しい光が、全身を包み込む。
眩しい光が、俺の肉体を強化する。
眩しい光が、意識せずとも感応せずとも、身体中に入り込んでくる。
それだけで俺の肉体というハードは――人間を超越する。
「――――ッシャア!」
俺の変身が完了すると同時に、前方から淡い光が漏れてきた。
――出口だ!
光の向こうへと、力いっぱい飛び出した。
跳躍、着地。ぐるりと見渡す。
そこには、岩壁でできた巨大な通路が存在していた。
「おお、おおっ、うおおおおおおおおおっ!?」
見る。右と左の両方。そこには岩肌のゴツゴツな通路が存在している。
天井は高い。数メートルはゆうに超えている。仕組みは判らないが、うっすらと光り輝いている。
右腕を掲げて、メーターの記載を確認する。
POINTS(ポイント数):0
DAMAGE(被ダメージ数):500/500
TIME(残り時間):180/180
「時間は、試合は、……まだ、始まっていないか……」
と、声に出した瞬間、巨大なサイレン音が洞窟内を揺らすように鳴り響いた。
同時に、『TIME(残り時間)の部分が、179/180』に減少する。
「おっ!」
続いてアナウンスが入る。
《――二次選考開始です。ゴールは第三層にあります。ポイントを集め、頑張ってください》
放送の終了とともに、四肢に力を込める。五指に至るまで流れを息づかせる。
気合を充填する。気概を補填する。気勢を装填する。
脳みその中にある“何か”のスイッチを、バチン、と切り替える。
エネルギーを充電させたマシーンのように、俺の戦闘技術は高められてゆく。
息を吸う、吐く。息を吸う、吐く。ゆっくりと、全身の二酸化炭素を出しきったあとで、大気中の酸素を吐いた総量の“7割ほど”取り込む。
「――さて、準備は完了だ」
怪獣、ヒーロー、何でも構わない。どっからでもかかって来い。
俺が相手だ。
いつでも迎え撃ってやる。
「GRRRRRRRRRRRRRR……ッ」
(……むっ!)
どうやら、さっそく来たようだ。
右の通路から巨大な影が揺らめいている。
俺は喋るのを止め、ゆっくりと影の方へと近づく。
(要は、アクションゲームと同じ感覚だ。バレないように接近し、確実に仕留める)
あゆや狗山さんならば、正面から向き合うのだろうが、生憎俺は慎重にいかせてもらうぜ。
「GRRRRRRRRRRR……ッ」「GRRRR……ッ」
(……二体か!)
こりゃあ、丁度いい。ランクCなら、一気にポイント二倍。合計20ポイントだ。
俺はさらに物音を立てないように、通路を進む。
「GRRRRRRRRRR……ッ」「GRRRRRRR……ッ」「GRR……ッ」
(……三体か? さすがに三対一で相手するのは苦労しそうだ……)
――正直、言ってこの時の俺は、油断していた。
“怪獣狩り”という表現に惑わされていたのかもしれない。
人間にとっての怪獣とは、本来、狩る存在ではなく、狩られる存在だというのに。
(ゆっくり、ゆっくり、……っと)
通路の端にまで到達した俺は、顔を出した。
20を超えた怪獣たちと、俺の両目がピタリと合った。
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「ぎゃああああああぁぁぁぁあああああぁぁああああ!」
石畳の道を走る。転けそうになる身体を無理やり起こす。岩壁に触れる。右手を擦らせる。力を振り絞り踏み出すように進む。天井は明るい。道は視認できる。これは救いだ。助かる。だが、安心はできない。後方から音が聞こえる。地面を揺らす音が響く。段々と、段々と、近づいてくる。
「GRRRRRRRR……ッ」「GRRRRRRRRR……ッ」「GRRRRRR……ッ」「GRRRRRRRRRRRRRRRRッ……!」「GRRRR……」「GRRRRRRRッッ!」「GRRRRR……RRR……ッ」「GRRッ!」「GRRRRRRRRR……ッ」「GRRRRRRRRッ!」「GRRRRRRRRRR……ッ!」「GRRR…GRRR……ッ」
俺は20体以上の怪獣たちに追いかけられていた。
(待ち構えられていた!待ち構えられていた!待ち構えられていた!)
怪獣に知性はないという話だったが、どうやら待ち伏せの技術くらいはあったようだ。まったくもって油断していた。まさか、何体かが、“わざと”声を出して、俺を誘い込むなんて。
(なんて高度な技術! なんて愚かな俺! どうして試験前にあんな大声出してたんだ!)
いくら試験開始前とは言え、あんだけハイテンションで叫んでいれば、そりゃあ怪獣だって人間がいるって気がつくだろう。開始とともに湧いて出たんじゃないんだから。最初から通路にスタンバっていたのだから。
(――ったく、馬鹿な俺だ。根っこのところは、何も変わっちゃいねえ)
生徒会長から修行を受けようが、
真白さんから改造をされようが、
俺の根本というものは未だに稚拙で、愚昧なものであった。
(さて、さて、ネガティブシンキングはここまでだ。ここまで。反省は終了。
こっからは、反撃の手段を考えなくては)
これまで迷宮の通路を適当に進んできた。そろそろやり返さなければ、時間の無駄だ。
(……しっかし、この数はなー)
見たところランクC。イノシシのような外見をしており、基本攻撃は突進。特殊な能力は有していなそうだ。
一、二体だったら、余裕だが、いかんせん、二十体以上が相手だ。ローグ系のゲームであれば、後ろの列で待ってくれるが、そうもいかない。何体か相手している間にも、仲間の怪獣が容赦なく襲ってくるだろう。
それでも、俺は負ける気はしないが、どちらにせよ最初から大きな負傷は避けておきたい。試験は3時間もあるのだ。生き死にの争いをするには、あまりにも早すぎる。
通路をドンドン進んでいくと、再び曲がり角が目に入った。しかも二つ。右と左のふた手にわかれている。
(あそこの角を曲がったところで止まって、追いかけてくる前の何体か倒せないかな)
うまく一撃で仕留められれば、倒された怪獣を壁に時間を稼げるかも。俺は考える。そろそろ手を打つ時間だ。場合によっては逃げ切ることも――。
と、曲がり角に接近した瞬間戦慄した。
(怪獣の影だ)
背筋がゾクリと冷える。マズい、マズいマズいマズい。心臓が早鳴る。このままだと挟み撃ちだ。前と。後ろ。流石に両サイドを相手しきる自信はない。
(――怪獣は右の角から来ている。到達する前に、左の角に回り込めるか?)
どうだ。影だけだと距離感がわからない。すぐ近くにいるのか、それとも遠いのか。俺はとにかく走るしかない。思考に集中を囚われて、歩みを遅くすれば、結果として後方の怪獣たちの餌食だ。
「GRRRRRRRRR……♪」「GRRRRRRR……♪」「GRRR……♪」「GRRRRRRRRRRRRR……♪」「GRRRRRRRRRRRR……♪」「GRRRRRR……♪」「GRRRR…♪」
(怪獣どもが笑っている? コイツ達の仲間か!?)
ならば、ヤバイ。状況は最悪だ。この挟撃は、偶発的なものではなく、意図的なものだ。怪獣たちによって作り出されたものだ。怪獣どもに、こんなチームプレイができただなんて。
(……ランクCだと舐めていたな)
忘れていた。慢心していた。これは二次選考の試験なのだ。ランクCだろうが、弱くはない。相応のレベルの怪獣が配備されているのは当然なのだ。
(――ったく、最初からうまくいかないな、ちくしょう……!)
と、本日二度目の反省を終えたと同時に、通路を塞ぐように怪獣が登場した。
「GRRRRRRRR……ッ♪」
追いかけられてる怪獣と同種のものであった。やはり、挟み込まれたのだ。茶色い図体。尖った体毛。紅い双眸。激しい息遣いから興奮が読み取れる。敵は二十体以上。俺は一人。これは厳しい。開始早々、絶望的な状況だ。心が弱っていれば、諦めて座り込んでいたことだろう。
「――仕方ねぇ」
だが、俺は構える。
巨大な怪獣たちを前に、俺は戦う。
絶望を友としながらも、俺は戦闘姿勢を作り上げる。
「こいっ! 化け物ども、俺一人が相手してやるッ!」
覚悟を決めて、意志を示せば、鍛えぬかれた俺の肉体と精神は、自動的に“最善の方法”を教えてくれる。
(――まずは、前方の怪獣の撃退だ。アイツを倒せば勝機はまだある!)
俺は狙いを定め、目の前の怪獣めがけて踏み出す。怪獣は「GRRR……♪」と愉快そうに笑う。笑っていられるのも今のうちだ。目にものを見せてやる。真白さんによって改造された肉体。いまこそ、お披露目の時だ――。
「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――――♪!」
「笑うな、怪獣ども! 二十だろうが、百だろうが、俺だけで十分だッ!」
「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――――ッッ!」
両足は動き、加速度をあげる。右腕を強化しようとボタンを押しかけた瞬間。
“それ”は起こった。
「――――《全壊右腕》発動! 種類『弾道弾』ッ!」
轟音!
と、同時に、怪獣が大きく爆散する。超巨大ミサイルによる爆撃。激しい威力。その爆圧によって、怪獣は炎に飲まれていく。絶叫があがり、姿が消えてゆく。
怪獣がやってきた右側通路の――反対側。
左側通路の爆炎の中から、一人のヒーローが姿を現す。
「――ねぇ、誰が一人で十分だって?」
思わず笑いがこみ上げてくる。言語化できない万能感。
全身の血流が炭酸となって弾けて飛びそうだ。
大丈夫、俺たちは、今、無敵だ。
「――悪いけど、私はチームプレイが大好きだからねっ! 嫌でも一緒に戦うよ、ソウタ君っ!」
鋼鉄の右腕を震わせて、とびっきり頼もしい声でそう告げた。
俺の隣まで歩んでいき、眼前の怪獣たちを見つめる。
堂々と、彼女は真っ直ぐに宣言した。
「1年Dクラス、川岸あゆ、変身名《全壊戦士》」
右腕を構え直して、怪獣たちへと向ける。
「――さあ、全壊の時間だ。塵一つ残さず掃討してみせよう」
川岸あゆの参上であった。
新島宗太の“危機”の最中に現れたあゆ、立ちはだかる強大な怪獣の群れ、二次選考はまだ始まったばかりだ――!
次回「第63話:ヒーロー達の友情救済」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。