第61話:ヒーロー達の金字塔
大平和ヒーロー学園は、“東京の田舎”に存在する学校だ。
この矛盾した言葉に顔をしかめる者もいるだろうが、待って欲しい。都内で暮らす人間や、実際にヒーロー学園で暮らしている俺たちからすれば、的を得た表現なのだ。
東京都南西部。
いわゆる“都心”東京湾に面したエリアから西へ。
新宿、渋谷、原宿、池袋、――こうした東京の本拠地から離れてさらに西へ。
荻窪、吉祥寺、国分寺、立川と、いささかメジャー度の落ちた地域を抜けて、さらに今度は南西に向かう。
数年前、実験的に導入されたリニアモーターカーに乗り、何だか『あれ、東京なのに、山と自然ばっかになってきたぞ』と疑問が浮かんできたら成功だ。ここから『もしかして、東京ではないんじゃないのか』と不安が高まってきたら大成功だ。
君はいま、ヒーロー学園への第一歩を踏み出した!
東京なのに、森がいっぱい。東京なのに、土地が余っている。10年以上前に、怪獣の大暴れした結果、サラ地が余計に増えたと聞くこの広大な区域に、大平和ヒーロー学園という戦闘施設は、その姿を堂々と構えている。
その範囲は、ディズ○ーランドとディズ○ーシーとU○Jと合体させたよりもデカイ。
まさに学園都市である。俺たちの住んでいるアパートの土地も、書類上はヒーロー学園の敷地に含まれている。より正確に言えば、ここいら一帯の土地は、日本ヒーロー連合会が買い取ったものなのだ。
そんな名実ともに強大な大平和ヒーロー学園には、様々な外部施設が存在する。
俺たち高等部のエリアからバスに乗って約10分――地下数十メートルに及ぶ、『巨大迷宮』も、その一角を成していた。
第三層に渡るヒーロー学園による人工の訓練施設。
地下迷宮。
地下遺跡。
人工的に作り上げた怪獣たちの住処となっている巨大地下ダンジョン。
今回の『第二次選考』は、そんな巨大地下施設が舞台の、地下迷宮探索試験なのであった。
「……フフッ、ここが《ダンジョントライアルの世界》か……」
「ああ、私たちの旅はまだ終わっちゃいないね……」
「おいこら、そこ、仮面ライダーデ○ケイドごっこで遊ばない」
葉山たちにツッコミを入れる。頭上には青空が広がり、眼前には緑色の芝生が広がっている。気持ちのいい場所だ。せっかくの休日であるし、ここでのんびりピクニックでもできたら最高だろう。
だが、今日は違う。今日は、戦いのための日だ。
6月17日、日曜日、現在時刻8時32分、英雄戦士チーム選考会の二次選考当日であった。
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「さあさあさあさあ! 皆様神様ヒーロー様! 英雄戦士チーム、第二選考会、一年生の部にご参加のそうそうたる強者の方々! こちらにお集まりください!」
バスから降りた俺たちは、探検服を身に纏った美少女に迎えられた。
もしかしてガイドだろうか。
前述の通り、目の前には清涼な緑色が広がっているものの、一方で遺跡の入り口と呼べるものは見当たらなかった。案内役は必要だろう。
「皆様、初めまして! 私は、今回の第二選考の案内とルール説明を担当致します! 鴉屋ミケと申します!」
――その言葉に、一部の生徒たちがざわつく。
クロさんのお姉さんに当たる、鴉屋ミケさんであった。
ただし、その姿は明らかに変わっていた。
以前は150cmくらいのクロさんと同じくらいの背の高さであったのが、今では170cm近い長身になっており、身体も細身になっている。髪も金髪のロングであったものが、今では赤茶色のツインテールに変化していた。肌も焼けており、小麦色をしている。
鴉屋ミケと名乗られていなければ、彼女だと気づくこともできなかっただろう。
ピスヘルメットと呼ばれる探検帽を指先で回しながら、笛を吹いて俺たちを集結させる。
「はいはいはい! お集まりください、そうですそうです! 総勢32名、壮観ですね―! では、移動をしながら、ルールを説明しますので、ついてきてくださいねー」
ミケさんはそう言ってズンズンと進んでいく。
俺たち生徒も慌ててそれについていく。
あゆ、葉山、狗山さん、城ヶ崎正義さんに、君波紀美さん、見知った人物から、まったく知らない人間もいる。――総勢32名。戦闘映像でほとんどの生徒の戦いは観察済みであったが、ヒーロー前の彼らの外見は知らなかった。
『例の一件』以降、戦闘映像はもっぱら記録済みのデータを鑑賞するに限り、リアルタイムでの観測は控えるようにしていた。
許可をいただいたクロさんには悪いが、当分監視カメラを活用することはないだろう。アレを扱うのは、今の俺には荷が重い。責任を全うできる気がしないのだ。
「第二選考の項目は『迷宮探索』とお伝えしていたと思います。これから皆様にはヒーロー学園が誇る『地下迷宮施設』にお越しいただいて、『怪獣狩り』を行なっていただきます」
「怪獣“狩り”……?」
「はい、その通りです! 怪獣を倒して、ポイントを取得する。たくさんのポイントを獲得した状態で、時間内にゴールする。これが、これこそが、迷宮探索のルールです!」
と、ミケさんはピタリと立ち止まり、指を弾く。
パチィン!
と、軽やかな音が響く。同時に、ミケさんの身体から、大量の輪っかが飛び出した。
――弾け、飛ぶ。
「うわっ!」「わっ!」「きゃっ!」「うわわわ!」「フフッ……!」「わー!」「……!」
マジシャンが大量の鳩を羽ばたかせるように、ミケさんの身体から何処からともなく輪っか達(半径10cmくらいだろうか、そこそこデカイ)が放たれた。俺たちに迫ってくる。
俺の眼前にも、輪っかが近づく。
その瞬間、俺の中の“意識”が切り替わる。
(――現在の距離は約2メートルと半分)
速度からして、到達はおよそ2秒後だ。
形状は円形。丸い。銀色で、何か機械でできていそうだ。電子か。デバイスのようなものか。銀色の一部にスクリーンのような。ガラス状の物が見える。
(どうやら、安全そうだな。――キャッチするか)
放射角度を計算しつつ、俺は右手で、銀色の輪っかを掴んだ。
「フフフ……」「とぉ!」
見回すと他の参加者たちも、放たれた輪っかを手にしていた。葉山も右手で、あゆはジャンプして口で咥えていた。
「お前は犬かよ」
「はんはん(訳:わんわん)」
「訳いらねーだろ、それ」
犬耳だしてんじゃねーぞ。
「行き渡りましたでしょ―か? そちらは『悪魔達の輪っか』、二次選考のポイントを計測するデバイスとなります! 両腕のお好きな方に通して、スクリーンの緑のボタンを押してください。そうすると、自動的に締まります」
指示通りに右腕に巻いたまま、緑のボタンを押した。すると、首に通せそうな大きさの輪っかが、グニャリと、金属が溶けるような変化を起こし、ピッタリのサイズで右手首の部分に収まった。
同時に、スクリーンが美しく光り出し、三つの数値が弾き出される。
POINTS(ポイント数):0
DAMAGE(被ダメージ数):500/500
TIME(残り時間):180/180
「得点と、ダメージと、……残り時間か」
なるほど。
示される数値と、ミケさんの言葉で、おおよその内容は推測できる。
怪獣を倒して、ポイントを集め、時間以内にゴールする。
――要するに、怪獣狩りをして、点数を集めるのだ。
引っかかりがあるとすれば、ダメージが計測される点だ。
500/500と書かれているのは、一次選考の体力ゲージを思い出させるが、どういう意味を持つのかはわからない。
説明を待つ必要がありそうだ。
「それでは、ちゃちゃっと説明してしまいます」
ミケさんは歩き出しながら、再度指をパチンと鳴らした。
すると、スクリーンから画像が映し出される。
怪獣Cランク 10ポイント
怪獣Bランク 50ポイント
怪獣Aランク 100ポイント
ヒーロー 80ポイント
「ご覧のとおり、怪獣は三つのランクに分けられています!
Cランクは一番弱く、Aランクが一番強い! ヒーローの皆様には、より多くのポイントを集めてゴールを目指してもらいます!
制限時間は三時間! これから向かう地下迷宮は三つの層にわかれていますが、下に下れば下るほど、ランクの高い怪獣に遭遇する可能性が上がります!」
「ゴールは当然、その三層目にあると」
「イエス! その通り!」
「怪獣のランクの判断は? わかるようになってるのか?」
「わかります! 怪獣の身体の一部にマークが刻みつけられています!」
「フフフ……早くゴールすると何か得点はあるのかな?」
「ありません! ゴールはあくまでも目安です! 本試験は『閉鎖環境で戦い抜くこと』が見られており、競争は重視されていません!」
じゃあ、迷宮と銘打っているが、メインはやはり怪獣狩りなのか。
(――と、いうことは、時間ギリギリまで粘って、ポイントを獲得し、ゴールを目指すのが理想的か)
さらに言えば、先にゴールだけ見つけて、いつでも入れるようにすれば、より安心だろう。
「なお、怪獣にはランクC~A以外に加えて、『Sランクの怪獣』を紛れ込ませていただきました! 倒した時のポイントは、300点となります!」
(――300点!)
Aランクの怪獣の3倍。Cランクの30倍か。
撃退できれば、かなり有利に攻略を進めることができるだろう。
生徒たちもざわついている。
「ざわざわ」
「あゆ、お前は何でも口に出すな」
「ごめんなさい」
あゆは素直だった。ルールも大まかであるが、把握できるようになってきた。
疑問点が残るとすれば……。
「……ヒーロー80ポイントってのは、そのままの意味で捉えればいいんだよな」
俺のつぶやきに、即座にミケさんが反応した。
「もちろん! ただ、じゃっかん違います。少しだけルールが複雑なのです!」
「複雑?」
すると、ミケさんは指をピンと立たせて、ささやくような声で言った。
「――ヒーローを倒したヒーローは、相手から80ポイントを奪うことができます」
再び、生徒たちがざわついた。
(ああ、なるほど……)
「細かい説明をしましょう! ヒーローのライフは最大500! これは一次選考のライフと同等のものだと考えてください!
ヒーロー同士の戦闘では、このライフを削り合い、0に持って行くと、80ポイントを奪うことができます!」
「面白いけど、相手がポイントを持ってない場合はどうするんだ?」
「無問題です! ――その場合は、マイナス80ポイントになるだけですから……!」
そういうことね。
「――倒された生徒に罰則は? ゲームオーバーか?」
「ノー! 3分間、戦闘ができなくなりますが、再度ライフ500から復活することができます!」
ミケさんは手の指で“3”を作り上げた。
「説明を加えさせていただくと、ライフは怪獣との戦いでは削られません!
“あくまで”ヒーローとの戦いのために作られた数値です!」
「…………」
つまりそれは、主催者側が、ヒーロー同士の戦いを推奨しているということか。
500というライフ。本当に一次選考の基準のライフだとしたら、それはあまりにも少ない。正直、ヒーローを倒すのはかなり容易だ。
(――80ポイントか)
怪獣Aランクに比べて、バランスはとれているだろうが、それでも明らかに高配点だ。狙わずにはいられない。
(場合によっては起きるぞ――怪獣狩りならぬ、ヒーロー狩りが)
隣を見ると、あゆも難しそうな顔をして唸っていた。コイツもルールの真意に気づきつつあるのだろうか。
「……ぷしゅ~」
いや、ルールが難しくて、ショートしてただけだった。
頭から煙を出してやがる。
「ソウタ君ー、三行で説明して―」あゆが涙目で懇願してきた。三行って。
「えーっと、たくさん怪獣をやっつける。
倒した得点を集めてゴールを目指す。
一番いっぱい得点を集めた人が勝利」
「エクセレント~!」
「よしよし」あゆが抱きついてきた。頭でもなでといてやる。
「フフフ、二次選考の突破条件は、ポイントの高い生徒の順番でいいんだよね……」
「はい、その通り!
最終選考の切符は、制限時間終了時に最も高いポイントを集めた――上位8名となります!」
――上位8名。最終選考はトーナメント式の一対一の対決だと聞く。
今、この場にいるのは、総勢32名。
およそ、4分の1が削られることになる計算だ。
(俺、あゆ、葉山、狗山さん、城ヶ崎正義、君波紀美、)
ここには姿は見えないが、猿飛桃さんも。彼女も参加済みのはずだ。他にも真白さんとの実験過程で、多くの生徒の戦闘データを鑑賞した。
――強力なヒーロー達はたくさんいる。
(例えば、Aクラスの、神山仁、高柳城、山車雄牛、の三人組、この三人は強かった――)
どの生徒だか判らないが、この中に紛れ込んでいることだろう。
(Bクラスの青樹大空と赤井大地は、チームプレイを本質とするBクラスにも関わらず、この二次選考に勝ち進んでいる)
一次選考は個人戦であった。この二次選考では、もしかしたら、チームプレイを活かした本領を発揮するかもしれない。
(Cクラスからは。人型式さんね。真白さん曰く、鴉屋姉妹のような実験と戦闘を兼ね備えたヒーローを目指しているとか)
――私よりも、嫌な性格をしているので、気をつけてくださいね。
真白さんにそう言われちゃ、警戒しないわけはない。戦闘映像も見たが、ヒーローとは思えない奇っ怪な技を用いていた。
(あとは、Sクラスの猫谷猫美さんね――)
城ヶ崎正義、狗山涼子、以外のSクラスの生徒として特に目を惹いたのは彼女であった。スピードと敵を翻弄する特異な動きは、相対することになればかなり苦労することだろう。
そして、なお、本人は今――。
「おい、涼子っ! いい加減あたしの後ろを歩くんじゃねえ!」
「ふむ、気にせんでくれ、キャット。私は君の後方を付き添うのがお似合いなのさ」
「お前が、あたしのケツばっか見てるのは知ってんだよっ!」
狗山さんは、ひゅう、と軽く息を漏らす。
「さすが、さすが、猫谷の系譜、優れた洞察力だ」
「そんだけ、ジロジロ見られてばわかるんだよ! ――だから、身体を撫でるな、気持ち悪いっ!」
……何だか、貞操の危機に合っていた。主に狗山さんのせいで。
変身前の姿は見たことなかったが、おそらく彼女だろう。炎のような赤髪に、挑戦的な笑みが似合いそうな、勝気な女性であった。――まあ、今は涙目になってるけど。
「安心し給え、キャット。君ともいずれは戦う運命、好敵手ではあっても、友人ではない。この行為にも、親愛の情などといった意味はない」
「……なら、いいんだけどな」
「ああ、単純にこれはキャットの身体が目的なだけだ」
「このやろう! ばかやろう!」
何か大変そうだった。狗山さんの性癖も、最近はだんだんとオープンな方に向かっているらしく(そもそも隠し通す方が無理なのだ、あの性格で)、周りの生徒がいるにも関わらずお構いなしにいちゃついていた。
「おい、美月、おめーからも何か言ってくれよ。この女王様に」
「えっ、……涼子ちゃん、ダメ、だよ……?」
狗山さんは身体を大きく後ろにのけぞっていた。あ、顔真っ赤だ。
「お、おーけー、……すまなかった、キャット」
「うしししし、構わねーよ、サンキュー、美月」
猫谷さんは、意地悪そうな目つきで、狗山さんを眺めていた。一方の、狗山さんは顔を片手で覆った状態のまま、ちょこんと、“彼女”の服の裾を握っていた。
いつまでも、握っていた。
「ねー、ソウタ君」
「…………」
「ねー、ってば」
「…………」
「……光射す世界に、汝ら闇黒、棲まう場所無し、
渇かず、飢えず、無に還れっ!
――レムリア・インパクトッッッ!」
おもいっきり、ボディブローを決められた。
「昇華ァ――――!」
そのまま、深々と沈められた。
「うぉぉぉぉおおぉお……」
「お、目覚めたね。ソウタ君っ」あゆが嬉しそうな笑顔で言った。嬉しそうな顔すんな、バカ野郎。
「なに、すんっ……!」
「美月ちゃんと何かあった?」
「…………」
閉口する。息を呑む。黒色の大きな両目がコチラを覗きこんできた。吸い込まれそうな瞳だ。澄んで、透き通って、一切の含みが存在していない。
(…………あゆに、勘付かれるとは、よっぽどだな俺も)
心のなかで嘆息する。
別に大したことじゃない。
別に酷いことではない。
怪獣が地球を襲い、ヒーローがそれを守るこの世界においては、ほんの些細で矮小な出来事だ。
「…………」
「ソウタ君、また黙ってると、殴るよ?」
「……別に、否定はしないが、心配するほどのことじゃない。気にするなよ」
そう言って、あゆの頭を撫でる。しかし、彼女の不安はまだ解消されてないようだ。
「でも、もう最近ずっと元気ないしー」
「気にすんな。そのうち適当に解決するさ」
「ほんとー」
疑念の眼差しを向けてきた。俺はその視線を無視して、前方に顔を向けた。
芝生であった広場を抜け、俺たちは森の中へと入っていた。鬱蒼としており、青空が遠い。地面も土気が多くなってきており、だんだんと目的地に近づいているような感覚が生まれていた。
(……しかし、解決ね)
解決。解決。この問題がもし怪獣の出現などといったものであれば、ヒーローとして敵を撃退すれば済むだろう。それだけで万事解決、オールオーケーだ。
だが、そうはいかない。俺と彼女の問題は、非常にセンシティブなものであり、あまりにも込み入っている。勧善懲悪のロジックで解決は望めない。――残念ながら。
俺は時計を見る。現在時刻は8時46分、二次選考開始まではあと14分。
ふと、森の中に光が射し込んだ。
抜ける――。
「さあさあさあさあ! 到着しました、大平和ヒーロー学園が誇る特殊訓練施設の一つ」
そこには、巨大なピラミッドが――。堂々とその姿を構えて――。
「“神葬の金字塔”へようこそ。若きヒーロー達に、黄金のご加護があらんことを!」
そして――。ミケさんはクルリと身を翻し、俺たちの顔を見て。
「――貴方達の運命はここで決まる」
瞳を変様させながら俺たちを捉える。
「さーて、戦いの始まりだ。――――――真実を狂わせていこう」
二次選考の狼煙があげられた。
地下ダンジョンへの突入を決めるヒーロー達、バトルロワイヤルの始まり、新島宗太の前に迫りくる第一の関門とは――。
次回「第62話:ヒーロー達の迷宮突入」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。