第59話:ヒーロー達の神の視点
「……やあ、お待たせ」
「遅い」
生徒会長――和泉イツキが扉を開けた途端、そんな罵倒が飛んできた。
声の主は、君島優子。
この高校の副会長であり、そして“学園最強の生徒”であった。
彼女が何時からそのように呼ばれていたのかは知らない。
だが、異論を挟むことはない。そんな余地は、この学校には存在しない。
「3分と20秒くらい、遅い。手を抜いたわね」
「違う違う、むしろ、先生が本気を出してね。きっと、優子ちゃんに負けたのが悔しかったのだと思うよ」
「ふうん、確かに、歯ごたえはなかったわね」
と、教師に対して平然と言い切る。
しかし、彼女の言葉は、ただの自信過剰や高慢さによるものでは決してない。
正直な、心からの言葉であった。
彼女の全力は、この学校の生徒を凌駕する。
――自律変身型ヒーロー。
変身装置を使用せず、自由に変身することが許された“真の超人”。
莫大なヒーローエネルギーを貯蔵し、放出できる彼女を、止められる人間はいない。
「……だから、今回の勝負、時間では負けたけど、難易度では僕の勝ちだ」
「む」
――いや、違う。
「とりあえず、今回の勝負は引き分けだね」
「はぁ?」
――――ただ、一人“例外”を除いてだ。
☆★☆★☆★☆★
「わくわく」
「どきどき」
星空に彩られた室内で、俺たちは“観測”していた。
神のごとき視点から、黒子のごとき静寂さで。
「さあ」
「さあ」
ささやくように声を揃える。
「ショータイムだ」
☆★☆★☆★☆★
不快感を隠すことはなかった。
むすりと尖った三白眼を作ったまま、彼女は生徒会長に詰めかけた。
イメージとしては、そのまま首元をギュッと握り、軽く持ち上げるつもり。生徒会長の体重は平均的な男子高校生のそれと変りないが、彼女ならば片手で持ち上げることも可能だ。そして、自分の方へと顔を近づけ、せせら笑いをしてから、洗濯物を放り込む時のように楽々と投げ捨ててやるのだ。
君島さんの脳内では、そうしたシュミレーションが完了していたようだ。そんな冷笑が口元から漏れていた。
だが、生徒会長は避けた。まるで予知していたかのように。
軽々と。
飄々と。
足を一歩、後ろに下げる。
そんな日常的な動作にて、彼女の高速の右腕を避けた。
「――っ!」
攻撃の失敗。
驚き。戸惑い。
舌打ち。
をする。
しかし、彼女は諦めていなかった。
控え室には二人の他は誰もおらず、敗退した生徒たちは足早に帰宅を済ませていた。
それ故に、彼女の“暴力性”を阻むものは存在しない。
力の解放を止める者はいない。
君島さんは、攻撃を繰り返した。
「――……っ! ……っ! ……っ! ――っっ!」
「右、左、右、左――と見せかけて下っ!」
右フックに首を逸らし、左の連打を弾き返し、右のボディを片手で受け止め、左のフェイクの代わりに飛んできたミドルキックをジャンプで回避した。
跳躍と同時に重心を後ろに移動させ、器用に後退を決める。
すすっ……。
と、着地後も、床を無闇に削ることなく、微かな摩擦音のみを残して停止した。
「優子ちゃん、また攻撃力あがってない? 受け止めた時、いつもよりちょっと重たかったんだけど」
「……知らないわよ、そんなの。勝手に強くなるんだから」
「でも、初動は遅くなったような……もしかして、太った?」
「~~~~~~~~~~!」
拳のラッシュ、であった。
千手観音像とか。そういう。腕が増えていると錯覚するほどの、超速度の乱撃であった。
だが、生徒会長はこれも避ける。受け止める。
軽々と。
飄々と。
同じ映像を繰り返しているような。混乱が生じる。
君島さんが攻めて、生徒会長が受ける。
まるで武道の演武だ。
そこに、決まりきった型は存在しない。が、極めて対等に、極めて平等に、二人は対峙していた。
最強の生徒と最弱の生徒。
本来、真逆であるはずの二人。
彼らは華麗に愉しげに、戦い、舞っていた。
(……なお、後から真白さんに聞いた話によると、演武における関係は、必ずしも対等ではないそうだ。師匠役と弟子役に分かれているそうだ)
だが、そんな理屈はどうでも良い。
対等に戦う。
互角に渡り合う。
その光景は、二人の表情を活き活きと輝かせていた。
「……はぁ」
と、君島さんが息を漏らす。呼吸が苦しくなった訳ではない。真の超人である彼女に、そんな概念は通用しない。
ただの、呆れたため息だ。
「……ふふ、まだ、やるかい?」
生徒会長は、自らの余裕さをアピースするように、多少大げさに肩をすくめる。
そのポーズに、君島さんはげんなりした表情見せる。
心底嫌。
といった表情だ。
「……まいった、今回の勝敗はイツキの好きでいいわよ」
「本当? じゃあ、僕の勝利で……」
「違う」
君島さんは、ギロリ、と睨む。刃物のような眼光を差し向ける。
彼女がその気になれば、本当にヒーローエネルギーを刃状に変えて、会長に突きつけることも可能だろう。
「――――引き分け、で手を打とうと言ってんのよ」
「そりゃあ、嬉しいね。優子ちゃんに、引き分けられる日が来るとは……」
「感慨深そうに言うな、アンタが言い出したことでしょうーが」
容赦なく言い放つ。
君島さんはいじけたような怒り顔。
一方の生徒会長はニコニコと微笑みを崩さない。
むしろ怒ってくることを楽しんでいるようであった。
☆★☆★☆★☆★
「いつも通りだな」
「……そうなんですか?」
俺の感想に、真白さんは驚きで返す。
「平常運転だよ。生徒会長が喧嘩を売って、副会長が買う。修行中に何度も見たテンプレパターンだよ」
「私は“情報”でしか二人の関係を知らないので、新鮮な感じですね。
……ああいう風な、人間同士の繋がり方もあるんですね」
画面上の二人は、今のところは休んでいた。だが、その休みも小休止に過ぎず、目を離した隙に戦いが再発しそうな、そんな“一触即発”の雰囲気を漂わせていた。
正直、見ている側としては、気が気でしょうがない。
個人的には、もう少し緩やかなで、和やかな関係になってほしいものだ。
「なんか冷戦期のアメリカとロシアみたいだよな。小競り合いばっかしてさ」
「新島さん、冷戦期のことご存知なんですか?」
「いや、それは、……こう、イメージだけどさ」
たまに例え話に食いついてくるのはやめてほしい。
冷戦とか怪獣もいなかった頃の前時代のお話だ。人間同士の戦争(笑)の時代だ。
知るわけないじゃないか。
「もう少し、仲良くしてもいいと思うんだよ。今のままじゃ、喧嘩ばかりじゃないか」
「……個人的には、今も十分に“仲良く”してると思いますけどね」
「そうか?」
疑惑の眼差しを向けてやろうと思ったが、むしろ真白さんに笑われた。
「新島さんは、鈍感ですね」
「……一番、言われたくない奴に言われた」
真白さんの頭をぐりぐりしてやる。あーうーと彼女の情けない声を聞きながら、画面に視線を戻すと、泰山先生と三年生の生徒一人が訓練室から現れた。
時刻はもう17時近くになろうとしている。
一時選考会終了、の合図であった。
☆★☆★☆★☆★
「うーっす、合格は貴様ら二人だァ、喜びやがれ、畜生が」
泰山先生は放たれる言葉とは裏腹に、満足そうな口ぶりでそう言った。
「ほら、谷崎。てめぇもよく頑張ったよ。俺とのタイマンにまで持っていった三年生はそうそういない。自信に思っとけ、思っとけ。そして、今日の敗北を糧として頑張りな」
泰山先生先生と一緒に来た生徒――谷崎と呼ばれた三年生は、礼儀正しく挨拶をして去っていった。先生は太い腕を振って、彼を見送る。
「さぁて、嬉しい楽しい、二次選考のお知らせだ。日どりは6/17の日曜日。
今日が7日だから、まだ10日間くらいあんなァ。
試験内容は、『迷宮探索』だ。まあ、心配ねぇとは思うが、せいぜい気張んな」
「迷宮探索、ね。優子ちゃん、大丈夫?」
「……何がよ」
「探索型の試験ということは、多分、パワー以外の要素が必要になってくるよ。戦略とか策略とかね。“物理で殴る”が基本の優子ちゃんには、厳しい、苦しい、荷の重い戦いになるんじゃ――――うわっ、と!
いきなり、目をつぶしにこないでよ。怖いなあ」
「うるさい」
「暴力キャラは最近の流行りじゃないよ。今はデレてくれる、甘やかし系が売れるんだから」
「はっ」
「鼻で笑われた!?」
「私がデレるですって? ……ふん、無茶言わないで、そんなことある訳ないじゃない」
「そうだよね。無理だよね。地球が逆回転したとしても無理だよね」
「いや、貴方にそう全面同意されると果てしなくムカつくのだけれど」
君島さんは頭に怒りマークを(リアルに)作って睨みを効かせる。
「そういえば、宇宙刑事○ャバンで、悪の結社が毎回、異空間を出すために地球を逆回転させるよね、ぶっちゃけ、あの取り付け技術があったら人類簡単に滅ぼせちゃうよね」
「……今、その話する必要あるかしら?」
「宇宙犯罪組織マ○ーの魔の手は今も刻一刻と迫ってるかもしれないんだよ!」
「いや、それはもう、本職の宇宙刑事さんに任せましょうよ……」
私たちの目的は怪獣を倒すことだけなんだから、と君島さんは伝えた。
「そうだね。そして、全ての力を僕たちに結集させ、優子ちゃん達が住みやすい世界を創造するために――」
「そんな、コー○ギアス的な、壮大なお話だったっけ……」
「チーム結成の大筋は間違ってないよ?」
「まあ、そうだけれど……」
と、君島さんが言い淀んだ所へ、泰山先生の豪快な笑い声が飛んだ。二人の言い合いを愉しそうに眺めていたのだ。
「貴様らァ、相変わらず仲いいなァ! 結局、付き合ってたりすんのか?」
「そうです」
「違います」
「そ、即答で真反対の解答が帰ってきたなぁ……」
流石の泰山先生も困った声をあげた。
「簡単に言いますと、恥ずかしがって照れている彼女の代わりに、正しい答えを僕が教えてあげている形です。彼女の否定の言葉は、基本デレだと思ってくれて結構ですよ」
「簡単にご説明しますと、度重なる人体実験の結果、頭のおかしくなった彼を、私が介護してあげている形です。ときどき勘違いして、変なことを言いますが、変に否定せず笑ってあげるのが、一番の治療になります」
「君島の方が毒があんなァ」
「人前だとこうですが、二人きりになるとなかなかなもんですよ」
「そうなのかぁ?」
いや、先刻まで二人きりのところを観察していたが、喧嘩しかしていないのであった。
泰山先生も、どっちでも構わないのか、適当なところで話を切り上げた。
「まあ、いいさ。和泉、テメェはよくやってるしな。
一年の時は、あんなに弱っちかったのに、今じゃ学園のリーダーか。すげぇよな」
「いやいや、そんなことないですよ。僕は今でも弱いままです」
「俺はそうは思わねえ。お前はすげーやつだよ。
強すぎる君島に敗北を教えてやるため“だけ”に、ここまで強くなりやがって」
「…………」
「最強≠無敗、つーことを実証したのはお前だ。コイツを初めて地につけたのはお前だ。怪獣みてーに強い君島に、誰も隣に並び立てなかったコイツに、対等に、平等に、向き合おうとしたのはお前だけだ。そいつは……普通に生きてるだけじゃ、できないことだ」
「……そんなに、大げさなもんでもないですよ」
「テメェは何時だってそう言うんだろうが、俺はそうは思わない。天才は努力をしないんじゃない、自分の頑張りを努力と思わないから、天才なんだ。
――どーせ、今回の英雄戦士チームの一件も、何かいろいろ動いてるんだろ?」
「どうですかね。僕はあまり計算は得意ではないですから」
「嘘つけ《主人公属性》、理事長にチーム結成の進言をしたのはお前だって聞いてるんだ。どうせ何かしらの目的があるんだろうが」
「そういう権謀術数は、鴉屋姉妹の分野ですよ。僕ができるのは、優子ちゃんとか、そういう周りのことだけです」
「それでも、十分、この学園を揺るがすだけの働きをしてるんだがなぁ……」
泰山先生は「まあ、いいさ」と言葉を区切る。彼は生徒会長の肩を力強く叩いた。加えて、副会長の肩も。
「一次選考突破おめでとう。期待してるぜ、生徒会長、副会長」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
口をそろえて返答する。
生徒会長と副会長の一次選考は、こうして苦難となることもなく、逆境を受けることもなく、まるで日常風景のように平然と、終結を迎えたのであった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆
生徒会長と副会長の一次選考が終わり、俺は帰路についていた。
夏至が近いせいか、もう6時過ぎだというのに、日はまだ落ちていない。
西日がきらめいていた。
(生徒会長と、副会長ね……)
結局のところ、二人の関係性について、深いところまで踏み込むことはできなかった。
が、そのヒントのようなものを得ることはできた。
(ならば、構わない)
俺はそう断じた。二人の関係における“輪郭”のようなものが垣間見えさえすれば、あとは自分で考えることができる。
考える?
何を?
決まっているだろう。
(そうだ。俺はそろそろ考えなくてはいけない。狗山さんに勝利し、勝利し終えたその後のことを――)
俺は考えていた。今回、生徒会長らの様子を覗いたのは、ただの好奇心からではない。
単純に知りたかったのだ。
もし仮に“そういう仲”になった場合。
もし仮に“そういう関係”に変化した場合。
その対処法を――。
あり方を。
言うなれば、弟子が師匠の技を盗み見て、真似をするようなものだ。
俺は“今後の参考”のために、彼のテクニックを拝見したかったのだ。
(でも、まあ、結局は“いつも通り”だったんだよな)
いつも通り。観察結果は通常通り。
だが、それは失敗ではない。大きな進展であり、極めて重要な一歩だ。
何も変わらない――不変とは、それはそれで一つの方策なのだ。
例え特別な関係になろうと、例え特別な間柄に陥ろうと、揺るがない。
ブレない。
不変、普遍、不偏。
いつもの、いつも通りの精神で、相対しろ、ということだ。
俺にとっては十全な答えであった。満足のいく光明であった。
(最近は、特にちょっと“意識的に”なりすぎていたからな。生徒会長のやり方は大変参考になった。さすが、俺の師匠だ)
と、勝手に尊敬することにした。神の視点は何時だって一方通行だ。
なお、ちなみに、ここで俺は、敢えて意識的とは、誰に対してだ? と答えを明示することはしない
それくらいは、察してほしい。
そうだろ?
そうだよ。
世界は、行間でできているのだから。
俺はこうして有象無象のゆらゆらとした思考を、糸を紡ぎ一つの束にまとめるように、手にとって馴染むかたちにまとめてしまう。
そして、呼吸を置き。安心した気持ちのままアパートの階段を登り、ドアを開く。
「ただいまー」
「おかえりー」
既に部屋着に着替えた状態で、座布団を顔にうずめながら、ぱたぱたと足を振ってくる。
俺は、1DKの俺の城を尋ねる“訪問者”にいつも通りの笑顔を浮かべてやるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「で、今日の鑑賞会は誰にするんですか?」
6月8日金曜日。一次選考会最終日。真白さんは、俺の後頭部を踏みながらそう尋ねてきた。本日の真白さんは後ろに周り、器用に足をあげて、座っている俺の頭をふみふみしていた。
「今日はラストだしなー、もう見るべき人も決まってるんだけどさ――」
と、振り向いて真白さんを見ようとしたら、頬に右足を押しつけられた。
そのまま動きを止められる。
「むぐ」
「今日は体操着を持ってくるのを忘れたので、こっち見ないでください」
横目でチラリとうかがうと、どうやら今日の真白さんは“学校の制服姿”のようであった。つまり、スカート着用のまま、足をあげて俺の後頭部を踏んでいるのだ。
その結果、何が起こり得るのか。俺が後ろを向くと、何が起きてしまうのか。
論理的思考の果てに、自ずと答えは導き出される――。
つか、何となく大体わかる。
「……昨日みたいに、踏み方を変えればいいのに」
「それができたらしてますよ。この調整にも、キチンとした手順は存在するんです」
「難儀な方法だなあ」
前に真白さんは、この方法を、一番効率的で正確性が高いとか言ってたけど、決して楽な方法ではないよな。結構、重労働だろうし。
「…………」
右足で右頬を押さえられ、動きを停止させられてる俺は、心の中でタイミングをはかる。
首を――逆回転させる。
右サイドから左サイドへ。迷いなき切り返し。俺はそのまま振り向いて後方を見ようとすると――左足で止められた。
「見せませんよ♪」
いい声だった。実にいい声であった。人間、怒りが頂点に達した時ほどいい声を出すだなあという具体例をまざまざと見せつけられたいい声だった。
ああ、神よ……俺をお許し下さい……!
「てやぁ」
「ヘブッ!」
蹴られた。攻撃種族値低めの真白さんの一撃は、ダメージは低かったが屈辱的であった。
「うー蹴られた……」
「かのキリストはこう言いました。右の頬を差し出した隣人には、左の頬も蹴ってあげなさいと」
「何で“殴る側”の視点なんだよ」
ドSじゃねーか、キリスト。
「ただ、この場合、右の頬を差し出してくる隣人も、かなりアレですけどね……」
「いや、そもそも、そこの金言に隣人は登場しないから」
正確には、マタイによる福音書第5章38節~39節“『目には目を歯には歯を』と言われてるのは、あなた方も聞いていることでしょう。しかし、わたしはあなた方に言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい”である。
「そして、下着を欲しがっている人には、今なら上着もつけてあげなさい、ですよね」
「何で通販の特典感覚なんだよ」
商売上手だな、大工の息子。
「いやー、こうして考えると、紀元前からブルセラって、社会問題になっていたんですね」
「いや、そういう意味の下着じゃないし、ブルセラって言葉自体がもう古いし、あとそもそもキリスト誕生以降からは“紀元後”だから」
「突っ込み丁寧ですねー」
感心されてしまった。すこぶる嬉しくない。
「……で、何の話だっけ?」
「下着の話じゃありませんでしたっけ」
「いや、違う。それは多分確実に絶対違う」
そうじゃない。今日の一次選考会の鑑賞する相手のことだ。
「時間はもう17時近くになっているから、もう到着しているだろ」
つーか、ホームルーム終了と同時に、教室を飛び出していったのを俺はこの目で見させてもらった。
監視カメラをパチパチと切り替えながら操作し、一次選考会の会場にあたる『特別訓練室』の控え室を映し出す。
「おおー……おおー?」
真白さんが驚いたような、疑問を浮かべたような、複雑そうな声をあげる。
「ああー……この右側で固まっている二人ですね」
「よくわかったな」
「乙女の直感です」
確かに俺の見るべき人間も大分限られてくる。
狗山涼子。
葉山樹木。
君島優子。
和泉イツキ。
と見てきて、残りを挙げるとすれば、この二人以外に存在しないだろう。
『ドバーって、戦って、ダダーンって、終わらせてやろうね!』
『そ、そうだね……』
『葉山くんもソウタ君も勝ち上がってるからね、私たちも後に続こうっ!』
『だね、ちゃんとやらないと……』
『かけ声行くよ!』
『か、かけ声っ!?』
『えいえい、お――っ!』
『お、おー!』
全力で手をあげる少女と、恥ずかしがりながらそれに追従する少女。
1年Dクラス川岸あゆ、1年Sクラス美月瑞樹、両名の出陣の時間であった。
――そして、俺はこの後、絶望に出会う。
始まりゆく美月とあゆの戦い、終わりゆく一次選考会、すべては運命の動乱の予兆でしかなかった――。
次回、「第60話:ヒーロー達の運命余波」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。