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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第4章 運命動乱編(前編)
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第58話:ヒーロー達の主人公属性

 三年生だろうと、選考内容そのものは、一年生と変わらないようだ。

 天使の卵で彼方へと飛ばされて、ゲームの世界で怪獣たちと戦う。

 同じであった。


 しかし、あえて相違点をあげるとすれば――。


『よぉーっしィ! 喜べ貴様らァ、貴様ら上級生のために滅多に戦わせてもらえねぇ、最高に最強な怪獣を選んできてやったぜェ!』


『PYAAAAPAYAAAAAAAAAAAPYAPAAAAAAAAAAAAA!』


『コイツの名は、クロウ・クルーワッハ! 十年前に、イギリス全土を震撼させた伝説の怪獣の一体だ! 脅威度はLv.84、属性は“土”と“山”』


『――今回は特別にLv.53まで下げさせてもらった! 喜べ、喝采しろっ! 

 もはや貴様らは“勝つ”しかないってことだッ!』


『PYAAAAAAAAAAAAPYAAAAAAPYAAAAAAAAAAAAAA!』


 三年生の怪獣がドン引きレベルで、強そうなことであった。


「ちなみに大声で激励してらっしゃるのは、3年Aクラスの山崎泰山先生です。“現代に生きる体育会系”みたいな見た目で上級生内では、恐怖と尊敬を一挙に集めてます。

 生徒指導として、校門前に立ってることが多いので、新島さんも見たことあると思いますよ」

 と、真白さん。


「ああ、あのプロレスラーみたいで、大岩とか持ち上げられそうな兄さんだろ。知ってるよ。前に友だちがビビってた」


 俺はカメラをサクッと移動させて、『特別訓練室Ⅲ』内の映像を開く。

 白色のカプセルがゴロゴロ並べられた空間の深奥に、ボクシングのヘビー級チャンプと言われれば信じてしまいそうな見た目の男性がいた。

 ガタイがよく、太い両腕を組み、頭にヘッドギアをはめたまま座っている。


 顔は視認できないが、その強烈な外見には見覚えがあった。


「……ああ、やっぱ知ってるわ。この極道の人みたいな風体は、見たことあるわ」

「泰山先生自身は、28歳の愛妻家で、ローンを組んで購入した白い一軒家には双子の赤ちゃんが待ってるんですけどね」

「なにそれ、和む」


 初耳だ。帰ったら美月に教えて安心させてやろう。

 ちなみに先ほどの友だちとは美月のことで、前に廊下をドシンドシンと闊歩している泰山先生を見て、俺の背中に隠れてきたことがあったのだ。常態のアイツは、小動物よりも小さい心臓を持っているので、昔から不良とかヤクザっぽい人が前を通るだけで俺の服を掴んでくる。

 要するにビビリなのだ。まあ、可愛いからいいんだけどさ。


 と、俺が美月のことを考えていると、真白さんがツンツンと俺の肩をつついてきた。


「新島さん、新島さん、そろそろ君島さんが怪獣を倒しそうですよ」

「は?」


 間抜けた声をあげる。


 俺ら(こちら)の世界と、ゲーム(あちら)の世界は、同じ時間の流れをしている。

 正確にはゲーム世界の時間は伸長しており完全なリアルタイムではないのだが、それでも、映像に現れる戦闘シーンは、通常の時間と同じように調整されている。


 つまり、俺がカメラを移動させ、泰山先生を観察していたわずかな時間――数十秒間しか戦闘開始から経ってないということだぞ?


「いや、んな、バカなことが――」


 画面を見ると、君島さんが右腕を巨大なオーラで包ませて、最強の怪獣クロウ・クルーワッハをタコ殴りにしていた。


「ぅっわ……」


 計算しつくされたテクニックも、高度な駆け引きに満ちた心理戦も、針の穴を通すような緻密な権謀術数も、何もなかった。

 タコ殴り。一方的な蹂躙。君島さんの巨大で強大で狂体な右腕が、これでもか、これでもか、と決まっていた。


 これは後に真白さんから聞いた話なのだが、クロウ・クルーワッハとは、本来ケルト神話に登場する邪龍のことだそうだ。嵐と闇を纏った“死の龍”であり、神話内では神々を凌ぐ力を有している。アイルランドなどでは今でも畏怖される神格の一体であり、そうした背景をもとに名付けられた最強の怪獣なのだそうだが。


『オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!』

『PYAAAAAAAAAPYAYAPAYAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 君島さんに、めっさ、殴られていた。

 逆にちょっと、怪獣のことが心配になるくらい、殴打されてた。


「あ、勝ちましたね……」

「勝っちゃたな」


 クロウ・クルーワッハが雪の結晶のように消えていく姿が見えた。

 早い、早すぎた、開始から一分も経っていないようだった。


 続いて、二つ目の試練――彼女は同じノリで、怪獣二体から生き残るミッションを、


『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!』


 と、怪獣たちを撃退する、という“斜め上の解法”で突破を決めたのであった。

 ここまでの時間。三分に満たなかった。しかも、その時間のほとんどは、泰山先生によるゲーム説明であり、実質の戦闘時間は、二分を切っていただろう。


「……ぱねぇな」

「ぱないですね……」


 試験開始から3分――。

 既に、山崎泰山先生との戦いが開始された。

 彼女はなんだろう。タイムアタックモードでもやっているのだろうか。

 平然と、肉体を十数メートルまで巨大化させて、戦闘準備を完了させていた。


「……ちなみに、泰山先生の能力は何なんだ?」

「3年Aクラスの担任、山崎泰山先生、変身名《鋼鉄至上主義スティール・ルーラー》は、肉体強化の到達点の一つでもある――身体をあらゆる金属に変化可能な、一撃特攻タイプのヒーローです」

「そうか……」


 最近気づいてきたが、ヒーローの変身能力は、基本的に、己を強化することが中心となっている。

 例えば、時を止めるヒーロー。これは存在することができない。

 あくまでヒーローの力は、自分の内側にあるヒーローエネルギーを中心として生み出されている。そのため、他者や、外界に干渉するような能力は、通常は使うことができない。


 だが、例外として、相手を自分のヒーローエネルギーで覆うなど、エネルギーを共鳴させる形ならば、範囲を限定として、時を止める、など特殊な力が使えるそうだ。


 葉山が、自分の力を完全に使うために、フィールドに白煙を撒き散らすのと同じだ。


 ヒーローの能力にもパターンが有る。少なくとも体系化することができる。まあ、そもそも、時間を操る能力にせよ、空間をねじ曲げる能力にせよ、そんな条理を逸した人間がこの世にいれば、地球は今でも滅亡の可能性をはらんでることになる。


 ――世界は広い。君の周りに一人でも化物がいれば、世界には千人の化物がいる。

 俺たちの教科書に載っている、あるヒーロー哲学者の言葉だ。


「……新島さん、考え事をしてるのもいいですが、君島さん勝っちゃいましたよ」

「マジで!?」


 俺は画面を見る。

 全身をダイヤモンドのような物質で固めた泰山先生を、君島さんが火山の火口へと投げ込んでいた。まるでハリウッド映画のラストシーンのようだ。

 システム音が軽やかに鳴り響く。

 聞き慣れた音だ。

 勝利の音だ。

 君島優子の勝利を告げる音であった。

 ――試合開始から、五分後の勝利であった。


「…………引くわー」

「引きますね」


 泰山先生もそれなりに健闘したのか、君島さんのライフも半分ほど削れていたが(個人的には半分も削れたことに驚きだ)、それにしても素早い決着であった。


「泰山先生は、完全なるパワータイプですからね。

 同じく策を弄する必要のない、パワータイプのしかも最上位のような君島さんとは相性が悪かったのでしょう」


 そう真白さんは分析しているが、見ていた俺からすれば、ただ、ただ、ドン引きすることしかできなかった。


「……けど、これで、見るべきは一つに絞られましたね」

「……ああ、そうだな」


 生徒会長――和泉イツキ。

 英雄戦士チームのリーダー候補にて、俺のヒーローの師匠。

 最初の戦いは、邪龍クロウ・クルーワッハのはずだ。

 さあ、どんな戦い方を見せてくれるのか――。


「あ、もうクロウ・クルーワッハに勝ったみたいですよ。生徒会長」

「はえーよ、馬鹿っ!」


 どうやら俺の鑑賞態度には、なによりも“速さ”が足りないようであった。



 ☆★☆★☆★☆★



 3年Sクラス、和泉イツキ、変身名《主人公属性ヒューマン・スキル》は特定の能力を持たない。


 所謂、“無能力者”である。

 彼自身は、


「僕は多分、この学校の生徒の中で一番弱いヒーローだろうね」


 と平気でうそぶいている。

 修行中も、そう言って笑い流しており、入学式のデモンストレーションの時も、何度か手合わせを願う機会があった時も、それらしい能力の発動は見られなかった。

 俺は、この生徒会長のスタンスを、能力を秘匿しているものだと、推察していたが。


「いえ、和泉会長が“無能力者”なのは本当です。彼はある意味、ヒーローとしてはレアな。ヒーローエネルギーにより、『何も生み出さなかったヒーロー』ですから」


「本当に?」

「本当です。クロさんからの情報ソースです」


 なら、間違いはないのだろう。彼女は生徒会メンバーの一人でもあるし、彼女以上に学園のことを知る人物など他にいない。


「というか、クロさんが一年生の時、会長のパートナーやってましたし」

「マジで!?」

「はい、まあ、生徒会長さんは、同じ学年のCクラス生徒“ほぼ全員”の実験を受けているそうですけどね……」


 なんだそりゃあ。俺は気味悪がりながらも、真白さんは解説を続ける。


「和泉会長の変身名《主人公属性ヒューマン・スキル》は、その“無個性”故に付けられた名前です。新島さんのような肉体強化が、葉山さんのような物質の生成が、狗山さんのような無敵スキルが、生徒会長には何もありません。

 “何もないのが個性”だなんて、あの飄々とした会長さんは、そう自虐的に嗤いますけどね」

「そうか……でもさ、真白さん。なら、質問したいんだけど」

「はい」


「どうして、生徒会長は、怪獣二体を余裕で撃退しているんだ」


 一次選考会、第二の試練。

 怪獣たちからの生き残り。


 生徒会長の性格からして、逃げまくって避けまくるだろうと考えていたのだが、彼は迷わず立ち向かっていた。


 そして、先刻よりも脅威度の高い怪獣共を、明らかに“圧倒”していた。


『――――よっ、と。ほら、甘いッ!』

『ははっ! 止まって見えるね!』


『火炎を吐くか、その程度の炎じゃあ、僕を焼くことはできないね』


 生徒会長のいるステージは、あらゆる地表が“氷”と化した、氷上の世界だ。

 どこまでも手すりのないスケートリンクを想像してもらうとわかりやすい。

 すぐ下が海水であることを考えると、南極よりも北極に近いイメージだ。


 そこに、火炎を撒き散らすドラゴンと、氷を突き破って攻撃する一角獣が姿を現した。


「――脅威度は、Lv.65とLv.70の二体。常識的に考えれば、一体だけでも生き残れるか判らないのに」


『一角獣ということは……角を折るのが、一番早いな。ほら、ほらほらほらっ!』

『氷上の世界で、火炎を撃つとか、自ら沈みたいのかな? 攻撃の隙を付いて、水の中に入れてあげようっ!』


 圧倒していた。

 これ以上無いくらいに巧みに。

 これ以上無いくらいに自由に。


 実況する余裕すらある。


 まるで戦うことが日常の一部であるかのように平然と、生徒会長は二体の脅威を翻弄していた。


「どうして、会長は何も能力がないのに、あんなに、強いんだ……」


「それはですね。能力があること、イコール“強い”ではないからですよ、新島さん。

 決して、強いとは言えない能力で勝ち抜いてきた新島さんなら、よく理解できることかと思います」

「それは……」そうだが。


「なんといいますが、世間では『特殊な能力』や『秀でた個性』が持てはやされ、堅実な力、地味な個性というものは、比較的低級なものとして見なされる傾向がありますが、とんでもありません」


「特別など無意味だと、個性など馬鹿らしいと、異能など下らないと、全てを無下に返して一蹴してしまう“特徴なきヒーロー性”それが、和泉イツキ生徒会長です」


 白いボディに、人型のシンプルなフォルム。

 余計なガジェットをつけていることもない。

 ベースは君島さんに似ているが、彼女はそこにオドロオドロシイオーラを纏わせていた。


 生徒会長にはそれもない。

 まっさらな“無個性”それこそが、和泉イツキの本質だ。

 そして、彼はすでに、二体の怪獣の撃退を完了させていた。

 君島さんと同じ、生き残りのルールから逸脱した攻略法であった。


「――ここまでで、6分、と30秒か。第一の試練よりかなり早いな」

「ギアがかかってきたんでしょう。敵の自滅を狙ってましたし」


 それに、と真白さんは付け加える。


「早期撃退は、ヒーローの必須条件ですからね。時間をかければ、かけるほど、実戦では街に被害を与えることになります」

「被害か……」


 そうだな。俺の住んでいた場所も、以前、怪獣に滅茶苦茶に壊されたことがあった。

 あの時、ヒーローの行動がもう少し遅かったら被害はさらに拡大していたことだろう。


 そう考えると、ヒーローにおける“速さ”の重要性が、より理解できる。


「さて、新島さん、始まりますよ」

「……ああ」


 今度は見逃すわけにはいかない。

 生徒会長、和泉イツキVS3年Aクラス担任、山崎泰山先生の一騎打ちである。



 ☆★☆★☆★☆★



 生徒会長の戦い方は非常にシンプルだ。

 攻撃を避ける。

 殴る。または蹴る。

 敵が遠距離に入れば、レーザーを撃つ。


 入学式の時、見せた技だ。真白さん曰く、あれはCクラスによる補強の装備らしい。


「先ほど、生徒会長のことを個性がない、と言いましたが、

 彼は“無能力ゆえの利点”を1つだけ持っています」


「無能力ゆえの利点?」


「はい。個性がない、ということは真っ白だということです。何も書かれていないキャンパスと同じです。それゆえに、彼は、和泉生徒会長は、Cクラスの“実験素体”として、これ以上ないくらいに最高の適性を持っています」


「実験素体……」


 俺は、今、現在進行形で、真白さんに足を踏まれている自分の状況を見る。

 現在進行形で、俺は、自分の“肉体の変革”を確かに感じている。


「はい、シンプル故の改造のしやすさ。無個性ゆえの、味付けの自由さ。

 生徒会長は、自身が無個性である代わりに、あらゆるCクラスの実験、発明を百パーセントの性能で活かすことができます」


「……改造しやすいってことか?」


「有り体にいえば、そうです。普通は、実験をするにしても、相性があるんですよ。

 例えば、教師の方々みたいにヒーローとして完成しきってますと、そこから新たに改造するのは至難の技です。

 同様に、狗山さんのような無敵性能や、新島さんの友人の葉山さんのように煙に特化した能力ですと、あまり変な要素を付け加えることができません」


 その点を、生徒会長の無個性さは、クリアしてしまえるわけか。


 つまりは汎用性が高い、ということなのかな。

 生徒会長は、自らの内側には個性と呼ばれる要素が何も存在しない。

 しかし、それゆえに、新しい個性を自由に加えることが可能となっている、


 ガジェットなき、故の、多様性。カスタマイズ性能。

 何者にも、何物にも、なれる力。


 それが、彼の変身名《主人公属性ヒューマン・スキル》か。


「ただ、天使の卵には、武器装備は一つまで、というルールがありますので、生徒会長にとっては、かなり厳しい戦いですね。普段よりもやり難いんじゃないでしょうか」


「……いや、十二分に強いと思うぞ」


 本来、生き残るだけでも困難な怪獣二体を、楽々と倒してしまう高性能ハイ・スペックぶり。

 あの最強っぷりを見たあとでさえも、「厳しい戦い」と評されるとか。

 じゃあ、完璧な装備の生徒会長は、どんだけ強いことになるんだよ。


 画面上では、泰山先生と生徒会長の舌戦が白熱している。


『イズミッ! テメェには手を抜くなと先生方から言われてんでな……! 悪いが本気でいかせてもらうぜ!』

『おお、怖い怖い。……もしかして生徒に気を使ったら、優子ちゃんに潰されちゃいました?』


『……っ!』

『ビンゴ、みたいですね』


『……流石だぜぇ、イズミィ、まるで何でも判っているような口ぶりだなぁ……』


『僕の予想能力なんて、かの『双子』に比べれば微々たるものですよ。

 ……まあ、優子ちゃんのことなら、何でもわかりますけど』


 と、生徒会長と泰山先生は言い合いと、平行しながらも、


 先生が全身を鋼鉄化してから殴りかかる。華麗に回避して去り際に肘打ちを狙う。鉄板を生成し防御と共に火花を散らす。相克し、両者は弾き飛びながら、生徒会長は蹴りを、泰山先生はアッパーを決める。会長は飛んできた腕を器用に足場として、回転をして、後ろに回り込む。両拳を握り、後頭部を狙うも、泰山先生は自らの質量を増大させることで、氷の下へと落下し、攻撃を回避した。


 という応酬を、目にも止まらぬ速度で行なっていた。

 唖然、である。


「狗山さんとどっちが強いんだろうなあ。これ」

「難しい質問ですね。おそらく今のような装備の少ない生徒会長でしたら、狗山さんの方が強いかもしれません。彼女は、本気モードの電極先生を、あらゆる意味で圧倒していましたから。ただし、……」


「生徒会長が目標を定めた時、相手を制圧するために必要な完璧な準備を整えた時、

 彼に勝つことのできる者は“一人として”いません。それは学園最強の君島優子が証明をしています」


「君島さんね……」


 生徒会長と彼女の関係は、何となく(不本意ではあるが)うかがい知ることとなっている。


 それも、かなり曖昧な。雑然とした風景の中でだけど……。


「…………そうだ。そうだよ、俺の目的は、それにもあったんだ」

「目的? 何のことですか?」



 真白さんが不思議そうにこちらを見てくる。

 俺は彼女の言葉に合わせるように、スクリーンを操作する。カメラは、天使の卵内の世界だけでなく、外側の、特別訓練室Ⅲの控え室を映し出す。


 ――君島さんがいた。暇そうに壁のところで腕を組んで待っている。

 もう合格し終えてしまったのだ。試験終了まで、まだ時間がある。


「君島さんがどうかしました?」

「いや、彼女自体がどうこうした、って訳じゃないんだけどな」


 ただな、と俺は声を潜めながら、そんなことは意味はないのに、ささやくように真白へと告げる。


「……ちょっと、生徒会長と副会長が、二人っきりの場面を見てみたくてな」

「…………」


 真白さんは俺の言葉を聞いて、一瞬だけポカンと口を浮かべてから、新しいイタズラを発見した子供のように、愉しそうな笑みを浮かべた。

 葉山のような笑い声を浮かべる。


「ふふふふ……ダメですよ。新島さん、そんなことをしてしまっては……」と言いつつも、彼女も何だか楽しげな笑みを浮べている。

 ノリ気だ。完全にノリ気だ。


「真白さんはあんまり、生徒会長との関わりはないかもしれないが、これは気になる。すごい気になる。周りに人がいない状態だと、二人がどうしているのか」


 ここ数ヶ月、修行のたびにずぅーっと見てきたが、今だに謎であった。

 生徒会長と副会長。

 彼らが二人きりの時は、どうしているのか。

 普段通りなのか。そうではないのか。

 よこしまな気持ちだというのはわかるが、一応“目的”もある。

 俺はちょっとした理由のため、二人のことを知る必要があるのだ。


 と、俺たちの会話が進む中、泰山先生と生徒会長の戦いも佳境に入ってきた。

 泰山先生は、両腕を握りしめて、力を込めている。


『……さぁて、そろそろ俺のライフもヤバくなってきたしなぁ……能力を開放させてやるぜ。本日、初お披露目だ。覚悟しな……!』


『その言い方だと、優子ちゃんには、超変身する前に即殺されたみたいですね』


『……ッッ!』

『図星ですね』


『だーかーらぁー! 何でお前は、それがわかるってんだァ!』


『何でもは知りませんよ。知ってるのは優子ちゃんのことくらいです』


 平然とそう言い切る。どこまで本気なのか判らない。冗談めいていて、それでいて嘘とは思えない奇妙な口ぶり。


 だが、生徒会長は、役者がやるような大げさポーズを取りながらも、いたって真剣に、戦いの構えをとっていた。


 氷上のステージ。ヒーローでなければ、凍りつき生存することは不可能そうな極寒の地帯。


 生徒会長は揺るがない。悠然と――泰山先生を指差した。


『さて、優子ちゃんのクリアは確定か……。そうか、ならば、僕も――さっさと先生を倒してしまう必要があるみたいですね』


『……ハァ!? おいおい、舐めるなよ、イズミ、いくらお前が、この学園のエースだからって、そんなにすぐに俺がやられる訳がねえだろ』


『まあ、ですよね。優子ちゃんの場合は、先生が油断しちゃったんだろうな、と推測がたちます。

 一方の僕には、全力で勝負を挑んでくる、これはかなり厳しい状況です。

 ピンチはチャンスだ、なんて思想、僕な持ちあわせていませんしね』


『だろ? ……いや、君島に負けたと決まった訳じゃねえぞ。そんなこと、お前の推測だからな!』


『まあ、どちらにせよ。僕の“目標”ができました。――さっさ、と終わらせましょう』


 生徒会長が、ゆっくりと、腰を落とし、両拳を最適な位置へと移動させる。

 俺から見てもわかる。

 鍛えぬかれた。

 精緻な。

 無駄のない。完璧なフォーム。


 泰山先生へと――向けられる。


『さて、僕は早く倒さねばならないんです』


 構えを終える。

 砕けた口調とは対照的に、その声は限りない真摯さに満ちていた。


『――女の子を待たせるのは、あまり趣味じゃないんです』




 この10秒後。泰山先生の体力ゲージは零を表示する。

 白色の壁に全方位を囲まれた訓練室Ⅲ、彼と彼女の物語の中に、神の視点が介入を始める――!

 次回「第59話:ヒーロー達の神の視点」をお楽しみください。

 掲載は4日以内を予定しています。

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